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「私だって、」
それは何かを懇願するような、弱々しい語調だった。少女との距離は近く、されどフウの視線は遠く。西へ追いやられていく夜を見つめるかのような、遠い視線。
少女は目を見開いた。
フウは我に返って視線を少女に向けた。
あの日以来閉ざされていた心の扉に僅かな隙間が空いている。
「あんたは、どうして私がいいの?」
少女は首を傾げて少し考える仕草をした。それを見ていたフウが、
「お菓子をあげたから?」
「それもあるけど、」
少女は少し自信なさげな感じになった。
「多分、お兄ちゃんが私を求めているように感じたから」
流石にそれを言ってしまうのは憚れるのだろう。少女は視線を一度逸らした。
「うまく言えないけど、お兄ちゃんは私と同じで寂しそうだったから」
二人の影が伸びていく。山から上った朝日が二人の横顔を照らした。
「一人でいるのが辛そうだった。私の事を受け入れてくれそうだった。だから、ちょっと無理した」
「もういい」
フウはそれ以上何かを語らせないために話を遮った。頭を掻いて、少女を見つめる。
「名前は」
「……カザクラ」
「カザクラは行く場所が無いの?」
カザクラは首を縦に振る。
「じゃあ、次の行く場所が決るまでだけ私が面倒見てあげる」
カザクラは暫くきょとんとした後、パッと表情を明るくした。
「いいの?」
「勘違いしないで。次の行く場所が決るまでだけよ!」
ずっと、フウは心の中に誰も入れないようにしていた。誰もその扉を開けようとはしなかった。そして、その扉がこれほど脆いとは今の今まで気が付かなかった。
願わくば、この出会いと次の別れが些細な出来事で終わってくれと、心のどこかがそう祈る。
この温もりよ永久であれと、心の別のどこかが安堵する。
頭に浮かんだのは、ラジオが流した言葉の一片だ。
『精神はまだ確かな記述方法が見つかっていません。だから、その世界は一見すると矛盾に満ち溢れています』〈応用科学倶楽部〉より
太陽が南に上るにつれて日差しは急速に攻撃力を上げてくる。フウは風食地帯の影を利用し、うまく日差しを避けてチオウを目指す。足音とラジオの音と時折鳥の鳴き声と、そして足音がもう一つ。
「あんたさ、いくつか聞きたいことがあるんだけど」
フウは歩きながら背後のカザクラに問いかける。カザクラが身に纏っているのは彼女の身体よりも少し大き目の外套だ。
「なに?」
「家族はどうしたの?」
「うーん、いたようないないような」
カザクラは難しい顔をする。どうやら本当に記憶が曖昧なようだ。
「お兄ちゃんは、一人なの?」
フウは瞼を細めた。薄らと、母親と手を繋いでいた時の情景が脳裏によみがえる。
「そうよ」
風に溶けそうな声だった。
「じゃあ、お兄ちゃんは私と一緒だね」
フウはたまりかねて後ろを振り返った。
「あのね、そのお兄ちゃんって呼び方止めてくれない? 私にはフウっていう名前があるの」
「分かった。でさ、お兄ちゃ――」
「やんわりぶちのめすぞ。アタシのどこがお兄ちゃんなの」
フウはわざとらしくフードを取って、アップスタイルに纏めた髪を見せつける。
カザクラは「はえ」と口を半開きにしながらの
「これはお兄ちゃん!」
しばく。フウは腕まくりをした。その時だ
「ピピピピッ」
オオブンチョウのアサが鳴き声を上げた。フウは咄嗟にホルスターの銃把に手をかけた。カザクラの手を引いて見晴らしのいい広場まで引き返す。
「どしたの?」
「悪い奴が来たの。アサ、何人?」
「ピ ピ ピ ピ ピ」
「五人も。取りあえずアサは巻き添えにならないよう上空で待機」
「ピピッ」
アサは短く返事をして再び飛び立った。
「言葉が分かるなんて賢いね」
とカザクラはあまり緊張感が無い。
「カザクラ、私から離れないで」
「りょーのかい」
耳を澄ますと、男と女の話し声が聞こえてくる。
「流石に街道近くで追いはぎはヤバイんじゃねぇか? 下手すりゃ花びら毟られるぞ」
「今更臆病風に吹かれてどうするのよ。どうせ今の警察にこの辺を監視する予算は無いわ」
「それもそうだ。そうと分かればさっさと身ぐるみはいでとんずらだ」
「殺しても大丈夫かな?」
「抵抗するなら殺しても大丈夫だろ。山奥に投げ捨てときゃオカアゲハが死体を食ってくれるからな」
かなり近くまで接近を許している。迂闊だった、とフウは自分を戒める。警戒はしていたが、野盗が活発になったのはここ最近のことでフウもあまり襲撃には慣れてはいない。
フウは拳銃を構えた。頭の中のデータベースに検索をかけ、〈空想格闘技倶楽部〉の講義内容をすぐに思い出す。
