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「改めまして、初めまして。賢勇者の《シコルスキ・ジーライフ》です。何だか遠いところからいらしたようで。結構な難所だったでしょう? ウチの樹海」
「いやはや、強力な魔物ひしめく、まさしく魔境と呼ぶに相応しいダンジョンであり申した。某の腕を以ってしても、幾度となく危機に陥った程です」
「同じく初めまして……。先生の弟子の、《サヨナ》と申します。えーっと、その……」
「どうなされた?」
「……あんまりこっち見ないでください……」
和やかな雰囲気で、机を挟んで談笑する二人の男。かたや激戦を幾度も潜り抜けた熟練の騎士、かたや世界に名を轟かせる賢勇者である。人によれば萎縮してしまうような空間に、別の意味で萎縮した弟子が顔を伏せていた。
どれだけ言っても、この二人の変態は服を着なかったのである。
横を向いても前を向いても、全裸の男しか居ない。ヘヴィな状況だった。
「ハッハ、これはあいすまん。かの賢勇者シコルスキ殿に、某のことを心より出迎えて頂けたことにいたく感激し、同じ礼儀で返した次第。郷に入れば郷に従えとは、まさにこのこと」
「そんな郷はここにはありません! 業の間違いじゃないですか!?」
「客人に食って掛かるのは感心しませんねえ、サヨナくん。郷に入れば郷に従え──良い言葉じゃありませんか。ここは一つ、君も従うべきでは?」
「だから何でさっきからわたしも脱がそうとするんです!?」
「心配めされるな、サヨナ氏。某は小娘相手では勃たん」
「そんな心配してないんですけど!!」
「ハッハ、これはあいすまん」
(な、何だこのアイスマン……!?)
苦々しい顔で、サヨナは騎士へと侮蔑の瞳を向ける。第一印象にあった、真面目で厳格な騎士の中の騎士──という幻想はとうにぶち殺されている。っていうか、鎧も脱いで剣も放り投げた全裸のおっさんなど、最早騎士と呼ぶのもおこがましい。ただの変態である。
そんなアイスマン……もとい、ハマジャックは、改めてごほんと咳払いをした。
「某がここへ来たのは、一つ賢勇者殿に相談事がある故。誰にも打ち明けられぬこの悩みを、賢勇者殿ならば見事解決して頂けるのでは、と思い、ここへ参った次第」
「ふむ。まあ、僕に出来ることなど限られてはいますが──それでも、わざわざ訪ねて頂いたお客人を、回れ右させて帰らせるほど無情でもありません。いいでしょう、どんな悩みでもお伺いしますよ。それなりの報酬は頂くことになりますけどね」
「それは承知の上。少々長い話ではあるが、お付き合い頂きたい」
(門前払いだけは絶対にしないのは、先生の凄いところだけど……)
遠くを見るように、天井を見上げながら、ゆっくりとハマジャックが語り始める。
「──全裸で重鎧を着たら最高に気持ち良いことを、諸兄はご存知のことだろう」
(何で来る人来る人、みんな変人ばかりなの……)
しっかりと耳を傾けているシコルスキの横で、半眼のサヨナは、眼前のおっさんが語るエピソードを、それなりに聞きつつ脳内で要約した。
曰く、ハマジャックの祖国であるチャース・ノーヴァ国は、騎士団の強さで有名な国らしい。その辺りはサヨナも知っていたことだったが、この全裸のおっさんは、その騎士団のトップに立つ、まさに騎士の中の騎士であるという。鎧を着ていた時にサヨナが抱いた印象は、一分も違わず合っていたことになるのだが──尚更サヨナは落胆することになった。なんでだ、と。
で、その騎士の中の騎士であるおっさんが先程まで身に着けていた重鎧だが、これはチャース・ノーヴァ国が現在開発している新型鎧で、『パージ・アーマー』と呼ばれるものらしい。特定の呪文を唱えると、一挙に鎧の着脱が可能になるそうだ。重鎧ともなると、着るのも脱ぐのも煩わしいので、その手間を一度に解消する画期的な手段である。
「試験運用は済み、間もなく本格支給段階に入る頃合いで、某は王の御前でパージ・アーマーの実演を行うことになった」
この鎧は、武力で鳴らしているチャース・ノーヴァ国にとって、商業面でも覇を狙えるものであった。彼の国の屈強な騎士達が使う武具は、元々商業的価値が高い側面もあったが、それに加えて全く新しい機構を有した新型鎧である。上手くやれば相当な利益を生むだろう。
なので、実演の場に於いては、自国の王のみならず他国の王族や貴族、豪商達が多く招聘されていた。まさにチャース・ノーヴァ国の国運を賭けた計画だったのだ。
「そうして、某は見事に『パージ・アーマー』の性能を披露してみせたのだが──」
脱げた鎧と共に現れたのは、高名な騎士の一糸纏わぬ裸体であった、というわけである。
その場に居なかったサヨナですら分かる。恐らく会場はとんでもない空気になったのだろう。
