わたし、二番目の彼女でいいから。9

第36話 愛するということ ②

 ◇

 

 四国から帰ってきたあと、俺は早坂さんと最後までして、橘さんともするようになった。

 就職活動も、一緒になったほうについていくと、相手に伝えた。

 そうする必要があった。

 もし一緒にならなかったときのために、という保留のような考え方は捨てた。そして、きちんとどれだけ俺が彼女たちのことを好きかということを、ストレートに伝えるようにした。

 客観、俯瞰、先見、そういった考えはいらなかった。

 俺は橘さんのことが好きで、早坂さんのことも好きで、それでここにいる。

 それ以外に、なにもなかった。

 こんなことをしていいのだろうか、もっと、誠意を持った行動を――。

 そんな考えは、謙虚なふりをした、なにかしらイヤなもので、ちがう気がしていた。

 恋の純度。

 愛し、愛されることへの勇気。

 それだけが全てで、俺は橘さんを愛し、俺は早坂さんを愛した。

 そうすることが正しくて、善良で、素晴らしいことかどうかはわからない。そうかもしれないし、そうでないかもしれないし、他の人がやればそうなるかもしれないし、俺のが間違っているのかもしれないし、裏を返して俺が正しくなっている可能性とか、そういう判断はしなかった。判断もまた、そぐわない気がした。

 いずれにせよ、俺はそれをした。

 橘さんも早坂さんも、待っていたかのようにそれにこたえてくれた。ただ、それ以降、彼女たちはふたりで仲良く話したり、遊びにいったりすることはなくなった。

 四国から帰ってきて、橘さんと最後までした翌日の朝のことだ。

 リビングで、橘さんは早坂さんに向かっていった。

 

「司郎くん、やっぱり私に夢中だったよ。何度も、私のなかでいった」

 

 前日、早坂さんにいろいろいわれた仕返しだった。

 それに対して、早坂さんは目もあわせず、一言だけだった。

 

「オナホが、うざい……」

 

 もう、以前のような感じではなくなった。三人で食卓を囲むこともない。

 俺が交互にふたりの寝室で寝ていたから、なんとなく一日ごとに、橘さんの日、早坂さんの日という流れで生活はつづき、橘さんの日は、早坂さんは部屋にこもってほとんど顔をみせないし、早坂さんの日の橘さんも同じだった。

 

「あんな女のどこがいいのかな」

 

 橘さんはいう。

 

「司郎くんには私しかいないって、わからせてあげるよ」

 

 早坂さんもいう。

 

「桐島くんって、初恋の趣味悪いよね。私のほうがいいって、ちゃんと教えてあげる」

 

 どうやって決着がつくのか、その基準や明確なルールはない。そういったものは、もう存在しない。四国から帰ってきたあと、ふたりは互いに『嫌い』といいあった。

 つまりは、そういうことだった。

 そして、早坂さんのいうところの、頭のぶっ壊れそうな日々がつづいている。

 きっと、そうするしかなかったのだ。

 

 ◇

 

 橘さんを抱きしめて、早坂さんの表情が消える。早坂さんを抱きしめて、橘さんが傷ついた顔をする。

 俺たちの日々は無軌道に加速していく。

 橘さんの日に、橘さんと食事をしていたときのことだ。

 早坂さんが外出から帰ってきて、リビングを横切り、自分の部屋に入っていこうとして、横目でみながらいう。

 

「総菜ばっか。桐島くんがかわいそう」

 

 翌日、俺と早坂さんが食事をしているとき、手料理のならんだ食卓をみて橘さんがいう。

 

「意外と計算高いよね」

 

 橘さんがお出かけするときに、早坂さんがその格好をみていう。

 

「ブランドばっか。お金かかりそう」

 

 今度は早坂さんが出かけるとき、橘さんがいう。

 

「ニットばかり。体の線をみせて、なにがしたいのかな」

 

 橘さんは学友たちと遊びにいくことが多い。それに対して、早坂さんがいう。

 