『相手がどういう人間かでこちらの取る手は変わってきます。話の通じない相手なら戦うことも選択肢に入れましょう。話の通じる相手なら交渉をします。大事なのは』
「――それを見抜く洞察力」
ここからは経験の勝負。
野盗は合理的で臆病だ。相手に「噛みつけば噛みついてくる」と分からせれば、後は交渉で手を引いてくれる可能性が高い。
「だいじょうぶ?」
「相手だって銃で撃たれるのは嫌なはず」
〈六時の撃鉄〉より、武器を持つ者は抑止力も自在に扱えなければならない。
岩の影から、女が二人、男が三人姿を現した。いずれも統一感のない服装でやさぐれた目をしている。獲物は男が棒に針金を巻きつけたもの。女はナイフだ。銃はもっていない。
「あれで全員か。いきなり全員で襲ってくるってことは、襲撃し慣れていないのかも」
フウは銃口を上に向けて引き金を引いた。耳をつんざく銃声が乾いた空気を切り裂いた。
「なんだ!?」「こいつ
「止まって!」
などと言いつつ、〈空想格闘倶楽部〉の講義内容を思い出す。
『護身術の鉄則。まずは相手を説得し、不用な戦闘は極力避ける』
――先生、力を貸して。
「こっちは二人。どっちも銃を持ってる」
とフウは絶妙な嘘で戦力を水増しした。
「どうするよ」「俺が代表で話す」
一人の男が持ち歩み寄ってきた。
「まだガキじゃねぇか。管轄区民か」
無精ひげの痩せた男だった。身体つきから察するに生活は相当困窮しているように見える。やはり、自動小銃の類は持っていない。
「その銃、どこで買った」
「その質問に答える義務は無い」
フウは努めて冷静に答えた。こういう相手は、獲物が下だと見れば大胆な行動に出る可能性がある。これはラジオではなくフウが経験から学び取ったことだ。
「なぁ、俺達だって生活が苦しい。撃たれる覚悟は持っている」
フウは野盗のほうに銃口を向け、もう一度引き金を引いた。閃光と銃声が炸裂する。遅れて火薬の臭いが仄かに鼻をつく。銃弾はどこに行ったか分からない。だが、当たってはいないようだ。
「て、 てめぇ!」
男の声からは動揺が感じられた。これで撃たれる覚悟云々は嘘であることが濃厚になる。
「私は撃つよ。初めに襲い掛かってきた奴は必ず殺す」
主導権はフウの手中にあった。
「俺達に退けってのか」
「そうよ」
金を渡して引いてもらうということはしたくない。「こいつは金を出す」などと依存されたらたまったものではない。「こいつを襲うくらいなら他の奴を襲う」と、相手に分からせるのが最上である。
二人はしばらく黙って互いに見つめ合っていた。相手の目には脅えがある。人一人と管轄区民の持ち金では採算が合わない。彼に損得勘定が出来る頭があれば引いてくれるはずだ。面子が第一のヤクザや不良とはこの点が決定的に違う。もし彼の決断を鈍らせるものがあれば、性的な欲求か大人のプライドだろう。だが、理性が絶滅するまで退廃しているようには見えない。
「分かった。退こう」
「助かるわ」
男は周りに合図をする。
「退くぞ」
「おい正気か! あんなガキ数人でかかればイチコロだろ」
「じゃあお前が銃弾の盾になってくれるのか?」
「くっ……、こっちも銃がありゃ……」
「所詮は管轄区民と侮った俺達のミスだ。今日は諦めろ」
野盗達は暫く揉めた後、ゆっくりと遠ざかっていく。
フウは銃を構えたまま警戒を解かない。〈空想格闘技倶楽部〉の講師曰く『決着がついたと思った時が、一番隙ができる』からだ。
数分経つとオオブンチョウのアサが肩に舞い降りてくる。
「もういない?」
「ピピッ」
野盗が完全に退いたのを確認した。フウは拳銃をホルスターにはしまわず左手に握りしめたままにする。
「行くよ。カザクラ」
「闘わないの?」
「なに馬鹿なこと言ってんの。闘うわけないでしょ」
「闘えばよかったのに」
「下手に危害を加えたら向こうの恨みを買うわ。相手がどういう連中かわからないのにそういう冒険は駄目」
「二度とおそってこないよう、ぶちのめしませう」
頭のネジが何本吹き飛べばこんなことを言えるのか。フウは呆れてため息をつく。
「あのね、仮にアンタが銃の達人でも多勢に無勢じゃ勝てないわよ。武器や格闘技の達人は一般人より死にやすい。何故なら、闘わなくていい時にも闘うから」
「そんなうぞーむぞーとカザクラはじげんが違う」
フウはカザクラとの会話に疲れて大きくため息をついた。
「あんた顔に似合わず好戦的よね」
「えへへ」
「褒めてねぇよ」
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