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ジャンクションで助けた人達のその後はバラバラだった。パリからの脱出を目指す人もいれば、中心に向かおうとする人もいる。
親と合流できた小さな男の子と手を振って別れ、僕達も重たい足を動かす。自転車? どこにあるかなんて知らない。多分原形も留めてない。借り物なんだけど、この状況でも僕達が弁償しないといけないんだろうか。
ざらついた雨は止まない。
べちゃべちゃと汚い音を立てて、アナスタシアと二人で壊れた街を歩く。傘の一本も手に入れられずに。
市街地の方もひどいものだった。
そもそも道路が瓦礫で埋まっている所もあれば、一面泥だらけになって沈んでいる場所もあった。液状化現象ってヤツか? 電気かガスのトラブルなのか、あちこちで黒煙も出ている。消防車のサイレンも聞こえるけど、この道だ。本当に火災現場まで到着できるかは謎だった。そもそも単純に足りるのか、消防隊員の数が。
「……アナスタシア、日本大使館ってどこ?」
「凱旋門の近くよ」
「だからその凱旋門ってどこだよ?」
ひょっとしたら通り過ぎているのかもしれない。
一面ごちゃっとした瓦礫だらけだった。
ランドマークが見つからない。本当に崩れてしまったのか、あるいは地図アプリに頼れない状況で道なき道を進んでいる間に全く別のエリアに迷い込んだのか。その辺の判断すらつかなかった。
何しろ、いつもの一キロと瓦礫を踏み越えての一キロは感覚が全然違う。砂浜っていうよりは、山道やゴツゴツした河原の方が近いかな。こんな状況だと、歩幅や体感時間で距離を測るのは多分無理だ。
「……ダメだ」
僕はそう吐き捨て、雨の中で立ち止まってしまった。
素直な気持ちはこうだ。
「これじゃ日本大使館になんか辿り着けない! 今どこだ? まずはスマホを何とかして地図が欲しいっ、マクスウェルとコンタクトを取らないと!!」
「どうやって?」
アナスタシアは疲労と混乱、先の見えない不安、とにかく起伏のないうっすらとした苛立ちの中にわずかな希望を乗せてきた。デジタルまわりを封じられてデータの餓えに苛まれているのは、ハッカーだって一緒なんだ。
「クレバーな方法があるなら教えてほしいわ。ここまで街中がメチャクチャになった中で、どうやったらネット環境なんか復旧できるって言うのよ? それとも誰かが敷いた頑丈な軍のホットラインがまだ生きてるとでも?」
「……、」
今は大規模な停電で、一般のスマホやパソコンはネットに繋げない。そもそもネット環境が生きていても警察や消防優先で普通の人は通信制限を受ける状況だと思う。
ただし、
「……消防車は走ってる。じゃあ警察や消防の回線は生きてるのかな」
「だとしても、準備なしでファイアウォールを抜けられるとでも? ここはフランスの首都で、彼らはその首都を守っているのよ」
「準備ならある」
「?」
「JBが流星雨の接近を隠すのに使っていた遠隔操作ウイルスだよ。カタコンベの近くにあるっていうパリ天文台はおそらく感染してる。あそこからウイルスを取り出して、手を加え、僕達の手で警察署なり消防署なりのコンピュータに感染させれば」
「……外から操れる? ちょっと待って、拾ったウイルスのパラメータをいじっておけば、JBじゃなくてワタシ達の手で!?」
「アナスタシア、そのペットロボットはまだ使えるな? ネットに接続しなくてもスマホでスクリプトの書き換え作業くらいできるだろ。本職のハッカーに任せたぞ」
なら決まりだ。
マクスウェルを取り戻せるかどうかで自由の幅はかなり変わってくる。
「だとすると目指すべきは」
「一般のネット環境はこの有様だろ。ウイルスについては、パリ天文台まで出向いて直接ハードディスクから採取するしかないな」