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地平を南に下ると、地盤が硬くなり、岩石や石ころが地表に現れる。
その先に「第五管轄区」があった。土を固めて作ったピラミッド型の建物が点在し、地区の中央に
フウの家は集落のはずれにある。同じピラミッド型の建物で、鉄の框で作られた入口には布がかかっている。フウは勢いよく布を開けた。そこには木製の小さなテーブルと、紙をしまう小さな戸棚と筆記用具、そして誰もいないベッドが二つある。フウはベッドの一つに走り寄る。
――母がいない
意味が分からなかった。ここには病気で寝ている母がいたはずだ。
その時背後に誰かの気配があって振り返る。初老の男が立っていた。
「ようやく帰ったか」
男は血みどろのフウを見て顔をしかめ、袖口を鼻に当てた。
男が何か罵声を放つ前に「母はどこか」と、フウは聞いた。
「昼に近隣住民から異臭がするとの報せがあってね。死んでいるのが確認されたよ」
死んだ? 誰が? 母? お母さんが? 死んだ?
「さっき火葬が終わって共同墓地に埋葬された。灰の回収はもう少し先になる。明日から補助金の発行は一人分になるからな」
嘘だ。お母さんが死ぬはずがない。体調が悪くても、ずっと笑顔で自分を出迎えてくれた母親が。死ぬわけがない。
「ちなみに死因は脱水症状だ」
だ、脱水?
「人間の身体は水と塩で出来ているって知らねえのか。そいつが無いとどんなに美味いもんを食ってても死んじまうんだ。まったく、愚かな娘だ」
塩と水? 自分が命を賭けて運んだ薬は? 必要なかったというのか? 何故、誰もそれを教えてくれなかった。
フウは魂の抜け殻になって、たよりのない足取りで共同墓地に向かった。だがそこに母はいない。大きな穴に白骨や炭が密集しているだけだ。フウは穴の淵で一時間ほど立ち尽くす。
乾いた風がフウの肌を撫でていく。フウは濃紺の空を見上げた。星は空気も読まずに輝いている。
――寒い夜と戯れ 灼熱と踊れ
それは母親が好んでよく歌っていた歌だ。母親もどこで聞いたのか覚えてなくて、作曲者は分からない。母親も歌詞は曖昧で、所々に鼻歌が混じった。歌の最後も分からない。
――手を伸ばして 感じろ
そのメロディをフウは小さく口ずさむ。
世界が閉ざされていく。
自分の頬を流れているものを手で拭き取り、その手を舐めてみた。
成程。
男の言った通り、塩の味がした。