豚のレバーは加熱しろ
第一章 オタクは美少女に豚扱いされると喜ぶ ③
〈君が俺にしてくれたことは、どれも気が
JKという概念は、この世界にはなさそうだしな。
「じぇ……いえ、光栄です」
〈うん。そう、君は素晴らしい。でもね、俺の望んだことをことごとく
「ですが……私にできることなら、して差し上げたいのです」
分かってもらえないかあ。尻尾がしゅんと垂れ下がってしまう。
〈じゃあはっきり言おうかな〉
少女は窓枠に左手をかけ、右手を握ってその胸に当てた。そんなふうにされると言いづらい──が、これは俺自身の夢への注文なのだ。
賢明な諸君なら分かってくれるだろうか。優しい妹が毎日献身的に作ってくれるお弁当と、普段は豚扱いしてくる妹が、昨日は宿題手伝ってくれてありがとう……今回は特別なんだからねっ! と言って作ってくれるお弁当、どちらがおいしいか! いや、どちらも
……というのをまともふうに翻訳して、頭の中で括弧を打つ。
〈個人的な趣味で非常に申し訳ないんだが、俺は一方的な優しさを受けたくないんだ。豚には君の恩に報いる能力がほとんどない。君が優しくしてくれればくれるほど、俺の方にばかり借りが
オタク特有の早口に、少女は困ったような顔をする。
「……それでいいんですか?」
〈そうだよ。むしろ、普段は豚のように扱われていながらも、本当に困っているときだけ手を差し伸べてもらった方が
裸もここぞというときまでとっておいてほしいかな。
「あ……見たくないわけじゃないんですね」
あの、そこは地の文です。
お疲れでなければ外に出てみませんか、という誘いに乗って、俺は少女と散歩に出た。俺が寝かされていたのは三階。石の階段を下りて、一階から裏庭へ出る。階段は、二階で調理場と、一階で薄暗い倉庫と
「今いるのは、私がお仕えするキルトリン家のお屋敷の、南の端にあたるところです。私は普段、このあたりで生活しているんですよ。そして、あっちが農場です」
隣を歩く豚に、少女は優しく
「あの、もう少し近くを歩いてもいいんですよ」
〈大丈夫、今のは単なる情景描写で、別に下心があるわけじゃない〉
スカートを
「そうなんですね。あまりに描写が具体的なものですから、てっきり、お好きなのかと思ってしまいました」
少女は笑った。いい子だ……
〈あの……君に
俺が言うと、少女はこちらを見る。
「いいですよ。それと、私の名前はジェスです。ジェスって呼んでくださいね」
ブヒッ。ジェスたそ~!
〈分かった。よろしくな、ジェス〉
「よろしくお願いしますね、豚さん」
ブヒブヒッ! これはもう、ご
いやしかし、こういった独白までことごとく聞かれているとなると、むしろどうでもよくなってくるな。豚になった人間が、「よろしくな、ジェス」なんてカッコつけて言いながら、裏ではブヒブヒ鳴いているのだ。なんと逆説的なことか! ジェスたそよ、これが男だ!
〈……聞こえなかったことにしてくれ〉
「ええ、そろそろ心得てきました」
〈よかった。じゃあ、いろいろ話を聞かせてくれるかな〉
「はい。何なりと」
〈何から
ジェスは少し真剣な顔になる。
「私の見聞が広いわけではありませんが……そのような例は、あまりないと思います。形態が獣っぽく変化する種族はありますし、完全な獣になることも、歴史上の話でしたらいくつか聞いたことがあるんですが」
〈歴史上に、人が豚になった話があるのか?〉
「いえ……豚ではないです。でも、一〇〇年以上前の暗黒時代、魔法使いたちがまだ戦っていた時代には、魔法使いがその力を使って、人をハゲワシに変えてスパイさせたり、太ったアザラシに変えて懲罰を加えたりしたと言われています」
魔法使い、変身……ジェスの真面目な口調とは対照的な大それた話を聞いて、ああ、本当にファンタジーの世界観なんだな、と実感する。いやしかし、ハゲワシだとかアザラシだとか、変身させる動物のチョイスがずいぶんとマニアックだな。きっと豚に変身して美少女に自分を踏ませた偉大な魔法使いもいたことだろう。
〈魔法使いというのは、今はもういないのか?〉
「いえ、いらっしゃいます。でも暗黒時代に数が激減し、メステリアでは偉大な王様の家系だけが、暗黒時代を勝ち抜いた、現存する唯一の魔法使いの血筋であると言われています」
〈そうすると、俺を元の姿に戻す手段っていうのは……〉
「大変申し訳ないのですが、王都にはるばる伺って、王様に会いに行くしかないと思います」
絶句した。いや、豚の分際で口から音は出さないことに決めていたが、それでも何と言えばいいか分からなかった。一国の王に面会して、「ブヒッ。ブヒブヒブーヒブヒンゴ!(人間に戻していただけませんか)」とお願いするしかないというのか。
「あの」
ジェスは立ち止まり、しゃがんで俺と目線を合わせた。少し開いた膝の間に──
「私、ご一緒しますよ」
その顔は、美しく純粋な笑顔だった。しかし……
〈おいおい、ジェスにはジェスの生活があるだろう〉
俺が伝えると、ジェスは首を振る。
「実は私、しばらくの間お
なんと。王にしか治せない状態となった俺が現れたときに、ジェスは王都へ行く予定になっていたのか。下手なプロットのように都合のいい話である。俺の夢よ、しっかりしてくれ。
ジェスは困ったような顔で口を笑わせた。
「……運命、かもしれませんね」
ブヒ。それを美少女に言わせるためだったのなら許そう。むしろ許してくれ、我が無意識よ。
〈運命かどうかはさておき、王都に行って、何をする予定なんだ? 豚を連れて行っても平気なんだろうな〉
「大丈夫だと思います。ちょっとした……おつかいみたいなものですから」
〈王都にか?〉



