こわれたせかいの むこうがわ ~少女たちのディストピア生存術~

<script> (function(d) { var config = { kitId: 'poz7nec', scriptTimeout: 3000, async: true }, h=d.documentElement,t=setTimeout(function(){h.className=h.className.replace(/\bwf-loading\b/g,"")+" wf-inactive";},config.scriptTimeout),tk=d.createElement("script"),f=false,s=d.getElementsByTagName("script")[0],a;h.className+=" wf-loading";tk.src='https://use.typekit.net/'+config.kitId+'.js';tk.async=true;tk.onload=tk.onreadystatechange=function(){a=this.readyState;if(f||a&&a!="complete"&&a!="loaded")return;f=true;clearTimeout(t);try{Typekit.load(config)}catch(e){}};s.parentNode.insertBefore(tk,s) })(document); </script> <style> p.radio { margin-block-start: 0; margin-block-end: 0; font-family: tbudrgothic-std,sans-serif; font-weight: 400; font-style: normal; font-size: 1.2rem; line-height: 2.4; } p.main{ margin-block-start: 0; margin-block-end: 0; font-family: tbudmincho-std,sans-serif; font-weight: 500; font-style: normal; font-size:1.2rem; line-height: 2.4; } @media screen and (max-width: 450px) { p.radio{ margin: auto 10px; font-size: 1.1rem; line-height: 2; } p.main{ margin: auto 10px; font-size:1.1rem; line-height: 2; }} </style>

 地平を南に下ると、地盤が硬くなり、岩石や石ころが地表に現れる。
 その先に「第五管轄区」があった。土を固めて作ったピラミッド型の建物が点在し、地区の中央に混凝土コンクリート製の大きな建物がある。この建物の一群を雑な有刺鉄線のバリケードが囲っていた。ここに六〇〇の人間が、女々しく生と大地にしがみついている。
 フウの家は集落のはずれにある。同じピラミッド型の建物で、鉄の框で作られた入口には布がかかっている。フウは勢いよく布を開けた。そこには木製の小さなテーブルと、紙をしまう小さな戸棚と筆記用具、そして誰もいないベッドが二つある。フウはベッドの一つに走り寄る。
 ――母がいない
 意味が分からなかった。ここには病気で寝ている母がいたはずだ。
 その時背後に誰かの気配があって振り返る。初老の男が立っていた。
「ようやく帰ったか」
 男は血みどろのフウを見て顔をしかめ、袖口を鼻に当てた。
 男が何か罵声を放つ前に「母はどこか」と、フウは聞いた。
「昼に近隣住民から異臭がするとの報せがあってね。死んでいるのが確認されたよ」
 死んだ? 誰が? 母? お母さんが? 死んだ?
「さっき火葬が終わって共同墓地に埋葬された。灰の回収はもう少し先になる。明日から補助金の発行は一人分になるからな」
 嘘だ。お母さんが死ぬはずがない。体調が悪くても、ずっと笑顔で自分を出迎えてくれた母親が。死ぬわけがない。
「ちなみに死因は脱水症状だ」
 だ、脱水?
「人間の身体は水と塩で出来ているって知らねえのか。そいつが無いとどんなに美味いもんを食ってても死んじまうんだ。まったく、愚かな娘だ」
 塩と水? 自分が命を賭けて運んだ薬は? 必要なかったというのか? 何故、誰もそれを教えてくれなかった。
 フウは魂の抜け殻になって、たよりのない足取りで共同墓地に向かった。だがそこに母はいない。大きな穴に白骨や炭が密集しているだけだ。フウは穴の淵で一時間ほど立ち尽くす。
 乾いた風がフウの肌を撫でていく。フウは濃紺の空を見上げた。星は空気も読まずに輝いている。

 ――寒い夜と戯れ 灼熱と踊れ

 それは母親が好んでよく歌っていた歌だ。母親もどこで聞いたのか覚えてなくて、作曲者は分からない。母親も歌詞は曖昧で、所々に鼻歌が混じった。歌の最後も分からない。
 ――手を伸ばして 感じろ
 そのメロディをフウは小さく口ずさむ。
 世界が閉ざされていく。
 自分の頬を流れているものを手で拭き取り、その手を舐めてみた。
 成程。
 男の言った通り、塩の味がした。