6(クウェンサー/学園都市)


 逃げたい。

 もう全力でどこかに行きたい。

「ん」

 ピンクジャージにおかっぱの東洋人からどんより見据えられて、人身豚面はたじろぐ。

 が、

「滝壺さん、超何やってんですか?」

「あ」

 真後ろからの聞き慣れない東洋言語に、理性的に反応している暇もなかった。

 この街が、そこに住む住人達が『危険』なのは十分過ぎるくらい思い知らされている。

 だから。

「おおあっ!?」

 振り返りざまに、後からクウェンサーは叫んでしまった。豚が体内反響でどんな音の塊を作ったのかも気にしていられない。顔のすぐ横に掌サイズの巨大蜘蛛が垂れてきたのと同じように、反射的に腕を振るって平手打ちしてしまったのだ。

 そう。

 建設重機に勝る灰色の人身豚面、そのたくましすぎる腕でもって、全力全開で。

 ひやりと、背筋というより胃袋の底に冷たいものが落ちた時には、状況は決定的に動いていた。

 ずんっ、とまず巨大すぎる掌が、小柄な少女の顔と言わず上半身全体を捉える。

 一秒もなかった。

 そのまま空間を薙ぎ払い、ニットワンピースに茶色い髪をボブにした少女は背後にあった給水塔を乗せた非常階段出入口の壁に激突する。掌と壁が人肉を挟み、彼女を中心に分厚いはずの鉄筋コンクリートへ蜘蛛の巣よりも禍々しい亀裂が走っていく。

 採石場にある巨大ダンプで人を撥ねた上、そのまま近くの建物へ突っ込んだドライバーはこんな心境になるんだろうか。

 いいや違う。

「おっ、ぐ……。いきなり超ご挨拶ですねえ、この豚野郎」

(しゃべった!? ていうかこれだけやって普通にまだ生きてるッ!)

 自分が救われたのか奈落に突き落とされたのか、そこからもう感情の制御を手放しかねないクウェンサー。この勢いだと真正面からアサルトライフル連射したくらいでは死なないみたいだ。とにかくニットワンピースの少女は生きている。出血らしい出血もない。そもそも凶悪な掌に返る感触は少女の柔肌とも違うようだった。わずか数ミリ、されど数ミリ。間に何か……そう、圧縮空気の板でも挟んでいるような感じだ。

「きぬはた。英語じゃないと通じないみたい」

「ええー? どっから来たのか分かんないのにそんなに超万能な言葉なんですか。まあ通じるなら何でも良いですけど」

(それにしたって、生身で……? こいつなら距離さえ詰められれば冗談抜きで装甲車の側面くらいグーパンチでぶち抜けそうだっていうのに……)

 唖然とするクウェンサーの耳に、ピンクジャージが呑気な声を出した。

「それよりきぬはた、大丈夫だった?」

「はいはいよー。こっちは超硬いのが命の盾役ですからね。それより滝壺さん、こいつが超例のヤツって事なんですか」

「うん」

「浜面に押し付けたら超豚面になりそうですね、はっは!」

 快活に笑う少女達の空気は弛緩していて、ついさっきまでの事などなかったかのようだった。奇怪ではあるけど、今すぐ灰色の豚を串刺しにするつもりはないらしい。

「……あんな仮説が超大真面目に顔を出すとはねえ」

 きぬはた、と呼ばれていた少女は興味深そうな目で四メートル弱の巨体を眺め回すと、ようやくクウェンサーにも分かる言葉に切り替えてくれた。

「ま、無用な混乱に超巻き込まれたくなかったら私達についてきてください。どこの誰だか知りませんけど、あなただって街中から超追い駆け回される魔女狩りごっこにいつまでも付き合いたい訳じゃないでしょう?」

 会話は通じるようだ。

 さっきの一撃もまだ謝っていない。

 ここで変なしこりを作ってせっかくのチャンス、プラスの変換点を失うのはあまりに惜しい。相手から手を離してほしくない。クウェンサーは慌てたように口を開いた。

「わっ、悪い。俺はクウェンサー=バーボタージュ。信じられないだろうけどこいつはリアルな作り物で、少なくとも俺が入った時にはファスナーが……」

 だが彼は怒涛の展開に心を追われていたため、失念していたのだ。この人身豚面のクソ野郎に備わったある特徴を。人間とは明らかに違う動きで声の振動が臓腑から頭のてっぺんを突き抜け、そして洞窟を反響する波長のぶつかり合いがすすり泣きに聞こえるように、彼自身知りもしない東洋言語そっくりの音色を奏でた。


『ぶー。どっちがお腹か背中か分かんない貧乳はオレサマお断り。牛乳飲んで出直しな』


「……、」

 笑顔だった。

 ヤツは一〇〇点満点の天使の笑顔であった。

(うーん、単なる音の塊のはずだけど、絶対これとんでもない勘違いされているぞうこの目の色はあ!!)

