Episode1:百姫夜行 ⑤

 ややあって、目に感じていた光の圧が消える。

 俺は顔の前から手を下ろし、目をおそるおそる開いた。


「──……え?」


 どこか遠くの宇宙の知らないわくせいに、ワープしてしまったのかと思った。

 眼前に広がる未知の光景に、俺はぼうぜんくす。

 銀河のただなかに飛び込んだような、色とりどりの星々が夜空に散らばっている。

 星がありすぎて、それからとうろうのようなランプが夜空にたくさんかんでいて、夜とは思えないほどに世界が明るい。地上には一面、青々とした草原と、美しい花畑が広がっていて……。


「こ、ここは一体……? 天国か……?」



「──つなはざの世界、〈ヴァルプルギスの夜〉」



 ほうじんから聞こえたのと同じ、女の子の声が聞こえてかえる。

 ……ああ、そうか。俺は夢を見てるのか。

 じゃないとこんなにわいい女の子、現実に存在するはずがない──。


「会いたかった。うつこうさま」


 ほうけた俺は夜空を見上げる。

 世にもわいらしい少女はほうきこしけて、そこにかんでいる。

 不思議なしようぞくに身を包み、絹のようなあおちようはつのてっぺんに、とんがりぼうを乗せている。

 サファイアのような美しいひとみと目が合うと、りようほうけられたように動けない。

 草原をける夜風にかみなびかせ、なぞの少女は微笑ほほえんだ。


「──わたくしは、じよ。ベルカ・アルベルティーネ」

「……じよ……」


 非現実な存在のはずなのに、その神秘的な美しさにはあつとうてきな説得力があって。

 俺は思わず、つばを飲み込む。

 するとじゆもんでもつぶやくように、彼女のうすももいろくちびるが動いた。


「……かっこいい……」


 ……えっ? かっこいい?

 俺は自分の耳を疑うが、


「かっこいい……。やっぱり生でお会いすると、もっとてき……」


 どうやら本当に言ってたらしい。

 彼女は白いほおをぽーっと赤らめて、俺に向かって微笑ほほえんだ。

 えっ……? 死ぬほどわいい。俺もしかして今から死ぬの?


「いきなり『メッセージ付きよいね』を送ってごめん。でも、どうしてもこうさまとちぎりをわしたくて、そのお力をためさせてもらった」


 メ、メッセージ付きよいね? ちぎり? ためさせてもらった?


「……あ。もしかして、あの問題入りのふうとうのことか?」

「ん。あの五題は、『じようもん』というもの」

「『じようもん』?」

じよになりうる、特別な人間をえらく試験。こうさまはそれに、かんぺきに合格した。……てき。かっこいい。なおした」

「っ……!? ほ、なおしたって」

「手紙の通り。わたくし、こうさまにひとれした」


 サファイアのひとみが、じゆんすいかがやきで俺を映した。


「──こうさま、すき。だいすき。……あいしてる」


 その言葉を、かつて『死んでもいいわ』と訳した人がいるという。

 俺もまさしく今、そんな気分だった。


「ね。……ごほうび、覚えてる?」


 彼女はいたずらっぽく微笑ほほえみ、ほうきの上であしえる。

 いつしゆん中が見えそうだった。さ、最高……。


「じゅ、純潔をささげる……とかいうあれだろう? 知ってるぞ。あんなの本気じゃない、りだって言うんだろ!?」


 いや、気を確かに持て俺! この手のオチは古今東西決まってる。

 絶対に『純潔』とは他の何かを例えた言葉で、俺の期待する展開から外れていくんだ。

 だってこんなに品があってわいい女の子が、エロいことなんて考えるはずが、


ちがう。ほんき。処女、もらって?」


 あった。


「えぇっ!?」


 とんきような声でさけぶ俺。彼女のついげきは止まらない。


「ええじゃない。……こうさま。えっち、しよ? たくさんわたくしのこといて?」


 耳と顔が熱でけそうだ。

 ──お、おおお女の子がえっちって! えっちって言ってるッ!


「や、やめろ! ううううら若き乙女おとめが、そういうことを口にするもんじゃない!」

「そういうことってなに?」

「い、いや、それは、そのう……」

「せっくすのこと?」

「うわぁぁ────っ!? やめろぉっ!」


 うそです本当はもっと言ってほしい。録音して持って帰りたい。

 そんなすけべえごころなんてお見通しだよと言わんばかりに、ベルカじようはくすくす笑った。


こうさま、かわいい。どうてい

「っ、うるさい! 悪かったなぁ!」

「なんで? ぜんぜん悪くない」


 ベルカじよううれしそうにほうきの上であしをぱたぱたさせる。


「好きな殿とのがたが、他の女を知らないの、最高じゃない?」

「……っ」

「ふふ。……もうすぐ、どーてーじゃなくなっちゃうけどね?」


 ねえ無理だれか助けて。このじよ、頭いかれそうなぐらいわいい!

 だけど絶対深入りしない方がいいよな……。今にやばいこうかんじようけんを持ち出されるぞ。


「でも条件がある」

「ほんとに出すのかよ……。な、何だ?」


 ベルカじようは細いほうきの上で立ち上がる。

 そしてとんがりぼうを取って、深く礼をした。


「わたくしとけいやくして、になって。そして【ひやつこう】にいどんでほしい」

「……? 【ひやつこう】とは何だ?」

「ふふ。けいやくするまで教えない」

あやしすぎるだろそれ!」

「じゃあ、えっちしないで、かいさん?」


 ベルカじようは目を細め、くすりとわらう。


「わたくしはもう、引っ込み付かないけど?」


 ……ああ。やっぱりこの子はじよなんだ。俺みたいなおろかな男がげられるはずがないし、げたくない。

 それにどうせ夢なら、がっつかなきゃそんってもんじゃないか。


「よ、よし。そのけいやく、結ぼう! とやらになってやる!」


 だ、だからあの、かせてくれませんか、じよ様──?

 そう俺が言うよりも先に、彼女はほうきからんでいた。


「やった……! けいやくせいりつ! もう、一生はなさない!」


 流星雨が降り注ぐ夜空をバックに、ベルカじようむなもと目がけて降ってくる。

 それは良かったんだけど、


「ちょっ……おわぁあ────っ!?」


 く受け止めることができず、俺たちはもんどり打ってたおんだ。

 かろうじてクッションになれた俺に、ベルカじようは馬乗りになると、


「──んっ!?」


 俺の両手首を押さえつけ、なんといきなりキスをしてきた。

 あ、あたたかくてぷにっとしたかんしよく……なんてひたひまもなく。

 次のしゆんかんには、にゅるりと彼女の舌が口内に割り込んできた!?


「んっ!? んんん〜〜〜〜!?」「…………♪」


 急展開すぎて頭が付いていかない。

 ああ……でもこれで、ようやく、ねんがんの、どうてい、卒業、が───────────。


「……ぷはっ。……こうさま? ……あれ、こうさま?」

「──────────」

「……うそ。オチてる……」