豚のレバーは加熱しろ

第一章 オタクは美少女に豚扱いされると喜ぶ ③

〈君が俺にしてくれたことは、どれも気がいていて素晴らしかった。清潔にしてくれてとてもうれしいし、そのスカートはよく似合っていて、裾の丈も申し分ない。何とは言わないが、清純な感じの白い薄布は君らしくて最高だと思う。もうバレてしまっているようだから白状すると、俺は豚になって真っ先に、金髪ミニスカ美少女にブラッシングされたいと考えた。君は俺の考えうる最高のおもてなしをしてくれたわけだ〉


 JKという概念は、この世界にはなさそうだしな。


「じぇ……いえ、光栄です」

〈うん。そう、君は素晴らしい。でもね、俺の望んだことをことごとくかなえてくれるようじゃ、なんというか、その、リアリティがない。君は、俺の欲望を満たす妖精さんではないだろ? 俺が何をほつしようが、君にはそれに応える筋合いがない〉

「ですが……私にできることなら、して差し上げたいのです」


 分かってもらえないかあ。尻尾がしゅんと垂れ下がってしまう。


〈じゃあはっきり言おうかな〉


 少女は窓枠に左手をかけ、右手を握ってその胸に当てた。そんなふうにされると言いづらい──が、これはなのだ。

 賢明な諸君なら分かってくれるだろうか。優しい妹が毎日献身的に作ってくれるお弁当と、普段は豚扱いしてくる妹が、昨日は宿題手伝ってくれてありがとう……今回は特別なんだからねっ! と言って作ってくれるお弁当、どちらがおいしいか! いや、どちらもしいに違いないが、俺は絶対に後者がいい! 異論は認めない!

 ……というのをまともふうに翻訳して、頭の中で括弧を打つ。


〈個人的な趣味で非常に申し訳ないんだが、俺は一方的な優しさを受けたくないんだ。豚には君の恩に報いる能力がほとんどない。君が優しくしてくれればくれるほど、俺の方にばかり借りがまっていってしまう。そういうのはなんというか、気分がよくない。本当に俺のためを思ってくれるなら、俺がお願いしたことだけに応えてくれるとうれしいな。その分に関しては、俺も豚なりに精一杯恩返しをする。気を遣いすぎないでほしいんだ。君は俺の、召使いじゃないんだから〉


 オタク特有の早口に、少女は困ったような顔をする。


「……それでいいんですか?」

〈そうだよ。むしろ、普段は豚のように扱われていながらも、本当に困っているときだけ手を差し伸べてもらった方がえるんだ〉


 裸もここぞというときまでとっておいてほしいかな。


「あ……見たくないわけじゃないんですね」


 あの、そこは地の文です。



 お疲れでなければ外に出てみませんか、という誘いに乗って、俺は少女と散歩に出た。俺が寝かされていたのは三階。石の階段を下りて、一階から裏庭へ出る。階段は、二階で調理場と、一階で薄暗い倉庫とつながっていた。


「今いるのは、私がお仕えするキルトリン家のお屋敷の、南の端にあたるところです。私は普段、このあたりで生活しているんですよ。そして、あっちが農場です」


 隣を歩く豚に、少女は優しくしやべりかける。広大な草地を歩いて、石造りの小屋がいくつか並んでいる場所へ向かう。今は昼過ぎのようで、青い空から熱い日差しが背中に注ぎ、爽やかな風が心地よい。風はスカートの裾を舞わせて、しっかりその役目を果たしている。紺色の生地を透過した太陽光と牧草の緑が跳ね返す反射光とが交錯するほのかなきらめきの中で、ちらりと顔をのぞかせかける純白の生地は──


「あの、もう少し近くを歩いてもいいんですよ」

〈大丈夫、今のは単なる情景描写で、別に下心があるわけじゃない〉


 スカートを穿いた美少女の隣、高さ五〇センチメートルくらいのところから彼女を見上げる豚に、下心などあるはずがなかろうに。


「そうなんですね。あまりに描写が具体的なものですから、てっきり、お好きなのかと思ってしまいました」


 少女は笑った。いい子だ……


〈あの……君にきたいことがあるんだけど、いくつかいいかな〉


 俺が言うと、少女はこちらを見る。


「いいですよ。それと、私の名前はジェスです。ジェスって呼んでくださいね」


 ブヒッ。ジェスたそ~!