「まっ」

 そしてクウェンサーがさらに余計な事を言うより早く、怒涛のボディラッシュが始まった。


7(ヘイヴィア/グランズニール)


「ぶー。ベアトリーチェ、そんなに睨んではいけない」

「……でもぶーぶー、この二枚目からは負のオーラを感じる。ていうかグランズニールで顔を合わせる男にろくなのがいないっていうか」

 どうやらこの島はイケメンに試練を与えるようにできているらしい。少女の全体重をかけた飛び蹴りを顔で受けて若干フィット感がズレたのか、変に笑ったように見えるジャケットの男は首を傾げていた。

「ベアトリーチェっ、ここ最近の『【ゲート】潰し』にイラついてるからって見知らぬ二枚目をフルボッコにしちゃダメですよ」

 誰かの後ろにいないと気が済まないのか、ぶーぶーと呼ばれた人身豚面の腰の辺りにひっついたグラマラスな白い魔女が、時折メガネをくいくいさせながら、

「うわあー、それにしても絵に描いたようなハンサムさんですねえ。……だからこそ逆にウルトラメチャクチャ胡散臭いっていうか」

 もう一人、こっちは何かの神官だろうか。緑色の装束にショートヘアの少女。

「ああ、シリコン詰めた風船みたいな胸のようにな」

「……この私に胸ネタを振ったようですが、本当に傷ついているのは果たしてどちらかな貧しい人?」

「くそっこっそりメガネ牛の背後から全身麻酔をかけて意識を失ったところで脂肪吸引ダイエットのノズルを挿してやりたい……!!」

「やめてくださいよアルメリナ、怨嗟が具体的すぎて指先ぞわぞわするんですけど!?」

「「全部フィリニオンが有罪」」

「私、嫉妬に狂ったうっすーい(笑)から一方的に吹っかけられただけなのに! 悲惨な給湯室に正義はないんですかー!?」

 ますます豚の背後に隠れて小さくなる白い魔女、フィリニオンとやらを眺め、ヘイヴィアは思う。

(……なんだっ、何かと思えばこの豚野郎、クウェンサーのヤツと同じ匂いのする人種か? だとしたら許せん、大した努力もせんで年頃の娘さんを二人も三人も振り回しおって!!)

 こちらの気持ちはイケメンマスクのおかげで全く伝わっていないらしい。ヘイヴィアの目の前で灰色の豚、ぶーぶーは怯えるフィリニオンの頭を巨大すぎる掌で結構乱暴に撫でながら、

「結局こいつが何なの、ベアトリーチェ?」

「不審者だから丸焼きにして捨てよう」

「……あんたはもう清々しいくらい六法全書を放り出してグランズニールを満喫してるなベアトリーチェ。てか、その、何だ? そいつの、ええと、全身タイツ? とにかく出処とか気にならないのか。ちょっと【魔法】とは違うようだし、石油化学系の加工技術はないからグランズニール側でこういう特殊メイクはできないと思うし、何気にロストテクノロジーだぞ。地下に広がる【迷宮】探索の最中にこんなのつけて知人のふりして撹乱されたら厄介だろうし……」

 ようやっと話の矛先が建設的な方向へ伸びていった。ベアトリーチェ、フィリニオン、アルメリナ、そしてぶーぶー。ヘイヴィアはこれまで出てきた人名らしきものを頭の中で反芻しながら、

「つかな、俺も俺で倉庫の整理してたら豚とかイケメンとか作り物がいっぱい出てきてそれならこっちのイケメンの方が面白そうだなだけだったんで詳しい話はサッパリなんだけどよ、逆にテメェらだったら何か事情が分かる訳?」

「……あ、間を端折りまくっているのか絶望的に説明が下手なのか。とにかく何を言ってんだか全く理解が追い着きませんね」

「だから胡散臭い二枚目は燃やして捨てようよ。灰はいくつかの樽や瓶に小分けして川とか海とかに流すのが良いと思う」

「どこぞの幽霊船で寝泊まりしている【吸血鬼】が泣き出しそうだからやめろベアトリーチェ。……それより結局これは何なんだ。さっきは特殊メイクって簡単に言っちゃったけど、なんかそういうのとも違うよな。変に瑞々しいし」

 所詮はメイクでしかない映画撮影技術は、カメラのフレームから外れると結構違和感が出るものだ。例えば空気の出入り口が違うから声はくぐもって聞こえるし、何重にも顔料を重ね塗りして分厚いマスクを作っているようなものなので、授業参観以上に強烈な匂いに包まれるし、何よりどれだけ運動しても汗をかかない。

 ところがこの見るからに悪そうなイケメンにはそういう感じがしないのだ。三六〇度、どこから見てもボロの出ない、映画の中の住人がそのまま出てきてしまったような生々しさがある。

「……こんなもん実用化していたら囮捜査やり放題だぞ。いや、漫画みたいな怪盗が増えて大混乱するかもしれないな」

「やっぱり【ピース】による技術革新の一つなんですかね?」

「ぶー。つまり何がどういう事?」

「グランズニールで【魔法】を極めると、現実の科学技術じゃ再現できない細かい加工や薬品の合成にも手が届くの。そういうデータは手詰まりになっている研究分野にブレイクスルーをもたらす事もあるんだけど……」

 ……その説明で夢の国の豚野郎に理解できるのか、端から聞いているヘイヴィアにはかなり疑問だったが、彼は彼でまた新しい壁にぶつかっていた。ベアトリーチェとかいう赤い鎧の人型兵器は言ったのだ、現実の科学技術、と。ではここは一体どこなのだ? グランズニールとは『現実』の範疇に収まらない場所や定義で隔離されているのか……?

