<四>
「結論から言えば犯人は山吹大学付属中学、または高校の教員ではないかと仮説が立った」
「突然のクライマックス!?」
カフェから戻ったばかりのわたしたちを出迎えたのは講義モードの教授だった。縁無しの眼鏡をかけ、理知的な雰囲気を醸している。シンプルな服装ながら厚いオーラを纏っているので画期的な製品のプレゼンでもはじめそうな勢いである。
「さらに言えば、先ほど真雪くんに投稿してもらった写真に、くだんの盗撮画像を送りつけてきたアカウントが反応していた。近いうちに犯人が動く可能性が高い」
手には2色の水性マーカーと、傍らには使い込んだホワイトボード。
「教授、真雪くんのアカウントをチェックしていたんですか」
「先ほどヒアリングした際に詳細を教えてもらった。念のため寄せられたメッセージのスクリーンショットも受け取っている」
真雪くんに粘着する犯人が投稿を見ている時間帯。
またはその反応速度などを分析していたんだろう。
教授は頷いて、研究室の入口に佇むわたしたちを目線でソファに誘った。
「ついては我々が取るべき行動だが……せっかくだ。未来の教え子に講義をするとしよう」
わたしは腰を落ち着け、隣に座った真雪くんに耳打ちする。
「真雪くん、ここから少し難しい話になるから、わからないことがあったら──」
「ふぅあっ」
ビクッとのけぞる真雪くん。なんだ今の声は。
「す……すみません、ひまりさん、みみ、耳は……ッ!」
「ごめん、耳弱い人だったんだ……」
うるうると涙目で見上げてくる真雪くんに一抹の罪悪感を覚えつつ教授の声に耳を傾ける。そんなわたしを気にも留めずに、初っ端からブースト全開で語り始めた。
「まず、SNSの基本原理である『六次の隔たり』の考え方に基づけば、真雪くんはメンションを通じて今回の犯人とつながっているわけだが……」
「教授ストップストップストップ」
いきなりの大暴走である。
教授は頭の回転が速いのでただでさえ早口なのに、弁舌口調と専門用語がコラボレーションして大渋滞を起こしていた。
案の定、説明を中断させられた教授はムッとしているし、対照的に真雪くんは目を白黒させている。これわたし悪くないよね……。
「……ろくじの……なんですか?」
わたしは教授から教わった知識を脳内から手繰り寄せて助言を試みた。
「『六次の隔たり』っていう言葉だよ。ざっくり説明すると、自分の知り合い、知り合いの知り合い……と6回繰り返せば世界中の人間につながる、っていう考えかただね」
SNS上で発信する言葉は全世界につながっている、という意識を浸透させるための説明に使われる言葉でもある。ちなみにメンションとは、ある投稿に対する他人からの反応のこと。『Twitter』における返信や拡散、お気に入りなどがこれにあたる。
「もともと、SNSの主目的は『個人間のコミュニケーション』にある。しかし、これが人々の生活に浸透するにあたって問題が生まれた。ひまり」
「えっ、わたしですか?」
ふいに名前を呼ばれてドキリとする。
言外に『説明してあげろ』と語っているのだ。これもいつもの方式である。
「…………すみません、30秒ください」
わたしはいそいそと自分の机から大学ノートを取り出し、ぱらぱらとページを捲った。
「えーと……SNSの浸透が招いた問題は、コミュニケーションの異常な高速化……です!」
「次、暗唱できなければ落第だよ」
「綱渡りの日々!?」
生殺与奪を握られている恐怖に怯えるわたしには目もくれず、教授は続ける。
「ソーシャルネットワークという概念が生活に浸透するにあたって、個人間のコミュニケーションが簡略化され、自動化され、そして高速化した。今やSNSの普及率は国民全体の九割以上にものぼり、万人が気軽にパーソナルな情報をインターネット上に落としている……と言葉で説明したところでピンとこないだろうから。そうだね、例を示そうか」
そう言って教授はスマホを手に取り、メッセージアプリを立ち上げる。
「たとえば『LINE』のスタンプ機能だ。おはようございます、おつかれさまでした、こんにちは、さようなら……などなど。日常会話の定型句は、すべてスタンプひとつで済んでしまう。これらはまさに高速化したコミュニケーションといえる。またスタンプ機能はユーザーが作成することもでき、諸々の規定に則ったマネタイズも可能。体系化したビジネスモデルを確立することでスタンプ機能は他のサービスにも移植され、伝播していき──」
今日は一段と口が回るなぁ……なんて思っていたら。
「んっ」
胸の中でスマホがブルブルと震え、わたしは反射的に声を漏らす。
確認すると、目の前にいる教授から無数にスタンプが送られてきている。
「……あの、教授。淡々と説明しながらわたしにスタンプ連打しないでください」
「ひまりこそ、いくら大きいからって胸の谷間にスマホを入れるんじゃない」
「その話は関係ないでしょ!?」