境界線上のホライゾン きみとあさまでGTAⅡ

序章『上下の振り返り人』

「”そして夜は続く……”と、そんな感じですかね?」


「現実の方までトガキを書こうとしなくていいと思いますのよ?」


「でもまあ、そんな感じでスタートです!」


「じゃあ、始まりの部分を私が三人称で書いて、それから浅間スタートね。

 全員、飲み物や菓子は手元にある? ――始めていいかしら?」


「あ、チョイと失敬で御座る。いいで御座るか?」


「……話を始める前にちゃんと断りを入れるとは、少しは集団生活の中の自覚が出たようですね本多・二代。素晴らしいことです。

 ――で、一体何ですか」


「Jud.、結局今までどんな話だったので御座る?」


「…………」


「えーとぉ……」


「仕方在りませんね」


:一昨年の春。武蔵が安芸にて合同雅楽祭を行う時の事。

:本多・正純が武蔵に引っ越した直後。

:浅間神社代表が、雅楽祭に出ることとなった。

:浅間神社代表は、第五特務(当時は番外特務)と総長姉とバンドを組むためデートイベント中。

:一方で第三、第四特務(当時は無役)が配送業のランキング挑戦中。

:第三、第四特務は、”見下し魔山”のテスター権への挑戦について逡巡中。

:その時のことを皆で回想し、記録につけている。


「――このような状況が進行中です。浅間神社代表達の”バンド話”と、第三、第四特務の”挑戦”が並行で進んでいます。

 あと、逡巡は”しゅんじゅん”と読み、迷っていることを示します」


「聞きたい事を全て言うとは、流石は誾殿で御座る……」


「過保護だ……」


「一応、話の流れとは別で、GTAとしての特徴も示しておきますわね」


:過去の出来事を示す”節”は”●”でスタート。

:現在の状況を示す”節”は”○”でスタート。

:過去の回想中でも、可能な範囲で介入、ツッコミ有り。

:現状、当時そこに居なかった”御子息組(当時羽柴麾下)”や保護者組などが武蔵に観光で入っていますの。


「最後に言い訳を自ら書きおったな?」


「あらあら、最上総長だって、地味に恩恵に預かってますわよね?」


「と、ともあれそんな感じでスタートです!」


 武蔵の空が、淡いオレンジ色を帯びていた。

 午後が終わりに向かうのだ。

 そんな艦上から、少女達の声がする。

 左舷二番艦中央。

 表層部から、吹き抜け公園に降りていく階段の上からだった。


 まず一人。


「人の生活圏とはいえ、海の上だとステルスも緩めでいいですわよね。

 地面の上だとガチガチになって、いつも真っ白になってしまいますもの。

 ――その辺り、喜美はどうでもいいとして、智はやっぱり、浅間神社として障壁管理などしてますの?」


 問い掛けの先、背の高い黒髪が、そうですねえ、と前置きする。

 そして彼女は緑色の左目と茶色の右目で空を見上げ、


「……障壁関連は、技術系のチェックと、出力の予備プールの管理ですから、こういう緩い空だと仕事はあまり来ないですね。

 ただ、ミトの言う通り、この空は武蔵住民からは評判よくて、実は武蔵の方から、沿岸航路の際に緩めのステルスを保てる場所を検討して欲しいと、そう頼まれる時もあるんですよ?」


 へえ、とその言葉を受けたのは、茶色の髪を長く踊らせる姿だ。

 黒髪の右腕を抱いた彼女は、やはり他の二人と同じように空を眺め、


「フフ、この方がステルスの燃料代も安く済むし、場合によっては解除も可能だものね。

 外から来てる客にも喜ばれるんじゃないかしら」


 言っている間、階段を下りれば、吹き抜けから見える空が狭まっていく。

 区切られるようなクリーム色の障壁と流れ。

 そして、代わりというように眼下に見えていく木々の群や、


「――さて、ここが次の目的地、村山の中央吹き抜け公園ですわ」


 黒髪の手を引き、前に出る少女。

 頭の上に三つ首の小さな狼を乗せた、銀の髪の影が言う。


「とりあえず、今日のデートのハイライトとなるのがここですわね。智」


 ミトツダイラの声を聞きながら、浅間はその場所に足を踏み込んだ。


 ……デ、デートですよ……!?