 緑色の神官風の貧乳少女、アルメリナはちょっと歪んだイケメンの頬を指先で無遠慮に摘みながら、

「すごいなこれ、SF映画に出てくる顔面丸ごと移植みたい」

「ちょっとやめなさいよお嬢さん気安いわよ巨乳には巨乳の貧乳には貧乳の良さが理解できちゃうバストソムリエヘイヴィアさんが思わず照れちゃうでしょ!」

「……ほほう、私は巨か貧か、どっちにカテゴリしてんのか言ってみろ」

「あぎょるばるぼるえっ!? ひっぱ、千切れ、ちょっと待っへ! ここは白を黒にできる独裁国家かーっ!?」

 が、アルメリナがありったけの力を込めても作り物の皮膚が破れる様子はない。表面に何かが張り付いているというより最初からそういう人物のようだ。どこまでが人工物でどこからがオリジナルなのか、階層の区別がつかない。

「【ピース】によってブレイクスルーしたのかはさておいて、こりゃあ、ひょっとすると、あれかもしれないなあ」

「やっぱりアルメリナもそう思う?」

「ベアトリーチェ、実はお前何にも考えてなくないか?」

 アルメリナはゆっくりと息を吐いて、それからこういう仮説を投げてきた。


「カルティベーションマッスル。機械部品を使っているんじゃない、流行りの万能細胞で作った筋繊維だの神経組織だのを兵器の一部に組み込むとかいう技術」


8(クウェンサー/学園都市)


 大半の人には何かのマスコットに見えるだろうが、それでも不審に思われたらアウトだ。表通りは歩けないので、クウェンサーは二人の少女達を左右の手で抱えたまま、ビルからビルへ跳んでいた。距離があっても高低差があってもお構いなし。まったくこの豚はハイスペックすぎる。さっきも絹旗とかいうのにボコボコにされたのに、結局さしたるダメージは入らなかった。

 その絹旗は腰を抱えられたまま、何故だか両足をパタパタ振ってはしゃいでいる。絶叫マシン系が好きなのかと思えばそういう訳でもなく、

「おおう、やっぱりビルからビルに次々飛ぶのは超B級ロマンですよねえ! 一回のジャンプで満足せずに超スタスタ走る感じがよい!! まあグリーンバックにCG撮影丸出しのハリウッドよりはフランス辺りの体張ったスタント系っぽいですけど」

「……、」

 そしてこの短い間に学んだ事がある。

 とにかく生の会話はダメだ。全部体内で(……とでも暫定的に呼ぶべきか)変な風に反響していらん誤解を招く。だが一方で、首を縦に振ったり横に振ったりする分には問題ない。両手が塞がっているので筆談や身振り手振りもできないし、今は聞き役に徹する方が良いだろう。

「カルティベーションマッスル」

 テンションの上がった絹旗はそんな風に言っていた。

「元々は数センチ大の小さなロボットを制御するための技術です。例えばエイに似た水中活動ロボットを作る場合、モーター、歯車、シリンダー、バッテリー、制御チップ、様々な機械部品を限られたスペースに詰め込むよりも、一粒で柔軟に対応してくれる筋繊維で一部を補わせた方が効率が良い、という報告は出ています。実際、例に出したエイは軍用研究で実用レベルに超達していますよ。ライトで光を当てるとひとりでに追従してくれる辺りまでは普通に何とかなるそうで」

「……筋肉はモーターやシリンダーとは違った駆動系になるから組み込めばこれまでになかった設計図を引けるし、神経組織は言わずもがな。小魚の脊椎なんかを再現できるだけでも相当自由度は広がると思う」

「一方で大きな兵器には向かないはずなんですけどね。何しろ生物ベースはメンテナンスが超大変ですから。栄養は欠かせない、定期的に運動させないと衰える、自重で疲労する、故障してもペンチやスパナで直せる訳じゃない、衛生管理に気をつけないとカビや雑菌にやられる……。一つの基地に工学系と生物系の二つの整備施設を超重複させなきゃならない訳ですからね。戦闘機の規格一つ取っても統一して、少しでも経費と現場の混乱を防ぎたい側からすれば超無駄でしかありません」

 そんな話はクウェンサーも専門書などで読んだ事がある。

 結局、生命の神秘とは突き詰めるとミクロな宇宙に集約されるのだ。昆虫や小魚のルーチンをLSIで再現するのは難しいが、直接体組織を組み込めればその手間は省ける。そういう話。

 だけど、できた成果を無理にマクロな世界へ引っ張り出しても費用対効果が暴落して、そこを無理に固執するなら従来の戦車や戦闘機で良くない? という話に落ち着いてしまう。なんだかんだで重たい物を運ぶなら昆虫の六本足より鋼の履帯だし、ろくに整備もしないで何年も倉庫で寝かしたりはできない。

