こわれたせかいの むこうがわ ~少女たちのディストピア生存術~

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 今日もチオウは雑居の裾を外壁まで広げている。労働者が狭い通りに犇めき、大通りのビルには手作りのネオンが毒々しく光っている。フウはシモガジョウの〈落雷通り〉に向かった。シモガジョウの落雷通りはよく整備された主要幹線で車の行きかいが激しい。この落雷通りはチオウの中心部へと一直線に延びている。道路を西に歩くと、バス停が見えてきた。バス停と言っても、路側帯に赤い「バス」と書かれた文字と壁に錆びた時刻表のプレートがかかっているだけである。
 しばらくそこで待つと時刻表の時間を二〇分ほど過ぎたところでバスが止まった。青の塗装は経年に剥げ落ち、排気ガスはいかにも害のありそうな臭いを放つ。金切声を上げて扉が開き、フウは中に乗り込んだ。緩衝材のはみ出た椅子はひどく座り心地が悪い。バスの中には箱詰めされた荷物が幾つか積まれている。公共のバス会社は物資の輸送サービスはしていないので、恐らくは運転手の小遣い稼ぎだろう。
 そんな荷物と共に揺られ、二時間かけて中央都市〈ドテン〉へ辿り着く。三〇〇オウチを支払い、フウはバスを降りた。
 ドテンは百メートル級の高層ビルがこれでもかと密集するチオウの心臓部で、「経済活動」の中心地でもある。
 ドテン北側にある〈フラク〉というビルにフウは足を運ぶ。道路にはゴミもなく、小ざっぱりとした街路樹が風に深緑の葉を揺らしている。歩道も車道もしっかりと舗装され、シモガジョウのように亀裂が入っていたり、潰れたゴミがへばりついていることもない。行きかう人々も小奇麗に整った洋服を着ている。外套に汗臭いシャツを着たフウの格好はかなり浮いていた。
「このあとどうする?」
「私は学校に戻って勉強するわ」
 落ち着いた女性の声に視線を向ける。通りを駆け抜ける乾いた風に紺のプリーツスカートが揺れた。黒地のシャツには白色のラインが入っている。それを身に着けていた三人の少女は全く同じ服装だった。セーラー服なる上等階級の学生が着る制服らしい。
 三人の少女は優雅な足取りでこちらに歩いてくる。そのすれ違いざまに、
「「「ごきげんよう」」」
 と笑顔で頭をさげた。フウもつられて頭を下げる。フウはその背中を少しだけ見てから前を向く。管轄区民に笑って唾を吐いてくる中流層の学生と違ってよく教育されている。
 フウは「フラクビル」に辿り着くとビルの外側にある九十九折りの鉄階段を上って一〇階に行く。一〇階の壁には鉄の扉があって「鳳凰銀行」と書かれていた。扉を開けると、薄暗い照明の中に四つの窓口を並べたカウンターと正対した。薄暗いのは節電のためらしい。窓口の女性は小奇麗なスーツを着ていて控えめな笑みを浮かべている。
「お待ちしておりました。便利屋稼業の調子はどうですか?」
 ぼちぼち、とフウは生返事をした。便利屋稼業とはなんとなく聞こえが悪い。困ってる人を助けてお金をもらってる聖女を摑まえてだな……とフウは心の中で愚痴を吐く。
 フウはポーチの財布から五枚の紙切れを取り出し、三番窓口に差し出した。長方形の薄い紙で、そこには第四管轄区と第三管轄区の区長の署名、そしてそれぞれ異なる口座番号があった。
区割符くざいふの承認ですね。恐れ入りますが、こちらの紙に楷書で署名をお願いします」
 鳳凰銀行のロゴが書かれた紙にサクマ・フウと署名をする。銀行員の女性は後ろの引き出しから区長の署名とフウの署名が書かれた別の紙を取り出し、それをセンサーで読み取って筆跡の承認をする。
「承認が完了しました。区の口座から出金するのでしばらくお待ちください」
 女性は10000と書かれた紙幣を五枚、窓口に差し出した。
「最近、野盗が多くて割符さいふの受容も高まっています。ご実家に帰られるときはどうかご注意を」
 フウは軽く頭を下げ、銀行を後にした。
 割符サービスは「為替」の一種で、管轄区で仕事をした後その給料をチオウで引き落とすことが出来る。現金を持ち歩かなくてもいいため、野盗に襲われた時のリスクを減らせる。だが区民は為替の重要性を意識しておらず口座も持っていない。手持ちの現金を奪われでもしたら最悪明日からの生活に支障が出る。
 半年くらい前は野盗そのものが少なかった。だが、大きな干ばつの影響で食料と飲料水が高騰し、その余波で野盗は増えた。
「もう少し資産が増えたら投資などしてはいかがでしょうか。最近は王への供物を仲介するビジネスへの投資が人気ですよ」
 投資。とは簡単に言えば儲かりそうな事業ビジネスに金を突っ込んで利益を得ることだ。工場を建てたり、従業員を雇ったりするのも投資である。個人レベルだと資産運用の文脈で語られることも多い。フウにそこまでのビジョンはないので、軽く聞き流して銀行を出た。