こわれたせかいの むこうがわ ~少女たちのディストピア生存術~

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 フウは「三人分」の補助金を大切に懐にしまい「第五管轄区」の出口に向かった。第五管轄区は有刺鉄線をロープに撒きつけ、それを丸木に括りつけたバリケードに囲われており、東側に出口がある。警備兵と「おはよう」の挨拶を交わし、フウは管轄区を出た。
 第五管轄区から北に望む、平たい地平の向こう。そこに摩天楼の一群が、白んだ夜空に突出している。王都「チオウ」は今日も西側のハマキシマ工業地帯から排煙を天に昇らせていた。チオウと第五管轄区はその間に横たわる「西の砂漠」を歩けば三時間以内で移動できるだろう。だが、誰もそれをしない。西の砂漠を歩けばどうなるか、フウは昨日身を持って知った。
 そんなこんなで、出稼ぎ労働者や商人達は東側の岩場を通る迂回ルートを選択せざるを得ない。一団の足並みはバラバラでだ。山岳地帯の「第四管轄区」に行く者や、野生動物を狩りに行く者、大型犬を連れてさっさと先に進む者。そしてフウのようにそもそも足が遅い者。
 一時間ほど歩くと、フウは一人になる。この名も無き岩場にあるのは岩と礫と、背の低い乾燥した植物である。東には高い山脈の稜線が青空に波打ち、その山のてっぺんはどういうわけか白かった。フウはそれが塩だと確信していたが、管轄区の物知り曰く違うという。なんでもユキとかいう水の塊だとか。水はあんな色ではないので、フウは真に受けていなかった。
 とにかく、しばらくは砕け散った岩石の間をえっちらおっちら、足の痛みに耐えながら不毛の地平を少しずつ進んでいく。二時間ほど歩くと、風食が進んだ地域に出くわす。風に削られた岩場は迷路のようで、その中は影になっていて涼しい。ただし、足場が悪く、転びでもすればざらついた岩に皮膚をはぎ取られることもある。
 フウはある地点で足を止めた。耳を澄ませると、岩の間を吹き抜ける甲高い風の音に犬の唸り声が混じっているのが聞こえた。
「ウゥ、ウゥ」
 振り向けば背の低くやせ細った犬が、血眼でこちらを睨んでいる。
 ――王都から流れてきた野良犬か。 
 恐らく縄張り争いに負けここまで流れてきた口だろう。フウは左手に外套の裾を巻きつけ、右手で腰のナイフを抜いた。
 野良犬は「死神」「闇の使い」などと呼ばれている。どういう理屈か分からないが、野良犬に咬まれた人間は光や水を恐れながら死んでいくからだ。その名を「きょーけんびょー」と呼ぶ者もいる。
 野良犬はフウの身体が華奢だと見抜くなり大地を蹴って飛び掛かってきた。フウは咄嗟に左手を差し出し、犬は外套の布の上に牙を突き立てる。凄まじい膂力でフウは岩壁に叩き付けられた。背中に鈍い痛みが走り、痺れが全身に拡散する。格闘の末フウは地面に押し倒され、犬がその上に馬乗りになった。腐臭を纏った牙が外套の布に食い込んでいく。荒い唸り声と、地獄から這い出た悪魔のような目がフウを見下ろしていた。
 フウはナイフを犬の首に突き立てる。ナイフの先端は皮膚を食い破り、肉を裂いて骨まで達した。堅い骨の感覚が手に伝わってひどく気色が悪い。犬はそれでも全く力を落とすことなくフウの左手に牙を突き立てる。フウはナイフを引き抜くと、今度は鼻目がけてナイフを振り下ろす。銀色の刃が鼻を削ぎ落し犬は怯んで飛びのいた。その隙にフウは犬の身体を蹴飛ばし、犬の顔面を思い切り踏みつけた。
「キャン」
 昔、管轄区にいた子犬がフラッシュバックして、フウの目から罪悪の涙がこぼれた。それでも、自分は生きなくてはならない。
 ――ごめんなさい
 だから犬を踏みつけ、内臓に刃を突き立て、完全に動かなくなるまで攻撃を止めなかった。 
 自分は生きなくてはならないから。
 生きなくてはならない。
 誰のために。