そよぎは座る球ごとガクッとこけるが、カナエとしては、
「そんなこと言われてもなあ」
というのが偽らざる感想である。
「世界を救うとか、夢なら馬鹿らしいし、現実なら無理でしょ」
「だーっ! なんでキミってば、そう見切りが早いかな!?」
そよぎは、自分の許を訪れた少年の性質が、段々と分かってきた。
カナエの方も、へんてこな内容の会話に慣れて、突っ込みを入れる。
「そっちこそ、その辺にいる平凡な少年に、どんだけでかいこと求めてるのさ」
少年の自己評価への異議はこの際措いて、
「だって、キミ」
そよぎは動かしようのない事実から攻めることにする。
「ここに来たってことは、見えたんでしょ──『半開きの目』が」
「……」
カナエは、彼女との会話で初めて心当たりを抱き、返事をし損なった。過去に見た現実の光景と、今見ている夢のようなそれが、ゆっくりと心理的な地続きになってゆく。
「……それって」
彼女の言うものが、ハッキリと分かる。
真っ白い扉の上部、覗き穴の場所に輝いている、紋章。
鈍角を下に向けた平べったい二等辺三角形と、中心にある多重の半円。
「あの、扉に光ってた?」
「そう」
頷くと、そよぎは掌を上向きに翻す。
そこから数センチ、宙に浮かび輝く紋章が現れた。
彼女の言ったもの、カナエが見たもの……これこそが『半開きの目』。
「これが見えた者にしか扉は開けられないし、星に来ることもできない。そしてなにより、相反する力である『半閉じの目』が見えないし、止めることもできない」
カナエは、話の中に混じった新たな名称に気を留め、
「……『半閉じの、目』って?」
どこか仄昏い予感を覚えさせられる、その響きを口にした。
やっと相手が取り合ってくれたことに気を良くしたそよぎは、紋章を握って消すや、少年に額を付き合わせるように顔を近づけて、告げる。予感通りの仄昏い声で。
「誰知らず降りる破滅の象徴、だよ」
んで、と付け加え、燃える瞳を瞳に合わせた。
「今より見出す可能性の象徴、こそ」
「……『半開きの目』?」
「そういうこと」
一転、ニッコリと朗らかな笑みを満面に表す。
「だんだん分かってきたかな?」
「さっきみたいな印が二種類ある、ってこと、くらいは」
「ケッコーケッコー」
曖昧な返事であっても、真面目に受け止めてもらえたことを、そよぎは喜ぶ。
「それじゃあ、さっき言った目標は覚えてる?」
問われて思い出したカナエは、しかし急速に、その真面目さを減衰させた。
「んー……世界を救う、ってやつ?」
一介の少年として、全く常識的に、その胡散臭い言葉を疑う。
そよぎはしかし、その一介の少年が持つ力を見込んで、恃む。
「やることは簡単だよ。まず、破滅の元凶である『半閉じの目』を宿した人間を、キミの『半開きの目』の力で見つけ出して欲しいの。二つは同じ形をしてるけど、今のキミなら簡単に見分けられるはず」
「破滅の元凶の……人間、なのか」
「うん」
先の仄昏さが、少女の朗らかな笑みの端を過ぎった。
「覚醒したキミの近くに、必ずいる。そいつは『半閉じの目』に誘われて、遠からず世界を破滅に導くよ。どんな些細な理由からでも、絶対に、ね」
「話はだいたい分かったつもりだけど」
その様に、カナエは背筋に冷たいものを感じつつも、すぐカクンと首を傾げる。
「いきなりそんな、でっかい話されてもなあ」
「ふーむ。後の説明は実際に『半閉じの目』を見つけてからにした方がいいのかなあ。うん、それがいい、そうしよう」
球の上で腕組みして深々と頷くそよぎに、カナエはまた、短く答える。
「はあ」
しかし、今度のこれは、適当な返事ではない。どうでもいい、という無頓着ではなく、どうすればいいのやら、という戸惑いの表れだった。
(いつの間にか、探すことが決まってる流れなのかな)
カナエとしては、言われるがまま聞かされ訊かされしただけで、引き受けるとは一言も口にしていないのだが。といって、無碍に断るには、色んなものを見せられ過ぎている。
(今さら、夢や冗談で済まされる感じでもないし)
面倒なことに、現実で『半開きの目』を見てから、ここに来ているのである。仮に夢だとして、どこからがそうなのか……今の自分に確かめる方法は残されていないか、と自問して、
(そういや、まだやってなかったっけ)
すぐに、頰をつねる、という自答をしてみた。
いきなりの奇天烈な反応に、そよぎはもはや驚くよりも呆れている。
「なにやってんの」
「痛いな、やっぱ」
自分に向けても答えて、カナエは頰を擦った。
どうやら間違いなく、全てが現実、らしい。
そよぎはリアクションが面倒になってきたのか、投げやりな調子でせっつく。
「んじゃ、ちゃっちゃと扉の外に戻すから、ちゃっちゃと『半閉じの目』を探してね」
「こっちだって暇じゃないんだけど」
言わでもの反駁をしたことで、カナエは扉の外での行為、
(あっちでもこっちでも探してばっかり……ん?)
