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教室に入り、自分の席に着く。前の席の
「次の服装チェック……わたしは今の格好のまま行こうと思うんだけど、由美子はどう思う?」
「絶対止められると思う。結構ガチめに怒られると思う。中やん先生どんどんチェック厳しくなってるし」
「……スカートも折っちゃダメ?」
「膝下でしょ。顔はドすっぴんね」
「やだぁ、眉毛! 眉毛だけは許して!」
賑やかに話を続け、ほかの生徒が通り掛かれば挨拶を交わす。二年に進級したばかりではあるが、クラスにはすっかり馴染んでいた。
そこに、ひとりの男子生徒が通りかかる。
彼は挨拶を口にせず、若菜の隣の席に腰を下ろした。
「うん? ねぇ、
視線を隣に向けた若菜が、さらりとそんなことを言う。
若菜は彼の下敷きを指差していた。
突然話しかけられた男子──木村は、びくっとして目を白黒させる。
「え、あ、う……、か、かわいいって……、あ、こ、この下敷きの子……?」
木村は若菜と目も合わせず、あたふたとしている。
「そうそう。だれなのかなーって」
「え、ええと……、な、なんて言えばいいかな……」
「んー。あ、アイドル?」
若菜が無邪気に言うと、さっきまでしどろもどろだった木村がぴたりと動きを止めた。
「アイドル?」
ふぅー、と鼻から息を吐く。
やれやれ、と言わんばかりに演技がかった手振りをし、熱っぽく答えた。
「アイドル……、そうだね、そういう側面も大いに含んでいる。けれど、彼女はそれに留まらないんだ。アイドルでありながら声優! そうアイドル声優と呼ばれている存在だ! 彼女の何が素晴らしいかと言うと今や世界に誇る日本のアニメ文化を支える文化人として活躍していておっと話が逸れちゃうなまぁでもここは間違えてほしくはないんだけど彼女たちは……」
へたくそか?
異様な早口で捲し立てる木村を見て、心の中でおいおい、と突っ込む。女子から「この子かわいいけどだれ?」と訊かれて、その答え方はまるきりダメなお手本だ。そういうとこやぞ。
「え、あ、ん、んん?」
案の定、若菜は戸惑いの表情を浮かべた。一方、由美子はさして驚かない。
木村がオタクなのは前から気付いていた。
ちらりと木村の鞄に目を向けると、アニメキャラのラバーストラップが見える。
あれは『プラスチックガールズ』の『アジアンタム』だ。
プラスチックガールズ。通称プラガ。
二年前に放送された深夜アニメで、たくさんの新人女性声優が投入されている。この作品への出演から、由美子のアイドル声優としての人生が始まった。
イベントや特番が多く、ライブだってやったことがある。とても思い出深い作品だ。
……それだけに、木村のラバストが自分の演じたマリーゴールドではなく、アジアンタムなのは悔しいけれど。
「いやいや言いたいことはわかるよ作品に声を吹き込む声優という職業に対してアイドル扱いをするのはどうかってことなんだけどでもまぁ待ってほしいんだそもそもコンテンツに縛られること自体がこの時代にはナンセンスだしあらゆる視点からもっと彼女たちをだね……」
「めっちゃ語るじゃん」
なおも語り続ける木村に対し、若菜はけらけら笑っている。若菜が楽しそうで何より。
木村はアニメグッズをよく持ち込んでいるが、中には女性声優のグッズもあった。今回は下敷きで、それがたまたま若菜の目に留まったのだろう。
その結果、こんなことになっているけれど。このままでは埒があかないので、一言投げ込む。
「あー。とりあえず、その子は声優なんでしょ?」
まさか由美子に突っ込まれるとは思っていなかったようで、木村に急ブレーキが掛かった。
「ま、まぁそうだね……、うん、はい」
「へぇー、声優! わたしジブリなら結構観るよ。あとは金曜ロードショーでやってるやつとか。その声優さんは何に出てるの?」
フランクに問いかける若菜に、木村は再び固まった。うん。これは答えづらい。
「え、えぇとあの……、い、『異世界から戻ってきた妹が最強の勇者になっていた』とか……」
なんでそんなあからさまなタイトルを言うかな!
