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放課後。
『はぁい、どうもー、こんばん……は? こんばんはであってます? あってます~。
イヤホンから聴こえてくるのは、穏やかな声。
ゆっくりとしたテンポで聴きやすく、ほわっとした空気を感じられた。
テレビアニメ『超絶伸縮まりもちゃん』のラジオ番組、『超絶ラジオまりもちゃん』。それに夕暮夕陽が出ていると知り、こうして聴いている。
声が良いうえに人の好さがよくわかり、聴いているだけで癒された。
あのルックスでこの話し方、そりゃ人気も出るってものだろう。
この子相手に、釣り合うのかな。
……釣り合わないだろうなぁ、と由美子は頭を掻く。
『いやぁ、詳しくないですないです。わたしなんて、にわか仕込みのにわか知識ですよぅ』
「……ん?」
引っ掛かりを覚える。なぜかあのむかつく女の顔が頭をよぎった。
似ても似つかないはずなのに、なぜ急に思い出したのだろう。
「……あぁ。あいつもにわか知識がどうのって言ってたっけ」
納得しつつも、あの腹の立つ口上を思い出して勝手にむかむかする。
そうしているうちに、何度か使ったことのある馴染みのスタジオに着いた。
向かうのはスタジオ内にある会議室。まずは打ち合わせだ。
「おはようございまーす」
挨拶をしながら、指定された会議室の扉を開く。
真ん中には長テーブルが置いてあり、その前に四十代半ばの男性が座っていた。
アフロと見紛うほどにくせ毛の男性だ。大きめのチノパンにTシャツというラフな格好で、ノートパソコンをイジっていた。彼はこちらを向くと、ぎょっとした顔で固まる。
「あぁおは……よう?」
だれ? という文字が顔面に張り付いている。まぁこの反応にも慣れっ子だ。
「チョコブラウニーの
「あ、あぁ、歌種さんね。あ、ディレクターの
「初対面だと結構びっくりされますね。おかげで覚えてもらいやすいですけど」
「そりゃあねえ。まぁオンオフに差がある子はいっぱいいるけど……、あ、座って座って」
言われて席に着く。すると、机の上にある資料に目がいった。
番組の企画書と出演者のプロフィールだ。事前にもらっていたので目は通してある。
企画書にはこう書かれていた。
番組名:夕陽とやすみのコーコーセーラジオ!
メインコンセプト:現役の女子高生声優ふたりによるラジオ番組
コーナーコンセプト:学校に関連付けたコーナーを予定(※検討中・放送作家から当日提出)
出演:夕暮夕陽(ブルークラウン)/歌種やすみ(チョコブラウニー)
この春から始まる、週一収録、週一放送の新番組である。
なんとあの夕暮夕陽の相方として由美子――歌種やすみが抜擢されたのだ。
「……なんで夕暮さんの相手が、あたしなんでしょう」
つい、そんなことを呟いてしまう。
夕暮夕陽の相方に選ばれたのは嬉しい。大抜擢だと思う。
けれど、その理由がわからない。
女子高生だから、という理由ならば、もっと女子高生声優はいくらでもいる。夕暮夕陽に匹敵する人気声優だってたくさんいる。
少なくとも、自分がディレクターだったら、夕暮夕陽の相方に歌種やすみは選ばない。
大出は、悪戯が成功した子供のように笑った。企画書を指でとんとんと叩く。
「歌種さんは、夕暮さんとは会ったことないんだよね?」
「へ? あ、あぁ、はい。そうですね。現場でもいっしょになったことはないです」
「だよね」
大出は満足そうに笑い、由美子は首を傾げる。
彼は「あぁごめん」と手を振った。
「このラジオには実は秘密があってね。君たちには大きな共通点があるんだ。それがわかれば、歌種さんを選んだ理由がわかるよ」
「大きな共通点……? 女子高生声優以外で、ですか?」
「うん。もう少し踏み込んでみよう」
踏み込む? どういうことだ?
プロフィールを並べても、答えは全くわからなかった。
「この共通項に気付いたときの驚きったらなかったけどね。それを知ったとき、既に頭の中にはこの企画書が浮かんでいたよ。……わからない? んー、どうしよっかな。仕方ない! 教えてあげよう! 実はね、君たちふたりは――」
「おはようございます。夕暮夕陽です、よろしくお願いします」
静かな声とともに、扉が開いた。
夕暮夕陽だ。
あの人気上昇中でありながら、ラジオの相方になる夕暮夕陽が、この部屋に入ってきた。
一気に胸が高鳴る。思わず緊張してしまう。
ドキドキしながら視線を上げた。
「……ん?」
目の前の少女と、記憶にある夕暮夕陽の姿に大きな差異があった。
髪型のせいか、印象がぜんぜん違う。
明るく可愛らしい夕暮夕陽の姿はなく、暗くて地味な少女がそこにいた。
彼女と、目が合う。
「……え?」
目つきが、違う。前髪の奥に見える瞳は、鋭い光を放っていた。
――いや、待て。この眼には、この姿には見覚えがある。こいつは――。
「な、なんであんたがここにいんのッ!?」
そこには、
なぜ。なぜこの場所にこの女が。
混乱した頭は全く働かず、ただただ彼女を見つめることしかできない。
そして、千佳も由美子と同様に、困惑の表情を浮かべていた。
「そ、それはこっちのセリフよ。なんで、なんであなたみたいな人がここにいるの」
「質問してるのはこっち! ど、どういうこと? ゆうぐ……、え? いや、だってあんた、今朝は下敷きのことで……、え?」
「そ、それは……、そ、それよりあなたこそなんで……、ここは佐藤みたいな人種が来るような場所じゃ……、待って、確かあなた今朝……、妙なことを……」
互いに指差し、ぽかんとした顔を浮かべる。
何が何だかわからない。
唯一、事態を把握している大出が、身体を揺らしながら楽しそうに言った。
「あぁやっぱり、ふたりとも素の方は知り合いだったみたいだね。同じ高校だもんな。では、答えを明かそう。そう、歌種やすみと夕暮夕陽は同じ学校だったんだよ! マネージャーと話していたときに偶然知ったんだけど、すごく痺れたよ――現役女子高生同士っていうだけじゃなく、同じ学校の生徒ふたりの声優ラジオ! これはいけるよ!」
大出はぱんと手を鳴らし、そんなとんでもないことを言い出した。
ようやく、状況がわかってくる。
そうだ、さっき彼女は言ったではないか。
自分のことを、「夕暮夕陽です」と。
彼女を指差す手が震える。
つまり、つまりそれは。
「あ、あんたが夕暮夕陽で、ラジオでのあたしの相方……?」
「……あなたが歌種やすみで、わたしといっしょにラジオをやっていく人……?」
その意味を理解して、ふたりの口が大きく開く。
「はぁぁぁぁぁぁ――――ッ!?」
そんな大絶叫が響き渡った。
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