境界線上のホライゾン きみとあさまでGTAⅠ
序章『みなでよるまで』
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「……!!」
音が響いた。
楽曲、最後の一音だ。鍵盤とギターとドラムが一斉に音を鳴らして、そして切る。
熱気のようなものがあるのは狭い室内。板張りの一室は、テーブルなどを壁側に寄せた軽食屋だった。その中で、
「――オミゴト! オミゴトでした! やはり生は違いますな!」
カウンターから出した上半身を両腕に支えさせながらホライゾンが言う。その言葉の行く先には、三人分の人影があった。それは、
「――有り難う御座います。とりあえず、初めて上手くまとまった気がしますけど、通しで五曲、行けそうですかね」
「ですわね。智も喜美も、後でまた、合わせる基準となる位置の確認したいですわ」
「フフ、まだ振り付けが全然出来てないんだから、それやった上で”遭わせる基準”を考えないと駄目よ?」
言っていると、入り口の方に控えていた二つの人影が身を起こした。椅子を背後に寄せて、ベースとギターをそれぞれ提げているのは、
「――浅間達の”きみとあさまで”は今回トリだから、ぎりぎりまで時間使えるからいいじゃない」
「ナイちゃん達は最初だけど、春期学園祭の音楽イベントと雅楽祭が別になって、チョイ面倒だよね今回」
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そうですね、と浅間は頷いた。
「そっち、マルゴットもナルゼも、”愛繕”は学園祭の方では最後でしたよね」
「Jud.、まだどの曲やるか決まってなくて、マルゴットの言うとおり面倒だわ」
「どういうことですの?」
「学園祭の方は配送業組合がスポンサーにいてさ、ナイちゃん達、ホラ、ランキングトップじゃない? だからこっちにいい曲回せって」
「”キンコンカンコン”の通常版と年末版と年始版、全部やってやろうかしら……」
「アレ、いい曲よねえ」
「Jud.、確かにアレ、良い曲ですね。歌詞忘れたら”キンコンカンコン”言ってると何となくアレンジに思われてそのままイケますから」
「それはまたどうかと……」
と、ナイトとナルゼが楽器を店内の音響術式と同期させる。ここの管理は自分だが、音響系は喜美のカスタマイズだ。視線を送ると、首をかしげながら胸を持ち上げて見せられたので無視することとして、とりあえず同期確認。
「またナルゼは低音しか考えてないような調整ですね……」
「ネルトリンゲンで見せた十二弦ベースがウケちゃって」
そんなことを言っていると、入り口のドアが開いた。こんな時間に来るのは、
「トーリ君?」
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自分の記憶では、今夜、男衆は多摩の印刷所でネシンバラの手伝いをしている筈だ。学園祭用同人誌の原稿が間に合わず、彼は今日、一回ここに皆を集めて、
「おーし、じゃあ印刷所の方で、適当に文章の隙間埋めるぞ-。俺、ファンタジー書くから」
「じゃあ自分、ゲコトラの体験記を書くで御座るよ」
「待って! 待って! それ章間だよね!? 本文に入れまくった改行詰めて差し込まないよね!?」
などと、何か危険なことを言っていたが、補給にでも戻ってきたのだろうか。
だが、ドアを開けて、春の夜気と共に入ってきたのは、彼ではなく、
「母さん! 質問です! 二年前の雅楽祭の準備中、いかがわしいことをしていたというのは本当ですか!?」
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……えーと。
静まった室内の中で、己は皆の平たい視線がこちらを向いているのを自覚した。
これは危険。神道デンジャー。
なので、とりあえず両の手の平を左右に立てて見せた。
待て。落ち着け。ステイ。そんな感じで、見ればものすごく何か言いたそうにしている喜美がいるので、そっちに三回ほど手の平を向けておく。
その上で入り口、そこにいる豊を見ると、彼女の向こうではネイメアが”自分もいますの”アピールで小さく飛び跳ねていて可愛らしい。しかし、
