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「一撃、ひっさああああああああああああああああ!」
どこからともなく少女の声が轟いた。突如、街路樹から少女が降って来たかと思うと手刀の一閃でサソリの尾を叩き斬る。黒地に白のラインが入ったセーラー服。それは、上級学校の制服だ。だが、少女を見る限り上級学校生のような品のある感じは無い。髪はショートカットで、顔は……まぁ、可愛い方だった。蝶を思わせる黒いリボンが風圧で、ぴょん、と揺れる。
「たんぱくゲットー!」
少女は暴れるサソリを鷲掴みにすると大きく口を開いた。まさか――
中々えげつない咀嚼音をひとしきり出した後、少女はフウを振り向いた。口からはみ出たサソリのハサミを噛み砕き、サソリの体液でテカった唇を右手で拭う。少女はフウの持っているものを見るなり「にへらぁ」と妖怪のように笑った。
「ちょ、チョコレートだ」
少女のだらしなく開いた口からあり得ない量のよだれが、でれえぇ、と溢れていた。その虚ろな目といい、中途半端な笑顔といい、まるで薬物中毒者のようだ。フウは反射的にチョコレートを隠す。
「あぁ、」
少女の眉尻がしゅんと下がった。これはちょっと幼い子供っぽい。
「おなかが減りました」
そうですか。無言で距離を取る。
「おなかが減りました!」
強く言われたところで……
すると少女は、今度は泣きそうな顔で
「おなかが減りましたぁ……」
流石に極悪人ではないようだが、面倒くさそうなやつではある。少女はお腹をさすって、ぐすんと俯いている。そういえば、昔はこうやって駄々をこねると母親が配給の干し肉を分けてくれたっけ、と思い出す。やめときゃいいのに、と自分で思いながら食べさしのチョコレートバーを差し出していた。
「はえ?」
もう一度チョコレートバーを突きつける。
「いいの?」
フウは首を縦に振った。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
お、お兄ちゃん?
呼称はともかく、ありがとうと言われるのは悪くない気がした。緩んだ笑顔を引き締め直す。もしゃもしゃと子犬のようにチョコレートバーを食べる少女の脇を通り抜け、コンテナへと急いだ。
もしゃもしゃ。という咀嚼音がずっと背中に張り付いている。フウは振り返った。指に付着したスナックを舐め取ってる少女がいる。
何故ついてきている、と問う。
「あわよくば泊めてくれないかとおもいまして」
泊めるわけねえだろ。言葉の通じる相手ではないと判断し、踵を返して走り出した。
フウはそれなりに足が速い。その辺の少女の足では追いつけまい。快足を飛ばし、閑静な住宅街を縫いながら複雑な帰路を描いてコンテナまでたどり着いた。
背後に追ってくる気配はない。フウは扉を開けてコンテナに入った。ちょっと休んだら銭湯に行って早く寝よう。私は何も見なかった。椅子に腰を下ろし、ボトルの水を飲む。
「狭い部屋だねー」
ブッ。フウは水を吹きだした。何故貴様がここにいる! 危うく拳銃に手を伸ばすところだった。さっさと家に帰って寝ろ。そう言うと少女はコクリと頷いた。そしてベッドの中にもぞもぞと潜り込む。起きろ。フウは毛布を跳ね除けた。
「もう朝?」
出ていけ。扉の外を指し示す。少女がしゅんとするので、少し胸を押さえた。
「今夜だけでも」
出ていけ。より強く出口を指差した。フウがマジだと分かったらしく、少女はしょんぼりと肩を落として入口から出ていった。その体が暗闇に溶ける寸前、捨てられた子犬のようにフウを振り返る。その哀し気な視線を遮るように扉を閉めた。
フウは暫く扉の前に立っていたが、呼吸が落ち着くと濡らしたタオルで身体の汚れをふき取ってから布団の中に潜った。
その日の静寂は特に気に入らなかった。
『それでは今日もトラッシュトークバッドアスで締めとまいりましょう!』
フウはいつもより大きなボリュームでラジオをかけて眠りに着く。下品でキレのあるジョークがその日の子守歌になった。