〈分かった。よろしくな、ジェス〉

「よろしくお願いしますね、豚さん」


 ブヒブヒッ! これはもう、ごほうだ。諸君は金髪美少女を呼び捨てにして、その美少女から豚呼ばわりされたことはあるか? ないだろうな、かわいそうに。

 いやしかし、こういった独白までことごとく聞かれているとなると、むしろどうでもよくなってくるな。豚になった人間が、「よろしくな、ジェス」なんてカッコつけて言いながら、裏ではブヒブヒ鳴いているのだ。なんと逆説的なことか! ジェスたそよ、これが男だ! かつもくせよ!


〈……聞こえなかったことにしてくれ〉

「ええ、そろそろ心得てきました」

〈よかった。じゃあ、いろいろ話を聞かせてくれるかな〉

「はい。何なりと」

〈何からこう……じゃあまず一つ目。この国では、人が豚になることはよくあるのか?〉


 ジェスは少し真剣な顔になる。


「私の見聞が広いわけではありませんが……そのような例は、あまりないと思います。形態が獣っぽく変化する種族はありますし、完全な獣になることも、歴史上の話でしたらいくつか聞いたことがあるんですが」

〈歴史上に、人が豚になった話があるのか?〉

「いえ……豚ではないです。でも、一〇〇年以上前の暗黒時代、魔法使いたちがまだ戦っていた時代には、魔法使いがその力を使って、人をハゲワシに変えてスパイさせたり、太ったアザラシに変えて懲罰を加えたりしたと言われています」


 魔法使い、変身……ジェスの真面目な口調とは対照的な大それた話を聞いて、ああ、本当にファンタジーの世界観なんだな、と実感する。いやしかし、ハゲワシだとかアザラシだとか、変身させる動物のチョイスがずいぶんとマニアックだな。きっと豚に変身して美少女に自分を踏ませた偉大な魔法使いもいたことだろう。


〈魔法使いというのは、今はもういないのか?〉

「いえ、いらっしゃいます。でも暗黒時代に数が激減し、メステリアでは偉大な王様の家系だけが、暗黒時代を勝ち抜いた、現存する唯一の魔法使いの血筋であると言われています」

〈そうすると、俺を元の姿に戻す手段っていうのは……〉

「大変申し訳ないのですが、王都にはるばる伺って、王様に会いに行くしかないと思います」


 絶句した。いや、豚の分際で口から音は出さないことに決めていたが、それでも何と言えばいいか分からなかった。一国の王に面会して、「ブヒッ。ブヒブヒブーヒブヒンゴ!(人間に戻していただけませんか)」とお願いするしかないというのか。


「あの」


 ジェスは立ち止まり、しゃがんで俺と目線を合わせた。少し開いた膝の間に──


「私、ご一緒しますよ」


 その顔は、美しく純粋な笑顔だった。しかし……


〈おいおい、ジェスにはジェスの生活があるだろう〉


 俺が伝えると、ジェスは首を振る。


「実は私、しばらくの間おいとまをいただいて、王都へ行く予定なんです」


 なんと。王にしか治せない状態となった俺が現れたときに、ジェスは王都へ行く予定になっていたのか。下手なプロットのように都合のいい話である。俺の夢よ、しっかりしてくれ。

 ジェスは困ったような顔で口を笑わせた。


「……運命、かもしれませんね」


 ブヒ。それを美少女に言わせるためだったのなら許そう。むしろ許してくれ、我が無意識よ。


〈運命かどうかはさておき、王都に行って、何をする予定なんだ? 豚を連れて行っても平気なんだろうな〉

「大丈夫だと思います。ちょっとした……おつかいみたいなものですから」

〈王都にか?〉