「……あのですね? 豊?」
「何ですか! 母さん!」
元気で宜しい。だが気になるのは、
「何処でそんな話を?」
「アッハイ! 推しの事を調べようと思って、ちょっと武蔵の情報系に突っ込んだら当時の記録からそんなのが出てきまして」
ああ成程、と頷いた上で通神帯の表示枠を開くと、”武蔵”から件名”ちょっと宜しいでしょうか”というのが来ているので、ハナミに定型文を返して貰う。その上で、
「――個人でやると大概バレて面倒なので、浅間神社の権限でやった方が後々のことも含めて安全です」
「それでいいんですの?」
「まあ、やるなと言っても別のことをやりますから……」
「そこらへん、トーリ様に似てますねえ」
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ネイメアは、異母姉妹がアガり過ぎて気を失ったのを支えた。
「――――」
「ちょっと豊――!?」
とりあえず豊が使えなくなったので、状況は自分が担当することにする。
つまりどういうことかと言えば、
「いかがわしい話の中で、御母様の名前もありましたの!」
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……えーと。
静まった室内の中で、己は皆の平たい視線がこちらを向いているのを自覚した。
これは危険。人狼デンジャーですの。
なので、とりあえず両の手の平を左右に立てて見せた。
待て。落ち着け。ステイ。そんな感じで、見ればものすごく何か言いたそうにしている喜美がいて、
「アンタ達、いかがわしいものねえ。1501回とか」
「喋る許可を出してませんのよ――!?」
ともあれ入り口、そこにいるネイメアを見ると、彼女に抱えられた豊が変な笑い声を漏らしながら時折大きく震えていて何か危険。流石は浅間と我が王の娘。しかし、
「……えーと、二年前の記録ですの?」
「Jud.、二年前の今頃、雅楽祭の準備期間から本番に掛けての記録ですの」
ああ、という声があった。ナルゼだ。彼女は、録音した最新音源を音響術式で自分達にだけ聞こえるようにしつつ、
「アンタ達、バンドやるかどうかでクッチャクッチャ煮え切らないようなことやってたものねえ」
「そうなんですの?」
「アー、まあ、憶えはあります」
確かに自分の方も、巻き込まれたようなものだが、記憶にある。
だがそこから始まって、今の、趣味のような、実益のようなバンド活動が続いているのだが、
「確かに、いきさつとしてはいろいろありましたものねえ」
「調べてると解ると思うけど、ケッコー、ナイちゃん達も関わってるよね。それと、セージュン達や、他の人達も」
Jud.、と応じたのは、カウンターから出てきたホライゾンだ。
彼女は、店内の時計を見て、今が夜の九時前であることを確認すると、
「当時は、ホライゾンも御降臨をブチかまして、武蔵での生活に順応してきていた時期でした」
「そうなんですの!」
娘の視線から目を逸らしておくことにする。
だがホライゾンが、右の指を一つ鳴らし、こう言った。
「当時のこと、まだ記録にはまとまっていなかった筈ですね。ならば――」
「――GTA! GTAですの、ホ母様!」
「Jud.、それをするのはいいタイミングでしょう。二年前の今時期、皆様がどのように過ごしていて、何が生じたのか、記録にすることで繋がりも見えるでしょう」
ええ。
「何か腹が減ったし週末だから夜食パーティがしたいとか、そういう安易な要求がある訳ではありません」
浅間が表示枠に冷蔵庫の中身リストを出して確認し始めるのは、流石だと思う。
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しかしネイメアとしては、気になることがあった。
「御母様達の二年前をGTAするとして、ちょっと難しい問題がありますの」
「? 何かあったかしら? 発禁関係とか?」
いえ、と一度前置きしてから、言葉を作る。
「――私達の方、当然、当時の武蔵には居ませんでしたもの。過去の回想記録を行うGTAとしては関われない、観客状態となってしまいますの」
「おやおや、――参加すればいいではないですか?」
「え?」
