キドの旅 ―the Bibittokuru World―

「タイトルは最後に分かる国」―Say Cheese!―

 荒野の道を、一台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指すってさ)が走っていた。空は晴れていたけど雪も降りそうだけど青くて、そんな感じだった。

 運転手は、まあなんかけっこう乗れていそうな雰囲気で、顔に銀色フレームの45%が剥げたゴーグルをつけていた。

 茶色のコートがデカすぎて、似合ってなかった。その下にハンド・パースエイダー(注・パースエイダーは銃器。この場合は拳銃らしい)のホルスターがあるんだけど見えなかった。

 モトラドが下から問いかける。

「次に行く国はどんな国? キド」

 キドと呼ばれた運転手が答える。

「知らん。情報がなんもない。むしろこっちが知りたいよ、ボロメス」

 ボロメスと呼ばれたモトラドが、顔に青筋を立てた。モトラドの顔ってどこ? 知らん。

「駄目じゃん! 出発前にちゃんとネット検索しなよ! そういうとこ、良くないよ?」

「デジタルデトックス中」

「ならしょうがない」

 しょうがなかった。

 キドが言葉を続ける。

「でも、疑問に思っていることはアルマジロ」

「言ってみなサイ」

 ボロメスの返事に、キドは急ブレーキをかけてその場に止まると、それでは生物の名前と語尾が全て同じであり、まったく洒落ていないと文句を延々30分くらい言った。

 30分後、再び走り出したキドが、

「国があるはずがないんだ、そこに」

「倒置法まで使ったね。どゆこと?」

「以前、師匠がこの地方を旅したとき、そこに国はなかったって。見渡す限りの荒野が続いていたって。燃料の補給ができないから、ガソリンスタンドを何軒も引き連れて移動するしかなかったって話してくれた」

「なるほど」

「でも、今はアルゼンチンアカエビ」

 キドが言った瞬間、進む先の地平線の下から、国を囲む城壁が迫り上がって見えてきた。地球が丸い証拠だった。本当は平らだとか言ってるヤツ出てこい。

「確カニ」

 30分後。

「だからボクは、あの国がなぜできたのか知りたい。ひょっとして、ボクはそれを知りたくて、旅をしているのかもしれない」

「盛りすぎ」

 


「YOUKOSO! 旅人さん! ユーはニューコクしますか?」

 マックスハイテンションな入国審査官に歓迎されて、キドとボロメスは国の中に入った。滞在予定は、いつも通り三日間。それぐらいが、ストーリーを組み立てるのにちょうどいい。

 キドはその国で、美味しいものを食べたり、柔らかいベッドの白いシーツの上で寝たり、ボロメスのタイヤがずっと一つ外れていたので新しい車輪を取り付けたり、裏路地で絡んできたチンピラを叩きのめしたら実は恋人をマフィアのボスに誘拐されて脅されていたことが分かったので片手間にその組織を壊滅させたら背後に大物政治家がいたのでそいつも永遠に失脚させたりしたが、それはまた別の話で語られるべきであろう。