 軍用兵器は戦うだけではないのだ。戦争はいつも起きているとは限らない。文明国にとっては、戦争が起きていない間にいかに節約しながら万全で待機しておけるかも重要な項目で、そういう意味では『常にご飯を食べないと細胞が死滅する、老化でスペックが低下する、準備運動を欠かすとスクランブル発進時に筋や腱が断裂する』カルティベーションマッスルは、現場はともかく後方の背広組からはとことん嫌われる仕様になってしまう。

(……コールドスリープなんかで寝かせておければまた変わってくるのか。いや、即応性は下がるし、三六五日マイナス何十度っていう巨大な冷凍倉庫を回し続けるだけですでに莫大な損失だよな。ドンパチやる前に経済難で国が分解しそうだ)

 ついでに言うと、一定以上の高等生命体になると生命倫理の問題も顔を出してくる。宗教的には胚や受精卵を使わない体細胞ベースなら問題ないという話で落ち着き始めてはいるものの、感情的な愛好家はまた別だ。例えば犬や猫の脊椎を組み込んだ四つ脚の殺人兵器が開発されたら、それはそれは熱心な反対活動が巻き起こるだろう。そして背広組は人気商売でもあるので、こうした団体様を無視する訳にもいかなくなる。配備しているだけで民衆のヘイト値を稼ぎ続ける兵器なんぞ誰も求めていない。多くの兵器が強くたくましく格好良くデザインされているのは、何も機能美の追求だけとは限らないのだ。

 でも。

 となると。

(……それじゃ、何か。こいつの元になったオリジナルの生命体が存在するっていうのか?)

 にわかには信じられない話だった。カルティベーションマッスルは、元となった生物の筋繊維や神経組織などを一部兵器に組み込む技術だ。全部ではない。何だかもう装着しているというより溶け合っているような感覚に近く、中でクウェンサー自身がどうなっているかは知らないが、少なくとも取り込むための機構は別にあるのは予測がつく。

 つまり、一部でこの性能。

 五体満足のオリジナルはどこまでハイスペックなのだ。冗談抜きにそいつが五人くらいいれば真正面からオブジェクトを破壊できるんじゃなかろうか。

「『それ』はひょっとしたら、この世界にはいないのかも」

 似たような事を考えていたのか、片手で腰を掴まれたピンクジャージが平坦な声で言った。

 つまり、過去に絶滅した恐竜のお仲間とでもいうのか。だがそんなクウェンサーの予想は裏切られた。

「『ボイジャーは実は近くにいた』って噂を知っていますか? 『月面の星条旗は嘘だった』と同じくらい超メジャーな都市伝説なんですけど」

 クウェンサーは豚の首を横に振った。

「そもそもボイジャーは火星より遠い惑星のデータを集めるのと同時に、地球外生命体とコンタクトを取るため太陽系の端まで超放り投げられた無人宇宙船でもある……というか、正確にはちょっとした金庫みたいなものです。中には地球の文化に関する資料が詰め込まれていて、宇宙人に対する名刺代わりになっています。金メッキのレコードは色んな楽曲も入った人類の超ベスト盤になってるとかで。地球人類の優れた知識や技術を超見せびらかしてお友達を作ろうとしたようですが、その欧米文化が大航海時代に何をやらかしたのかは記憶にないご様子ですね。ひょっとしたら、これが欲しいという理由で大量の宇宙船が攻め込んできていたifもあったかもしれません」

「……、」

「ところが、このボイジャーは実際には太陽系の端まで達していなくて、もっと手前でロストしているのを米国政府がずーっと隠蔽している、という噂があるんです。宇宙から降り注ぐ電波情報まで偽装してね。単に国家的プロジェクトが超失敗に終わったと知られたくなかったのか、はたまた、意外と近くで『回収者』が網を張っていたのか。仮説は色々あるみたいですけど」

 いまいちピンとこない話だった。そもそも真偽不明の与太話なのに、そこからさらに仮説同士で戦わせてどうするのだろう。

「……そんな仮説の中でもさらに奇説珍説の中に、超こんなものがあります。ボイジャーはただロストした。米国政府は事態を隠蔽したのではなく、原因不明で説明のしようが超なかった、ってのがね」

 首を縦にも横にも振れなかった。

 ただ、抱えられた絹旗の言葉だけが続く。

「ボイジャーは集めたデータを伝えるために電波を発していたんですけど、こっちもただの故障にしては不自然な途切れ方をしている。……ひょっとしたら、私達は言うほど太陽系を知らないのかもしれない。すごく、とてもすごく、呆れるくらい超目の前に、世界の『穴』が空いているのかもしれない。そんな噂です」

「これはあくまで与太話。証拠についてだって、月の表面に立つ旗のはためき方とか影の形がおかしいなんていう半分くらい言いがかりめいたものでしかない。しかも月面着陸と一緒で、デマが広まると明確に喜ぶ人間がきちんといる。そんなくらいのものでしかない」

「こいつがハリウッドならマンハッタン島より大きな母艦が月の裏側にでも超張り付いてそうな話ですけどねえ☆」

 ピンクジャージにおかっぱの滝壺はそんな風に言いながらも。

「……でも、それくらい怪しいソースを持ってこないと説明がつかないかも。今のこの状況全部に対して」

 灰色の豚はふとビルの屋上の一つで立ち止まる。

(だけど)

 彼は思う。

(……それってつまり、何をどうすれば全部解決するんだ?)