 未知に対する焦りと、何をしたらいいかが解らない事による不安が、内心にある。

 解らなかったら喜美とミトツダイラに聞けばいいのだ、とは解っている。

 しかし、それをする事によって、


 ……デートの出来が悪いと判断されたら、バンド組むの無しになっちゃうんですよね。


 だから頑張ろう、と自分は思う。

 ちょっと無理してるくらいの方が、こっちの熱気が伝わっていいかもしれない。


「……うん」


 と、左手を握ってくるミトツダイラと、右腕に抱きついている喜美を引き、己は前に一歩を踏む。

 そして階段を下り、地下三階にまで至る二横町分の自然公園に踏み込んだ。

 すると、


「あ」


 一瞬。自分の周囲に表示枠が幾つか出た。

 セキュリティ系の内容だ。

 それを、ハナミが一括して消していくのが見え、応じるように喜美が苦笑した。

 彼女はこちらと表示枠を交互に見て、


「あまりこういう場所に来ないもんだから、アンタのセキュリティが反応しちゃって」


「昨日の非神刀があったから、人口密集地域はセキュリティを掛け替えたんですよ。

 管理権限として私の方に結構回ってきてますから、面倒ですけど権限者確認やり直しのところが増えてますね。

 だからほら、見て下さい」


 表示枠を一つ捕まえて見せれば、そこにあるのは、


《あなたが作った防護制御はあなたによーし皆によーし。

 あなたがあなたに承認する事をあなたはあなたにあなたなりのアプローチで許可出来ますよあなた。あなたはその時あなたにあなたの本心からどうしますか?

 →あなたらしく承認してもいいし、しなくてもいい》


「禅問答ですのコレ?」


「いや、IZUMO製OSが対応出来てないだけなんですけど、IZUMOはここら辺のを直さないで増やしてくるんですよねー……」


「あ。一応、ミトや喜美達も、昨日の事がありましたから、防護系の加護を追加で奏填してますんで、余裕があったら見ておいて下さいね?」


 と、笑みで言ってから、自分は気付く。


 ……ま、また技術者トークを!!


「新作の念仏パンを配達に来た途中ですが、そのくらいの浅間様だったら序の口楽勝いつもの通りでは?」


「な、流れのいいフォロー有り難う御座います……!」


 ともあれ、いつもの調子過ぎる自分に対し、思わず笑みが固まる。

 だが、どうしようかと思うと同時に、ミトツダイラの頭上にいるケルベロスが一つ吠えた。

 その声に視線を向ければ、小さな獣の頭の上にも、鳥居型の表示枠が三つ重なっていた。

 ミトツダイラが、自分の頭上と顔横に開いた表示枠に苦笑する。


「うちのケルベロスにも、加護を設定して下さってましたの?」


「え? あ、はい。

 放置のままだと各所のセキュリティに引っ掛かりまくる筈なので。

 走狗扱いという事で、昨日の戦闘後から掛けてました」


 今はこちらの権限確認が出たのに釣られ、経験の浅い加護OSが出てきてしまったという事だろう。

 ミトツダイラの承認履歴を参照するように設定していたが、こちらの方を上位権限者と見ているに違いない。

 だから己は、手早く権限の委任設定をミトツダイラに送る。

 それを彼女が承認すると、お互いと一匹の周囲にあった表示枠が消えた。


「こっちの方で状態など把握してますので、これでミトが何処に行っても、表示枠がパカパカ開く、という事はありません。

 浅間系列じゃない、旧派、改派関係の施設に行っても、防護鍵の現場設定で大丈夫ですので、いろいろ連れて行ってあげて下さいね」


 Jud.、とミトツダイラが頷くと、ケルベロスが一つ吠えた。

 自分の方ではハナミが一礼し、喜美の方でもウズィが彼女の頭に乗ってケルベロスに手を挙げている。

 可愛い光景ですね、と自分は内心で頷き、こう思った。


 ……ま、また私ったら技術者スキルを発揮……!!


 恐ろしい。

 これは間違いなく、長年にわたって身に染みついた浅間神社の仕事や宣伝活動の賜物……、否、弊害です。

 しかし大丈夫。

 今、木々の向こうでP-01sがフォローに行くべきかどうか反復横跳びでこちらを伺ってますが、まだ大丈夫。

 行けます。


「Jud.! いつでも御申しつけ下さい!」


 どうしたものか、と思っていると、喜美が腕を引いた。


「ほら」


 顎で示される先。そこには屋台が一軒ある。

 行列が出来ている訳ではない。

 しかし、人が必ず数人いる出店。それが、


「目当てのアイス屋よ。さて、私は何を頂こうかしら」


 ミトツダイラは、浅間の手を引いた。

 短い列に並び、一息を入れる。

 すると浅間が同じように息を入れ、しかし、身を微かに堅くした。

 人気の店だ。


「――Jud.! パンのアイスを配達しに来ました!」


「勢いがいいですわね? アイスを挟んだりするためのパンですの?」


「いえ違います。パン味のアイスです。チョイとトーストの焦げ目などもリアルに再現で、一口舐めると”パンン……?”と言いたくなる感じのイースト臭!

