わたし、二番目の彼女でいいから。6

第10話 ダメな女の子②


「きっりしま! きっりしま!」


 宮前に抱きつかれながら夜道を歩く。


「なんか、距離感おかしくないですか?」


 浜波にいわれて、宮前が俺にくっついたまま首をかしげる。


「なんで? 私と桐島は友だちだよ?」

「ん?」


 今度は浜波が首をかしげる。


「宮前さん、もしかして私と友だちの概念ちがいます? 私がまちがってます?」


 居酒屋では俺が宮前のテーブルまでいって声をかけた。一緒に帰るぞ、というと宮前は、「帰るぅ~」といって立ちあがった。男たちはなにかいいたげだったが、着流しに胡弓を背負った変人が突然あらわれたことにポカンとしていた。

 そんな感じで居酒屋をでて、こうして三人で歩いている。


「きりしま~きりしま~」


 宮前はべろんべろんに酔いながら俺の腕を抱え込んでいる。胸のふくらみが完全にあたっていた。


「やっぱ友だちのやることじゃない!」


 浜波がいう。


「私が酔ってるんですか? 友だちへの好意とは一線を画しているようにみえるんですけど!」

「きりしま~好き~、大好き~」

「いった! 今、好きっていった! 浜波警察、しっかり確認しました!」

「浜波ちゃんはうるさかね」


 酔った勢いで、宮前は方言をだしながらいう。


「友だちとしての好きって意味ばい。うちは遠野と桐島の仲をジャマする気はなか」


 そして俺のほうを向いて、宮前は甘えた口調でいう。


「ねえ桐島、手つないでいい?」

「アンビバレント! いってることとやってることが全然ちがう!」


 浜波が絶叫する。そこで宮前が、「あ」という顔をする。


「浜波ちゃん、ちょっと写真撮ってくれない?」

「え?」


 宮前にスマホを渡され、流れのままに浜波はカメラを起動して構える。俺と宮前は頭を寄せあってピースサインをする。パシャリとシャッター音。


「あの、撮っておいてなんですが、これ残しちゃっていいんですか? この写真、ちょっとリアル感あるというか、本物の恋人っぽいですけど……」


 不安げにいう浜波に、俺はいう。


「いいんだ。俺と宮前は友だちだが、たまにこうして恋人になっている」


 浜波がすん、とした顔になる。


「久しぶりにホントにわけわかんないやつきましたね~」


 浜波は、よいしょ、よいしょ、と準備体操をはじめる。


「もう一回いいですか?」

「俺と宮前はときどき恋人になる。そして、そのことを遠野も了承している」

「なるほど」


 浜波は肩をまわし、あ、あ、と声帯も整える。そして今日一番のテンションでいった。


「こ、こ、こ、この大バカ野郎~!!」

「いやいや、これには事情があるんだ」


 俺は過去から学ぶ男であり、高校時代の失敗を繰り返すつもりはない。ときどき恋人になるというのは言葉のあやで、正確にいうと、恋人っぽい写真をたまに撮るということだ。

 宮前は、祖母の由香里さんに育てられた。その由香里さんがまた入院してしまったのだ。由香里さんは宮前がダメ女であることを見抜いていて、変な男につかまらないかとても心配している。だから九州にお見舞いにいったときと同じで、由香里さんに安心してもらうため、引きつづき写真のうえでは彼氏として振る舞っているのだ。

 遠野も事情をきいて、オッケーしてくれた。

 そのことを俺は浜波に説明する。


「写真を撮る以外にはなにもしないから大丈夫だ」

「それはそうなんでしょうけど……」

「宮前にちゃんとした彼氏ができれば俺がやることもなくなる。本人も彼氏をつくることにモチベーション高いし」


 その結果が今夜のあれなわけだけど。


「う~ん」


 浜波は難しい顔をして考え込む。


「まあ、大学生になって桐島先輩も大人になったみたいですから、まちがいは起きないんでしょうけど。でも──」


 浜波はふらふらしながら俺にくっつきつづける宮前をみながらいう。


「あんまり火薬の量を増やすようなことは感心しませんね。さっき早坂さんと橘さんには浜波警察がいらないかもしれないといったのは、彼女たちの自制が利いているからです。でも、あくまでそれは自制なんです。心の奥底には、なにかしらの秘めたる想いというのがあるんです」


