豚のレバーは加熱しろ
第一章 オタクは美少女に豚扱いされると喜ぶ ②
痛みや気持ち悪さはないが、どうも
「フンゴァ!」
とオタク音が出てしまう。
「あっ……無理に
ん? ……まだ人間に戻れていないのか? これは夢の続きか?
混乱する俺に、少女は困ったように笑いかける。
「ごめんなさい……手は尽くしたのですが、あなたを人の姿に戻すことは
もう分からん。とりあえず起きて、状況を確認したい。
すぐそばに、銀縁の姿見があった。急いでテコテコそちらへ向かう。
鏡の向こうから見返しているのは、やたら清潔な一匹の豚だった。丸めた
俺が右手を上げると、豚は右の前脚を上げた。俺が首を
え、なにこれ。
むしろ冷静になって、俺はゆっくり少女の方へ向き直る。
どうして俺は豚なんだ? 状況を説明してほしい。
無言のはずの俺に、少女は返答する。
「どうしてあなたが豚さんになっているのかは……ごめんなさい、私にも分かりません。私の管理する豚さんの飼育小屋に、あなたが迷い込んでいたんです」
なるほど。しかしそれならこの少女、どうして見た目が完全な豚であるところの俺が(元)人間だと判別できたんだ? ……思い出そうとするも、少女の声が遮った。
「これ、見えませんでしたか?」
少女は少し恥ずかしそうに、髪をかき上げ、首輪を見せてきた。
何かのレリーフが施された、
「似合いませんか……やっぱり」
ここにきて、確信をもった。この美少女は、俺の心を読んでいる。
「あの……私、イェスマです。申し遅れましたね、キルトリン家に仕えております、イェスマのジェスと申します」
はあ。よく分からないが……僕は豚です、よろしくお願いします。
「あの、豚さんは、どちらのご出身ですか?」
戸惑いの響きを含ませながら、少女は
I am from Tokyo, Japan. Nice to meet you, Jess!
「えっと……トキヨ……ごめんなさい、不勉強でして、国の外のことは分からないんです。でも、イェスマをご存じないということは、メステリアの方ではないようですね」
たぶんそうだとおもいます。
いや、そもそもメステリアって何だ? ここはどこだ? テコテコ歩き、窓を探す。そばにあるのだが、豚の目の高さでは外が見えない。
と、少女──ジェスが、窓辺に大きめの椅子を持ってきてくれた。ありがたくそこへ上り、外を見る。
草原。その向こうには、ポツリポツリと
「ご説明しますと……メステリアとは、一続きになったこの土地のすべてを指す言葉です。偉大なる王がその全域を支配されています。ここはそのメステリアの南、キルトリの郊外にあたる場所です。キルトリを治めるキルトリン家の、お屋敷です」
なるほど……? それで、イェスマというのは……?
「あ、そうですね、イェスマというのは……小間使いの種族です。銀の首輪をつけているのが特徴で……何て言えばいいんでしょう、口や耳に頼らず、心を通わせることができるんですよ。私はここ、キルトリン家にお仕えするイェスマです」
口や耳に頼らず、心を通わせる──どうりで、地の文に書いた疑問すべてに答えてくれるわけだ。
少女は俺と並んで外を見ていたが、ふと俺を見た。
「あの……何か召し上がらなくて大丈夫ですか? お口に合うか分かりませんが、果物ならベッドサイドにご用意いたしました」
見ると、質素な木のテーブルの上に色とりどりのフルーツが置かれていた。
うん……あんまり腹は減っていない。今はむしろ、なぜか無性にナデナデされたい。
少女の手が俺の──豚の頭を
願っただけで、望むものが手に入る。
ようやく理解した。俺の夢は、異世界ファンタジーの章へと場面を転じたのである。主人公は豚、ヒロインは心を読む能力者。見知らぬ国へと転生した男は、人間に戻るため、剣と魔法の世界で奮闘するっ!
────?
ん? 待てよ。待て待て、まあ落ち着け諸君。イチャラブファンタジーを始める前に、一つ確認しておきたい。このジェスという少女は心を読めるんだよな? だから豚小屋で、俺が豚じゃなくて人間だと気付いたわけだ。ここまではいいな。ここまでは。
じゃあもし、もしここで俺がその清らかな肌を見て「ブヒブヒ! 襲いたいブヒ! 豚の唾液でベトベトにしたいブヒ!」などと思った場合、彼女にはそれが分かってしまうのだろうか?
少女の手が、ふと
「……ええ、まあ、そういうことになります」
まずい! それでは俺の豚のような欲望が垂れ流しではないか!
ジェスは申し訳なさそうな顔になる。
「あの……ブラッシングをお望みのようでしたから、寝ていらっしゃる間に、お
むしろ謝られてしまった。そこで思う。この少女、あまりに優しすぎないだろうか。椅子。食べ物。ナデナデ。俺が裸を見たいと思ったら、服まで脱ぎそうな勢いである。
少女は恥ずかしげに、胸の前で手を合わせる。
「貧相で見応えもないと思いますけど……もしお望みならば」
ちょっ。
慌てて椅子から下り、少し離れて少女と対面する。豚と差し向かうのはさぞかし奇妙な気分だろう。
「いえ、そんなことは……」
三つほど言いたい。聞きたまえ、少女よ。
「はい……」
まず一つ目。服の上からでも分かるが、君のそれは決して貧相なんかじゃない。むしろオタクにはそれくらいの大きさを好む人種も多いから、安心してほしい。
「えっと……ありがとうございます……?」
次に二つ目。
〈こうやって括弧をつける部分以外、俺の思考は知らなかったことにしてくれ〉
「括弧……ですか」
〈そう。君に伝えたいことは基本、こうやって括弧でくくって思考することにする。それ以外の考えは、もし読めてしまっても、聞かなかったことにしてほしいんだ〉
そうでもしないと、会話の節々にゲスい発言をはさむセクハラオヤジのようになってしまうからな。
「別に私は……気にしませんが」
〈今の部分は地の文だから、返事をしないでいいんだよ〉
「あ、そうでしたね! すみません……」
少女は口に手を当てて、急いで謝った。イヤイヤ、オジサンの方こそ、ごめんネ^_^;
〈じゃあ最後、三つ目だ。豚の分際で偉そうなことを言うが、いいかな〉
「えっと……大丈夫です」