9(ヘイヴィア/グランズニール)


 とりあえず背中を確認してもらう事にした。出てきたり引っ込んだりする謎な『羽』ではなく、今はファスナーの方を。

「ぶー? そもそもファスナーって何だ???」

「役に立たねえ豚野郎だなっ! そこ、そちらのお美しいお嬢さん方、誰でも良いから何とかしてくれませんかね」

「あ、ぶーぶーへの悪口はちゃんとカウントしてるからね」

「この赤いのほんとに怖いッ! シールが溜まったら絵皿と交換って訳じゃなさそうだ!!」

 おののくヘイヴィアの後ろに回ったメガネ付きの白い魔女は首をひねり、

「……うーん、それらしいファスナーはなさそうですけどねえ」

「つかこれ、ほんとに着ているのか?」

 アルメリナがいらん新説を投げ込んでくる。

「……ここまで全身覆ってぴったり五指も五感も同期したカルティベーションマッスルとなると、ひょっとして、細胞同士が癒着しているとか、神経や血管が融合しているなんて話はない、よな? だとするともう取り外しは外科手術の次元になってくるんだけど」

「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 思わずヘイヴィアは総毛立つ。確かに他人のふりして色々できるイケメンフェイスは考え方次第では便利な代物だが、一生癒着して引き剥がせないとなったら話は別だ。汗をしこたま吸い込んだ他人のシャツを着せられるような嫌悪感にまみれる馬鹿。

 ベアトリーチェはベアトリーチェで、

「うーん、蝶のサナギみたいに中でドロドロになってたら流石にお手上げだなあ」

「ぜんぜん気持ちこもってないわどうでも良いって考えてんだろテメェ!?」

「いやほら私はぶーぶー以外は割と全力で興味がないっていうか……」

「もっと心を開いてっ、この精神的な鎖国少女を誰か何とかして!!」

 指先どころか全身の神経という神経がまとめてぞわぞわとした不快な感覚に襲われるヘイヴィアだが、立ち止まってもいられない。

 そもそも、だ。

「……その、カルティベーションマッスルだっけか? 言うほど簡単なものなのかよ。机上の空論と実際に手の中で完成させんのは全然違うぜ。俺らはビッグバンを起こせる訳じゃねえんだからな」

 アルメリナは困ったように、

「それを実際に一体化したあんたに言われてもなあ」

「着ているって言って!! いつの間にかファスナーなくなってるし自分で確かめる方法なんかねえけどっ!!」

「あなた自身に覚えがないとなると、どういう事なんでしょうねえ。ひょっとすると、別の場所から渡ってきた物品だったり?」

「フィリニオン。データや経験値はともかく、マクロな物品を渡らせるのはほとんど不可能だと思うけど?」

「だから、経験やデータなら自由に行き来できるんですよね。例えばDNAマップなんかを完全解析して『よそ様』に送った可能性は?」

「でもさ、ヒトゲノムって全部解析したからって即座に全く同じ人間をコピーできるんだっけか。一卵性の双子だって指紋や虹彩なんかの生体認証は誤魔化せないって話を聞くぞ」

「待て、待て、待て」

 ヘイヴィアは両手を前に差し出して、

「かしまし娘さんよ、さっきからこのイケメン貴族様が置いてきぼりだぞ。何だ、なんかとんでもねえ前提で話を進めてねえかテメェら。正直、ここを確かめるとお宅らの頭か世界の常識か、どっちかを疑わなくちゃならなくなるから怖いんだけどよ」

「胡散臭い笑みを貼り付けたマスクマンが何を言っているの?」

「中身もきちんとイケメンなんですう! ああっ、この赤いお嬢ちゃんはかえって幸せだったかもしれない、超美形天才貴族ヘイヴィア様の真の顔を見たら人生観が粉々になってしまったかもしれなかったのだからっ!!」

「たわ言は置いておいて、と」

「(……ね、ねえメガネさんや。こちらにおわします真紅のレディは先ほどから何なの? オレサマアピールにまったくちっとも箸にも棒にも引っかかりませんがひょっとして百合の人だったりしますかね?)」

「キサマの爛れた妄想に私達まで巻き込むんじゃねえ歪みイケメン。でもってベアトリーチェはメンタル重視の人なので、ぶーぶーさん以外はガチで興味ナシです」

「……、」

「ぶー?」

 ヘイヴィアは歪んだ二枚目フェイスで四メートル弱の人身豚面と華奢な鎧の少女を交互に見やって、

「こいつは確かに夜の顔がすごく気になる組み合わせだ。できればライブで見たい! へっ、ヘイヴィアさんは勢い余って思わずベッドが壊れちまうほどのニッチな性癖を応援しますごくり!!」