「遊んでばっかり。きっと、将来もずっとそんな感じで、大切な人をほったらかしにするんだろうな」

 

 一方、早坂さんは家にいることが多く、それに対して橘さんがいう。

 

「友だちいない人って、ずっとひとりに依存しそう。依存される人は、しんどいだろうね」

 

 ふたりは明らかに傷付けあっていた。

 橘さんも早坂さんも東京に実家があるから、相手の日に、そっちに帰ることもできる。違う場所にいけば、相手のことをみないように、きかないようにすることができる。けれど、絶対にそれはしない。

 夜も、ずっと起きていて、壁一枚を隔てて、早坂さんのように、一晩中、本を読んでいたりするのだ。

 そんな日々がつづいた、ある日のことだ。その日は早坂さんの日で、少し足を伸ばして、近郊の山まで紅葉をみにきていた。

 

「きれいだね~」

 

 登山道を歩きながら、早坂さんがいう。

 俺があげたマフラーを巻いて、手をつないで、とても楽しそうだ。

 

「秋が一番好きかも。過ごしやすいし、ご飯も美味しいしね」

「早坂さん、春には『春が一番好き』っていってたし、夏は『夏が一番好き』っていってたよ」

「そうだっけ?」

 

 そんな会話をしながら、笑いあう。

 

「きれいだし、いっぱい撮っとこ~」

 

 スマホで景色を撮る早坂さん。

 

「紅葉は京都も綺麗だよね」

「秋になると、大道寺さんなんかは南禅寺界隈をずっとぶらぶらしている」

「桐島くんも着流しだし、そういうのが似合うんだろうね。私は普通に洋服着てる桐島くんがいいけど」

「…………」

 

 そうだよ、と早坂さんはいう。

 

「桐島くんは京都にいたほうがいいよ」「人間関係だって、京都にあるんだし」「紅葉もきれいだし」「味付けだって、薄味のほうが健康にいいし」

 

 早坂さんは虚空をみつめながら、立てつづけにいう。

 

「東京はもういいじゃん。高校まで暮らしたんだし、人多いし、建物高いし、桐島くんに都会は似合わないし、京都のほうがさ、京都のほうが――」

 

 そこで早坂さんは言葉を止める。

 

「ごめん」

 

 早坂さんは一度両手で顔を覆ってから、顔をあげる。

 

「なんか、ダメだ」

 

 困ったような顔でいう。

 

「楽しいはずなのに、うまく笑えない。なんていったら、いいんだろう。でも、なんか、いろいろ考えちゃって……」

 

 それで、俺たちは帰ることになる。

 そして部屋に帰ると、リビングで、橘さんが俺のあげた花を眺めている。

 橘さんは早坂さんに気づくと、そそくさと、大事そうに花瓶を持って自分の部屋に戻っていった。

 

「男の子はああいうのがいいんだろうね。一途で、けなげで。桐島くんも、ああいうのがいいの?」

 

 そういいながら、早坂さんは俺の手をとる。

 

「ねえ、私もがんばるからね。もっともっと、いい彼女になるからね。桐島くんのこと、もっともっと、好きになるからね」

 

 こういうときの早坂さんは、すごくなる。

 

「桐島くん、好きだよ。私のほうが、好きなんだよ」

 

 夜、それを伝えようと、早坂さんは俺の体の上にのり、深くつながりながら、倒れ込んでキスをしてくる。

 熱く濡れたそこに締め付けられ、やわらかい胸としっとりとした肌を押しつけられながら、ずっとかわいらしい舌で口のなかをまさぐられつづける。

 

「うああ、桐島くんの、おっきいよ。奥まで届いちゃってるよぉ。あ、胸が桐島くんの肌にこすれるだけでいっちゃうよぉ、桐島くん、桐島くん――」

 

 俺は早坂さんを感じる。

 その快感で俺は達するんだけど、早坂さんは動くのをやめない。腰を動かすだけでなく、俺の胸を強く吸ったりして、さらに刺激を与えてくる。

 

