若い冒険者の言葉に、ぎく、とアリナは一瞬身を強ばらせた。
 冒険者は顔を輝かせて紙面を指さすや、うっとりと〝処刑人〟に思いをせる。
「《白銀の剣》ですら手こずるボスを一撃だぜ? かっけーよなー。何者なんだろうなぁ」
「処刑人って、うわさじゃ今までも何度か聞いてたけど、まさか本当にいるとは思わなかったよ」
「でも《白銀の剣》のジェイドさんが言うんだぜ、間違いないよ」
「ま、ギルドも探索班と情報班の総出で処刑人を探してるみたいだし、すぐ見つけるだろ」
「あー、はやく見つけてくんねーかなー! どんな奴なのか見てみたいんだよな──」
 アリナは苦々しくため息をついて、それ以上盗み聞きするのをやめた。
《白銀の剣》だと? とんでもない。こちとら、バレるわけにはいかないのだ。
 アリナは拳を握り締め、ごくりと生唾を飲み込んだ。
 そう、バレるわけにはいかない──なぜなら、受付嬢は副業禁止だからだ
 受付嬢はいついかなる時も迅速かつ最善の状態でクエスト受注業務に当たらなければならない。冒険者を兼業するなんてもってのほかで、ライセンスカードを偽名で作りボスを討伐していたなどとバレたら、一発クビは間違いない。
 残業が発生すると一定期間は地獄と化すとはいえ、職と給与が約束された受付嬢の魅力は果てしない。いや、逆を言えば、定時で帰れる時期ならばほとんど天国と言っていい。手厚い福利、安定した稼ぎ、立てやすい未来設計。
 それをして冒険者なんてどうだ。武具はすぐに壊れて金がかさむし、冒険者に〝定時〟の概念はなく、昼夜問わず魔物を追いかけ回す。どんな大をしようと治療は実費。足でももげようものならもう冒険者としてはやっていけず、離職はまぬがれないだろう。稼ぎは不安定で、いつ路頭に迷うかもわからない恐怖がまとう。
(なにより……受付嬢は……死ぬまで仕事に困らない唯一の〝終身雇用職〟……!)
 たとえ冒険者という不安定な職を避けたとしても、この社会は冷たく不条理だ。経営が立ちゆかなくなって解散、成績不振でクビ、雇用主が給料未払いのまま夜逃げ、なんてこともあり得る世界である。自分の明日を保証してくれる職などそうそうない。
 それをして受付嬢は公務。受付嬢の仕事は絶対になくならないし、成績が悪くてもクビにならないし、任命権者である冒険者ギルドはこの町を造る根幹。夜逃げするなどありえない。
 明日の生活を保証してくれ、一生給料を払い続けてくれる職業──それが受付嬢なのである。
(そうよ……だから私は受付嬢になった……!)
 終身雇用と言える職は、全職業を見渡しても受付嬢くらいなものである。
 それに、残業がつらいのはきっと今だけだ。そのうち後輩がたくさん増えて、アリナが担当している煩わしい業務を任せていけば残業に振り回されるようなこともなくなる。その日まで耐え抜けば、あとは一生涯の安定とともに理想の受付嬢ライフを送れるのだ。
(こんなくだらないことで……受付嬢人生を終わらせるわけにはいかない……!)
 ぐしゃ、と捜索依頼書を握り潰し、アリナはかたく決意した。