わたし、二番目の彼女でいいから。8
第26話 おそろい宮前 ③
◇
橘さんと別れたあと、部屋に戻ってみると、宮前はまだ帰っていなかった。
俺は実習に備えて、とりあえず高校の教科書に目を通しておくことにした。そうやって勉強していると、夕方になったころ、宮前が帰ってきた。
「ごめんごめん、友だちと盛り上がりすぎちゃった!」
そういいながら、靴を脱いであがってくる。手には買い物袋を持っている。
「晩ご飯、すぐつくるから。今夜はすき焼きだからね!」
「豪華すぎないか?」
「桐島、実習がんばってるからね。フンパツばい!」
宮前はさっそく、すき焼きをつくりはじめる。包丁でネギや豆腐を切っていく。すき焼きのたれは出来合いのものではなく、みりんや砂糖を使って、自分でつくっていた。
「お肉も卵もいいの買ったからね~」
なんていう。
しばらくして準備が整って、テーブルの上にコンロを置いて、すき焼きがはじまった。たしかにどの食材もいいもので、とても美味しかった。
「こんなにフンパツしなくても、俺は安いやつでも満足するぞ」
「いいの、いいの。私が食べたかっただけだから」
宮前は俺のとなりに座りながら、俺のお椀に肉をぽいぽいいれていく。
そして肩にもたれかかりながらいうのだ。
「……桐島、どこにもいかないでね」
俺は昼の出来事を思いだす。
宮前がこんなことをいう理由はよくわかっていた。
食後は地上波で放送していた映画を一緒にみた。それから順にお風呂に入って、おそろいのパジャマに着替えて寝る支度を整えた。
どこからどうみても、幸せなふたりだった。
電気を消してベッドに入ってから、宮前はやけに甘えてきた。いつもなら俺にくっついて、すやっと眠るのに、なにかと体勢を変えて、さらにはキスまでしようとしてくる。
「そういうのはしないって約束だろ」
俺は宮前を大人しくさせるために、強く抱きしめて動けないようにする。でも宮前はそれでも俺の首筋を甘噛みしたり、意味ありげに体を押しあててきたりする。
「こら」
「桐島が教育実習で女子高生と不祥事起こしたら大変だもん」
「宮前までそういうのか」
「桐島、ホントになにもしないの?」
宮前は少し恥ずかしそうにしながらいう。
「……私、今すごくえッちな下着きてるよ?」
それはなんとなく気づいていた。パジャマ姿のときから、ラインが浮いていたのだ。
「桐島きっと喜んでくれると思う」
そういって、宮前はパジャマを脱ぎ、俺の上に乗ってくる。たしかにとても扇情的な下着だった。紐を腰のところでとめた、男を喜ばせるための下着だ。
白い肌と、豊かな胸。
「宮前、ダメだって」
「私、桐島のためならなんでもするよ? いっぱい尽くすしどんなことでも受け入れるよ?」
そういって、湿った息を吐きながら、腰を押しあててくる。
「宮前、やめるんだ」
「桐島、私のこともさわっていいよ」
宮前が体を起こす。俺の視線にさらされて、恥ずかしそうに身をよじる。それでも、頬を赤らめながら、いう。
「なにしても……いいからね」
宮前は派手な美人だけど、こういう方面にはシャイなタイプだ。今だって恥ずかしそうな顔をしている。きっとかなりの勇気を振り絞ってこういうことをしている。
もちろん、俺だって宮前にさわりたい。やわらかそうな白い肌、開かれた太もも、小さな下着。そういうことをすれば、きっと気持ちい。
それでも――。
「宮前、ダメだ」
俺は体を起こして、宮前の肩にパジャマの上着をかけた。
宮前はひどく気落ちしたようだった。ベッドの上にぺたんと座りながらいう。
「桐島……なんで? なんでダメ?」
「宮前こそどうしたんだよ。そういうことはしないっていってただろ」
「だって、そうしないと、そうしないと―――」
宮前は消え入りそうな声でいう。
「桐島、どっかいっちゃうじゃん……私たち置いて、どこかにいこうとしてるじゃん……いかないでよ……どこにも……私、なんでもするから……」
やはりそこだった。
宮前は俺をつなぎとめようとしているのだ。でも――。
「俺はもう京都にはいられないよ。遠野も福田くんも、大きく傷つけた。もう、あそこにいる資格はないんだ」
「やだ……桐島いなきゃ、やだよ……」
宮前がべそをかきはじめる。
「俺はもう戻れない。でも、宮前は戻れる。ここにいちゃいけないんだ」
「……ずっとここにいるもん」
「宮前は京都で楽しく、面白おかしく暮らすんだ」
無理だよ、と宮前はいう。
「桐島は知らないんだよ。もう、誰もあのヤマメ 荘の前の道で魚を焼いてないんだよ。みんなで麻雀することもなくなって、山登りもしなくて……あんなに一緒だったのに……すれちがっても、私は手をふろうとするけど、なんか気まずい空気で……遠野も、福田くんも、最近はいろいろうまくいってなくて……」
「――知ってる」
「え?」
「遠野がバレーで不調なのも、福田くんが授業にでれてないことも知ってる。俺は全部知ってるんだ」
「なんで……なんで桐島が知ってるの?」
「俺は遠野と福田くんに、毎週会いにいっているんだ」
「そうなの!?」
驚いた顔をする宮前。
俺はいう。
「大丈夫だ。宮前は大丈夫なんだ。もう、ひとりぼっちで寂しい思いなんてさせない」
なぜなら――。
「俺がバラバラになった京都のみんなの絆を、元に戻す」
そして――。
「宮前が十年後、京都のみんなと種子島にいけるようにする。それが、エーリッヒだった俺が、最後にすることなんだ」