「え? いも……、なんて? なんだか長いタイトルだねぇ。ごめん、もっかい言って?」
若菜は困ったように笑い、木村の顔には汗が流れるのが見えた。いたたまれない。
若菜に悪気はないし、木村にだって悪意はない。ただ単に、質問の内容が悪いだけだ。
……いや、木村の回答も悪いかも。ほかにもっとあっただろ。
「……えーと、若菜。多分、深夜アニメとかに出てる声優だから、若菜は知らないんじゃない?」
思わず助け舟を出す。
相手がアイドル声優なら、若菜の言うアニメとは方向性が違う。
木村は何も言わない。代わりに、『へぇ。意外とわかってんじゃんこいつ』みたいな目を向けてきたので無視した。そういう目が一番嫌われることを自覚してほしい。
若菜は意外そうに目を見張る。
「え、由美子ってアニメ好きだっけ? 声優さんとか詳しいの?」
「ん……、いや、まぁ、うん。ほら、スナックのお客さんで好きな人がいてさ……」
ごにょごにょと言うと、若菜は素直に納得してくれる。
「あぁ、お客さん繋がりかぁ。じゃあ由美子ならわかるかな? ねぇ木村。その声優さんってなんて名前なの?」
再び若菜が問いかけると、彼はふふん、と自慢げに鼻を鳴らす。
下敷きをこちらに見せながら、まるで自らの功績を語るように口を開いた。
「この人は
――なんと。由美子は慌てて、その下敷きを凝視する。
確かに下敷きには、見たことのある少女が映っていた。
彼女の顔立ちはとても可愛らしく、明るい印象を与える。
目はぱっちり開き、唇には気持ちのいい笑み。アイドルっぽい衣装に身を包んでいて、綺麗な脚が目を惹いた。代わりに胸の膨らみは薄いが、この美脚の前には些細なことだろう。
彼女の名前は、夕暮夕陽。もちろん知っている。
由美子と同じ高校二年生のアイドル声優だ。
「むぅ……」
下敷きをまじまじと見つめてしまう。これには見覚えがあった。声優雑誌の付録だ。
確かライブに出たときの衣装だったか……、あぁ、くそ。かわいいなぁ。いいなぁ。そりゃ人気も出るよなぁ……。
「どしたん、由美子。そんな睨んじゃって」
若菜の声にはっとする。熱い視線を送りすぎたらしい。
「ん。や、綺麗な顔だな、って思っただけ」
軽く手を振ってごまかす。
夕暮夕陽は出演作を着実に増やす、勢いのある新人だ。
鈴のような綺麗な声色を持ち、演技はもちろん歌も上手い。
歳は変わらないが、由美子とはかなりの差がついている。だから意識してしまう。比べてしまう。羨ましい、と思ってしまう。
当然ながら、そんな羨望に若菜は気付かない。
「ねー、美人さんだよね。木村、ちょっと下敷き貸して? もっとよく見たい」
「え? あ、あぁ、はい……、ど、どうぞ」
若菜が下敷きを受け取ろうとすると、木村の手に若菜の指が軽く触れた。
「あ、あふっ! ご、ごめんっ!」
木村が妙な声を上げ、勢い良く手を引っ込める。そのせいで下敷きが手からこぼれ落ちた。
「あ、ごめん。落としちゃった」
「あ、あぁ、ご、ごめんごめんごめん……。さ、触……、いや、ちょっと焦って……」
「いや、そんな謝らんでも」
木村の焦りっぷりに苦笑しつつ、若菜は下敷きを拾い上げようとした。椅子に座ったまま身体を乗り出し、床に手を伸ばす。
「でもさー、この子ってこれだけかわいいのにマイナーなんでしょ? どして? あんまり演技は上手くないとか?」
若菜の口から、そんな言葉がつるりと滑り落ちる。
「いやいや若菜、違う違う。木村が言うマイナーって、超人気声優に比べるとってだけで、知名度も人気も普通にあるよ。演技が上手くてかわいいから、下敷きになるほど人気なの」
「――へ?」
「……あ」
由美子の突然の擁護に、若菜はきょとんとした目を向けてきた。はっとして口を押さえる。
慌てて言い訳しようとしたところで――、どん、と音が鳴った。
「わっとと、ごめん!」
若菜が身を乗り出したせいで、ちょうど通りかかった人とぶつかってしまった。
「――とっとと、あぶな……っ、あっ!」
若菜は体勢を戻そうとして、身体を机にぶつけてしまう。
その拍子に机の上から、カフェラテ入りのカップが床に落ちていった。
床にカフェラテがぶちまけられる。
下敷きはもちろん、ぶつかった相手の上靴までかかり、若菜は慌てて立ち上がった。
「あ、あぁ、ご、ごめんね! 上靴汚しちゃった……! す、すぐ拭くから!」
「あぁもう、若菜。ティッシュあるから、ハンカチじゃなくてこれ使いな」
あたふたする若菜、おろおろするだけの木村を尻目に、由美子も床の掃除に加わる。
