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朝の通学路。
信号が赤になったのを確認してから、スマホを取り出す。
「メールは……、来てないよねぇ……」
仕事の連絡はなく、自然とため息が漏れた。
オーディションに合格すれば事務所から連絡が来るため、何度もスマホの確認をしてしまう。けれどここ最近、さっぱり受からない。
「やー……、この前のは自信があったんだけどなぁ」
虚しく呟き、青信号になったので歩き出す。その瞬間である。
「ひゃうっ!?」
後ろから突然抱き着かれ、変な声が飛び出した。
「おっはよぉーん」という緩い声が聞こえ、身体から力が抜けていく。
「……おはよ。
挨拶を返すと、若菜はにへへと笑った。
彼女のスカートは由美子と同じくらい短く、メイクもしっかり乗っている。手入れが行き届いている長い髪は、今日も綺麗だ。
手にはスタバのカップ。それをこくり、と飲んでから、こちらを覗き込んでくる。
「どしたん、由美子。今日、なんか元気ないね」
どきりとする。顔には出ていないと思ったが、若菜にはお見通しだったらしい。
聞いてもらいたい。相談に乗ってもらいたい。きっと話せば楽になる。
「うん、まぁちょっとね」
そうは思いつつもごまかした。
若菜はふうん? と言うだけで深くは聞いてこない。
彼女は表情をパッと明るくさせ、腕を組んできた。口元にずい、とカップが差し出される。
「まぁまぁ。じゃあこれを飲みなさいな」
蓋を開けると、キャラメルソースのかかったクリームが見えた。下はホットのカフェラテ。
遠慮なく口に含む。ふわっとした甘みが口の中で溶けて、幸せな気持ちになった。
「ん。おいしい。ありがと、若菜」
「いやいや。こういうときは甘いものが一番ですからな」
若菜はおどけて笑う。そんな彼女に笑みを返しつつ、内心で謝った。
自分が声優であることは、家族と学校以外には話していない。マネージャーから「絶対に口外しないこと」と言われている。芸能活動の許可を得るために学校には話す必要があったが、念を押して口止めした。周りにバレるわけにはいかない。
ただ。
「ん? どしたん」
由美子の視線に気付くと、若菜が首を傾げた。
こちらの事情をすべて話したとしても、きっと彼女なら秘密を守ってくれる。
けれど、それで楽になるのは自分だけだ。
彼女には余計な負担を強いてしまう。それは望むことではなかった。
由美子は手をひらひらさせると、ゆっくりと答える。
「いや。若菜は今日もかわいいなって思っただけ」
「え、ほんと? いやぁ、わたしも同じこと思ってた」
からから笑う若菜を見て、由美子もつられて笑みをこぼした。