境界線上のホライゾン きみとあさまでGTAⅡ

第一章『初めての御気遣い』

「――で、正純としては、これからどうする気?

 偶然会ったのも縁って事で、これから食事でもどう?」


「いや、これからバイトの面接と、父親の仕事の書類を受け取りに行くんだ、オーゲザヴァラー。構わないでくれ。

 大体、あまり人の世話になる性格でもないしな、私」


 吹き抜け公園を見下ろすテラスの上。

 紙包みを持っていくのは男子制服姿の黒髪、正純だ。

 彼女は時折、制服の着こなしを確かめるように肩を捻りながら、


「付いてきてもあまり意味ないぞ?」


「嘘々。バイトの面接って、暫定議員の誰かのところに行くんじゃないの?」


「いや、武蔵野の小等部だ」


 は? という声と応じた顔を、オーゲザヴァラーがする。


「将来、政治家希望っしょ? お父さんも暫定議員だし、もっとコネ作ろうよ!」


「あ、ヤバイ、GTA馴れてないから話主が誰か解らない書き方からスタートしちった。

 私ってことで宜しく」


「あ、大丈夫です。

 気にならないんで」


「豊? 推し以外への反応が虚無になるのは流石に失礼ですのよ?」


「いや? やはり母さんや父さん達の関係となると、虚無であっても、そこらへんの有象無象の虚無どもとは違う扱いですよ?」


「……何語です?」


「というか思い出した。

 ――何かこの頃のオーゲザヴァラーは、やたらとまとわりついて来たよなあ」


「正解だったっしょ?

 ハイディさん、見る目あるんだなあ、コレが。

 そんな感じで再スタート!」


 ハイディとしては、正純に対しては良い金の匂いを感じていた。


 ……うちのクラスで、明確な政治クラスタだもんね!


 充分につきまとう意味がある。

 ゆえに自分の方も、


「セージュンと親しくなったら、商人達にも明るいコネを御紹介~!

 将来のお互いのバックアップのためにもさあ」


「全く包み隠さないのは武蔵の芸風か?」


 どーかなー、と笑うこちらにに躊躇い無い半目を向けながら、正純が行く。

 彼女の足の向く先は、吹き抜け公園の上を渡る橋だ。


 村山の左舷側から、中央艦である武蔵野行き。

 ならば村山の中央にある吹き抜け公園を迂回するより、この橋を渡った方が早い。

 テラスの手摺りを伝うように歩きながら、自分は先行する正純についていく。

 すると正純が振り返り、


「おまえ達、仕事じゃないのか?」


「え? 仕事してるよ? 今はエリマキに巡回させてる時間だから、私が外で、シロ君が事務所にいるの」


「どういう事だ?」


「えーと、私が移動の中継局。私から――」


 言っている間に、こちらの首にあるハードポイントパーツから、白の狐が出た。

 狐はこっちの頭の上に乗り、正純に右の前足を上げる。

 お? と正純が戸惑いつつも右手を挙げると、その手に表示枠が来た。

 朱の色の表示枠。

 その画面の中では”○べ屋”の文字と住所や、白狐の顔と”次期会計候補”の文字が躍っている。しかし、


「あ」


 正純の手元で、いきなり表示枠が砕けた。


「え?」


「え?」


「何で今、表示枠壊れたんだろ? 折角の宣伝用なのに」


「お前の信心が悪いとか、そういうのか?」


「自覚はあるけど、流石にそこまでは……」


 ……念話でヒントを伝えますが、正純の武蔵における氏子登録が、まだ試用期間中だからですね……。


 成程。


「セージュンの氏子登録が完全じゃないから、こっちが送った表示枠を受け取れなかったってことかな?

 何で正式登録してないの?」


「浅間に勧められてはいるんだが、定期的な出費を行えるだけの金がなくてなあ」


「お父さん、厳しい人?」


「最低限の衣食住は面倒見るが、学費から何からは自分で出せって」


「じゃあ普通だね」


 だよなあ、と正純も首を下に落とす。


「武蔵の連中は自活能力が高すぎるよ」


「携帯社務は?」


「必要な時に父が貸してくれる」


「たとえば?」


 Jud.、と正純は頷いた。


「うちで夜に会合してる時には、二時間ほど外で食事なり何なりしてろと追い出されるんだけどさ。

 帰る前には必ず一報入れろとか、そんな感じだ。

 それで帰ると、皆、帰り支度で家から出るところで、一瞥程度だな」


「よーし皆! 今日は上手く都合がついたから正純にはチョイと空けて貰って急ぎの鑑賞会だ! 猿犬合戦アニメ”Oh! 人気!”の1~5話までを突っ走るぞ!」


「ノブタン! ノブタン! 一話24分ですが、既に正純君が帰るまで二時間切ってるので5話完走は無理かと思いますぞ!」


「大丈夫だ! 最近の正純は武蔵に詳しくなって立ち寄りで帰りが遅れる! ほら既に一話目の未完全OPが流れ始めたから斉唱しまーす! ”シバ氏のシバはシバきのシバで シバの女王は無関係――!”ほらついてこい!!」


