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しかしあのJBが流星雨だの小惑星だのをバカスカ落としてまで食い止めたかった何かだ。具体的に、義母さんは何を手に入れようとしているんだろう。
近づいているのは分かるけど、僕達で引き出し作業を阻止できるのか?
どうやって。
こっちは誤想防衛だか何だか、勝手に勘違いして金切り声を上げる村人Aからだって反撃の一つもできずに逃げ回る始末なのに。
「……、」
「なに、トゥルース?」
アナスタシアはアークエネミーだけど……あてにはできないな。シルキーは古い屋敷に住むお手伝い妖精で、気に入らない住人や客がテリトリーに居座った場合は容赦なく嫌がらせしたり首を絞めたりするらしい。ただし逆に言えば、それくらいが限界なんだ。吸血鬼やゾンビのような、街だの軍だのを丸ごとぶっ壊すほどの『分かりやすさ』はない。筋力は一一歳女子相当で、人間より多少は耐久性が頑丈な程度。それくらいで考えた方が良い。
いざ取っ組み合いになるなら僕がやるしかない。そうならないのがベストだけど、多分アブソリュートノア相手に言葉の説得は無理だ。
天津ユリナの子供?
それは本当に、組織全体にくまなく通じる特権か。義母さん個人なら通じるかもしれないけど、他のメンバーはあっさり殺しに来る可能性だってある。何しろ僕は滅亡後の世界に残すべき偉大な科学者や芸術家として彼らの作った方舟に乗る訳じゃないし、建造にも貢献していない。関係各位の知り合い、おこぼれの乗船者。他のメンバーから見ればお荷物要員なんて別に死んでしまっても構わないはずなんだし。
それに、嫌だ。
助かる側の特権を振りかざして話を丸く収めていく形になるのは。こればっかりは合理性の話じゃない。
となると、
「……マクスウェル、今の内に攻撃手段の検索。ただし謎の暗殺術とか手持ちでガトリング砲撃ちまくる方法とか、僕のカラダのスペックじゃあ今すぐできないものは除外」
『そもそも戦闘行為自体が最大級に非推奨ではありますが』
そんなの誰でも分かってるよ。
罠の危険もあるけど、ひとまず床の車輪跡を慎重に追っていく。ワイヤーやバネ仕掛け、レーザーやX線、超音波や電磁波。そういう物理的なトラップは特になかった。今さらだけど、そうした判断ができるのもお手製ゴーグルの恩恵だ。
さらに階段を下りた時だった。
「っ」
「鉄格子が……」
危険な通路に迷い込まないよう後から設置された鉄格子の扉。そいつを縛りつけていた太い鎖がだらんと下がっていた。鎖を千切った訳じゃないらしい。鍵の外れた南京錠が床に転がっている。
これまでなかった光景だ。
近い。
だけどアブソリュートノア側も慌てているみたいだ。これまでなかったって事は、今までとは対応を変えるきっかけが必要なんだから。それは何だ? 合流の時間が差し迫っているとか、自分でも道に迷いかけたとか。あるいは、僕達追跡者の存在に気づいたか?
水に濡れた車輪の跡は奥に続いている。扉だけ開けてよその通路に逃げたって線は、確率的には低そうだ。
この先に、いる。
暗闇の中でアナスタシアと頷き合って、僕達はゆっくりと鉄格子の扉を潜った。
闇は深く、まだまだ長い。
奥へ続く通路を、できるだけ音を立てないように気をつけて歩いていく。
直角に折れた通路の端に辿り着く。車輪の跡はやはりここを曲がっている。正解、のはずだ。同時に僕達は自分から危険の中心へ近づいているって事でもある。どうするんだ、向こうの誰かが武器でも持って息を潜めていたら。実は全く移動しておらず、すぐそこの角から僕達を窺っていたら。
曲がり角を覗き込んだ途端、鼻先がぶつかる距離に相手の顔があったら。
「……、」
妄想だ。
そのはず。だよな? いくら何でも吐息や身じろぎは完全には隠せない。相手はこのゴツゴツした床でスーツケースの車輪を転がしているんだ、近くにいれば音で分かる。はず。
奥を。
そっと覗き込んでみると……だ。
「あれ? 何だ、ここ」
変な場所に出た。
これまでの直線通路と直角に折れた曲がり角なり交差点なりとは違う。広い。そして明るい。それもロウソクとか松明とか、時代がかった火の照明じゃない。これは明らかに電気の光だ。
ていうか、
「カタコンベ、じゃない?」
「どこか別の地下と繋がったんだわ……。ワタシ達だってショートカット用の地下道から入ったじゃない!」
こうなるとスマホを使ったDIY暗視ゴーグルは邪魔にしかならない。自動で光量補正がかかるからいきなり目が潰れる事はないけど、単純に動体視力だけなら肉眼の方が優れている。カメラ越しだと大きく首を振った時にブレるんだ。
ベリベリとビニールテープを剥がして横にしたスマホを顔から外す。
「いたた、痛いっ。うー、しっかり貼りすぎたわ……」
「何だ、ゴーグル外すのに苦戦してるのか?」
「そうじゃなくて、服の中に貼ったヤツがっ、いたいー」
げふんっ。
ともあれ、僕達はやけに新しい地下へ踏み込む。
見た感じとしては、
「小洒落たデパートの地下って感じかな……」
しかし、六〇〇万人分の人骨を収めたとかいうあれだけ不気味だったカタコンベが、ただの通り道だったって事なのか?
そもそもここはどこなんだ。独立した電源があるみたいだけど。
「……、」
「アナスタシア?」
同じ疑問を持ったのか、ペットロボットの顔も兼任するスマホに目を落とした金髪少女がそのまま固まっていた。
どうしたんだろうと思っていると、ぽつりときた。
「……地図の上だと、ワタシ達がいるのってサンジェルマン通りとサンドミニク通りの間よ」
「だからどこだよそれ?」
近所の駅前じゃないんだ、道路の名前だけ言われてもピンとこない。
しかしアナスタシアは顔を上げてこう続けたんだ。奇妙に震える笑顔を浮かべ、とびきりの爆弾を投げ込む格好で。
「フランス国防省。ここ、その地下だわ」
カタコンベ?
そんな印象、一瞬で吹っ飛んだよ。