 そんな話をしているうちに、T字路にくる。俺と宮前は右で、浜波は左だ。


「ということで私は自分のアパートに戻りますが、そこのほとんど意識のない人とまちがいを起こさないでくださいね」

「わかってるって」

「それでは失礼します!」


 そういって浜波は去っていく。

 俺はその背中を見送りながら手をふる。すると、浜波は少し歩いたところでこちらを振り返り、俺をビシッと指さしながらいった。



「私は忠告しましたからね! ストップザウォー! 京都を爆心地にするな! ピース!」



 浜波と別れたあと、俺は宮前と一緒に公園にいた。宮前がいよいよ歩けなくなって、しなだれかかってきたのだ。

 ベンチに座らせ、自動販売機で買ったペットボトルの水を飲ませると、宮前はだんだんしっかりしてくる。


「あれ、桐島?」


 となりにいる俺をみて、宮前が首をかしげる。


「なんでおると?」

「そこから~?」


 そこで宮前が、しゅんとした顔になる。


「もしかして私、またダメだった?」

「ちょっとだけな」


 お酒を飲まされて、部屋に持って帰られそうになっていたことを俺は説明する。


「いい人たちにみえてたのに……」

「宮前……」


 本当に男をみる目がない。


「飲み会に顔だしたり、合コンにいったりしてるけど、あんまりあせらないでいいんじゃないか?」

「ダメだよ。桐島と友だちでいようと思ったら、早く彼氏つくらないと……好きな人つくらないと、でないと私……私……」


 そこで宮前が洟をすすりはじめる。


「え? もしかして泣き上戸にもなるの?」

「ふえ、ふえ……ふえ~ん!」


 普段酒に強いからわからなかったが、酔ってしまうと宮前は相当めんどくさい女の子だった。

 そこからしばらく、宮前に水を飲ませ、背中をさすりつづけた。

 宮前が落ち着いたところで俺はいう。


「ほら、そろそろ帰るぞ」

「うん」


 俺たちはまた歩きだす。

 静かな夜道に、秋の虫の鳴き声が響く。お寺や日本家屋の塀が至るところにあり、とても風情がある。しおらしく三歩さがってついてくる宮前。


「ねえ桐島」

「ん?」

「今日の人たちに私がついていってたらどうなってたの?」

「それは──」


 俺は男たちがトイレで話していたことを、やんわりとした表現で伝える。ストレートにはいわないようにしたのだが、宮前は理解したようだった。


「私、けっこう危なかったんだ……」


 ついていったら三人にかわるがわるヤられちゃってたんだ、と宮前は肩を落とす。


「でも、桐島が助けてくれたんだね」

「いや、俺はただ飲み屋から連れだしただけというか」

「桐島は私を大切にしてくれるね」


 照れたようにうつむく宮前。

 しばらくそうして歩いていたが、宮前が自分の手を俺の手の甲にちょんちょんとあてはじめる。そして、「えいっ!」と勢いにまかせて握ってくる。


「おい!」

「酔ってて歩けないの! 酔ってて歩けない! 歩けない~!」

「わかったわかった。わかったから!」


 宮前が騒ぐものだから、仕方なく手をつないで歩く。


「転んで怪我したらいけないからつないでるだけだからな」

「うん」


 という宮前の声はもう完全に甘えてる。これダメ女スイッチ入ってるだろ、と思うが、やっぱりそのとおりで、両手で俺の手を握り込む。


「桐島の手、おっきくてあったかいね」


 そういいながら、着流しの袖に顔も押しつけてくる。


「いい香りもする」

「お香の匂いだ。最近、部屋で焚いてるんだ」

「桐島ぁ……桐島ぁ……桐島ぁ……」


 湿った吐息を吐きながら、全身を押しつけてくる。


「私のこと助けてくれるの桐島だけだもん……守ってくれるの、桐島だけだもん」