Jud.、とホ母様がこちらに近づき、両の手を左右に浅く広げます。
「捏造や創作が普通に入るGTAです。ネイメア様達、旧羽柴勢がフツーに入っていたことにしても、何の問題もありますまい」
ホ母様の向こうで智母様が無表情になっているのは何故ですの。
しかし、不意に後ろのドアが勢いよく開きました。
「いい話を聞きましたわ! 実質的に高等部一年生、新鮮な後輩キャラである私も当時いたことにして違和感ゼロですわよね!」
「そのデカさで違和感無いと思ってるなら良い度胸ですわァ――!」
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「このクソ忙しい時期にGTAとは良い度胸ですねー」
竹中は、青雷亭本舗でGTAが行われるという通神文を、喜明から受け取った。
……こっちは春期学園祭の準備で生徒会居室に詰めっ放しですけど。
旧羽柴勢、未来組がポジティブに生活を楽しんでいるのは良いことだ。周辺被害については知らん。
「こっちは春期学園祭の準備か」
「全くその通りやけど、里見総長はどうするん?」
代表委員長の問いに、里見総長が窓の外を見た。
視線の先、夜の校庭には巨大な人型の姿がある。
里見家の武神、旗機でもある八房だ。低出力の待機状態で各部に流体光を脈動させているが、
「あれで青雷亭本舗に押しかけるのもな」
「屋根突き破っても文句は出んと思うぞ」
確かに、わあわあ言いつつすぐに修復や手を打ちそうで怖い。
「やたらと”現場力”ありますからねー。あの人達」
ともあれこっちは仕事だが、リモート参加は可能だ。三千世界の展開法を空間式にすればVR的に現場の空気を得ることも出来るだろう。しかし、
「代表委員長の方は、どうですかねー」
「ん?」
と振り向いた代表委員長が、顔横に出ていた通神文の表示枠を手刀で割る。その上で彼女は、手元にあった自分の表示枠に幾つかの言葉をメモして、
「加納君、これ、青雷亭本舗周辺の警備要請。副会長がノコノコ出とるし。ついでに向こうに菓子でも差し入れしといてくれるか。高尾ポテトか何か」
「……無茶苦茶回りくどいムーブですねー」
「マー、副長や特務なんかも揃っとる現場やから、何か仕掛ける阿呆はおらへんやろうけど、危険な情報飛び交う現場になるやろうからな」
「そんな危険なんですかねー?」
「――鈴木・孫一の件」
言われた台詞に、里見総長が首を傾げる一方、己はアーと声を返す。
「アレは他意の無いことなんですけどねー」
「他国の重鎮いろいろ来てる昨今、拾われんとも限らんやろ。他、いろいろ面倒なことがあるさかいな。気をつけておくとええ」
それに、と彼女が言葉を置いた。
「私としても、まだ高等部入ったばかりでろくに動けん時代のことや。――チョイとその三千世界の共有頼むわ。必要あらば介入するんで」
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「――ファ!」
寝ていた。否、気を失っていたのか。それもこれもホ母様から刺激的な御言葉を頂戴したからに他ならない。そして目覚めてみると、
「アレ? 何か皆いるんですけど?」
「何か面白そうなことするって聞いてきたから」
「久し振りの本舗で御泊まり会だもんねー」
言っている間に、後ろの方からいい匂いがする。振り返れば、広いスペースの奥には厨房があり、今更になってここが本舗奥の母達が使っている”部屋”なのだと悟る。
「――パーティションとしてのカーテンを外して、共有の廊下も部屋として扱い、店舗の厨房までほぼ直結、か。思い切った構造と使い方よの」
「ここまでの大人数入れるのも久し振りなので、思い切ってトーリ君の部屋以外は解放してみました」
言われてみれば、副長親子や清正達が、右隅にある大罪武装のラックの前で両腕先輩からの講義を受けているが、
「ファー! あそこがホ母様の部屋のあたり!」
「もっと気になることがありませんの?」
両腕先輩については全て不問とするので問題ない。だがこれはつまり、
「――じゃあ、二年前の雅楽祭を巡る事件というか、母さん達がバンドを始めた”いかがわしい話”についてのGTAですね!」
皆、何でこちらに真顔を向けるんですかね?