 派手な味のアイスを喰った後で自分を軽く初期化したい時にオススメです!

 他、こちらには”米アイス”や”酢飯アイス”や”Mアイス”もあります!」


 Mが何だか聞く気になりませんでしたの。

 ともあれこちらは浅間の手を引き、行列に並ぶ。

 表見では解らないが、こちらの手を握り返す浅間の力は、緊張の二文字を示す。

 多分彼女は、このような店に並ぶ事もだが、


「アイス、初めてでしたかしら?」


「え?」


 あー、と浅間が、眉を下げて小さく笑った。


「ええ。昔に、ちょっと、食べそびれて。それ以来」


「じゃあ、ホントに、初ですわね」


 と自分は頷いた。

 事情有り、というところだろうか。

 浅間がこのような店に並ぶのは不慣れだというのは、今気付くまでもなく、これまでの生活から解っている。

 何しろ浅間は、


「財布……、持たないですわよね、智って」


 話を逸らすように自分は言った。

 すると、浅間も眉を上げ、笑みを改めて得た。


「そうですねー……」


「通りすがりの観光客だけど、どういうこと?」


「興味あり」


「え? ええ、はい。

 えーと、財布は落とすと面倒な事になりますし、物々交換の御店でも店主さんが神道奏者なら、仲介代演含みで何とかなりますから」


 つまり完全に物理的金銭から離れた生活だ。


「え? じゃあ浅間さん、不良に絡まれて”オイちょっとジャンプしてみろよ”って流れになっても、小銭の音とかしないんですか!?」


「胸だけ揺れるわね」


「――いいんですかそれで……!

 ――あ! すみません。

 今、訓練終わるあたりで通りかかって、観光客の人も含めてマジ語りになってしまいました」


「というか智が不良に囲まれるということ自体が無いのでは?」


「ほら! 浅間、上下にジャンプ! ジャンプ! モッシュよ!」


「わ、わあい! わあい!」


「ア――! 微妙にMURIしてる感も最高です!」


 観光客にウケがいい友人達であった。

 ともあれ、財布という存在は、貴族や商人にとってはその存在自体がステータスにもなるため、金持ちでも財布否定の生活をする事がない。札束や貨幣の山、目に見える金払いの良さは、それだけで身分を示すものなのだ。