「……おい偽装イケメン私はともかくそれ以上頭の中でぶーぶーを汚すと脳みそ丸ごと一万八〇〇〇度で滅菌消毒するぞ」

「おやおや人間のタンパク質はたった四二度でダメになるのがお分かりではないご様子…….!?」

「あんたもあんたで火に油を注ぐ天才だな。その力、上手に使えればネットマーケティングの覇者になっていただろうに」

「人をタキシードのスパイになれなかった下着ドロみたいに言うんじゃねえよクールビューティちゃん。……つか、なんか俺と同類の匂いがするな。テメェもしや軍人さんか?」

「げふんげふん!! リアルじゃアイスクリームショップの看板娘さんには何の事だか分かんないよ」

「アルメリナ、あなた……」

「そのうっすーい(笑)で乳製品と絡むのは絶望的だと思うの」

 テメェはちょっと裏に来いベアトリーチェっっっ!! と絶叫して掴みかかるアルメリナはひとまず置いておいて。

「いや、待て、でも、なあ、おい、ちょっと」

「ぶー。どうしたお前」

「……ひょっとすると、ひょっとしますけど……テメェら、ええと、なんか気軽に世界と世界をまたぐ話をしてはいませんかね、さっきっから」

 対して、ぶーぶーは口元に手を当てて首を傾げていた。

 一方の三人娘の方があっさりと答えた。

 まずはベアトリーチェ。


「だって、私達も【ゲート】を潜って地球から異世界グランズニールにやってきているんだし」


「……、」

 軽かった。

 この小さなカードサイズで電話とカメラも入っているんです、くらい当たり前に。

「さっきベアトリーチェに『【ゲート】潰し』について話をしていたでしょ。あれってグランズニール側に固定で開いている【ゲート】をコンクリの直方体で埋め尽くして出入り不可にしちゃう悪質なイタズラなんですよ。ま、世界中に散らばる地球側との【ゲート】を自分以外全部潰しちゃえば、グランズニールの資源を独り占めできるとでも考えているのかもしれませんけど」

 とはフィリニオンの言。

 コンクリートと言えば近代建築の象徴みたいに聞こえるかもしれないが、原形は古代ローマ時代まで遡れる。水と混ぜて固める方式にしたって、『島国』では三和土なんて名前で江戸時代には普通に普及していた。ファンタジーな舞台にあっても不思議はない。

 さらに続いて、アルメリナも。

「『私達の地球』からグランズニールへ自由に行き来できんなら、ひょっとしたら『よそ様の地球』からも出入りできるんじゃないかなあって。まあ、これは平行世界論が関わってくるけどさ」


10(クウェンサー/学園都市)


 そろそろはっきりさせよう。

 問題点は大きく分けて二つ。


 ・カルティベーションマッスルとかいうでかい豚は引き剥がせるのか。

 ・ここはどうやら第三七機動整備大隊が駐留する地域ではないらしい。ならばどうやって帰還する。


 元に、戻る。

 位置的な問題と、人間的な問題で。

 ……これがクウェンサーにとってのクリアすべきハードル、解くべき問題だったりするのだが……。

「パラドックスが起きている」

 ピンクジャージの滝壺がそんな風に呟いていた。

「カルティベーションマッスルはどうあれ、元となった細胞は『こっち』にはないはず。だとすると、その豚自体が歴史に対する強烈な矛盾として機能する。多分、ここは存在しない時系列。私達が本来出会う事はなかったの」

 ビルの屋上で立ち止まった事で、両手から少女達を離してクウェンサーの両手は自由になった。特にチョークとかはなかったが、その指先の爪で直接足元のコンクリを削って文字を刻んでいく。言うまでもなく、口を動かしても灰色の豚の中で複雑に反響し、意味の壊れた音色を垂れ流す羽目になるからだ。

『痛い電波の娘は妄想を全肯定するとガードがゆるゆるになるけど今はそんな気分じゃないのでパスで。「安全国」にもいたよ変な眼帯つけたり掌に包帯巻いたりしてた娘。落とすのチョロいけどストーカー化されるとおっかないから意外と誰も手を出さなかったけどさ』

「オメーは口を開いても閉じても劇的に女の子を超沸騰させる天才ですねえ」

『それは体の芯が火照って仕方がないという事かい? 大丈夫だよハニー、たとえ下着が汚れてもボクは気にしない』

「そいつも含めて全部だクソ馬鹿野郎」

 呆れたようにニットワンピースの絹旗が息を吐いてから、

「でも、あなたという存在が何かしらのパラドクスと化しているっていうのは超賛成ですね。なんというか、今回の問題はあなたが起点になっていて、あなたがいなくならない限り解決の目処は立たないような気がします」

『消すってそう簡単に物騒な事をお言いでないよ俺セクハラしただけじゃない!』

「その時点で超万死です!! 何の特権で社会のルールを軽んじてんですか!? 大体、ここであなたを殺しても死体は残りますし、どれだけ巧妙に死体を処分したとしても、あなたを殺したという事実は消せなくなります。そういうのでは意味はないんじゃないかなあと」

