「オープンキャンパスを利用して私に相談しにきたんだろう?」
 今日はゴールデンウィーク初日。
 そして同時に、受験生に向けておこなわれるオープンキャンパスの実施日でもある。大学構内やゼミの活動などを見学できるイベントだ。
やまぶき大学の学生の、およそ半分が内部進学組で構成されるのはひまりも知っているだろう。この時期はちょうど、付属高校の3年生を対象に進路調査が入るんだ。それにあたって、オープンキャンパスへの参加が義務付けられている。生徒としても連休を学校側に潰されるのは本意ではないため、自然と初日に集まる傾向が強いわけだ」
 一息に早口でまくし立てて、ひと区切り。教授はうんと伸びをして先を続けた。
「もっとも、ゆきくんが今日訪ねてきたのは別の理由からだろうが。どうかな?」
 その推理の正誤は、ゆきくんの言葉によって明らかとなる。
「おっしゃるとおりです。オープンキャンパスの資料として配られたパンフレットでしらさぎゼミのことを知ってここまで来ました。周りに気づかれないように注意して……連休初日に伺ったのは、早く誰かに相談したかったからです」
「……教授。ゼミについて、パンフにどんな紹介文を書いたんですか?」
「『SNSのトラブル相談、随時受け付けます』と載せておいた」
「そんなちよくせつてきな書き方したんですか……」
「研究材料や事例は多いに越したことはない。特に高校生や大学生はソーシャルメディアの利用率が高いからね。それに、若年層に向けてまわりくどい表現を使っても意味がないだろう」
「文面だけ見れば完全にヤバい機関でしょ。うさんくさい興信所じゃないんだから……」
 わたしの指摘をまるでなかったかのようにスルーして、教授はゆきくんに向き直る。
「警察が頼りにならない状況でストーキングはエスカレートしていく。怖かっただろう」
 すっくと立ち上がりゆきくんの背後に移動する。そしていたわるように肩に手を置いて。
「だがなかむらゆきくん、きみは立派だ。追い込まれながらも行動を起こした。たいしたものだ。もたらされた理不尽に負けず、置かれた状況を打破するため、自ら考えて解消策を練り、わらにもすがる気持ちでこの場所まで辿たどり着いた。それも自らの足で。誰にでもできることじゃない。きみの勇気を私はたたえよう」
 教授の言葉ひとつひとつが、心に優しく突き刺さっていくのがわかった。
 ゆきくんの目の端がじわりとゆがみ、頰を透明なしずくがこぼれ落ちる。
「──っ、う、ぐす……っ!」
 震えるような声が漏れ出す。
 わたしは居ても立ってもいられず、ゆきくんをふたたびギュッと抱きしめた。
「よしよし、怖かったね、落ち着くまでこうしていようね」
「ありがと、ござ、ま…………う、こ、怖かった、です……」
 インターネットの向こう側の、顔も知らない人間に付きまとわれる恐怖。
 まだ10代の高校生が。きっと、その気持ちを他人が推し量ることはできない。
 わたしはすすり泣くゆきくんを胸の中で受け止めて、思う存分にたんのう……じゃない、寄り添うことにした。
「よしよし、安心して。お姉ちゃんにたっぷり甘えていいからねー?」
「どさくさに紛れて役得じゃないか、年下趣味のあねさきひまりくん」
「不純な気持ちはないので落第だけはご勘弁を……これはセラピーですから……」
 そう、セラピーだ。たぶんね。……年下趣味なのは否定できないけど。
 ふわりと、ふたたびゆきくんのロングヘアから、甘いバニラの香りが漂ってくる。
 ほんとうにこの生き物は男なのか……? なんて思っていると、教授が口をとがらせる。
「よかったじゃないか。その無駄にでかい胸の使いどころができて」
「言い回しが性悪女!」
「母性にあふれた脂肪の塊で、かわいい年下の男の子を慰める……ああ、実にいい使い道だ」
「言い回しがえっちな性悪女!」
「だいたい、断捨離がり、ミニマリストがはやされて『持たざる者が正義』なんていわれる時代なのに乳は大きいほうがいいという風潮は理解ができない。徐々にコンパクト化されていった携帯電話もスマホの時代には拡大していくし、まったくもって意味がわからない」
「まだ続いてた!? 教授、おっぱいの話のときだけ女の子になるのやめてくださいよ!」
 いや、お互いに女性なんだけどね。尊敬する人とこんなテーマでギスギスしたくないのよ。
 なんか最後はヘイトがあさっての方向に向かってたし。