 浅間がそれを行わないのは、


 ……神職ゆえ、他者からの預かりものや、穢れの原因ともなるものを省きたいんですのね。


 無論、それだけではないだろう。

 何しろ、浅間は、金の心配をしなくていい身分の人間だ。


 ……神道の、それもメジャー神社で、武蔵の管理してますものね-……。



「ミト、どうかしました?」


 いえ、と答えて見る浅間は、いつもの笑みだ。

 彼女を見て、何不自由無く、という風に感じる者もいるかもしれない。


 ……確かに。


 自分から見ても、浅間の生活には、不備があるように見えない。

 浅間は、食事を自炊派としているが、自分や喜美達用に作ってくる弁当類の中身は武蔵発の食材だし、着ているものもくたびれがない。

 金も、仕事の経費とは別で、月の小遣いは親から得ている。

 が、それも”自分以外のため”であるならば、親との相談付きで、要時の限度額は無くなるらしい。

 無論、浅間神社は商人ではないので”金で解決”のために金を用いる事は無いのだが。

 ただそうやって無制限な自分を、浅間は自ら律している。

 そんな彼女を、己は、嫌味ではなく、上品だと捉えている。


「それ! そういうの普段からアピールしませんかミト!」


「いきなり品が無くなりましたのよ」


「ハイ、推しによる推しのリスペクトを確認したので、私の本日の魂の営業は終了させて頂きたいと思います」


「豊! 真顔のまま動かなくなるとちょっと怖いですの!」


 観光客がいろいろ騒いでますの。

 しかしまあ、と己は思う。


 ……智は、そういったものを、ただ与えられて得ている訳ではないんですのよね。


 役目を得て、仕事をしているのだ。

 武蔵の管理であり、神道の担当である。

 浅間神社第二位という立場にいる以上、現場の人間だ。

 神事の場や、武蔵の通神や流体経路の管理という仕事を、小等部の頃から彼女はこなしている。

 特に後者は、突発的な事態も起きるため、浅間の日常は武蔵の存在に縛られたような部分がある。

 よくもまあ、自分達と付き合って時間を潰してくれると思うが、


 ……お父様が、頑張っておられますものね。


 浅間の父については、時折、見る。

 浅間神社の通販番組で、妙なイントネーションで、


「はあい、今日の、ご・しょ・う・ひ・ん・わああああ!」


 というのは、小等部くらいの子供達がよく使うネタだ。

 何処にそんな余裕が、とも思う。

 だがCM撮影の時などは大体が喜美達に手配をして任せたりで、


「はあい、今日の、ご・しょ・う・ひ・ん・わああああ!」


「うわ、似てる……!」


「やらなくていいんですよ! ここで!」


 浅間神社でやるのはいいんですの?

 ともあれそんな風に負担軽減しつつ、娘の友人付き合いを促進しているのだろう。

 自分も先日、撮影を手伝わされた憶えがある。

 気が付くと浅間神社の泉で効能書きを読まされていたが、会員制で一年間フリーパスなんて、それでいいんですの報酬。

 ただ、そんな浅間にも、明確な負担がある。

 浅間の母は、既に亡いのだ。

 小等部の頃、一度だけ見た事がある。今の浅間に似て、


「――――」


 確かに巨乳だった。


 いえ、と己は思った。

 ええ。

 一児の母となれば、巨乳は当然。

 ええ、うちの母、――あれは元から規格外だったようですけど、


 ……ふふ、私ったら何を背伸びして上を見てますの。ふふ、ふふふ……。


「ミト! ミト! どうしたんですか俯いて!」


「いえ、別に……」


 顔を上げて智を見れば、いつも通りだ。

 いつもの背丈から、いつもの笑みが来る。

 何不自由無い訳ではなく、何も変わらぬいつもの彼女。

 いろいろと負担は有り、自己の規律を真面目に守ってきているけど、


「智」


 バンドをやりたいと、いきなり言い出して、流れとは言えアイスまで食べに来て。

 だが、随分と変わった、とはまだ言えない。

 変わろうとしているのか。

 それとも、試そうとしているのか。

 はたまた、


 ……ストレス溜まっていて、発散したいだけではありませんわよねー……。


 内心で俯いてしまったが、自分は口を開いた。

 きっと、浅間は、日々の全てをいつも通りとしつつ、きっと、


 ……違うものとして、捉えていきたいのでしょう。


 だから、自分は言葉を作った。


「アイスの頼み方、解ってますの? 必要なら伝授しますのよ?」


 ……頼み方!?


 そんなものもあるんですか、と浅間は息を呑んだ。

 一瞬狼狽えてしまったが、嘘をつかない事を代演としている自分にとって、ここでその違反基準を試す意味もない。

 左右の二人の方がこういう場には慣れているのだ。

 だから、こちらは教えを請う形で、


「どのように頼むんですか? やはり、まずは頂く事への祝詞をあげたりとか!?」


「フフフ、そんな必要無いのよ浅間。

 いい? まず、前提から言うと、アイスはね? 棒とカップなの。

 舐めるために棒をカチカチに硬くしたものか、舐めてこね回すためにミルク系をたっぷり詰めたカップの、どちらかを頂くの」


「即断しますけど何か騙そうとしてませんか喜美」


「やあねえ、そんな事無いわよ。

 でも興味湧いてきた!? 来たわね!?

 そうよ浅間もう貴女はアイスの虜。

 なめなめコネコネするといいわ! いいのよ!? ほら、この指を棒だと思ってしゃぶって御覧なさい!

 ん~、セルフでするけどおいちい!

 昼に食べた浅間弁当の汁が爪の間にちょっと残っていて煮豚って感じ!

 豚のようだわ! どう!?」


「ミト! ミト! 私両腕塞がってるんで、この馬鹿本気で殴打していいですよ」


「え!? 外注!? いいわ! ええ! 豚のように優しくぶつのよ!? ロ――ス!! いえやっぱりここはポークね! さあ、この御尻を木魚ドラムのようにポクポク叩いて筋切りするのよ!」


 肉系の叫びに、ミトツダイラがさっぱりした笑みを返してきた。

 彼女は一つ頷き、


「私、利き手が塞がってますの」


 そう来ましたかー、と思っていると、右の狂人が小さく笑った。


「じゃあ浅間、話を聞いてくれる?」


「え? まだ続くんですか」


「ええ。だってまだこっちは前提しか話してないのよ? 本論聞きたい!?」


「いえ別に」


「そうなの!? じゃあすぐに秘訣を教えないと駄目ね!」


「何故?」


 言うと、吐息した喜美が、こちらの耳に唇を寄せてきた。


「あのね?」


 ミトツダイラは、喜美が浅間に何かを囁くのを見た。


 ……何を?


