境界線上のホライゾン きみとあさまでGTAⅠ

第一章『ルールは自由形』

 広間になった本舗奥の空間。

 床を隠すように敷かれた布団の並びの上、集まった女衆に対し、


「では」


 と浅間が言った。


「……メイン記録係、やりたい人――」


 皆が無言の真顔を返したのを、浅間は見た。


「……あっ、コレ、私にやれって言ってますね!?」


「いや、いつも浅間さんが担当だから、今回も当然そうだと思ってました!」


「流石に私のような記録や報告役にも、機微の難しさは無理ですね……」


「というか他に出来る人、いるの?」


「何よ浅間、アンタ、いきなり自我に目覚めたの?」


「何気に酷いのが一人いますね!?」


 ぶっちゃけ記録係は大変だ。何しろ皆の捏造が酷いので、補正や辻褄合わせに気を遣う。更に言うならば、


「今回、私がメインになってる箇所かなり多い筈なので、出来れば語りに回っておきたいんですよね」


「語って編集したら無敵じゃないかしら」


「いやあ……、結構、当時の自分を見直すと必死の空回り多くて恥ずかしいと言いますか……、編集で正視するのがキツいというか」


「じゃあ、アサマホが担当したら?」


「え!? 私が好き勝手に編集していいんですか!? 父さんとホ母様の出会いとか、母さんのロマンス……、あ、すみません! 今ちょっと巻き舌になっちゃいました! ロマンス……、そんな感じで書き込んでいいんですね!?」


 無茶苦茶不安になった。


「好き勝手は、ちょっと、あの……」


「あ、大丈夫です! 母さんの方は盛っておきますから!」


 そういうことでは無いのでは……、としみじみ思ったときだ。右から肩に手を乗せられた。振り向くと右腕がいて、その向こうで左腕が仕方なさそうに首を左右に振っている。コレはつまりは、


「……じゃあ私がいつも通り記録係やります」


「両腕先輩スゲエ――! どうやって説得したの!?」


「流石で御座りますなあ……」


「一体何が……」


「つまりここでホライゾンの株が間接的に爆上がりするという塩梅です」


「それを言っては駄目ですのよ?」


 両腕の言い分で、何となく解った。


 ……他の誰かに任せると危険ですね!


