豚のレバーは加熱しろ

第一章 オタクは美少女に豚扱いされると喜ぶ ④

「はい。キルトリを治める豪族キルトリン家の小間使いとして、仕事で王都へ参上することになっています」

〈豚を連れて行ったりして、家名に泥を塗ることはないか?〉

「王様は偉大で寛大だと聞きます。事情を知れば、きっと力になってくださるはずですよ」


 おおむねどこの王国でも、王は偉大で寛大だと言われると思うが。


〈それなら、ぜひ連れて行ってくれ!〉

「はい!」


 ジェスはなぜかうれしそうに笑う。絵になりそうな景色だった。眼福。

 いやまあ、たとえ相手が豚であっても、スカートならばしゃがみ方には気を付けるべきだと思うが……。

 ジェスは俺の視線に気付き、顔を赤くした。


「申し訳ありません! つまらないものをお見せしました……」


 ふむ。そう思うなら、今度はもっと面白いものを見せてほしいものだ。



 俺たちは、動物が飼われている農場まで来た。放し飼いの鶏が悠々と歩いているので、突進するふりをして脅かす。鶏は不条理な豚の攻撃に慌てて逃げていった。

 チキンめ。


「あんまりいじめてあげないでくださいね。一応、彼女たちの卵はキルトリン家の食卓に上るものなので……」


 ジェスにたしなめられ、獣心に帰って遊んでしまった俺は反省する。


〈すまない、つい豚の習性で……〉


 適当なことを言う俺に、ジェスは微笑ほほえんだ。


「次やったら、私が豚さんをいじめちゃいますよ」


 ブヒッ。この少女、オタクのツボを完全に把握している。

 豚小屋に着いた。ジェスが戸を開けると、ブヒブヒとやつらがやってくる。

 豚目線で、豚たちと顔を合わせる。向こうも向こうで、俺を好奇の目で見ているようだ。


「少し待っていてくださいね。豚さんを見つけてからというもの、こちらのお世話をする時間がありませんでしたので……」


 そう言ってジェスは、鍵を使って豚小屋に付いている金属製の小さな箱を開ける。続いてカバンから何やら黄色がかった水晶のようなものを取り出し、その箱に入れた。

 小屋の中が、パッと明るくなる。

 豚たちに紛れて小屋へ入ると、長い鎖で壁につながれたほうきやらフォークやらがひとりでに動き始めるのが見えた。みずおけに、きれいな水がザーザーと流れ込む。

 天井を見る。ランタンがいくつも並び、暖かい光を放っていた。炎のようには揺らいでおらず、電球のように一定の明るさを保っている。


〈ジェス。この、道具が動いたりランタンが光ったりというのは、いったいどういう仕組みなんだ?〉


 何やら穀物の入った袋を持ったジェスが、こちらへやってくる。


「この農場では、リスタを使って動物さんたちの管理をしているんです。私一人では、到底面倒を見切れませんから」

〈リスタ?〉

「あ、すみません……外国の方ですから、リスタだってご存じないですよね。リスタとは、こういう石のことです」


 大切そうに取り出したのは、小石ほどの大きさの、色とりどりの小さな結晶。すべて、六角柱に近い、同じ形をしている。


「リスタは、偉大なる魔法使いが日々生産してくださり、私たち国民のために流通させているものです。魔法の力が蓄えられていて、私たちはそれをいろいろな形で使うことができるんですよ。赤色のリスタは熱や炎の魔法を、黄色のリスタは運動や光の魔法を、というように」


 魔法の電池みたいなものか。こちらの文明は、俺のいた文明とはずいぶんと違う形で発展しているようだ。


〈リスタの色は、何種類くらいあるんだ?〉

「たまに特殊なものもありますが、主に五種類──赤、黄、緑、青、そして黒です」

〈黒? 闇属性の魔法でも使うのか?〉


 冗談めかしてくと、ジェスはなぜか気まずそうに声を落とす。


「いえ、黒はとうようです。黒のリスタを使ってとうすれば、魔法使いしかなしえないような奇跡を起こすことができます。使っている方は少なく、あまり流通していないのですが……」