 半人狼の耳でもよく聞き取れないほどの声は、ある人の名だった。それは自分もよく知るもので、


 ……我が王?


 どういう事かと思っていると、アイスの順番が来た。

 すると、浅間が不意に、


「あの、ミト」


「――え? な、何ですの?」


 振り返った先で、ええ、と浅間が頷いた。

 彼女は眉尻を下げた笑みで、


「私、やっぱり今は、アイス、パスで……」


 どういう意味かは解る。

 自分はアイスを取りやめにするから、ここは任せると、そういう事だ。

 だが、


 ……どういう事ですの?


 先程の喜美の一言だろう。

 それが一体、何だったというのか。


「喜美?」


 見れば、喜美もこちらを片手で拝むようにしている。

 ゴメン、と言いたげな仕草だ。

 しかし彼女はすぐに眉を下げた笑みを作り、


「おごってぇ~ん」


「タ、タカる気ですのね!?」


 言ってはみても、既に順番が来ている。

 だから己は、迷ったものの、


 ……訳あり、なんですのね?


 自分とて、多くの訳ありを抱えた身だ。そして浅間達に支えられ、見守られ、触発されて今までやってきた。

 どんなに小さい事であれ、それを忘れる自分ではない。

 だから己は前を見た。屋台のカウンター、その向こうにいる店主に、


「バケットに詰めて頂けません? チョコ薄荷と焦がし醤油に焦がしキャラメルに、――今のお勧めは何ですの?」


「Jud.! ”幼女の手作り蜂蜜味”ですよミトツダイラ君!」


「何で御広敷がいますのー!?」


 ミトツダイラは、頭上のケルベロスが吠えるのを止めもせずに前を見る。


 ……何でこんなところに御広敷が?


 と、応じるように、御広敷が烏帽子型の調理帽を被り直した。

 彼は腰に手首を当てて、胸を張ると、


「小生がいるも何も、ここは小生が出資した店ですからね!

 小生、この店舗経営には口を出しますよ!

 何しろ、アイスならかなり思いつきで味を作れて商品に出来るし、楽しいったらありません! 幼女もたくさん! 言う事ありませんねえ」


「チェンジ! チェンジですのよこの店主!

 要するにここ、御広敷傘下でしたのね!?」


 ふふふ、と御広敷が、防水和紙で出来たバケットに手慣れた動きでアイスを詰めていく。


「どうですか、この幼女達の期待の視線に応えられるよう、全く迷いなくアイスを掬って行く動き!