 自分の過去の安全は今の自分しか守れないということだ。何言ってるか解らん。

 ともあれ、では自分が記録をつけるとして、


「ではルールの確認です」


「捏造は一日何回までですか」


「可能な限り無い方が嬉しいです」


「クク、いい? 皆? バレなきゃいいってことよ? 気をつけなさい?」


「そこ! そこ!!」


 早速気が重い。だが、言っておくべきことがある。


「基本、遣り取りは表示枠です。出来上がった文字記録は武蔵に収めますので、不規則言動は注意して下さい。

 ――で、記述は一番古い過去からスタートして、何か話した方が良いと判断した人が話していきます。代役はOKです。

 なお、やらかしたときはなるべく早めに申告して下さい。可能な範囲で校正手続きとか、こっちでやっておきます」


 あとは、と付け加えるものがある。


「基本ルールですが、”○”でスタートした節は今の私達のトーク部分。または意見交換のターンです。

 ”●”でスタートしたら当時の記録となります」


「以前と同じ……、というか、そういうフォーマットですね。Tes.、了解しました」


「じゃあ、まずは智からですわね」


 当然、そうなる。

 皆の注目を浴びて、当時のメンタルなど、何処まで話すべきかと思うが、まあ自分がちゃんと見本を見せないと駄目だろう。後が正しく続かない。ゆえにここは、


「――じゃあ、二年前の春。春期学園祭の準備期間からスタートします」


 始まりだ。


 浅間は、最近、仕事に出るとき、思う事がある。

 二年生になって、最初の学校祭、春期学園祭の準備の中で、こう思うのだ。


 ……バンドとか、ああいうの、楽しそうですよね。


 ステージ上。

 皆に対して、自分の好きなものをぶつけに行って、共に楽しむ。

 お祭だ。

 高等部二年にもなれば、観客側では無く、ステージ側に回る方法は解っている。

 自分が、自分の好きなもので、皆と作り上げる祭の一角になれる。


「……やろうとすれば、出来るんですよね」


 最近、特にそう思う。

 何しろ周囲に音楽好きが多く、春期学園祭の内部イベントである雅楽祭に出ようという連中もいる。

 さらには、そういった祭に限らず、実際にソレを仕事にしている者だっているのだ。

 そして自分にだって、そのようなスキルはあるのだが、


 ……いざやろうか、となると、一歩引きますよね。


 巫女なのだ。

 公的な存在。浅間神社は武蔵の守護を行う役でもある。だから、


 ……そんな巫女が、舞台とかに上がって、音楽奏でたりとか……。


「プ……! あ、ゴメン、流石に今更何って笑っちゃったわ」


「ひ、人のモノローグに介入しない!」


「展開早えよ……」


 ……変な幻聴が来ましたけど、仕切り直します。


 己は、浅間神社の跡取りだ。

 音楽としては、雅楽を、浅間神社の仕事として行ってきた。

 それがいつもの事。

 自分には雅楽がある。いつもの己がなすべきこと。これで充分だ。

 そう。

 神に奏上する音楽は神聖で、とても意味のあるものだと思っている。

 だから昔は、それ以外の音楽など、神様の決めたルールから外れた、穢れたものだと思っていた。

 そういう自分を語る事で、浅間神社の跡取りとしての自覚を持ちもしたのだ。


 ……アイタタタ! って感じですけどね!


 ……智? モノローグの一人芝居が激しいですのよ?


 忠告の幻聴どうも有り難う御座います。

 だけどまあ、と己は思う。


 ……喜美とか、こういうの、自由ですよねー。


 彼女の神奏する神様は、舞や歌、音楽に対しては自由主義だった。同じ神道でありながら、好き勝手とも言える、しかし穢れない踊りや歌を見せつけられた。

 凄いなあと、以前見たとき、そう思ったのだ。



 ○

「ハァ――! 推しが推しをリスペクトしてる! 何ですかこれ! 開始三十秒で致死量三年分くらい超えましたよ! あ、今からその一日分を頂きますので無事に死にます! ウヒョヒョ!」


「あっ、智母様!? 無表情にこっち見てないで、気にせず続けて欲しいですの!」


 ……えーと……。


 自分は、己の周囲の状況を思う。

 自分に親しい、音楽というもの。それに対し、友人達は気楽で、構えていない。

 身近なアレは前述の通りとして。

 異国出身の友達だって、こちらの知らない楽器とルールで、やはり自由に音楽を奏でる事が出来るのだと、最近知った。

 他にも、自分達の乗る航空都市艦・武蔵が、極東上にある各国を移動する際、幾つもの音楽や、その在り方、求められ方に触れていく。そのたびに、自分は内心で驚きを得ていた。

