豚のレバーは加熱しろ

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 お疲れでなければ外に出てみませんか、という誘いに乗って、俺は少女と散歩に出た。俺が寝かされていたのは三階。石の階段を下りて、一階から裏庭へ出る。階段は、二階で調理場と、一階で薄暗い倉庫と繋がっていた。
「今いるのは、私がお仕えするキルトリン家の邸宅の、南の端にあたるところです。私は普段、このあたりで生活しているんですよ。そして、あっちが農場です」
 隣を歩く豚に、少女は優しく喋りかける。広大な草地を歩いて、石造りの小屋がいくつか並んでいる場所へ向かう。今は昼過ぎのようで、青い空から熱い日差しが背中に注ぎ、爽やかな風が心地よい。風はワンピースの裾を舞わせて、しっかりその役目を果たしている。水色の生地を透過した太陽光と牧草の緑が跳ね返す反射光とが交錯するきらめきの中で、ちらりと顔を覗かせかける純白の生地は――
「あの、もう少し近くを歩いてもいいんですよ」
〈大丈夫、今のは単なる情景描写で、別に下心があるわけじゃない〉
 ワンピースを着た美少女の隣、高さ五〇センチメートルくらいのところから彼女を見上げる豚に、下心などあるはずがなかろうに。
「そうなんですね。あまりに描写が具体的なものですから、てっきり、お好きなのかと思ってしまいました」
 少女は笑った。いい子だ……
〈あの……君に訊きたいことがあるんだけど、いくつかいいかな〉
 俺が言うと、少女はこちらを見る。
「いいですよ。それと、私の名前はジェスです。ジェスって呼んでくださいね」
 ブヒッ。ジェスたそ~!
〈分かった。よろしくな、ジェス〉
「よろしくお願いしますね、豚さん」
 ブヒブヒッ! これはもう、ご褒美だ。諸君は金髪美少女を呼び捨てにして、その美少女から豚呼ばわりされたことはあるか? ないだろうな、かわいそうに。
 いやしかし、こういった独白までことごとく聞かれているとなると、むしろどうでもよくなってくるな。豚になった人間が、「よろしくな、ジェス」なんてカッコつけて言いながら、裏ではブヒブヒ鳴いているのだ。なんと逆説的なことか! ジェスたそよ、これが男だ! 刮目せよ!
〈……聞こえなかったことにしてくれ〉
「ええ、そろそろ心得てきました」
〈よかった。じゃあ、いろいろ話を聞かせてくれるかな〉
「はい。何なりと」
〈何から訊こう……じゃあまず一つ目。この国では、人が豚になることはよくあるのか?〉
 ジェスは少し真剣な顔になる。
「私の見聞が広いわけではありませんが……そのような例は、あまりないと思います。形態が獣っぽく変化する種族はありますし、完全な獣になることも、歴史上の話でしたらいくつか聞いたことがあるんですが」
〈歴史上に、人が豚になった話があるのか?〉
「いえ……豚ではないです。でも、一〇〇年以上前の暗黒時代、魔法使いたちがまだ戦っていた時代には、魔法使いがその力を使って、人をハゲワシに変えてスパイさせたり、太ったアザラシに変えて懲罰を加えたりしたと言われています」
 魔法使い、変身……ジェスの真面目な口調とは対照的な大それた話を聞いて、ああ、本当にファンタジーの世界観なんだな、と実感する。いやしかし、ハゲワシだとかアザラシだとか、変身させる動物のチョイスがずいぶんとマニアックだな。きっと豚に変身して美少女に自分を踏ませた偉大な魔法使いもいたことだろう。
〈魔法使いというのは、今はもういないのか?〉
「いえ、いらっしゃいます。しかし暗黒時代に数が激減し、メステリアでは偉大な王様の家系だけが、暗黒時代を勝ち抜いた、現存する唯一の魔法使いの血筋であると言われています」
〈そうすると、俺を元の姿に戻す手段っていうのは……〉
「大変申し訳ないのですが、王都にはるばる伺って、王様に会いに行くしかないと思います」
 絶句した。いや、豚の分際で口から音は出さないことに決めていたが、それでも何と言えばいいか分からなかった。一国の王に面会して、「ブヒッ。ブヒブヒブーヒブヒンゴ!(人間に戻していただけませんか)」とお願いするしかないというのか。
「あの」
 ジェスは立ち止まり、しゃがんで俺と目線を合わせた。少し開いた膝の間に――
「私、ご一緒しますよ」
 その顔は、美しく純粋な笑顔だった。しかし……
〈おいおい、ジェスにはジェスの生活があるだろう〉
 俺が伝えると、ジェスは首を振る。
「実は私、しばらくの間お暇をいただいて、王都へお伺いに行く予定なんです」
 なんと。王にしか治せない状態となった俺が現れたときに、ジェスは王都へ行く予定になっていたのか。下手なプロットのように都合のいい話である。俺の夢よ、しっかりしてくれ。
 ジェスは困ったような顔で口を笑わせた。
「……運命、かもしれませんね」
 ブヒ。それを美少女に言わせるためだったのなら許そう。むしろ許してくれ、我が無意識よ。
〈運命かどうかはさておき、王都に行って、何をする予定なんだ? 豚を連れて行っても平気なんだろうな〉
「大丈夫だと思います。ちょっとした……おつかいみたいなものですから」
〈王都にか?〉
「はい。キルトリを治める豪族キルトリン家の小間使いとして、仕事で王都へ参上することになっています」
〈豚を連れて行ったりして、家名に泥を塗ることはないか?〉
「王は偉大で寛大だと聞きます。事情を知れば、きっと力になってくださるはずですよ」
 概ねどこの王国でも、王は偉大で寛大だと言われると思うが。
〈それなら、ぜひ連れて行ってくれ!〉
「はい!」
 ジェスはなぜか嬉しそうに笑う。絵になりそうな景色だった。眼福。
 いやまあ、たとえ相手が豚であっても、スカートならばしゃがみ方には気を付けるべきだと思うが……。
 ジェスは俺の視線に気付き、顔を赤くした。
「申し訳ありません! つまらないものをお見せしました……」
 ふむ。そう思うなら、今度はもっと面白いものを見せてほしいものだ。


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