『あっさり殺すだの処分だの口に出しておっかない娘だな』

「今さら気づいたんですか? こちとら裏稼業の『アイテム』だってんです。今さら死体の一つ二つで超驚いていられるかって話ですよ」

『いやあ死体自慢とかありえないわあ。たまにうちの部隊でも報道とか戦争記録って建前でオブジェクトに吹っ飛ばされたグシャグシャの悲惨な敵兵の写真撮ってる連中いるけど、顔はスーパーニヤニヤしてるもんね。あれ絶対勃起してるよ、じゃないとあんなどっちが顔でどっちが尻なんだか分かりゃしない赤黒い塊を接写で四〇〇連写とかできないって』

「人をどんな超変態枠に収めてんですかっ!? つかあなたの生活圏がナゾで仕方がないんですけど!!」

「きぬはた。本題」

「げふんっ。……ともあれ、事態を超穏便に解決するには、あなた自身をあなたがやってきた『穴』に押し戻してしまうのが、『ロールバックする』一番の近道ではないのかなと。軸となるパラドクスさえなくなってしまえば、その時点で歴史の歪みもなくなるはずですし。ほら、タイムマシンで変更した時系列をもう一度元に戻すというか」

『よくそんなのスラスラ出てくるな(笑)』

「カッコわらいをわざわざ文字で書くんじゃねえよイライラする。……ただまあ、私としても超不思議ではあるんですけどね。ああ、きっと『いつもの私』だったらこんなトンデモ論を持ち出す前にもっと疑問を抱くんでしょうねえ」

「きぬはたは大体そんな感じだよ。ちょっと自分に夢を持ちすぎている」

「……なんか言いましたか巨乳ジャージ」

 ともあれ。

『元の世界に戻る、か』

「ただし大前提として、順番を間違える訳にはいきません。あなたは自分のいる世界に『行く』んじゃなくて『戻る』んです。ここを履き違えると取り返しのつかないミスに超繋がるかもしれません」

『? 詳しく』

「単に先に進むんじゃなくて、手順を踏んで巻き戻す必要があるって事ですよ。あなたはコンビニで一〇〇円セールのおにぎりを買ったはずなのに、バイトのレジ打ちが間違えて定価の一五〇円を超求めてきたとする。お店を出てから五〇円を拾っても、それは元あった支払い記録にはなりません」

『イェンってナニ? 「島国」のお金って事でオーケー???』

「無視して超進めますよー? 歴史を正しくするには、道端でお金を拾うんじゃなくて、コンビニのバイト店員に話しかけてレジスターを打ち直してもらわないといけません。同じ一〇〇円でも、経路がズレてしまっては意味がないんです」

 ……単に元来た第三七機動整備大隊へ最短距離で戻るだけではダメだという訳か。クウェンサーとしても、ずっと灰色の豚では困る。パラドクスだの何だのの話は半信半疑だが、タイムマシンで歴史を修正するようにカルティベーションマッスルを最初からなかった事にできるなら、癒着していようが同化していようがきちんと引き剥がせる。はずだ。

 だが、クウェンサーやヘイヴィアには具体的に何が起きたのか。その一つ一つを理解できなければ、逆に辿る事はできない。

(だけど、何が)

 クウェンサーは灰色の豚の中で、いいや体感的には完全に区別のつかない一体感をもって、疑問を呈していた。

(……俺が持っている『この』知識だけで、本当に正しい答えを導き出せるのか。例えばヘイヴィアの方なんかはあの後どこに行って、何を見ているんだ)


11(ヘイヴィア/グランズニール)


「知識の共有? 多分何とかなりますよー」

 ヘイヴィアの真剣な疑問に、メガネの魔女のフィリニオンはあっさり答えてしまった。

「いや、いや、いや。ちょっと待て全体的に軽すぎんだろテメェ!!」

「もったいぶっても仕方がありませんし」

 あくまでものほほんとしていた。

「ひょっとしたら何か勘違いされているかもしれませんが、難しいのは【ゲート】の設置であって、行き来そのものじゃありません。まあ、指定の【ゲート】に指定のスマホを登録して自分から行き来を制限するのが習わしですけど、あなたはそういうプロセスを飛ばしてこっちに来てしまったようですし」

「んな事言われたって分かるかよテメェらにとっては当たり前でもこっちには初めてづくしなんだぜ」

「ぶー……。ぶーぶーも【ゲート】とか人間の難しい話されてもちょっとピンと来ない。みんなピコピコ細かい事やってるようにしか見えない」

 仲間仲間、と握手しているぶーぶーとヘイヴィアに、ベアトリーチェは自分のこめかみを人差し指でぐりぐりしながら、

「むしろ承認なしで【ゲート】を自在に行き来しているそなたの方が素でトンデモなんだけどなあ。ハックツールじゃないとすると脆弱性をたまたま潜り抜けたのかもしれないけど」

 ただ、と彼女は続けて、

「【ゲート】を自発的に動かせないにしても、どこにあるかは調べておいて損はない。勘違いしているかもしれないけど、【ゲート】は単なる穴じゃなくてデータ管理も請け負ってくれる総合窓口よ。私達が『こんな格好』をしているのもイントロダクションメイキングで準備しているからだし」

