血気盛んな闘技場から離れ、一転して平和な喧騒に包まれるイフールの大通り。その賑やかな通りを歩きながら、ジェイドは一ヶ月前の記憶をたどる。凄まじい攻撃力とは裏腹に、可愛らしい顔つきの少女。〝処刑人〟なんて呼び名は似つかわしくない気がした。
そして超域スキルにも人域スキルにもない不思議な白光と、武器を生み出したあのスキル。間違いなく、彼女は未知の力を持っている。
「〝神域スキル〟……? いやまさか……」
一瞬、古い文献でしか存在が確認されていない幻のスキルの存在が脳裏をよぎる。
神域スキル──かつて先人が〝神の祝福〟と称して使っていた力だ。
その力は超域スキルをさらに凌駕するとされ、かつてのヘルカシア大陸を神の国と言われるほどに栄えさせた力である。とはいえその神域スキルも先人が滅んだと同時に消失し、現状では神域スキルにはるかに及ばない超域スキルが、最強クラスのスキルとなっている。
仮に彼女が神域スキルの使い手ならば、あの見たこともない怪力にも納得いくのだが。
「でも、もしそんなスキルを持った冒険者だったら、もっと噂になっていいはずだよな……」
ぼそぼそ一人つぶやきながら、ジェイドは腰のポーチから赤水晶を取り出した。昼の陽光を吸い込んで美しくきらめき、一体どのような技術を用いたのか、中には太陽を模した魔法陣が閉じ込められている。ヘルフレイムドラゴンが誤飲した遺物だ。
(あの大鎚使いの子、遺物には全っ然興味なさそうだったな……)
先人は自らの造り遺していったものに、必ず太陽を模した魔法陣を刻み込んだ。八方位全てを突き刺すように広がる陽光の魔法陣は、〝神〟を象徴しているらしい。そのため、遺物や遺物武器に見られるその太陽の魔法陣は総じて〝神の印〟と呼ばれている。
その紋様通り、彼らの技術がつまった遺物はどれも現状の技術では実現しえない性能を持ち、いずれも高額で売ることができる。冒険者だったら一も二もなく飛びつく代物だが、処刑人の目的はボスの討伐そのものにあるように思えた。理由はわからないがヘルフレイムドラゴンに相当怒っていたし。
何はともあれ、遺物は金の足しになる。この宝を受け取るべきは、あの処刑人なのだ。
「……」
ジェイドは赤く輝くオーブをじっと見つめた。フードの奥に見えた彼女の顔が、目に焼き付いて離れなかった。未知の力を持った大鎚使いとして確かに興味もあるが、それとは全く別に、なぜかもう一度会いたかった。どうしてか強く惹かれた。
(絶対見つけるぞ……絶対)
強く決意し、赤水晶をポーチにしまった──その時だ。
ふわり、と艶やかな長い黒髪をゆらし、一人の少女がジェイドの目の前を横切った。
「!」
は、とジェイドは息を吞んだ。思わず足が止まり、全世界の音が消失したかのような錯覚に襲われる。
すれ違う瞬間、黒髪の少女の、きれいな翡翠色の瞳が見えたのだ。
「……!!」
言葉を失った。
それまで脳内を埋め尽くしていた全ての思考が吹き飛び、視線は少女の瞳に釘付けになった。
──間違いない。
少女の横顔は、記憶の中の大鎚使いと一致した。瞬間、ジェイドは弾かれたように走り出し、人混みをかき分けて少女を追っていた。人の中に埋もれそうな華奢な背中が見える。その背中で揺れる長い黒髪。探し続けた大鎚使い。
ここで逃がすわけにいかなかった。
「待て……ッ!!」
無我夢中で追いかけ、ようやく混雑する表通りを抜けて、少女に追いつこうとした時──
「……え?」
その後ろ姿を見て、ジェイドは思わず足を止めた。
コツ、コツと、石畳を打ち鳴らすショートブーツ。ふわりと広がる膝丈の黒スカートに、胸元へ冒険者ギルドの紋章が刺繡された白ブラウス。細いリボンを首元で結んだその可愛らしい格好は、大鎚を背負う気配など微塵もない。
「な……」
しばしジェイドは、啞然と口を開け、その華奢な少女が入っていった建物──大都市イフールで最も大きな受付所、イフール・カウンターの看板を見上げて固まった。
「…………う、受付嬢!?」
そう、彼女が着ていたのは、ギルドが支給する受付嬢の制服だったのだ。