 深夜に砂鉄詰めたバケツを相手に訓練して手首傷めただけはあるでしょう?」


「傷めただけで鍛えられはしてませんのね?」


 まあまあ、と言う彼に、喜美が声を飛ばした。

 彼女は、つまらない、という口調を隠しもせずに、


「他、バイトは誰かいないの?」


「Jud.、基本、小生は十一歳以上の質問には心が腐るので答えないようにしてますが、スガさんが今日は後から入りますね」


「副長が?」


「Jud.、副長も可愛いもの好きなのか、女の子やカップルを見て、不意にポエムを呟くような方ですから、ここのバイトが気に入ってるようで。

 ただ、小生とは信仰が違うので、時折お互いに蔑むような視線を送り合う時がありますね」


 はあ……、と、副長の知られざる実態に呆然を感じるこちらの横。

 浅間が、そうなんですね、と納得の色が見える頷きを作っている。


 ……智は、副長について何か知っているんですのね。


 ただ、こちらとしては疑問がある。

 副長ともなると、日々の活動や修練のための”維持費”がそれなりに出る。しかし、その上でバイトも入れるとなると、


「副長、何でバイトを? 何らかの趣味を満たすためですの?」


「そうですねえ……」


 御広敷は、やや迷ったようだが、小さく言った。


「将来、というやつですよ」


「将来?」


 Jud.、と御広敷が頷く。


「スガさん、師匠が下をうろうろしてるそうで。

 師事と修行のために、下を回る資金を作ってるんです」


 下、という言葉に、浅間は特殊なものを感じる。何しろそれは、


 ……下界と呼ばれる、極東本土の事……。


 自分自身が、武蔵や契約者の管理のため、武蔵を離れる事がなかなか無いからだろう。

 揺れない大地。

 本来、自分達が住むべきだったところへの特殊感は、確かにある。

 これは、ミトツダイラ達も同じだろう。


「ただ、武蔵の住人が下で生活するのは大変事ですよね……」


 地上。

 そこは各国がひしめき合う場で、国家間の移動は検閲があり、戦争があり、また、獣達や怪異という外敵も多い。

 だが、


 ……修行と言うと、そういう現場や難所に行くんですよね。


 無論、地上側でも、主となる交通路や水源地などは神道側で整備をしている。

 主街道やその上にある街を移動していくならば、武蔵上と変わらぬレベルの安全が得られるだろう。

 だが、


 ……歴史再現による戦争はありますし、怪異もありますし、いろいろ制約ありますよね。


 地上は、各国によって暫定支配されているのだ。


『ちょっと居室の方でリアタイの記録を見ていて思いますが、武蔵の住人からは、やはり本土側が危険地帯というか、自分達にとって安全ではない場、という扱いなんですねー』

『そういうものか……?

 武蔵の方が、ここで生活する前は”いつか落ちるんじゃないか”というイメージであったが』

『まあ住んでみんと解らんわな。

 自分も里見というと犬が走り回ってる海辺の土地というイメージやったけど、しばらく滞在したらその通りで驚いたで』

『酷いオチをつけに来ましたねー……』

『いやまあ、ホント、その通りだからな……』


 ……ともあれ極東人は大変なんですよね。


 極東人というだけで通行税や、各国施設の利用制限や進入禁止を受ける。

 神道の自分ならば、越権としてそれらを超えていく事も可能だが、


「副長、神術系は苦手なんでしたっけ。

 神職の一般上位権限を持っていれば、神道技師として地上側の行き来も楽になると思いますけど」


「副長、完全に体育会系ですもの」


 歌詞の制作やここでの話を聞く限り、実は文系なのではないだろうかと思うが、詮索はしないでおく。

 ただ、


「先輩達も、やっぱり、卒業後をもう考えているんですね」


「Jud.、小生が聞いた話によると、第一特務の渡辺先輩も、スガさんと同じ師に付いていたそうで。やっぱり下に行くらしいですな」


 新情報ばかりだ。

 成程、と思っていると、御広敷がミトツダイラに和紙バケットを差し出した。


「ともあれどうぞ。

 一応、飲み物も付けておきましょう。

 幼女達にここを宣伝しておいて下さい。

 いいですね? お願いですよ? 絶対ですよ?」


「アンチエルダーを探すとしますわ。

 あ、あと、他にも幾つか付けて頂きますわね?」


 と、ミトツダイラが吐息でバケットを受け取る。

 そして彼女はこちらに促しの笑みを向け、


「向こう、テーブルセットがあるので行きません? 日暮れになるまで一息で」


「アー、ハイ……」


 と自分は力の無さを自覚の上で、ミトツダイラに頷いた。


 ……折角のデートで、アイスを頂く予定を立てていたのに、それを止めてしまってすみません。


 ……気にすることありませんわよ。


 そういうものですの。


 ……気にすんな!!


 ……ええ! 人生、何事も気にしたら負け! そのつもりで!!


 ……貴様は少しは気にした方がええぞえ?


 凄い念話が飛んでくる。

 ともあれこちらとしては罪悪感が少々ある。

 だから、


「あの、ちょっと、私、向こうのインフォメーション用鳥居でこの公園と周辺の権限調整してますから、先にアイスとか食べてて下さい」


「フフ、食べられないけど美味しそうなものを見せびらかされると、手を伸ばしたくなる?」


「そ、そんな事ないですよう」


 助け船だと理解の上で、己は喜美に眉を立てて見せる。


「禊げば食べられないものはありません。

 ――これでも制約とか縫って、食べたいものは食べる主義ですよ?」


「さて、このあたりで私とミトツダイラが浅間のアイス話題について情報交換するんだけど、その前に誰か、出番欲しいの居るかしら?」


「あ、私、私。

 セージュンと、この時間帯に会ってるね。

 しかもこの吹き抜け公園のテラス部分」


「え? そうだったか?」


「Jud.Jud.、安芸側との貿易があるから記録が残ってるんだけど、ちょっと擦れ違うみたいな感じで会ってるね。

 ――だからそこ、行ってみよう」

刊行シリーズ

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