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ミリは猫の瞳のなかに住んでいるミリは猫の瞳のなかに住んでいる

著/四季大雅 イラスト/一色著/四季大雅 イラスト/一色
これは「僕」が「君」と別れ、「君」が「僕」と出会うまでの物語だ。これは「僕」が「君」と別れ、「君」が「僕」と出会うまでの物語だ。
第29回電撃小説対象受賞作
金賞
第29回電撃小説大賞《金賞》受賞作第29回電撃小説大賞《金賞》受賞作
電撃文庫より好評発売中
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Movie スペシャルPVMovie スペシャルPV

全世界が一つの舞台、そこでは男女を問わぬ、人間はすべて役者に過ぎない、それぞれ出があり、引込みあり、しかも一人一人が生涯に色々な役を演じ分けるのだ―― (ウィリアム・シェイクスピア 『お気に召すまま』 福田恆存訳)全世界が一つの舞台、そこでは男女を問わぬ、人間はすべて役者に過ぎない、それぞれ出があり、引込みあり、しかも一人一人が生涯に色々な役を演じ分けるのだ―― (ウィリアム・シェイクスピア 『お気に召すまま』 福田恆存訳)

Story あらすじStory あらすじ

瞳を覗き込むことで過去を読み取り追体験する能力を持つ大学生・紙透窈一。退屈な大学生活の最中、彼は野良猫の瞳を通じて、未来視の能力を持つ少女・柚葉美里と出会う。猫の瞳越しに過去の世界と会話が成立することに驚くのもつかの間、『ミリ』が告げたのは衝撃的な『未来の話』。「これから『よーくん』の周りで連続殺人事件が起きるの。だから『探偵』になって運命を変えて」調査の過程で絆を深める二人。ミリに直接会いたいと願う窈一だったが……「そっちの時間だと、わたしは、もう――」 死者からの手紙、大学の演劇部内で起こる連続殺人、ミリの言葉の真相──そして嘘。過去と未来と現在、真実と虚構が猫の瞳を通じて交錯する、新感覚ボーイミーツガール!瞳を覗き込むことで過去を読み取り追体験する能力を持つ大学生・紙透窈一。退屈な大学生活の最中、彼は野良猫の瞳を通じて、未来視の能力を持つ少女・柚葉美里と出会う。猫の瞳越しに過去の世界と会話が成立することに驚くのもつかの間、『ミリ』が告げたのは衝撃的な『未来の話』。「これから『よーくん』の周りで連続殺人事件が起きるの。だから『探偵』になって運命を変えて」調査の過程で絆を深める二人。ミリに直接会いたいと願う窈一だったが……「そっちの時間だと、わたしは、もう――」 死者からの手紙、大学の演劇部内で起こる連続殺人、ミリの言葉の真相──そして嘘。過去と未来と現在、真実と虚構が猫の瞳を通じて交錯する、新感覚ボーイミーツガール!

Characters 登場人物Characters 登場人物

「僕は、やっぱり、銃殺事件の犯人を捕まえるよ。正直すごく怖いし、自信もないけど。僕にしか助けられないなら、やっぱり助けたい。」【紙透窈一(かみすき・よういち)】瞳を覗き込むことで過去を読み取り追体験をする能力を持つ。大学に入ったばかりだが、流行り病が猛威を振るい自粛生活を強いられ、退屈な日々を送っている。ひょんなことから『出会った』ミリに探偵役を任ぜられることとなる。「僕は、やっぱり、銃殺事件の犯人を捕まえるよ。正直すごく怖いし、自信もないけど。僕にしか助けられないなら、やっぱり助けたい。」【紙透窈一(かみすき・よういち)】瞳を覗き込むことで過去を読み取り追体験をする能力を持つ。大学に入ったばかりだが、流行り病が猛威を振るい自粛生活を強いられ、退屈な日々を送っている。ひょんなことから『出会った』ミリに探偵役を任ぜられることとなる。
「そう言ってくれるって、知ってた。――ううん、信じてたよ。」【柚葉美里(ゆずのは・みり)】未来視の能力を持つ謎の少女。本と演劇が好きな普通の女の子。窈一のことを『知っている』ようで、初めから「よーくん」と呼び好意を抱いている様子。『探偵』となった窈一を導き『連続殺人事件』の犯人を捕まえようとしている。「そう言ってくれるって、知ってた。――ううん、信じてたよ。」【柚葉美里(ゆずのは・みり)】未来視の能力を持つ謎の少女。本と演劇が好きな普通の女の子。窈一のことを『知っている』ようで、初めから「よーくん」と呼び好意を抱いている様子。『探偵』となった窈一を導き『連続殺人事件』の犯人を捕まえようとしている。
「――にゃあん。」【サブロー】過去ではミリの飼い猫で、現在は窈一が飼っているトラ猫。現在と過去とに隔てられた窈一とミリをつなぐ存在。窈一が『接続』するとき、不思議とじっとしてくれている。「――にゃあん。」【サブロー】過去ではミリの飼い猫で、現在は窈一が飼っているトラ猫。現在と過去とに隔てられた窈一とミリをつなぐ存在。窈一が『接続』するとき、不思議とじっとしてくれている。
【阿望志磨男】演劇部の脚本担当。見た目もキャラも濃い傑物。【桜庭千都世】演劇部の主演女優。ミステリアスな先輩。【須貝健太郎】演劇部の新入部員。窈一の同級生で友人。【檜山梅子】演劇部の美術担当。明るく親しみやすい陽キャ。【佐村猛】演劇部の新入部員。阿望を崇拝している俳優志望。【蛭谷美和子】演劇部の女優。演技を始めると豹変する地味っ子。【院瀬見港人】演劇部の俳優。実家が太くてキザだが憎めない人。【黒山忍】演劇部の舞台監督。阿望の盟友であり相棒。【天ヶ崎華鈴】演劇部の女優。連続殺人事件の最初の被害者。