ここに来る羽目になった、そもそもの原因を思い出した。
即ち『言づて妖精の扉』という、普通に考えて在り得ないものの探索。
自分が潜ってきたのは、山辺手梓の証言通りの形をした、斜めの扉。
目の前、というより、なにもかもが普通に考えて在り得ないもの。
(もしかして、この人こそ『言づて妖精』──)
カナエは、これ以上ないほどに、正答の予感を抱いて、
「そよぎさんって」
「ん、なに?」
これ以上ないほどの不審人物へと、率直に尋ねてみる。
「伝言とか頼めたりする、妖精なの?」
「……?」
そよぎは、これ以上ないほどに、怪訝な表情を作った。
「えー、っと」
彼女が言い澱んだのは、なにかしらの秘密を誤魔化しているのではない、
「それは、どういう意味の質問なのかな?」
またわけの分からないことを言い出した、という辟易である。
その手の反応に慣れているカナエには一目で分かった。しかし、
「あれ?」
そうなると、白い扉が証言通りだったのは、一体どういうわけなのか。全くの偶然とは、流石に考えられない。なにかの拍子にあの扉を見た誰かが、そこから不思議話を創作した、山辺手梓の細かい特徴のソースもそこ、というところか……?
「なにが、あれ?」
逆に不審がるそよぎに、カナエは手を振って話を打ち切る。
「こっちの話、たぶん」
「ふーん? まあ、妖精と言われても不思議ではない愛らしさではあるけどね、フッフフ」
別方向で妙な食いつきを見せるそよぎが、ひょいと軽く、上を指差した。
「とにかく、『半閉じの目』探し、よろしく。お帰りは──あちら」
その逆、
「っ!?」
胡座をかく自分の真下が振動し、驚いたカナエが見下ろすと、そこに大きく輝いている。
既になにと思うこともない『半開きの目』が。
強く見つめるように輝きを増したそれは、
不意な破裂音とともに、形を変える。
面白味さえ覚える、一つ印へと。
(バッテン?)
思うや、強く弾かれる予感……というより戦慄が、カナエの全身を貫く。
その印に込められた力が、実際に作用する寸前、
「君の覚醒に合わせて、『ハインの手先』も耽溺に入ると思うから、気を付けてね」
そよぎは気楽に付け加え、ヒラヒラ手を振った。
そうして見事に戦慄の通り、ガンッ、と強く弾かれて、
「!? ああああああああああああああああああああああああああぁぁっ── 」
カナエが胡座のまま真上、青い虚空の彼方へと去ってから数秒の後、
手を翳して見送っていたそよぎは、ふと気付く。
「あ、名前訊くの忘れた」
眼前、真っ白な扉がパッと消えた。
「──」
代わりに現れた板壁に、カナエは顔面を思い切りぶつけ、
「ふがっ!!」
その勢いのまま跳ね返り倒れ込む。あの星に行く寸前の状況に戻された、ということは本人には分かっていない。普段ならあり得ない不測の事態に翻弄されるだけである。
「直会!?」
山辺手梓は、いきなり異常な勢いで駆け出した(としか彼女には思えなかった)少年が、壁にぶつかって跳ね返り、倒れるのを見た──というより、倒れてくるのを見た。
「うわっ!?」
何とか受け止めようとするが、小柄とは言え人一人分、しかも勢いが付いている。