 三日目の朝、キドは夜明けとともに起きた。

 体を動かし、ラジオ体操を第三までキッチリとこなした。シャワーを三時間くらい浴びた。

 滞在した漫画喫茶を出ると、ボロメスに跨がって、出口の城壁へと走らせる。

「なぜこの国ができたのか、結局知れてないんだけど?」

 ボロメスが言って、

「やっべ! 忘れてた!」

 キドは、とりあえず本日最初に見つけた国民の、ベンチでボケッと座っているしょぼくれた老人に声を掛けることにした。

「すみません。ボクはキド。こちらはモトラドのボロメス。教えてください」

 キドはコミュニケーション能力が低かった。

「キドさんが何を知りたいかは分かるよ。この国がどうしてこの地にできたか、じゃろ?」

 老人は高かった。すげーなおい。

「そうです。教えろください」

「残念だが、そんな昔のことは、もう忘れてしまったのじゃよ……」

 ボロメスは、

「これで思い出したか?」

 そう言いながら、懐からしわくちゃの20ドル札を一枚取り出した。素早い動きだった。

 老人はスッと受け取って、ダメージジーンズのポケットにしまうと、

「今は電子マネーの時代なんじゃがね。現金は、一度銀行に持っていかねばならんので面倒なんじゃが」

 ブツブツと文句を言った。うるせえジジイ。

「だが思い出したよ……。この国ができた理由を」

「美しい倒置法だな老いぼれさん。それを教えろ今すぐお前の命の灯火が消える前に」

 キドは、礼儀がなってなかった。

「今から、ちょうど三十年前の事じゃ。この土地には、何もなかった」

「大地と大気と太陽くらいはあっただろ話を盛るなジジイ」

 キドは、比喩表現が理解できない系の旅人だった。

「何もないがあったんだよ、キド」

 ボロメスはボロメスで、ボロメスだった。そういうのいいから。

「そんな場所に、中学校の修学旅行生達がやってきた。三年E組から、H組までの、百六十人が。四台の大型観光バスに分乗して」

「は? なんだそりゃ?」

 キドが、自分の耳が信じられない様子で、老人に問いかける。

「A組からD組はどうした?」

「その学校は一学年に八クラスあるマンモス校だったんじゃ。全員一緒だと、人数が多すぎたんじゃ。修学旅行は毎年必ず、二回に分けて行うことになっていたんじゃよ」

「そういうことか。つまりはベビーブーム世代だな。よっし謎は解けた。じゃあ、話を続けろください」

「えっと、それから……、はて? 何がどうしたんだっけなあ……」

 ボロメスが20ドル札を追加した。

「ああ、ハッキリ思い出したぞ……」

 課金だ。課金は全てを解決する。

「修学旅行生達は、ここで集合写真を撮ることにしたんじゃ」

「ちょっと待てやボケジジイ」

 キドの礼儀のなってなさは筋金入りだった。マネするな危険。

「なんにもないトコロでか? 修学旅行の集合写真って、もっと背景にこう、大仏とかお寺とかお城とか、別にスキー場でもいいけど、なんかあるだろ?」

「そこは後で、CG加工でどうにかするんじゃ」

「ならしょうがない。話を続けろ」

「百六十人全員を雛壇で並ばせて、さて撮影のとき――、高いカメラを持っているからという理由だけで任された引率の男性教師が言ったんじゃ。『全員の笑顔が揃うまで、何時間でもやるからな!』って。まあ、本人は、冗談のつもりだったんじゃが……、な」

「そんで?」

 ボロメスが合いの手を入れた。ボロメスの手ってどこだ? あ、比喩か。

「でも、その一言が……、恐ろしい結果を生んでしまった……」

「ま、まさか……」

 キドの顔が青くなった。

「そうじゃ、キドさんの想像する通りじゃ。生意気を絵に描いて煮詰めたような中学生達は、撮影の瞬間、わざと変顔をしたんじゃ……」

「なんてこった……。恐ろしい……。恐ろしい……。その先は聞きたくない……」

 ムンクの『叫び』みたいな顔をしているキドの代わりに、

「それからどうなったの?」

 フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』みたいな顔をしたボロメスが訊ねた。ボロメスの顔って――、もういいだろ。

「生徒達は、ありとあらゆる変顔を作った。絶対にそのままでは修学旅行の記念として使えないような……」

「若いなあ。若いって、若いよね」

 ボロメスが言った。

「そして……、撮影の教師は……、どうした……?」

 ゴッホの『ひまわり』みたいな顔をしたキドが恐る恐る訊ねて、

「既にいい歳の大人だったとはいえ、気持ちが若かったんじゃなあ……」

 老人は、蒼い空を見上げながら答える。

「ムキになってそれに立ちむかったんじゃよ。フィルムを何本も交換して。そして、今も交換している……」

「じゃあ……」

「そうじゃ、キドさん。撮影はまだ終わっていないんじゃよ。あのとき、笑顔が揃わなかったうちに夜を迎えてしまった一行は、翌日に再挑戦することにした」

「誰かその時点で微かにも冷静な人はいなかった? 一人でも」

 ボロメスの声に、

「若かったんじゃよ……」

「じゃあしょうがない」

「そうして、翌日も終わらず、翌々日も……、気づけば十日が過ぎていた。バスの座席で寝るのも疲れた一行は、この地をキャンプ地とすることにした。やがて、テントは家になった。家はビルになった。城壁も作った。こうして、この何もなかった土地に――」