〈どうして使う人が少ないんだ?〉

「えっと……黒のリスタだけは、イェスマにしか扱うことができないからです。キルトリン家では、主に病気やを癒やすために使っていますが……その効果はイェスマの祈りの強さにもよりますので、なかなか一般の方の思うように働かないことも多いみたいですね」


 そうなのか。チート過ぎてナーフがかかっているアイテムということかな。


「あの、豚さん。このお仕事は、もうすぐ済みます。ちょっと、その……豚らしく、遊んでいてください」


 ブヒ。慣れない様子で俺を豚扱いしようとしてくれるそのサービス精神に、感激!

 ジェスは小屋を回って、慣れた手つきで箱を開錠し、そこにリスタを入れてまた鍵を閉めた。リスタが箱に入ると、その小屋の中では農具が自動的に動いて、掃除や餌やりをしていく。面白い。俺はしばらくジェスの後について回り、自動化された小屋の管理を眺めていた。


「自動のお世話が終わるまで、しばらく時間がかかります。その間、お買い物に付き合っていただけますか?」

〈もちろんだ。荷物持ちでも何でも、手伝うよ〉


 ジェスは微笑ほほえんだ。


「それでは、しばらく待っていてください。お金を取ってきます」


 そう言って、さっきまでいた部屋の方へ走っていった。

 リスタか、面白い。



 俺はジェスに連れられ、街へ出た。石畳の道を、アルプスの民のような服装をした人々が行き交う。馬のいななきや犬の鳴く声、カスタネットのようなひづめの軽快な音が響き渡る。豚を連れ歩いて大丈夫かという疑念は、とっくに解消していた。そこらじゅう、獣だらけだ。異世界とはいえれつなモンスターなどはおらず、動物はどれも俺の知っているものだった。

 中世ヨーロッパを舞台にした映画のセットに迷い込んだようで、とにかく目が楽しい。迷わないように、あくまで迷わないように、ジェスの横をぴったりついて歩く。

 ジェスは大きく紋章がしゆうされたコルセットを着用していた。


〈そのコルセットは、防犯用か?〉


 冗談めかしてくと、ジェスはにっこりとうなずいた。


「はい。キルトリン家の紋章があれば、誰も私を襲おうだなんて思いませんから」


 はたしてどれだけの権力が、キルトリン家にあるのだろう。


〈誰かに襲われる心配があるのか〉

「いえ、普通はありませんけれども……今日は、ちょっと」


 意味深に言葉を切り、ジェスは歩き続ける。


〈今日は何を買う予定なんだ?〉

「えっと……色々です」


 何だか歯切れが悪くなってきたな、と思いながら、ジェスに従って歩き続ける。

 昼時なのか、テラスで食事をする人々が目立つ。明るい路地は活気であふれていた。


「おーいジェス、そろそろ買い時じゃないか?」


 そう声をかけてきたのは、ひときわ大きい石造りの店にいる、がたいのいいおっちゃんだった。薄い金髪をオールバックにしてくちひげを蓄えた、気のよさそうな四〇ほどの男である。大層な銃を持った若者数人をはべらせながら、リスタの入ったショーケースを広げている。


「こんにちは! また今度、お願いしますね」


 そう言って、ジェスは歩き続ける。


〈今のはリスタを売っている店か?〉

「はい」

〈やたら重装備なんだな〉

「リスタはとても高価ですから」


 なるほど、だから小屋でも、リスタを入れる箱に鍵をかけていたんだな。



 歩き続け、ジェスは怪しい裏路地に入っていた。狭く曲がりくねった道は、両側を壁に挟まれて薄暗い。明るく往来の多い表通りとは対照的に、こちらは闇市といった雰囲気で、目つきの悪い男たちが小さな露店を開いている。すえたにおいが漂う、明らかに不穏な場所だった。


〈ジェス、ここは安全な場所なのか?〉