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《白銀の剣》の盾役を務めるジェイド・スクレイドは、愛用の遺物武器である大盾を構えた格好のまま、呆然と目の前の光景を眺めていた。
視線の先、外套で顔を隠した小柄な冒険者は、ヘルフレイムドラゴンを一方的に殴り倒した離れ業を誇るでも、転がる遺物に興味を示すでもなく、物足りなさそうに鼻をならして腕をふるだけだった。虚空から現れた見たこともない大鎚は、音もなく消えた。
とにかく何から何まで、ジェイドはその現実を理解できなかった。
「……噓……だろ……」
ようやくひねり出したのがその言葉だ。
ジェイドは《白銀の剣》の盾役として、常に最前線でダンジョン攻略にあたってきた。敵の攻撃を一身に受けて仲間を守るだけでなく、司令塔を担い戦いを指揮してきた。これまでに多くの強者と共闘し、その一人一人の力を、誰よりも把握してきたつもりだ。だがそのジェイドでも、目の前の冒険者が繰り出した、その圧倒的な攻撃力は一度も見たことがなかった。
「……しょ……〝処刑人〟……」
ぽつり、とガンズがつぶやいた。
「……処刑人?」
「知らないのか。攻略が行き詰まっている難関ダンジョンにふらりと現れては、ボスをソロ討伐して強引に完全攻略を果たす、謎の冒険者の都市伝説……!」
「ソ……ソロ討伐!?」
冒険者は普通、四人一組で連携し魔物と戦う。防御に特化した盾役が敵を引きつけ、仲間の負傷を治癒役が癒やし、近接武器を持つ前衛役がメイン攻撃役として特攻し、魔法を扱う後衛役が特攻の道を切り開いて攻撃を支援する。
多すぎず少なすぎず、狭いダンジョン内で強敵と戦い勝利するために、二百年の長い歴史の中で試行錯誤されたどり着いた、最も効率的な陣容だ。
まして階層内の最上位魔物である階層ボスが相手ともなれば、治癒役や盾役をそろえるのは必然。ソロ討伐など無謀もいいところである。
だが、ジェイドは確かに、目の前で見てしまった。たった一人の大鎚を持った前衛役が、ボスと真正面から相対し、誰の手も借りずに一方的に倒してしまったその様を。
「……」
ジェイドは改めてその〝処刑人〟とやらに目を向けた。
正体不明の冒険者は、しかし精鋭たちの困惑など気にもとめず、さらさらと散っていくヘルフレイムドラゴンの塵を眺めながらぼそりとつぶやいた。
「これで明日から定時で帰れるはず……」
そうしてくるりときびすを返し、ジェイドの脇を通ってまっすぐ儀式場の扉に向かう。
「!」
すれ違いざまにふわりとマントが触れた。その瞬間、ジェイドの、他人より少し良くできている目は、ふと〝処刑人〟のフードの奥の顔を見てしまった。
それは歴戦の猛者を思わせる男でもなければ、死に神のような処刑人でもない。
ただの疲れた顔をした、人間の少女だったのだ。