そこで気付く。若菜にぶつかられ、カフェラテを掛けられたその人は、一言も発していない。立ち止まったまま、何も言わないのだ。
不審に思い、由美子は彼女の姿をしっかりと見た。
「……ん。あのときの」
由美子は小声で呟く。
このあいだ、収録帰りに見掛けたクラスメイトだ。
暗い印象を与える少女だった。下を向いているから、余計そう思う。
頭の丸みが綺麗で、ショートボブがよく似合っている。けれど、前髪の長さが魅力を相殺していた。前髪で目が見えづらい。小柄で身体は細く、胸も薄い。ブレザーの下に白いカーディガンを着込んでいて、スカートは長めだ。
暗くて地味で、とにかく印象が薄い。クラスメイトなのに名前も思い出せなかった。
由美子は、一度話した相手の顔と名前はそうは忘れない。彼女とは一度も話したことがなかった。それどころか、彼女が人と話しているところを見たことがない。
「汚れ、残っちゃうかな……、本当ごめんね。ええと……、なにさんだっけ……?」
若菜は気が動転しているせいか、何気に失礼なことを口にしていた。
彼女は若菜にじろりと目を向け、そこで初めて口を開く。
「……
見た目に反比例するような、綺麗で透き通った声だった。
「あ、あぁ、渡辺さん。ごめんね、今拭くから……」
かがみこむ若菜に、千佳は何も言わない。なぜか、彼女の目は違うものを見ていた。
カフェラテまみれになった夕暮夕陽の下敷きを、じっと見つめている。
「あ、そうだ木村! 木村もごめん! これ、大事なものなんだよね? その……、アイドル声優、だっけ。すぐ綺麗にするから。ほんとごめんね」
「え、あ、あぁ……、い、いや、大丈夫……、ただの下敷きだし、き、気にしなくても」
若菜と木村がそんなやり取りをしている間も、千佳は床の夕暮夕陽を見下ろしていた。
そこで信じられないことが起きる。
「――――ちっ」
千佳が舌打ちをしたのだ。強い音が鳴り響き、空気がぐっと重くなる。
湧いて出た悪意に、頭の奥が痺れそうになった。
固まってしまった若菜を置いて、千佳はそのまま歩いて行こうとする。
「――ちょっと待ちなよ」
反射的に由美子は立ち上がっていた。千佳の背中に声を掛ける。
「今のはさぁ、確かに若菜が悪いよ。でもさ、謝ってる人にその態度はないんじゃないの?」
「い、いいって由美子。これはわたしが悪いよ」
「いや、これは若菜がどうっていうより、あたしがむかついてるだけ」
止めようとする若菜を抑え、千佳を睨む。
さっきのはさすがにカチンときた。何様のつもりだ。
千佳はこちらにゆっくりと向き直り、由美子を見る。真っ向から睨み返してくる彼女の眼を見て、由美子は初めて気が付いた。
なんと鋭く、凶悪な眼だろうか。髪に隠れて見えづらいが、まるで猛禽類のような眼だ。
彼女は不愉快そうに口を開く。
「――品のない連中が騒いでいるだけでも鬱陶しいのに、人様に迷惑まで掛けて。そのうえ突っかかってくるなんて、随分と人間の文化をお忘れのようで。ご出身は森の奥かしら?」
滑舌がよく、聞き取りやすい声で謳うのはたっぷりの嫌味。
地味な見た目に反して攻撃的だ。
いや、あの眼を見たあとでは、こちらの方がしっくりくる。
「文化を知らないのはそっちでしょうが。あんたの国では、『ごめんなさい』には舌打ちを返せって習うわけ? さぞかし素敵な幼少期を過ごしたんでしょうね。根暗なのはそれが理由?」
言葉を返すと、千佳の頬がぴくりと引き攣る。
眼光がより強いものに変わる。
「……そういうあなたは随分とすくすく自由に育ったんでしょうね。そうでなきゃ、そんな頭の足りない格好をして平気なわけがないわ。裸の方がまだマシだもの」
「あ? 人の格好をバカにするのはいいけど、自分の身なり整えてから言いなさいよ根暗女が。久しぶりに口を開いたからってはしゃぎすぎなんじゃないの? いくら上靴を汚されたからって、そこまでキレなくてもいいでしょうよ」
「上靴……、あぁ」
由美子の言葉に、千佳の眉がぴくりと動く。自分の上靴を見下ろして、鼻を鳴らした。
「どうでもいいわ」と首を振り、指差したのは床に落ちた下敷きだった。
彼女は心底軽蔑したような顔で、吐き捨てるように言う。
「鬱陶しいの。声優だか何だか知らないけれど、そんな物で騒いでバカみたい。何が良いのか全くわからないわ。どうせあなたたちもバカにしていたんでしょう? そのグッズも、持ち主も、声優自身も」
話が見えずに困惑する。
彼女が苛立っているのは、この下敷きのせい?
