わたし、二番目の彼女でいいから。8

第26話 おそろい宮前 ③


 橘さんと別れたあと、部屋に戻ってみると、宮前はまだ帰っていなかった。

 俺は実習に備えて、とりあえず高校の教科書に目を通しておくことにした。そうやって勉強していると、夕方になったころ、宮前が帰ってきた。


「ごめんごめん、友だちと盛り上がりすぎちゃった!」


 そういいながら、靴を脱いであがってくる。手には買い物袋を持っている。


「晩ご飯、すぐつくるから。今夜はすき焼きだからね!」

「豪華すぎないか?」

「桐島、実習がんばってるからね。フンパツばい!」


 宮前はさっそく、すき焼きをつくりはじめる。包丁でネギや豆腐を切っていく。すき焼きのたれは出来合いのものではなく、みりんや砂糖を使って、自分でつくっていた。


「お肉も卵もいいの買ったからね~」


 なんていう。

 しばらくして準備が整って、テーブルの上にコンロを置いて、すき焼きがはじまった。たしかにどの食材もいいもので、とても美味しかった。


「こんなにフンパツしなくても、俺は安いやつでも満足するぞ」

「いいの、いいの。私が食べたかっただけだから」


 宮前は俺のとなりに座りながら、俺のお椀に肉をぽいぽいいれていく。

そして肩にもたれかかりながらいうのだ。


「……桐島、どこにもいかないでね」


 俺は昼の出来事を思いだす。

 宮前がこんなことをいう理由はよくわかっていた。

 食後は地上波で放送していた映画を一緒にみた。それから順にお風呂に入って、おそろいのパジャマに着替えて寝る支度を整えた。

 どこからどうみても、幸せなふたりだった。

 電気を消してベッドに入ってから、宮前はやけに甘えてきた。いつもなら俺にくっついて、すやっと眠るのに、なにかと体勢を変えて、さらにはキスまでしようとしてくる。


「そういうのはしないって約束だろ」


 俺は宮前を大人しくさせるために、強く抱きしめて動けないようにする。でも宮前はそれでも俺の首筋を甘噛みしたり、意味ありげに体を押しあててきたりする。


「こら」

「桐島が教育実習で女子高生と不祥事起こしたら大変だもん」

「宮前までそういうのか」

「桐島、ホントになにもしないの?」


 宮前は少し恥ずかしそうにしながらいう。


「……私、今すごくえッちな下着きてるよ?」


 それはなんとなく気づいていた。パジャマ姿のときから、ラインが浮いていたのだ。


「桐島きっと喜んでくれると思う」


 そういって、宮前はパジャマを脱ぎ、俺の上に乗ってくる。たしかにとても扇情的な下着だった。紐を腰のところでとめた、男を喜ばせるための下着だ。

 白い肌と、豊かな胸。


「宮前、ダメだって」

「私、桐島のためならなんでもするよ? いっぱい尽くすしどんなことでも受け入れるよ?」


 そういって、湿った息を吐きながら、腰を押しあててくる。


「宮前、やめるんだ」

「桐島、私のこともさわっていいよ」


 宮前が体を起こす。俺の視線にさらされて、恥ずかしそうに身をよじる。それでも、頬を赤らめながら、いう。


「なにしても……いいからね」


 宮前は派手な美人だけど、こういう方面にはシャイなタイプだ。今だって恥ずかしそうな顔をしている。きっとかなりの勇気を振り絞ってこういうことをしている。

 もちろん、俺だって宮前にさわりたい。やわらかそうな白い肌、開かれた太もも、小さな下着。そういうことをすれば、きっと気持ちい。

 それでも――。


「宮前、ダメだ」


 俺は体を起こして、宮前の肩にパジャマの上着をかけた。

 宮前はひどく気落ちしたようだった。ベッドの上にぺたんと座りながらいう。


「桐島……なんで? なんでダメ?」

「宮前こそどうしたんだよ。そういうことはしないっていってただろ」

「だって、そうしないと、そうしないと―――」


 宮前は消え入りそうな声でいう。


「桐島、どっかいっちゃうじゃん……私たち置いて、どこかにいこうとしてるじゃん……いかないでよ……どこにも……私、なんでもするから……」


 やはりそこだった。

 宮前は俺をつなぎとめようとしているのだ。でも――。


「俺はもう京都にはいられないよ。遠野も福田くんも、大きく傷つけた。もう、あそこにいる資格はないんだ」

「やだ……桐島いなきゃ、やだよ……」


 宮前がべそをかきはじめる。


「俺はもう戻れない。でも、宮前は戻れる。ここにいちゃいけないんだ」

「……ずっとここにいるもん」

「宮前は京都で楽しく、面白おかしく暮らすんだ」


 無理だよ、と宮前はいう。


「桐島は知らないんだよ。もう、誰もあのヤマメ 荘の前の道で魚を焼いてないんだよ。みんなで麻雀することもなくなって、山登りもしなくて……あんなに一緒だったのに……すれちがっても、私は手をふろうとするけど、なんか気まずい空気で……遠野も、福田くんも、最近はいろいろうまくいってなくて……」

「――知ってる」

「え?」

「遠野がバレーで不調なのも、福田くんが授業にでれてないことも知ってる。俺は全部知ってるんだ」

「なんで……なんで桐島が知ってるの?」

「俺は遠野と福田くんに、毎週会いにいっているんだ」

「そうなの!?」


 驚いた顔をする宮前。

俺はいう。


「大丈夫だ。宮前は大丈夫なんだ。もう、ひとりぼっちで寂しい思いなんてさせない」


 なぜなら――。


「俺がバラバラになった京都のみんなの絆を、元に戻す」


 そして――。


「宮前が十年後、京都のみんなと種子島にいけるようにする。それが、エーリッヒだった俺が、最後にすることなんだ」



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