 お酒で火照った宮前の体温を感じる。みているだけで胸が騒ぐ端整な顔つき、Tシャツがピンと張った胸のふくらみ、いやでもそういうのを意識させられる。


「おい宮前さすがに──」


 いいかけたところで、俺は居酒屋で男たちが興奮していた理由を知る。

 宮前はサロペット、もしくはオーバーオールと呼ばれるショート丈のズボンをはいている。

 肩にかかっているからオーバーサイズでもずり落ちたりしないのだが、ぶかぶかなものだから、お腹の横あたりの隙間が大きいうえにTシャツの丈が短いせいで、服の中がみえてしまっていた。

 腰にかかった薄いグリーンの下着の布と、白いおしりが少しのぞいてしまっている。


「おい、宮前、それ。そういう無防備なとこだぞ」

「え?」


 俺に指さされて下着がみえていることに気づき、宮前が顔を真っ赤にする。

「こ、これは」と言葉に詰まりながら、俺から離れ、急いで両手で服を押さえつける。

 いつものウブな宮前なら、ここは、「えっちなの禁止!」と怒るところだ。でも今日の宮前はちがった。俺の顔をまじまじとみながらいう。


「桐島、なんか照れとる?」

「え、いや──」

「桐島も、私の体でそういう気持ちになるんだね……そういうこと、桐島もできるようになったんだもんね」


 宮前はその場で立ちどまる。そして──。


「桐島なら、いいよ」


 そういって、恥ずかしそうに身をよじりながらも、服を押さえていた手をぱっと離してしまった。また、薄いグリーンの下着と白い肌がのぞく。


「お、おい宮前」

「私ね、このあいだも桐島に助けられたでしょ? 一緒に合コンにでた学部の女の子が連絡してくれたやつ」

「緊急連絡先にヤマメ荘の固定電話を教えとくのはどうなんだ?」


 宮前がピンチだとの報せを受け、飲み屋にいってみれば解散したあとだった。あたりを探してみれば今日みたいに酔わされた宮前が公衆トイレに連れ込まれそうになっていた。男は飲み会のときから、宮前のきれいな顔で、その小さな口で、そういうことをさせたいみたいなことをいっていたらしい。


「あとからきいたときね、すごくヤな気持ちになった。そんなことさせられたくないって」


 でも、と宮前は恥じらいながらいう。


「相手が桐島だったらどうだろうって考えてみたんだ」

「なぜそんな思考実験をする」

「それでね、桐島だったら平気だなって思ったの。強引にされても受け入れるし、桐島に満足してほしくて、私も一生懸命になると思う」


 頰を赤らめ、色気のある空気になった宮前がまた俺に近づいてくる。


「桐島ならいいよ……みたかったらみていいよ……さわりたかったら、さわっていいよ……他の人たちが私にしようとしたこと、桐島だったらいいよ……」

「宮前、まだ酔ってるだろ」


 最近、宮前はしっとりした手つきで俺にふれてくることが多い。今夜はそれにドライブが大きくかかっている。お酒ってこわい。


「男の人って、たくさんの女の人としたいんでしょ。普通にできちゃうんでしょ?」

「変な情報だけしっかり仕入れてくるなあ」

「桐島、さっき照れた……桐島は私の体でそういう気持ちになる……」


 それがスイッチだったらしい。


「いいよ。男の人って我慢するの苦しいんでしょ? 私がするよ? だって、桐島は友だちだもん。私、友だちのためならなんでもするもん」

「お、おい──」


 俺の手をつかむ宮前。

 宮前が変なことをいうものだから、俺も少し想像してしまう。サロペットのなかに手を入れて薄いグリーンの下着をさわったり、口でしてもらうようなこと。でも──。

刊行シリーズ

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