シャインポスト ねえ知ってた? 私を絶対アイドルにするための、ごく普通で当たり前な、とびっきりの魔法

第二章 《TiNgS》の壁(6)

   ☆


 二〇時になったところでレッスンは終了し、『TiNgS』の三人はそれぞれブライテストの事務所をあとにしていった。

「ふぅ……」

 はるに派手な飾りつけをされたデスクへと座り、一息。

 ゆうさんから受け取ったファイルを確認しながら、僕は今後について考える。

 といっても、この一週間で『TiNgS』にやってもらうことは決まっている。

 金曜日までレッスンを続けてもらい、土曜日にチケット販売、日曜日に定期ライブ。

 チケットに関しては、定期ライブ直後に翌週分を販売しているそうで、まずはそこで五枚から一〇枚程買ってもらえるらしい。ちなみに、今週は四枚。いつもより少なめだそう。

 残りは、土曜日に手売りで直接販売。いつも、直接交流のためにあえて手売りで購入するファンの人達と通りかかった何人かの人に買ってもらい、平均販売枚数は三〇枚程度。

 最高記録は、四八枚。

 劇場のスペック的には、一〇〇人まではいけるので、レッスン終了後にはるが「ふふん! 次のライブこそは、満員にしてみせるんだから!」、「そうだね! 劇場をパンパンにしちゃおう!」と張り切っていたが、きようが即座に「またいつものが始まりました」とあきれた調子で言っていた。

「さて、どうしたものかな……」

 明るい笑顔は崩さないが、安定感のないパフォーマンスをする青天国なばためはる

 真面目に取り組んではいるが、フォーマット通りすぎて面白味のないたまきよう

 威勢だけ一人前で、実力は半人前のせい

 三人のパフォーマンスは、まさに駆け出しのアイドルらしいものなのだが……

ゆうさんは、なんて子達を集めたんだよ!」

 思わず、語気が強くなる。

 ゆうさんが期待しているのだから、それなりに才能はあるのだろうと思っていた。

 だけど、実際に見た彼女達の才能は、僕の想像を絶するものだった。

「まさか、あそこまでとは……」

 とんでもないいつざいぞろいだ。

 噴水広場のライブを成功させるに足る、光明が見えてしまった。

 というか、なんであの子達はあんな才能があって、まるでその力を発揮できていないんだ?

 いや、分かっている。ゆうさんが言っていた、『それぞれがぶつかっている壁』。

 それが原因で、彼女達は本来のポテンシャルを発揮できていない。

 だからこそ、その壁を取り払わなくてはいけないのだけど……、

日生ひなせ君。もしかして、取り込み中?」

「え?」

 背後から女性の声。……れいな人だな。

 整ったスーツ姿に、ブランド物のバッグ。濃すぎない化粧は、どこか気品を感じさせる。

「実は君の歓迎会をしようかって、みんなで話してたんだ。それで、私がお誘いの担当」

 ふと、オフィスの出口を確認すると、そこには複数人の社員と思われる人達がいて、笑顔で僕のほうを見ていた。

「……すみません。お気持ちはありがたいのですが、まだやることがあるので」

 歓迎会……、前の事務所では一度も経験のなかったことに戸惑った僕は、つい誘いを断ってしまった。もちろん、本当にまだやることが残っていたからではあるのだけど。

「そっか。……なら、残念だけど今日は諦めよっかな。でも、落ち着いたらまた、ね?」

「はい。その際はよろしくお願いします」

 デスクに座ったまま頭を下げると、女性はどこか上品な仕草で背を向けて、オフィスから去っていった。そういえば、彼女の名前は何というのだろう? まぁ、いいか。

 これから先、知れる機会はいくらでも……あるとは言い切れないか……。



 ──二一時。

 入社一日目の仕事を終えた僕は、荷物をまとめてオフィスを後にする。

 はるにされた派手な飾りつけは、もう取ってしまおうかとも考えたが、何となくあの無邪気な笑顔が頭をよぎってしまい、そのままにしておいた。

 作業をする分には支障をきたさないし、問題はないだろう。

 それよりも、問題は『TiNgS』だ。

 臨時マネージャーをやると言った以上、もちろんそれを投げ出すことはしない。

 だけど、どこまでやるべきなんだ?

