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『まず凱旋門についてですが、衛星写真で追う限りまだ存在します』
「僕達が見た瓦礫の山は?」
『システムのモニタリング対象期間外の行動でしたので確たる根拠は提示できませんが、おそらく別の広場ではないかと。パリ中心部北西を目指したとなると、例えばジャンモネ広場、デメキシコ広場なども、複数の通りが一点に集まる似たような地形のはずです』
ホッとした。
特にアナスタシアは、凱旋門が無事だと知って結構本気でへたり込んでいる。もう濡れた地面に小さなお尻を押しつけ、ハの字ぺたり座りだった。
「なら正しい凱旋門に行けば、近くにあるっていう日本大使館も見つかる訳か」
『シュア。ただし非常に不可解ですが、日本大使館の正門前に警備の人間がおりません。おそらく防弾の建物は施錠され、全職員は地下のシェルターなどに避難しています』
それがどれくらいイレギュラーなのかは、海外慣れしていない僕にはピンとこなかった。隣では、日本人でもないアナスタシアが目を剥いている。
「施錠って……冗談でしょ!? 大使館は自分の仕事を放り出したって事!?」
『不明ですが、事はアブソリュートノアとJBの戦争ですからね』
そうか。JBは未だに全体の規模が見えないけど、少なくともアブソリュートノアは各界のエリートばかりを集めていたんだ。ひょっとしたら大使館まわりに、その恐ろしさが骨身に沁みている人がいたのかも。
「しかし、地下? そんなので何とかなるのか?」
『まあこれだけ粉塵だらけの夜空にヘリを飛ばすなんてほとんど自殺行為ですし、扱う凶器が流星雨である以上一体どこまで逃げれば安全なのかも断言できない状況ですので下手に動かない方が安全なのでは?』
そんなものかなって思っていたけど、アナスタシアは信じられないといった顔で首を横に振る。説明されても受け入れ難いようだった。
「……それじゃ日本政府は、今フランスに日本人が何人生存しているかも分かっていないって事? いくらなんでもお粗末過ぎるわ!! 非常時こそ窓口を開けなくちゃならないはずなのに、パスポートを持っていたって誰も旅行者の権利を保障してくれないって事じゃない。大使館は何万人の日本人を締め出す気なのよ!?」
『不明だっつってんだろですが、EU圏内であれば割と自由に国を行き来できます。例えば、隣のイタリアやドイツまで出向いて大使館に駆け込む手もありますよ』
……このバスも電車もない瓦礫の中を、どれだけ歩いて? パリを脱出するだけでも至難だし、首都を出たとして外はどうなってる。混乱が伝播しているとしたら、そこから先も歩きになるのか?
無理だ。
ていうか、そもそも目的の設定はそれで良いのか? パリの外に出て、安全な避難生活ののち日本に帰る。それだけで。
義母さんはどうなった?
その安否はもちろん、アブソリュートノアが戦争の決め手として受け取るはずだった『何か』の行方は?
「……、」
スマホに目をやる。
通信は回復したけど、天津ユリナの動向を探るための傍受サービスは死んだままだ。仕掛けのあった高架の柱自体が折れてしまったのだから仕方がないのかもしれないが。
厳密な追跡は不能。
ただ……。
僕達はすでにカタコンベまでは行っている。当初、天津ユリナが観察していたエリアで、高確率で後ろ暗い取引現場。つまり、今なら手が届く。改めて深掘りしてみる必要があるんじゃないか。
パリの被害は甚大だけど、JBからすればまだ牽制だ。あんな目に遭うくらいなら、三三個の流星雨を落とした方がまだマシ。そんな考えで。JBの価値観はいまいち信用ならないのがネックだけど、アブソリュートノアの流れは放置しない方が良い。
繰り返す。
ここまでやって、まだ牽制なんだ。
本命じゃない。
アブソリュートノアとJBが万全で正面衝突した場合、きっとこんなものじゃ済まなくなる。そして先にやられた以上、もう魔王リリスも一切遠慮しない。交渉のためじゃない、『使う』前提で何かを手に入れようとする。
この流星雨に拮抗、あるいは上回るほどの何かを。
「マクスウェル、周辺検索。この状況でまだ生きている防犯カメラがあればだけど」
『明かりが消えているので分かりにくいのですが、設備自体は意外と生きている方ですね。どうやら一般電源の他に、ソーラー発電と蓄電池を併用している街頭モデルがあるようです。具体的に何を?』
「……まずは周辺の病院に義母さんがいないか検索。いなければ、カタコンベを詳しく調べたい。周辺に義母さんかアブソリュートノアの刺客がいないかチェックしてくれ」