「だって、桐島くんのことが好きなんだもん。いいよ、もっと気持ちよくなって。うあぁ、桐島くんのがまたおおきくなってるよぉ。私、またいかされちゃうよぉ」

 

 早坂さんは俺の耳に舌まで入れてきて、俺は快感で、頭を壊されつづける。

 俺はもう、わけがわからなくなって、目の前にある早坂さんの胸をつかむ。早坂さんが嬌声をあげ、また俺を強く締めつけ、さらに激しく、俺の口に舌を入れる。

 

「桐島くん、私のほうがいいよね、私のほうが気持ちいいよね?」

 

 早坂さんが腰をくねらせ、俺はただ喘ぎつづける。

 

「ねえ、お願い、いって。橘さんより気持ちいい、っていって」

 

 早坂さんに強く押しつけられ、快感に明滅する視界のなかで、俺はいってしまう。

 橘さんより気持ちいい。

 その瞬間――。

 

「あ、うあぁ――」

 

 早坂さんが、胸を張り、腰を反らす。

 

「どうしよう、言葉だけでいかされちゃったよ。桐島くんがそうさせたんだよ。あ、これ、いくのとまんない。桐島くんのせいだよ、全部桐島くんだから、あ――」

 

 その夜、俺は早坂さんの愛情で責められつづけた。

 翌朝、部屋をでると、橘さんが待ち構えていた。

 橘さんは早坂さんに猛然と歩みより、頬を叩く。早坂さんがビンタをくらいながらも薄く笑っていった。

 

「なんか、悔しがってる。桐島くんが、私の体のほうが気持ちいいっていったから。えへへ」

 

 橘さんはさらに激昂し、勢いそのままに隣にいた俺の頬もぶっ叩いた。

 

「司郎くん、お風呂入ってきて」

 

 浴室のほうを指さしていう。

 

「変な女の匂いがついてるから」

 

 俺がシャワーを浴び、お風呂からでると、橘さんが駆け寄ってくる。

 

「叩いてごめん」

 

 そういって抱きついてきて、その日は片時も俺のそばを離れなかった。

 夜になり、ベッドに入ると、橘さんは当然のように下着姿だった。そして、恥ずかしそうにしながらも、俺の上にのってきた。俺の足のほうに橘さんの頭がきて、俺の頭のほうに橘さんの足がくるような格好だった。

 つまり、互いにそういうことができる体勢だ。

 橘さんは俺のそれを、舌で舐める。最初はゆっくりと丁寧になぞったり、先端をやさしく口に含んだりする。やがて唾液とともに、上下に動かしはじめる。

 小さな口と舌による快感を、下半身に感じる。

 そして、俺の目の前には橘さんの下着がある。下着をずらせば、ピンク色のきれいなそこはもう濡れていて、俺も丁寧に舌でなぞる。

 

「ん、んん――!」

 

 橘さんは俺のものを口に含みながら喘ぎ、よじらせる。

 どんどんあふれてきて、俺の顔に、そこが押しつけられる。俺が舌を動かしつづけると、橘さんは体を震わせる。

 

「あ、それ、好き――あ、いく――」

 

 橘さんはいきながらも、俺のものを口に含みつづける。

 とても興奮する行為だった。

 そうやって互いにしたあと、橘さんは自分から足を開き、さらに、そこを指でひろげてみせ、いった。

 

「いっぱい……味わっていいよ」

 

 俺は橘さんに覆いかぶさり、なかへと入っていった。

 今度は、橘さんの愛情に溺れる番だった。

 そしてその夜、俺は『早坂さんより気持ちいい』という言葉をいうことになった。

 翌朝、早坂さんが震える声でいった。

 

「桐島くん、ひどいことされたんだね。大丈夫だよ、私が助けてあげるから」

 

 ふたりは明らかに傷付けあっていた。

 そして俺もまた、ふたりの好意に溺れながらも、常に胸の痛みを感じていた。

 橘さんと愛し合えば、早坂さんが壊れていく。


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