鎧が瞬時に脱げたことよりも、脱げた結果、毛深いおっさんが出現したという衝撃の方が大きかったのだ。国一番の騎士の性癖が、国の威信を懸けた場で曝け出されたのだ。もう鎧がどうこういう問題ではない。
サヨナは考えただけで頭が痛くなった。
「何で下に何も着てなかったんですか……? ちょっと考えれば分かるはずでは……」
「騎士道とはッ! 己を曲げずに貫き通すことに在るッ!」
「全裸鎧の快楽には勝てなかった、と」
「格好良く言ったって無駄ですよ!?」
後悔はない、と騎士は語る。お前に後悔はなくても王は後悔したことだろう、と弟子は思う。
これまでの功績や現在の身分を鑑みた結果、ハマジャックは本来余裕で死罪になるところを、何とか禁錮刑で済んだらしい。相当な減刑処置であるのは言うに及ばずである。
しかし国のメンツを文字通りぶっ潰したわけなのだから、そこは無理をしてでもこの変態を殺っておくべきではなかったのか──と、やや過激なことをサヨナは考えた。
「王は某が熱病に冒されており、あの日は体調が優れず、そして病によりまともな思考が出来ていなかった故の蛮行である、と各位へ釈明した」
「子供の言い訳のようですねえ。一国の王らしくもない」
「いや、この人がまともな思考が出来てないのは普通に事実じゃないですかね……?」
「近日中に、再度実演会が行われる運びとなり申した。そこで、賢勇者殿に頼みたいことは」
「──何かしらの衣服を作ってくれ、というわけですか。全裸鎧の快楽にも勝るような、ね」
「話が早い。流石は賢勇者殿。万事その通りで」
「何でまだこの人に実演させるんですか? 他の人にすればいいのに……」
「ハッハ、これはあいすまん。某はこう見えて負けず嫌いにある。一度の失敗では歪まぬ」
(既に歪みきってるから、もうこれ以上歪みようがないのでは……)
「ハマやん氏は他国にもその名が知れ渡っていますからね。そういう方面に疎いサヨナくんは知らないかもしれませんが、鎧とハマやん氏の相性は、褐色エルフと巨乳ぐらい良いのですよ」
「股に来る比喩、感服致す」
(部屋に帰りたい)
ハマジャックは別段、全裸鎧にそこまでのこだわりはないと言う。ただ、全裸鎧に勝る快感が得られない以上は、たとえ王の御前であろうとそのスタイルを変えることはないらしい。
次やらかしたら多分死刑であると、騎士は笑いながら述べた。何で笑ってんだこのおっさん、とサヨナは完全に引いていたが、その辺りの豪胆さは歴戦の騎士が故のものなのかもしれない。
「良いでしょう。ハマやん氏が死刑にならないように、衣類を用意します。その上で、ハマやん氏の股ぐらジャックくんが満足出来るような機構も考えてみます。日数は──そうですね、大体三日ほどあれば充分かと」
「ハマやん氏だの股ぐらジャックくんだの、ちょっと失礼なのでは……」
「ハッハ、構わぬ。某も若い頃は、ハートフルチンのハマちゃんとして、地元でブルンブルンとイわせていたものよ」
「その時どうして国は逮捕しなかったんですか、この人を」
「昔から強かったのでは? さて、ハマやん氏。三日間ですが、どうされますか? ウチは空き部屋がまだあるので、完成までの間、泊まって頂いても構いませんよ」
そうシコルスキが提案すると、サヨナが全力で首を真横に振った。
「ダメです先生。この人は帰らせてください。一生のお願いです」
「まだ一話ですけど、もう一生のお願いを使うのですか?」
「先生が何を言っているのか分かりませんが、使います」
「歓待は身に沁みいるが──」
「してないですけど!?」
「──某も多忙な身。今日はこの辺りでお暇させて頂こう。三日後、必ず参ります故」
それを聞いて、サヨナはホッと胸を撫で下ろした。
師であるシコルスキだけでも、日中全裸でうろちょろするからアレなのに、そこにおっさんも加わったら地獄絵図でしかない。その辺りの配慮を、残念ながらシコルスキは全くしないので、ハマジャック自ら帰ってくれるのならば、それに越したことはない。
一応分別はあるのか、ハマジャックは鎧を再び装着し──一瞬で全裸のおっさんの姿が再び鎧に包まれたのを見て、サヨナは確かにこれが凄いものであると感じた──深く一礼して、樹海の方へと歩いて行った。あそこは遠慮なく魔物が出る以上、全裸では危険だと判断したのだろう。もう全裸が好きなのか、全裸で鎧を着るのが好きなのか、わけが分からなくなった。
「ハマやん氏もまた、大きな歪みを抱えつつも、それを貫こうと足掻いているわけです」
「な、なんですか急に」
「いや、深い理由はありませんよ。君がここに来て、もう一ヶ月になる。そろそろ慣れていかないといけない頃合いですから。今すぐに、とは言いませんがね」
「努力はしますけど……。あの、一応わたし、年頃の女の子ですからね? 毛むくじゃらの裸のおじさんを前に、平然と対応しろって方が無茶ってことだけは、先生に理解して欲しいです」
「それじゃあ工房へ行きましょうか」
「無視かい」