 例え”神様の音楽”としてのルールが神道にあったとしても、世界にはそれ以外のものの方が多いのだと。

 これは、別に、音楽に限らない。美術や料理、服飾、しきたりなどもいろいろだ。

 ただ、自分には雅楽があり、それと衝突する異国や別神の音楽は、異質に感じた。

 しかし、異質なのはどちらだろうか。

 中等部にもなれば、己も含み、皆の背丈やスタイルも変わり、趣味や化粧の差も出てき始める。


「えっ? ――あ、すみません! 意外なことを言われたので!」


「アデーレ様? こちら、御菓子がありますよ?」


「あっ、どうも有り難う御座います! 有り難う御座います!」


 アデーレの幻聴をメアリの幻聴が取りなしてくれて助かりました。

 ともあれ、己は、音楽など通して見る自分自身を、こう感じる。


 ……”堅い”ですよねー……。


「ホント、堅いというか、意味もなく真面目というか……」


「……今、武蔵の魔女がメンタル界から言葉を送ってるけど、アンタ数年後に極東至上希に見るブッ壊れ方するから憶えておきなさい?」


「……うん。別の魔女もメンタル界から言うけど、アレはホント何考えてんだコレ、って感じだったから」


「い、いちいちツッコミに来ない……!」


 魔女達はいつも騒がしい。

 ただまあ、自分の”堅さ”については、その理由もよく解っている。


「巫女としての正しい生活を守るために、保守的なんですよ……!」


 いつもの生活。

 いつもの自分。

 それを守る事で、巫女としての大部分を保守出来る。しかしまあ、高等部二年にもなって、周囲がフリーダム化しつつあるなら、流石に自分もこう思う。


「……保守してる部分の他に、何か無いかな、って」


 嘆息もする。

 これが、服飾ならば、仕立てる費用も掛かるので諦めもつく。別に服を用立てなくても、巫女の衣装は人気ありますしね、と。

 料理だって、諦めもつく。


「……ええ、太りますからね! 大体美味しいものは太ると相場が決まってます!」


 自分が知る限りの女衆の幻覚が目の前に集まって同意の頷きを見せた。


「フフ、何でアンタ、自分が幻覚見るときはセルフツッコミしないの?」


「い、今の言葉と同意には問題ないと思ったからですよ……!」


「というか、他にもいろいろあるのに、何で音楽が気になるので御座ります?」


 アーそうですね、と自分は幻覚に応じる。


 〇

「……何か幻覚ばかり出てくるので、開き直ってこっちで話してしまいますが、当時の私、自分の音楽環境については、聴くのも演奏するのも、ある程度揃っているんですよね」

 

 たとえば、


「聴く環境は中等部あたりから、周囲の影響や、巫女としての仕事もあって、急激に整ってます。

 一方で演奏する環境においては、やはり雅楽の方から技術や機材が整ってるんです。しかし――」


「……聴く環境は周囲の影響があっても、奏でる環境においては、周囲の影響が無いのでありますね?」


「アッハイ、そうです。それでまあ、中等部の内は構わないと思ってましたし、高等部入っても”私は巫女ですし”と思っていたら、――ほら」


 視線を向けた先で、喜美がその視線を避けるために上半身をスライドさせた。その向こうでフライド芋を食っていた左近が首を傾げるが、すみません人違いです。

 つまりは喜美や、他の連中だ。


「……何かいきなり、楽器の演奏とか、作曲とか出来るようになっている人達がいて、ちょっと驚いたんですよね。しかもそれが、私が”聴く”けど”演奏したことが無い”今の楽曲で」


 ああ成程、とナルゼは思った。


「……当時、アンタがいきなりバンドやりたい的な話を聞いたとき、私は驚いたわ。――同人誌のアイドルネタを自ら寄越してくれるなんて、って」


「それは驚きの意味が違いますのよ?」


 まあそういうものだ。だが今となっては何となく解る。


「――興味とか憧れもだけど、”自分に焦った”ってことね」


「アーまあ、このままで大丈夫な訳ないな……、ってのはちょっとありますね。このままだと、浅間神社の巫女ではあるけど、一般の人から離れていくというか」


 皆が、動きを止めた。ややあってから喜美が浅間の額に手を当て、自分の額の熱と比べた上で、


「クク、一般の人から離れて……、何!? 今の一般人は弓矢で戦艦落とすの!? そうなのね!? ヤダー、私、一般人よりもカースト下だわ……!」


「いや、喜美さんも相当だと思いますよ……! 自分、最下層民ですけど!」


「え!? 芯先輩は一般人でしたの!?」


 共食いの連鎖が酷いわね……、としみじみ思う。

 しかし、と己は言った。浅間に視線を向け、


「……アンタと音楽の関わり合いっていうと、初手がアレよね。中等部の音楽の授業で、皆がリコーダー用意してきたら、国宝級の規格外品を浅間神社の倉庫から持ってきた馬鹿がいて学校中が騒ぎになったって、アレ」


「あ、あれはいつも仕事でフツーに使ってるものだから、価値に気づいて無かったんですよ!」


「クワァ――! 推しの知らない過去が不意打ちで……! ハイ致死量の追加頂きました! 有り難う御座います! 有り難う御座います! ほらネイメア! 心がクチョクチョしてきませんか!? しますよね!?」