 来週の定期ライブまで? それとも……

「僕が辞退すれば、解散の話がなくなる可能性も……」

 ゆうさんは、僕がマネージャーとしてつくからこそ、解散という条件をつけたと思われるような発言をしていた。だから、逆に僕がマネージャーとしてつかなければ、そもそも解散という話自体がなくなるかも……違う。ただの逃げ口上だ。

 一度解散という条件を提示した以上、ゆうさんがそれを撤回することは有り得ない。

 ただ、不安なんだ。噴水広場のライブでゆうさんの条件を満たせなかった時、僕が解雇になるだけなら構わない。でも、そうじゃないんだ。

 解散になるのは、未来を失うのは、『TiNgS』。

 あれだけの才能に恵まれた彼女達の未来が失われてしまうのは……

「……あれ?」

 オフィスを出て階段を降りようとすると、一つ上の三階のレッスン場から音が響いてきた。

 おかしいな。今日のレッスンは、もう終わって誰も使っていないはずなんだけど……

「……んっ! ……っ! ……やっ!」

「よいしょ! んしょ! ……えい!」

「……っ! ……っ! ……んんっ!」

 今の声、もしかして……。

 なんとなく、自分の存在に気づかれるのが小恥ずかしくなり、僕は忍び足で階段を上る。

 そして、静かにドアを開けると……

「帰るように言ったんだけどな……」

 三人の少女が、懸命にダンスを踊っていた。

 その様子を見ていると、自然と昔のことが思い出されて……

 ──帰れって言ったよね?

 ──言われたけど、了承はしてないよ。

 ──あのね、もっと上達したい気持ちは分かるけど、それで無理をして体を壊したら……

 ──そっちが無理をするなら、私もする。

 ──なんで、そんなことを……。

 ──だって、私達はアイドルとマネージャーでしょ?

「……はぁ、はぁ……。……うにゅ。まだできるっ! まだまだできるっ!」

「はぁ……。はぁ……。そう、ですね……。足りない部分はレッスンで補わないといけません。私は……、『TiNgS』は、必ず先に進んでみせます!」

「そうだね! まずは定期ライブ! マネージャー君に、マネージャーになってもらえるように、バッチリ成功させちゃおうね!」

 肩で息をして膝に手をつく二人の少女、元気なガッツポーズを見せる一人の少女。

 三人が、瞳に燃え上がらせるのは闘志。

 一分程の休憩をはさむと、少女達は再びダンス練習を始めた。

「僕達は、アイドルとマネージャー……だよね」

 少女達に気づかれないようドアを閉めると、階段を下りてオフィスを目指す。

 たった一週間で、僕にどれだけのことができるかは分からない。

 彼女達三人の壁を、全て取り払うことは難しいだろう。

 でも、一つだけなら……

「アイドルが無理をするなら、それ以上の無理をする。それが、マネージャーだ」

 臨時であっても、マネージャーであることには変わりはないんだ。

 不安にとらわれている暇はない。

 やれることを、全部やってやろうじゃないか。


   ◆


「もしもし、ケイ? 遅くなって、ごめん」

『結果は?』

「……ひとまず、臨時でってことで──」

『せっぷく』

「いや、待ってよ! 臨時だよ? あくまで、少しの間だけ……」

『せっぷく』

「勘弁して下さい」

『罰として、臨時マネージャー期間が終わったら、戻ってくること』

「いや、それは無理だって……」

『じゃあ、別の要求』

「なに、かな?」

『…………また、電話してくれる?』

「…………絶交されない限りはね」

『ゆるす』


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試し読みは以上です。


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