火竜がブレスを解き放った。わああ、とパーティーが慌てて散り散りになる中、アリナはむしろブレスに向かって大きく地を蹴った。
べき、と儀式場の石床にひびが入るほどの蹴り上げ。その人外の脚力によって、小柄な体は軽々と天井近くまで飛び上がり、噴き荒れる業火をかわす。
そして、巨大な大鎚を振りかぶり──
「死ねぇぇぁぁぁぁぁぁあああああ──────ッッ!!!」
終わらない残業を生み出し続ける魔物への、強い恨みと怒りのこもった叫びとともに、ヘルフレイムドラゴンの顔面にそれをぶち込んだ。
べごん! と痛々しく鈍い音が響き渡り、儀式場を大きく揺らす。その凄まじい打撃は剣をもはじく硬い竜鱗を粉々に砕き、火竜の巨体を吹っ飛ばした。ヘルフレイムドラゴンはそのまま壁に叩きつけられ、大きく陥没させながら、床に滑り落ちてしばらくピクピク痙攣する。
「「「「……………………へ?」」」」
静かになった儀式場に、啞然としたつぶやきが重なった。
それまでヘルフレイムドラゴンに一撃も有効打を当てられず苦戦していたパーティーは、誰もがぽかんと口を開け、その信じられない光景にただただ言葉を失った。
ヘルフレイムドラゴンと戦っていたのは、ただのパーティーではない。冒険者の中でも選りすぐりの猛者が集められた精鋭、《白銀の剣》のパーティーだ。その力をもってしても太刀打ちできなかったボスを、見知らぬ小さな冒険者が一撃で吹き飛ばすなどありえないのである。
しかしアリナは、そんな凍りついた空気など気にもかけず、さらにヘルフレイムドラゴンへと追随し、痙攣している魔物へ、容赦なく大鎚を叩き降ろす。
「お前の! せいで! 残業が終わらないんだよ!」
フードで隠された口から、怒りの叫びが上がる。ずがん! どごん! と痛々しい音が響き渡るたび、巨大な火竜はまるでおもちゃのように、右へ左へ跳ね返る。
「私だって! 残業なんか! やりたかないわ!」
叩き落とされた大鎚がヘルフレイムドラゴンの角を折った。いや、ほとんど原形をとどめていないところを見るに、粉砕したといった方が正しい。
「いい加減定時で帰りたいんだよ! この──」
一方的にヘルフレイムドラゴンをたこ殴りにしたアリナは、トドメとばかり腰を低く落とし、力をため、大鎚を振りかぶった。その大鎚から、スキルの光が一際強く放たれる。
「──くそったれぇぇぇえええええ!!!」
トドメの一撃はボスの腹をぶち抜いた。ヘルフレイムドラゴンは思わずのけぞり、悲痛な断末魔の叫びを上げる。やがてぐったり頭を落とすと、その目からは光が失われていき、瞬間、細かな塵となって霧散した。
沈黙。
その場にいる誰もが言葉を失い、すっかり静寂だけが支配する儀式場に、ふいにごとりと重い音が響いた。ヘルフレイムドラゴンが消えたそこに赤い水晶が転がったのだ。太陽を模した特徴的な魔法陣を内包した赤水晶は、ヘルフレイムドラゴンが誤飲した遺物だろう。
しかし、その貴重なアイテムを気にかける者など、一人もいなかった。全ての視線は、フードで顔を隠した小柄な冒険者に注がれた。
人外とすら言える怪力を目の当たりにした彼らは、今まで自分たちが苦戦していたのは何だったのだろうと──そう胸の中でつぶやいて、ただただ立ち尽くすしかなかったのだ。