<三>
そういうわけで、購買部で買い物を済ませて一旦研究室に戻ったわけなんだけれど。
「どうしてわたしは真雪くんとお茶しにきているのかな……?」
研究室のある学舎の一階に広がるカフェスペースの入口で、傍らの真雪くんに問いかける。
「僕にもなにがなんだか……ただ、渡されたタブレットには『カフェでひまりとお茶している風景を撮影し、RootSpeakに投稿しろ』と書いてあります」
「わたしの肖像権どこ行った!?」
そんな渾身の叫びは、キャンパス内に設えられたカフェスペースの喧騒に飲まれていく。
というのも、買ってきたばかりのガトーショコラを頰張る教授から飛んできたのがこんな指示だったのだ。
『真雪くんとカフェに向かってくれ。具体的な指示はメモ帳に書いておく』
そのひと言で、腰を落ち着ける暇もないまま、休む間もなくここまでやってきた次第である。
「それにしても、写真かぁ」
うーん、と少しだけ思案する。まあ、わたしの情報、もう昔と変わってるから問題ないかな。そういった部分を踏まえた上で、教授はこういう指示を出しているんだろうし。あの人は教授と呼ばれるだけあって聡明なので、すべて織り込み済みなのだと思う。
「すみません、ご迷惑おかけします……」
「ううん、いいの。真雪くんはなに飲みたい? わたし奢るよ?」
「……えっと。じゃあ、姉崎さんと同じものを」
「満点の答えじゃん」
後輩力が高いなぁと感心した。こういうことを言われると喜んでお金を出せてしまう。
頷く真雪くんを先導し、ドリンクをカウンターで受け取って空席を探す。オープンキャンパスの影響でなかなか混雑しており、腰を落ち着けられそうな席は見つからなかった。
空からは眩しい陽射しが降り注ぎ、地表からはアスファルトの焼けるにおいが立ちのぼる。
「カフェ、大学内に四つあるんだけど……ふだんこんなに混まないのになぁ」
「親子連れが多いですね」
「オープンキャンパスだからね。親と一緒に見学しにくる子も多いんだよ」
「そっか……普通はそうなんですね」
普通は。
その言い回しに若干の含みを感じたけれど、言及しないことにする。
「姉崎さん、せっかくですしテラス席にしましょう。ここだと太陽を光源にできますし、屋内と違ってごみごみしていないので写真が映えます」
「おお……ナチュラルに『映え』を使いこなしてる人をはじめて見た……」
しかも、それが年下の男の子という。
外だと太陽が眩しいし、暑いから嫌だなー……なんて単純に思っていたわたしはまだまだ女子力が足りないみたいだ。なんだかヘコむ。
わたしはラテに載ったホイップクリームをスプーンで掬い取って、口に運ぶ。
「ストーカーなんてひどいよね。受け手の気持ちを考えずに好意を押し付けるなんて」
「……そうですね。誰かにかわいい、好きだって言ってもらえることは嬉しいし、ありがたいですけど、それがこういう形に歪んでしまうと受け止めきれなくなってしまいます」
「聖人かなにか? こんなときにまで相手の気持ちなんて考えなくていいと思うよ」
「自分でも理解はしているんですけれど、どうしても割り切れなくて……妙なことを言っているとは理解しているんですが」
「それだけ人がいいってことじゃないのかな。真雪くんはなにも気にしなくていいよ。最近はSNSを悪用した犯罪が表面化していて、ニュースにもよく取り上げられるくらいだから……あっ、そうだ。この間、教授が報道番組のコメンテーターやってたんだけど知ってる?」
「はい、一応……2週間くらい前にちょうどテレビでお見かけしました」
「そっちかぁ……わたしが言ったのはネット番組のほう。ちょうどSNSの犯罪行為について掘り下げる番組だったから保存しておいたんだ。見てみよっか」