「御布団の上でくねくねしなくていいんですのよ!?」


 ただまあ、と浅間は言った。


「周囲が音楽活動とか始めてるのを見聞きするまで、自分にも、流行歌とか作曲とか、そういうことが出来るんだって、気付かなかったんですよね」


「ココ、……気付こうとしなかった、というのもあるのかえ?」


「アー、そうですね。”自分の雅楽”を護っていた、というのはあります。自分の仕事だから、神様の大事な事だからと、敢えて他を無視するようにしていたというか」


「あらあら、保守的な御自分の”気づき”は、どのあたりだったんですの?」


「そうですねえ……」


1:高等部の祭には、雅楽ではない音楽も奏でる、建前だけの”雅楽祭”が付き物であり、武蔵の流体管理などを行う浅間神社は、そういった祭に付き添わねばならない事。


2:浅間神社の仕事の中で、雅楽に親しんだ結果、弦楽器を中心に音階と奏法の理解が進み、自分の思った通りの音を出せるようになった事。


3:一年生の終わりの時。年度末の音楽祭で後始末をやっていた自分に、彼の方から、


「オメエも、こういうバンドとか、やらねえの?」

 と促しが来た。


「まさか箇条書きでスラスラ出るとは……」


「これは何度も思案した結果だよね……」


「いや、過去の記録が現代のダベりになってるので、進行早くしたいんですよ……!」


「というか最後のアレは、あの野郎、美味しい処を持って行きますねえ」


「――で? 最後の促しに、浅間様はどう応じられたのです?」


「……いや、それがよく憶えておりませんで」


「――複雑な問題だったのであります?」


「いや、確か巫女の仕事で武蔵の着港シークエンスを制御していたか何かで、アーハイハイ的に流しちゃったんですよね」


「もうちょっと色気のある回答はありませんの?」


 ココ、と最上総長が喉で笑ってこちらを見たのに、浅間は気付いた。


「――だがその最後の促しが、ちゃんと答えなかった分、記憶に残ったかえ」


「何か適当に応じた憶えはあるんですけどねー……」


「たとえばどのようなものでしょう」


「えーと、たとえば……」


「――いや、神社の仕事があるのでェ」

 

 とか、


「りゅ、流行歌と雅楽は違いますよっ」


 とか、


「で、出来ませんよ、やろうとしても」


 とか、


「――コレ全部言ったんじゃないの? アンタ言い訳多いから」


 右腕を振り上げて見せると、馬鹿姉が座ったままのムーンウォークでアデーレの背後に回る。彼女は盾を盾にして、


「カマーン!」


「え!? 自分、盾なんですか!?」


「違うの?」


 何気に一番酷い返しが一発目から出た気がする。ともあれ、


「まあそういう気づきとかもあって、何となく興味はあったんですが、引っかかりが多かったんですよね。メンバーを集める事もですが、私の思い切りの悪さとか、いろいろで……」


「いつものように、クラスを巻き込んでトーリ様が引っ張るとか、そういうのは無かったのですか」


「あの当時は、まだトーリ君もいろいろ考えてる時期だったので……」


 だからまあ、結論はこうなる。


「他のクラスメイトや、先輩達の準備を眺めつつ、またいつもの定位置である”見届け人”になっていくんですよね、って」


 いつもの自分。

 いつもの風景。

 代わり映えのしない、というとそのままだが、


「仕方ない、ですよね。

 武蔵という航空都市艦上、その生活が変化する事は、まず、ありません。

 暫定支配された極東の上。自分達は、”いつも通り”を、そうやって生きていくのが、当時の私達でしたし」


 言って、前を見る。すると皆が、真顔を向けていた。


 〇

「キャラが違うような……」


「ええ、何となくそんな……」


「意外……」


「言うと失礼だと思うのでノーコメント」


「シメにキツいのが来ましたね……!」


「クク、アンタのモノローグが長いからよ」


 まあそうでしょうね、とは思う。ゆえに自分は一息を入れた。


「じゃあ、とりあえず自分の方の”現状”や問題提起は出来たので、過去の記録の方に戻ります。いいですね?」


「……今回、いつも以上にテキトーじゃないかな?」


 いつも通りだと思います。ええ。


「そんな訳で、今日も巫女の仕事です!」


 さて、と息を吸い、いつもの、定まった生活を始めるために、己は言う。


「浅間神社が、代行と共に劇場艦・谷川城の流体整調に来ました!」

刊行シリーズ

GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでIV【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでIII【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでII【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTAきみとあさまでI【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTA喧嘩と花火の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTA縁と花【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTA祭と夢【電子版】の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX GTA狼と魂【電子版】の書影
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GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX HDDD英国編〈中〉の書影
GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン NEXT BOX HDDD英国編〈上〉の書影
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GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンIX<下>の書影
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GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンV<下>の書影
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GENESISシリーズ 境界線上のホライゾンI<下>の書影
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