◇
「は………………?」
べったりと腹ばいになり、冷たい床に右頬がくっついていた。
「ああ、おはよう」
声がかかり、見上げる。たった今自分を殺した少女が、椅子の背もたれにしがみつきながら、キャスターを回し、髪を揺らしていた。
「随分長いお昼寝だったね。待ちくたびれたよ」
「な、何を言ってる」
急いで起き上がると、ミゼリアは椅子の回転を止めて、笑った。
「何って、夢だよ。君たちは私の用意した夢の中で楽しく遊んでいたってわけさ。安心したまえ、内容は同じだよ。不平等はいけないからね」
夢だと?
ローグは自分の四肢に触れる。痛くないし、傷もない。しかし先ほどまで感じていた苦痛は鮮明に覚えている。
あの体験が全て嘘だったというのか。
「はは。こうも驚いてもらえると嬉しいね」
「……何のためにこんなことをした?」
「そりゃあサプライズのためさ。面白かっただろう?」
笑う魔女を睨みつけ、端の方で転がっている男を見た。左手を抱き抱えるようにして押さえ、弱々しい声をあげていた。
「まあまあ、怖い顔はよしてくれよ。冗談さ。情報はちゃんと手に入れたよ」
「……あれ以上の拷問はやめろと言ったはずだ」
「拷問なんてとんでもない。夢だよ、ただの夢。それにね、これでも私は手加減したんだよ?」
「手加減だと?」
「そうだよ。そこの彼が降参したことに免じて、術を解除してあげたわけだけどね、でもそうしないことだってできたんだよ。さっきの術を続けて人格が崩壊するまで追い込んでも良かったし、このように別の術を――」
とミゼリアが椅子から降り、うずくまっている男のこめかみに指で触れた。その途端、男が叫び出した。
「ま、待て! 喋ると言っただろう! 約束が違う!」
「安心したまえ。ちょっとしたデモンストレーションさ」
「待て、ま、ぁぁぁああああああああああ!」
呆気に取られるローグの前で、ミゼリアが男のこめかみから指を離す。すると男は叫ぶのをやめ、力が抜けたかのようにくずおれた。
「〈記憶解読〉だ。これは他人の人生を読み取れるんだけれど、欠点があってね。直接記憶を触ると混ざってしまってその記憶が壊れるんだよ。目隠ししてパズルをやっているようなものさ。まあ今くらいなら大して読み取れなかったし、意識を喪失するだけさ。でもそれ以上いくと、ね? 完全な人形の出来上がりさ。言いたいことはわかってもらえたかな? ――私は手段を選んだってことだよ」
「……」
言いようのない敗北感があった。そんなのは、まるでいつでも事件が解決できると言っているようなものではないか。
「どうする、ローグ君? 手段を選ばない方向で検討してみるかい?」
またもミゼリアはこちらを試すように、目を細めた。
「……やめろ。記憶が壊れるんだろ」
「おや、優しい」
「……うるせえ」
納得できない。
他人の苦痛などものともせずに、手段として『それ』を選んでしまう魔女に。そしてそんなものに一瞬でも恐怖してしまった自分自身に。
(畜生が)
そう魔女に吐き捨てながら意識を失った男を起こそうとすると、声が出た。
「な――――――」
男は爪を剥がされていなかった。
「……いつからだ。いつから夢だった」
呆然と呟く。
「君が法律のことを持ち出した時からだよ、寝坊助さん」
返事があった。
「……なんで」
「おや、そんなに彼の爪を剥がして欲しかったのかな? 君がそれを望むならやってあげてもいいけれど」
鳩尾を殴りつけられた感覚がした。
「……魔女め」
「魔女だねえ。……ところで私の楽しみの一つを知っているかい」
こちらからは返事をしない。
代わりに、肩越しに魔女の顔を見る。
「君みたいな人間が悪に堕ちる瞬間を見ることだよ。覚悟しておくんだねローグ君」
ゾッとするほど綺麗な顔だった。