「つまり?」

「【ゲート】に伝えたいデータを預けておけば、向こうから接触した場合に伝達できる。手っ取り早いのは音声かな」

 リアルタイムの通話というよりは、あらかじめ録音していたデータを一方的に送りつけるのに近いかもしれない。

「おい待てよ。それだと俺からクウェンサーに送るだけで、結局こっちは何も得られねえだろ。ま、黙って待ちよりかはマシだろうが、何だかんだで待ちは待ちだ」

「うーん」

 アルメリナはわずかに思案し、

「なら向こうからもデータを送ってもらえば良いんじゃ?」

「向こうにゃナイスバディ(笑)の三人娘がナビしてくれんのか? クウェンサーは遠目に恐る恐る【ゲート】とやらを観察するだけで、詳しい操作方法なんて分からねえかもしれねえんだぞ」

「だから、それも込みで。……あとテメェ何で今(笑)つけた? お姉さんに言ってみろ」

 緑色の【殴僧侶】は超適当だった。

「現状報告と一緒にデータの送り方も詰め込んでおくか、ちょっと手間だが対話式に見えるフローチャートを作っておく事もできる。相手の、誰だっけ? あんたの相棒が自然と質問に答えるような格好を作っておいて、データを蒐集すれば良いのさ。これなら向こうが【ゲート】に余計な手を加える必要はない」

「若干、認証に手間をかける必要がありそうですけど。誰も彼もに同じ質問を飛ばしまくると『向こう』の人達へ無差別に未知のデータを送り続ける羽目になりかねませんし」

 そこで三人の口が止まった。

 データによる侵略という形に思いのほかこだわりがあるらしい。『情報同盟』みたいな連中だ、くらいにヘイヴィアは考えていた。

 ちなみにぶーぶーだけが首を傾げている。やや遺憾でもあるが、ヘイヴィアとしてはこいつの方が感覚は近い。

「ともあれ」

 何かを区切るように、あるいは目に見えない悪いジンクスでも断ち切るように、ベアトリーチェが告げた。

「まずはどこに不審な【ゲート】が新設されたか調べないとね。最低でもこことそなたの世界を繋ぐのが一つ。場合によってはそれ以上あるかも。グランズニールは歩いて三日で一周できる島だから、この辺は虱潰しでも結構何とかなるんだけど」

「……ま、最悪、世界と世界をまたいだのはあなただけで、片割れさんは普通に倉庫で残っているかもしれませんが」

逆に言えば、グランズニールと三七を結ぶトンネルだけでなく、グランズニールと世界Xを直接結ぶトンネルもあるかもしれない。

 【ゲート】は自然には開かない。誰かが設置する必要があるのだから。

「仮にあんたの相棒がほんとに別の世界に飛ばされていて、帰るに帰れないなら絶対に渇望しているはずだ。その場に立ち止まって待機は心情的にはありえない。わずかな変化も見逃さないはずだ。向こうも向こうで【ゲート】を探している事を祈ろう。潜るのに躊躇していたとしても、見つけただけで得られるものがある形を作っておいてさ」


12(???/???)


 そして。

 『少年』達はどこかで言葉を交わす。


13(クウェンサー/学園都市)


「……、」

 高層建築と風力発電のプロペラが並ぶ街で、灰色の豚と化したクウェンサーはもう一度改めて周囲をぐるりと見回した。

 ごちゃごちゃの切れ端の塊だったパズルに、足がかりができる。ジグソーパズルで一番角から攻めていくように。たった一つの小さな足がかりから次へと繋がっていき、後はその連鎖反応で全体の絵が見えてくる。

 分かる。

 分かりそうだ。

 今なら、何が起きたのか。全体を通して眺めるとカオスだが、一つ一つを紐解いて問題を小分けしていけば、絶対難度というほどではない。難しいけど、解ける。少なくとも予測は立てられる。

 世界は三つ。


 第三七機動整備大隊の整備基地ベースゾーン。

 学園都市。

 グランズニール。


 いくつもの疑問がある。でもそれらは、何がどこの世界からやってきたかを読み解けば整理できる。だから考えなくてはならない。その疑問は、どこの世界なら答えられて、どこの世界だと答えられないか。それで道筋はできる。先へ進むのではなく、元へ戻るための道筋が。


14(ヘイヴィア/グランズニール)


 イケメンもイケメンで、見た事もない新種だらけの深い森の中で、ゆっくりと深呼吸して思考をクリアにする。

 ヘイヴィアとクウェンサーは二つに分かたれた。彼らは別々の場所で別々の問題に直面している。だからどちらか一人だけでは、このハードルは超えられないかもしれない。

 だけど、今なら違う。

 情報共有を済ませた彼ら二人は今の問題を一つ上の次元から俯瞰している。まるで三人称の映画を観て、小説を読むように。だからできる。絶対に溶けないはずの問題を解き、開かないはずの扉を開け、見つかるはずのない黒幕を見つける事ができる。

 準備は良いか。

 チャンスは一度だ。