星なき夜のアリア アインクラッド第一層 2022年11月
10
トールバーナの町から迷宮区タワーまでの大人数による行程は、アスナの記憶の一部をちくちくと
今年の一月に行った修学旅行だ。行き先はオーストラリアのクイーンズランド。真冬の東京からいきなり夏真っ盛りのゴールドコーストに放り込まれた同級生たちのテンションは天井知らずに上がり、どこに行くにもお祭り
状況は何もかも──それこそたった一つの共通点すらないほどに異なっているのに、樹下の道を行く四十数人の雰囲気は、あの時の生徒たちととてもよく似ている。尽きせぬお
隊列の最後尾を歩きながら、アスナは
「……ねえ、あなたは、ここに来る前も
「ん……あ、ああ、まあね」
いまだ
「他のゲームも、移動の時ってこんな感じなの? 何て言うか……遠足みたいな……」
「……はは、遠足は良かったな」
短く笑ってから、剣士はひょいと肩をすくめた。
「残念ながら、他のタイトルじゃとてもこうはいかなかったよ。だって、フルダイブ型じゃないゲームは、移動するのにキーボードなりマウスなりコントローラを
「……ああ、なるほど……」
「まあ、ボイスチャット
「ふうん」
平面のモニタ内で、無言のダッシュを続けるゲームキャラクター集団の図をしばし想像してから、アスナは再度
「……本物は、どんな感じなのかしら」
「へ? ほ、本物?」
「だから……こういうファンタジー世界がほんとにあったとして……そこを冒険する剣士とか
「………………」
剣士が妙な間を作って押し黙るので、そちらをちらりと見てから、アスナはようやく自分が大変に子供っぽい疑問を口にしていたことを意識した。反射的に顔をそむけ、「やっぱりどうでもいい」と話を切ろうとした、その寸前。
「死か栄光への道行き、か」
静かな呟きが右耳に届く。
「それを日常として生きている人たちなら……たぶん、晩飯を食べにレストランに行く時と一緒なんじゃないかな。
「……ふふ、ふ」
剣士の言葉が素直におかしくて、アスナは小さく笑ってしまった。すぐに、
「笑って御免なさい。でも……変なこと言うんだもの。この世界は究極の非日常なのに、その中で日常だなんて」
「はは……、確かにそうだ」
同じように笑ってから、剣士は静かに言った。
「でもな、今日でもう丸四週間だよ。仮に今日、一層のボスが倒せたとしても、その上にはまだ九十九層も残ってる。
その言葉は、かつてのアスナには巨大な絶望と
「…………強いのね。わたしには、とても無理だわ。この世界で何年も生き続けるのは……今日の
すると剣士は、短く視線を向けてきた後、両手を灰色コートのポケットに突っ込み、ぼそりと言った。
「上の層まで
「…………ほ、ほんとに?」
思わず
「……思い出したわね。腐った牛乳ひと
「なら、少なくとも今日は生きて帰らないとな」
そう切り返し、剣士はニヤリと笑った。