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物語冒頭を先行公開!物語冒頭を先行公開!

 全世界が一つの舞台、そこでは男女を問わぬ、人間はすべて役者に過ぎない、それぞれ出があり、引込みあり、しかも一人一人が生涯に色々な役を演じ分けるのだ――

 ウィリアム・シェイクスピア 『お気に召すまま』 福田恆存 訳


    序幕


 四百年以上前に書かれた台詞なのに、とても新鮮に感じられた。

 声にした途端に、さっと何かが吹き抜けたような気がした。まるで風を紡いできちんと巻いてあった糸玉がほどけて、また新しく流れ出したみたいに。

「上手い上手い、すごくいい感じ!」

 ミリはにっこりと嬉しそうに笑い、ぱたぱたと拍手した。彼女は体が小さいことを気にしてか、動作を大きく、全身で表現する。

「そんなに大げさに褒められると、素人が勘違いしちゃうよ」
 僕は頭の後ろをかきながら言った。
「ううん、本当に筋がいい。初めてだとはとても思えないよ。次はもっと丹田のあたりから声を出すといいかも」
「タンデン?」
「おへその下あたり」

 僕はコピー用紙にプリントした台詞を確認する。『お気に召すまま』の登場人物、ジェイキスの長口上。彼の厭世家らしい表情や声音、身振りを意識しつつ、お腹の底から声を出す。

「全世界が一つの舞台――」ミリに教えてもらったように、強弱とリズムを意識して、音楽を奏でるように。けれどまだすこし恥ずかしくて、頬が火照ってくる。トラ猫のサブローが、きょとんと首をかしげている。「――つまり、全き忘却、歯無し、目無し、味無し、何も無し」

 ようやく言い終わると、サブローを抱きあげて、僕は訊く。

「今のはどうだった、ミリ?」

 しかし残念ながら、ミリはこちらに背を向け、一生懸命に背伸びをしている最中だった。踏み台のうえで、本棚から分厚い本を取り出そうとしている。白水社のシェイクスピア全集、全7巻中の4巻。カナリーイエローのフレアスカートをゆらゆらさせながら、指先でじりじりと引き出していく。手伝ってあげたいがそうすることもできず、そわそわしながら僕は待つ。

 あっ、と僕は思わず声をあげた。
 ぐらり、とミリが本の重みでバランスを崩したのだ。

 僕は反射的に動く。けれど動いただけだ。何の意味もない。サブローが驚いて茶色の毛を逆立てる。ミリは自力で体勢を立て直し、胸に本を抱えて、ほっと息をついた。それから台を降りて机に向かうと、夢中になって読みはじめた。

 ミリの正面の窓から、やわらかい光が差していた。まるっこい形の良いボブカットに、天使の輪がゆれている。髪は色素がうすく、毛先が琥珀みたいに透きとおって、白い頬にすうっと溶けていた。いつもふわふわして可愛らしいミリだけれど、横顔にはなんだか神秘的なきれいさがあって、思わず見惚れてしまう。

 ――と、急に視界がぐいっと前に動いた。

 しかし僕の体が動いたわけではないので、脳がエラーを起こし、幻の慣性を感じる。ふらっとしてくらっとしてちょっと気持ちわるい。そんな僕にはおかまいなしで、視界はすいーっと進んでいく。机のした、ミリの足元へ――。天板の裏側が見える。視線が下りると、ミリの足の指がピアノの鍵盤みたいに並んでいる。

「ひゃっ、ちょっと、くすぐったい!」

 ぐるぐると視界が回って、いつの間にかミリの顔が目の前にある。バチンと視線がぶつかって、どきまぎする。ミリは口をあわあわさせて、みるみるうちに耳まで真っ赤になった。