「それに、声優っていう割には見た目を売りにしてるんでしょう。歌ったり、踊ったり、アイドルの真似事をして何がいいのかしら。何にせよ、見ていて不快。それだけ」
滑るように言葉が出てくる。
木村は肩身が狭そうに俯くばかりで、何も言い返さない。
千佳が怒っている理由が若菜に無関係なら、これ以上突っかかる必要はない。
ないのだけれど。
「――よく知りもしないで、勝手なこと言うなよ。夕暮夕陽はかわいいよ。だから見た目も売りになるけど、それの何が悪いの。言っておくけど、見た目だけじゃないから。演技だって歌だって一級品で、そのうえ容姿もいいからこういう売り出し方されているだけ。わかる?」
由美子の口からは、そんなストレートな反論が飛び出していた。
若菜が貶められたと思ったときとはまた違う、別の怒りが湧いてくる。
バカにするんじゃない。そう言いたくなる。
「……な、何よそれ。あなたこそ、よく知りもしないで適当なこと言わないで頂戴。どうせにわか知識でしょう? あなたみたいな蛮族に、何がわかるっていうの」
千佳は虚を突かれたような顔をしたが、眉を顰めて言葉を返してくる。
「おーおー、蛮族だろうが何だろうが好きに言えばいいよ。でも、そのにわかでもわかるくらい、夕暮夕陽はいい声優だってつってんの。アイドルの真似事だって? それで人の心を震わせるなら、熱を与えられるなら、それは本物でしょうが。大体、人が夢中になっているものに対して、その言い草は失礼じゃないの?」
考える前に言葉を吐き出していた。自分の思いを一気に捲し立て、彼女の出方を待つ。
さぁ、どう来る。由美子が身構えていると、急に千佳の勢いが萎んだ。
「む、ぐ……。……け、けほっ」
何か言いたげに唇をむにむにと動かし、眉間に皺を寄せて顔を赤くしている。
挙句、顔を逸らして咳き込み始めた。
「……アホらしい。口では何とでも言えるわ。付き合いきれない」
こちらを一睨みすると、千佳は踵を返す。まるで捨て台詞だ。
思わず、その背中に言い返そうとする。が、腕をぐっと引き寄せられた。
「や、やめなよ、由美子。わたしは本当に大丈夫だから……」
若菜に心配そうにそう言われ、急速にクールダウンする。
……確かにこれ以上続けても、不毛な争いになるだけだ。
大人しく由美子が矛を収めると、若菜は腕を組んだまま、ほっと安堵の息を吐く。そうしてから、感心したような声を出した。
「にしても……由美子って、この声優さんそんな好きなんだね。意外。アニメとか観るっけ?」
「え? あ、ん、んんー。い、いやぁ? そ、そういうわけじゃないんだけど……。あ、ほら。お客さんの受け入りだから。ね。うん。ていうか木村、あんたの好きな声優がバカにされたんだから、あんたが言い返しなよ」
若菜の言及を無理やりごまかし、話の矛先を変える。
「え、あ、言おうとはしたよ……た、タイミングがさ……」
木村は戸惑いながら下敷きと由美子を見比べ、ごにょごにょと言っている。
由美子はため息を吐くと、立ち去る千佳の背中を一瞥する。
こいつとはもう関わりたくない。心の底からそう思った。