「一つの国が生まれた、ってワケだな」

 キドは主人公なので、一番良い台詞を横取りする権利があった。

「納得したぜ。爺さん、正直な感想を言ってもいいかい?」

 老人は、無言で頷いた。

 キドは、

「ボクは思うぜ。――えっと、なんだっけ……。あっと、思い出せないや。ここまで出かかっているのに!」

 老人が、ポケットから20ドル札を出した。キドはひったくった。そして手を伸ばした。もう20ドルが出されて、こちらも奪い取った。

「じゃあ感想を言うぜ。――驚いたぜ! ぶったまげたぜ! これだから、まったく旅はやめらんねーぜ!」

 キドの弾む言葉を聞いて嬉しそうな顔を見て、老人は微笑んだ。

「満足してくれたようなら、何よりじゃ。長く生きた甲斐があったというもんじゃ」

「だから、この国の住人はみんな、若いんだな。見たところ、ほとんどが四十歳以下だ」

「そんな伏線はなかったよ? キド」

 書き忘れた。

「そうじゃ。中学生達は大人になり、愛し合う者同士が結ばれ、家族を持った」

「いい話じゃねえか」

「幼なじみでずっと一緒に育って、中学入学と共にお互い意識しあっていたが、関係性を壊したくないから告白できなかった二人の物語は、本当に素敵だったな。たくさんのすれ違いの果てに結ばれた結婚式、実に美しかったぞ」

「それを先に話せよジジイ! 何ドルだ?」

「人口はどんどんと増えて、国は大きくなっていった。そして今がある。だからこの国の名は『同級生の国』なんじゃよ。城門に書いてあった通り」

「くそう! 見逃した!」

 キドが地団駄を踏んだ。大地が揺れた。

 そして、

「じゃあ、中央公園に飾ってあった古いバス。あれが、みんなが乗ってきた観光バスだったんだな?」

「そんな伏線は以下略だよ? キド」

 書き忘れた。

「そして……………………」

 キドが、たっぷりと言葉を溜めた。

 もしこれがアニメ番組だったら、CMに突入するような。もしこれが週刊連載だったら、来週へ引くような、もしこれが――

「そのときの教師が……、爺さん、アンタだな?」

「…………」

 老人が、皺だらけの目を細めて、キドを見た。

 そして、

「いや、ワシは運転手」

 そう言いながら、懐からバス会社の社員証と、大型二種、すなわち『大型自動車第二種』に印がついた免許証を出して見せた。

 そこにある男の写真はだいぶ若かったが、右頬に彫られたピンクのビーチサンダルのタトゥーと、左耳の錦鯉のピアスと、首に巻いたニンニクのネックレスは、今とまったく一緒だった。

「え?」

「教師だと思ったじゃろー? 伏線がしっかり張ってあると思ったじゃろー?」

 老人のニヤけ笑顔に、

「く、くそう……」

 キドが震えた。悔しくて悔しくて、震えた。

「こうして、キドはまた一つ、人生の厳しさを知ったのです」

 ボロメスがまとめに入ろうとして、とりあえずキドは蹴っ飛ばした。

「イテ」

「悔しいがジジイ、アンタの勝ちでボクの負けだ。潔く認める。後で殴る」

 潔くとは?

「だが、疑問が残る。その教師はどうなった? まだ生きているのか?」

「さあ、どうなったかなあ……。思い出せ――」

 キドが100ドル札を突きつけて、老人が受け取った。

「特別に教えておくよ。その教師は、今はこの国にいない」

「今は?」

 ボロメスが聞いて、

「死んだのか?」

 キドが聞きました。

「いいや。生きてるよ。年に数回、故郷の国に帰っているだけじゃ」

「へー。なんのために?」

「ボクもそれが知りてえ」

 ボロメスとキドの問いに、老人は答える。

「この地で楽しく暮らしている元生徒達と、その子供達の、笑顔の写真を見せるためにじゃよ」


 おわり


「んで? 爺さんは帰らないのか?」

 殴った後にキドが聞いて、

「故郷にはまだ怖い妻がおるからいい。それに、出張扱いで給料は出てるから文句は言われてないからね。この方がお互い気楽」

「そっか」