「……い、いまの、見てた?」
 僕はブンブンと首を横に振った。
「何も見てないよ!」
「わーっ、嘘だーっ! 演技がヘタすぎるよ!」
「ひどい、さっきは上手だって言ってくれたのに!」
「ほんと? 下着とか見えてないよね? 嘘だったら……嘘だったら……ビ、ビンタするよ?」
「ビンタなんかできないでしょ」

 ミリの優しい性格的にも――物理的にも。
 ミリは悔しいような、怒ったような、ちょっぴり寂しいような微妙な表情をした。そして、自分の顔をぱたぱたと扇いで、

「もう、なんだか暑くなってきちゃったよ……」

 立ち上がって、掃き出し窓をあけた。麻のカーテンがふわりとふくらむ。雲ひとつない青空から桜の花びらがひらひらと、宛名のない手紙のようなさり気なさで部屋に舞いこんでくる。ミリの髪がやわらかくゆれる。

「こっちもだいぶ暑くなってきたから、窓を開けるよ」

 僕はそう言うと、サブローを降ろして、一度、接続を切った。

 額に浮いた汗をぬぐう。アパートの隣近所に声が響くのを恐れて閉め切っていたせいで、部屋はひどく蒸し暑い。いいかげんエアコンを直さないと生死にかかわる……。ベランダの手すりのむこうには、雲仙岳めいた入道雲がそびえていた。窓を開けると、夏の匂いのする風がゆるやかに吹き、うるさいほどの蝉の声を伝えた。

 振り返ると、青空の落ちたフローリングに、猫が一匹ちょこなんと座り、後ろ足で耳をかいている。ボロいワンルームには僕とサブローだけで、可愛い女の子どころかその影すらない。

 僕はサブローを抱きあげ、その瞳を覗き込み、眼球と眼球を接続する――


 ミリがにっこりと笑っている。
 僕はサブローの瞳を通して、その姿を視ている。彼女はやわらかい声で言う。

「よーくんのジェイキス、良かったよ。さっきよりだいぶ発声が改善されてた」
「ありがとう」僕ははにかんだ。「さっき、どうしてシェイクスピア全集を読んでたの?」
「えっ? ああ、小田島雄志先生はどう訳してたのかなって、気になっちゃって」

 ミリの部屋には大きな本棚がある。シェイクスピアやら宮沢賢治やらサリンジャーやら寺山修司やら少女漫画やら、多種多様な本が挟まっていて、相当な読書好きなのだろうとわかる。きれいに整頓されて可愛らしい置物が添えられていたりして、いかにもお洒落な女の子の部屋という感じで、僕はなんとなく覗いているのが気恥ずかしくなる。

「訳者によってそんなに違うの?」
「全然違うよ!」

 ミリはそう言って、男装した姫君ロザリンドのセリフを読み上げる。ミリの声は可愛らしいけれども凛としていて、とても発音がきれいで、思わず聞き惚れてしまう。

 可愛らしい見物人もやってきた。すずめの子が一羽、掃き出し窓から舞い込んできて、春陽でふくらんだ毛をつくろい始めたのだった。すると、ミリの部屋にいるサブローがそわそわし出した。ミリとすずめを交互に見ると、次の瞬間、パッと飛びかかった。すずめは悠々と、春空へと飛び去っていった。窓ガラスに、きょとんとしたサブローの姿が映った。彼はまだくりくりと丸い目をした子猫で、すずめと毛糸玉の区別もついていなそうだ。

 僕は、僕の部屋にいるサブローの頭を撫でて、言う。

「ずいぶん大きくなったな」

 もうすっかり大人になって、ちょっとした貫禄すら出ているサブローが、気持ちよさそうに喉を鳴らし、鼻を僕の手に押し付けてくる。

 ちゅん、と鳥の声がする。見れば、開いた窓に、すずめが一羽とまっていた。一瞬、ミリの部屋にいたすずめかもと錯覚したけれど、そんなわけはない。

 ――僕とミリはお互いに別の場所・別の時間にいて、猫の瞳を通してやりとりしている。ミリの方にいるサブローは、まだ子猫で、僕と出会ってすらいない。

 事態は複雑なようでいて、とてもシンプルだ。ルールが明らかにされれば、すべてが簡単に理解される。まるで混沌とした星々の動きが、地動説が導入されるやいなや、たちまち円運動の組み合わせに整理されるみたいに。

 とりあえず現状は、こう考えておけば、当たらずも遠からず、といったところだろう。

 ミリは猫の瞳のなかに住んでいる。

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  • 書影:ミリは猫の瞳のなかに住んでいる

    これは「僕」が「君」と別れ、「君」が「僕」と出会うまでの物語だ。

    ISBN 9784049148763
    発売日 2023年3月10日発売 定価 748円(本体680円+税)
    ISBN 9784049148763
    発売日 2023年3月10日発売
    定価 748円(本体680円+税)

    これは「僕」が「君」と別れ、「君」が「僕」と出会うまでの物語だ。

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