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「しりっぱねばかりする若駒じゃ、カニツァのじじいは苦労するな」
「何度もすみません、カニツァのじじいって……」
「グレンのそばにへばりついてる首席補佐官だよ。まだそんな年じゃないんだが見た目がとにかくけてんだよ。禿げてるし」
 アルムは任命式のことを思い出す。そういえばグレン・グナモアのすぐそばには禿とくとうの補佐官がいた。あの男がカニツァだろうか……。
「武官から首席補佐官が出たんで、当時はかなり騒がれたんだ」
「首席補佐官は、最高統治者が就任してから自身で選出するのが通例だとか?」
「そうだ。つまり統治者の完全な好みとも言えるよな」カルセドニーは下品な笑みを浮かべた。
 二杯目のお茶を飲み干すころ、アルムはフローライトのことについてまだたいした情報をつかめていないことに気が付いた。カルセドニーにうまく誘導されているような気もする。なんとか軌道修正しなければと話を強引に戻した。
「船長、そもそもフローライトは、なんの罪を犯してこの船に乗ることになったんですか」
「罪、か。あいつはひとの罪の象徴みたいなもんだ。あいつ自体はなんもしちゃいねえよ」
 アルムにはさっぱり意味がわからない。
「フローライトがここに来たのはグレンが最高統治者に選出された直後だ。グレンが直接ここに連れてきたんだ」
「グレン・グナモアが?」
「ああ。グレンからの命令は守れ、のひとつだけだった」
「フローライトを守れ、ということですか」
「そうだ。フローライトが来る前に、突然この船に桁違いの予算がついてな、極秘に大規模換装をしたんだ。そしておれ以外の乗組員はすべて船を下ろされ、いまいるやつらが代わりに乗ることになった」
 たったひとりの少女を守るにしてはおおすぎる措置だ、とアルムは思った。
「この船には母港がないんですよね? それが移動し続けなきゃいけない理由なんですか?」
「移動っていうとそれらしく聞こえるけどな。その実、おれたちゃ逃げ回ってんのさ」
「逃げてる?」
「おれたちのつみはなんだ?」
「それはええと……フローライトです」
「そうだ。おれたちはフローライトを守るために、偽装した船で、このリーンの海じゅうを逃げ回ってんだよ。目立たねえように、見つからねえように、ってな」
「フローライトは誰かに狙われている……ってことですか?」
「さあな。でもな、最悪を想定して準備をしといたって、おれたちに損はねえだろ?」
 アルムにはよくわからない。
 なにから逃げて、なにからフローライトを守っているのだろう。
「この船には、ほんとうにいろいろ事情がありそうですね」
「フローライトが十八になると厄介な命令がもうひとつ増えてな。ま、目下悩みの種だよ」
「……どんな命令ですか?」
 カルセドニーは顔をしかめた。アルムに伝えてもかまわないことと、そうでないことをふるいにかけているようだ。表情をなんら隠そうとしないのでアルムにもそれが簡単に見て取れる。
「おっと、おしゃべりがすぎたな。おれにはおまえさんに全部を話す権限がねえんだよ」
 そうきたか。予測できたこととはいえアルムの中にはもどかしさが募った。
「……いずれは教えてもらえるんでしょうか」
「そうなるかもしれんし、そうならないかもしれん。ま、おまえさん次第だな。明日は朝九時にブルー・ステイブルに行ってくれ。遅れるなよ、ゼキは時間にうるせぇからな」
 船長室を出ると通路の照明はすでに消えており、非常灯がアルムの脚元をぼんやりと照らしている。


 アルセノンについてはなにひとつ情報をつかめず、核心に触れるどころか入り口にさえ立てていない。アルムは落胆を隠せなかった。
 アルムは自室に戻ってシャワーを浴びた。こんなに熱い湯が出るぜいたくなシャワーははじめてだった。カルセドニーが言っていた「桁違いな予算」を、シャワーひとつとっても体感できる。アルムはこの船の得体の知れなさが不気味に思えた。たった一日だけで、しかもまだ本格的に仕事を始めたわけでもないのに、大きな渦の中にいるようだ。
 一瞬たりともぬるくならない熱いシャワーにうたれて、明日からの任務に思いをはせてはみるものの、頭の芯がしびれているようでちっとも働かない。
 仕方がない、今日は諦めて眠ることに徹しよう。
 アルムは眠りに落ちる前に幾度となく寝返りを打つことになるのを覚悟した。