ガンズは、しかしクエストを受注した時の威勢は見る影もなく、呆然と階層ボスを見上げていた。遺物武器である自慢のバトルアックスは大きく欠損し、猛る火竜の鱗には傷一つない。
「諦めるなガンズ! 立て直せ!」
パーティーの防御を務める盾役の青年が、大盾を構えてガンズを守りながら叱咤した。とはいえ状況は芳しくないようで、盾役の視線は苦々しげにヘルフレイムドラゴンに向く。
「遺物武器すら通用しないこの強さ……こいつ、遺物を食ったな……!」
より多く、より濃いエーテルを取り込んだ魔物はその分だけ強力になるが、ごく希に遺物を誤飲する魔物がいる。遺物の持つ強烈な力に負けて絶命する魔物がほとんどだが、中にはその力に耐え抜き、逆に強靱な肉体と魔力を手に入れる個体も存在するのだ。結果、エーテルを吸引した時とは比べものにならないほどの強化種となる。
「だ、だめだ、俺はもう……」
しかし、そうとわかってもあまりの衝撃にガンズは戦意のみならず自信までも喪失していた。ボス攻略には必要不可欠といえる前衛役は、もはや立ち上がれそうにない。
その様子をみて、一瞬迷った盾役の男だが、すぐに苦渋の決断をした。
「……状況が悪い。一旦引こう──って、あんた!?」
撤退をはかろうとする精鋭パーティーを横切って、アリナはまっすぐにヘルフレイムドラゴンへと進んでいった。その姿を見つけた盾役が血相を変える。
「ちょ、ちょっと何してるんだ! そんな薄い防具で、黒焦げにな──」
「──スキル発動、〈巨神の破鎚〉」
制止を遮り、アリナはぼそりとつぶやく。とたん、火竜に向かうその足下に白い魔法陣が浮かびあがり、不思議な白光が外套を包み込んだ。さらに手のひらを前に突き出して広げると、虚空から巨大な大鎚が出現する。
「スキル!?」
「いや待て、なんだあのスキル!? 武器を生み出すなんて見たことがない──」
驚愕する精鋭たちの声を背に、アリナは大鎚をつかみ、構えた。
その大鎚は実にアリナの背と同じほどある、巨大な武器だった。打撃部には高度な技術を要する繊細な銀細工が施され、その装飾一つ一つに白い光が走っている。巨大な打撃部の片方は鋭く尖ったツルハシ状で、より殺傷能力を増していた。
明らかに市場に多く流通されているような武器ではない。
「……お前か……このドラゴン糞野郎……」
ぼそぼそ低くつぶやきながら、アリナはヘルフレイムドラゴンの前に立ち塞がった。持ち上げるのにも相当な腕力を求められるであろう大鎚を、アリナは軽々一振りして、肩に担ぐ。およそその小柄な体で操るには不相応な武器だった。
ふと、その殺気に気づいたか、ヘルフレイムドラゴンがアリナを向く。アリナをひと飲みにできそうな巨大な口に、鋭い牙。口の端からは灼熱の炎がちらちらと噴き出し、鳴き声だけで吹き飛ばされそうだ。しかしアリナは、巨大な竜と相対しても、少しもひるまなかった。
グギャアアアアア!!
儀式場を震わせる咆哮を上げ、ヘルフレイムドラゴンがぐわっと口を開けた。すべてを焼き尽くす火竜のブレス、〝ヘルフレイム〟の構えだ。
「お、おい、よけろ! 死にたいのかよ!」
「……お前が……いつまでも倒されないから……!」
ぎらり、とはじめてアリナは顔を上げた。
「私の残業地獄が終わらないんだよ!!!」