「そっちの御父さんは保守性が厳しいねえ」


 と、言っている自分の頭上で、白狐の走狗エリマキが辺りを見回す。

 と、エリマキの周辺に幾つもの表示枠が生まれ始めた。

 己はそれを小さく縮めていきながら、


「アサマチは、補助してくれてる?」


「とりあえず、必要な分と、私の予算で、可変的に保護を組んでくれてる」


「アサマチ、気には掛けるけど必要以上のお仕着せはないからね。

 ただ、そんなアサマチの方から呼びかけて来たら、それはホントに重要だったり必要なことがある時だから、聞いといた方がいいかな」


「浅間神社の跡取りか……」


 正純が、呟きながら、空を見上げた。


 正純は、三河から武蔵に来て、まだ一月ほどしか過ごしていない。

 元は三河にいた。


 ……母が、”公主隠し”という神隠しに遭って――。


「……既にそこらへん解決してるから、端折るか」


「ワーオ、現実的ィ」


 ぶっちゃけこの時期、かなりメゲてる。

 自分の身体の事とか、母が居なくなったこととか、父の厳しいこととか。

 そんなこんなで一ヶ月だ。

 ようやくに、厳しい父の性格や物言いに慣れ、その理由が暫定議員というシビアな世界に属しているからだという事も理解出来た。

 その間、


「……浅間には世話になったなあ」


 武蔵に乗り込んだ時、検疫や通神、仮の氏子登録などの手続きをマンツーマンで行ったのが浅間だった。

 自動手続きで済ませなかったり、他の契約担当者が来なかったのは、既に転入先のクラスが決まっていた事や、暫定議員の家族という事もあったがためだろう。


「ちょっと下の方で声をあげるけど、正純が来た時期の事はGTA”祭と夢”にまとめたのよね!」


「だよね! GTA”祭と夢”、まとめるの大変だったねえ!」


「何か宣伝くさいですのよ?」


 下がうるさい。

 しかしまあ浅間のことだが、こちらの入艦手続きの時、巫女服で対応された事もあり、年上だと思っていた。

 まさか転入した先の教室に入った時、挨拶する自分に軽く手を振っているとは。

 驚くとか、そういうレベルのものではない。

 何しろ浅間神社は、神道大元のIZUMOとの窓口になっている。

 武蔵の機能の一つとも言える神社だ。

 浅間自体も、それらの管理を行っており、政治家で言うと大臣クラスの存在と言える。

 暫定議員の家族としては、そんな人材が身近にいるというのを事前に知っただけで緊張したものだが、入艦対応の巫女がそれだったというのは参った。

 おかげで動揺して、用意していた軽いギャグを滑ってしまった。


「……御免、セージュン、一ヶ月前のことだけど、憶えてないや。

 何言ったんだっけ?」


「Jud.、転入生だが、年度の変わりで入ったからな。

 だから”年度の変わりだけに、憶えておいてクレイ? とか言って”と。

 ほら、年度と粘土を掛けた訳でな?」


「ハイ! 次の方どうぞ――!!」


「正純様、配達途中でツッコみますが、集団の前で出していいものと悪いものがあって、それはどちらかというと全く駄目なものです」


「どちらかというと厳しいな!!」


 ……あの冷たい沈黙とまばらな拍手は、いつか払拭せねばな。


 ただ、初期の間、教導院の案内やクラスの皆の紹介というか、仲介に立ってくれたのは、浅間やオーゲザヴァラー、葵の姉弟やナイトや、


 ……否、全員と、そう言うべきかもな。


 おかげで、今の自分の立ち位置は、お互いに”何かあったら声を掛ける”仲になっている。

 大体は葵の馬鹿な発案に付き合うかどうかだ。

 そして結局は、断る事になるのだが、その際に規律や法的な根拠を持ち出すと、皆が真顔で、


「新鮮だ……」


 とか言うので始末が悪い。

 だが、浅間もよく考えたら風紀委員だそうだし、浅間神社の第二位だから取り締まりに関与する側だろうに。

 目付役のように一緒になってやっている。


 不思議な場所だ。


 ……馬鹿がいるだけなら、馬鹿の場所で済むが、責任者権限まで持つ人間が一緒となると、カオスとしか言いようがない。


 そんな武蔵の空気に、自分は戸惑っているのだろう。


「オーゲザヴァラー」


 吹き抜け公園の上を渡る橋に身を送りながら、言う。


「お前らの距離感って、不思議だよ。

 そう思う」


「……本当に、そうですね……。

 あ、私、観光でも来れない設定なので、幻影で御願いいたします」


 誰か知らん幻影が消えていった。

 ともあれ言葉を作り、向ける視線は、しかし商人ではなく、吹き抜け公園の方に奪われた。


「……ん?」


 眼下。

 夕の色に染まり出した自然公園の中を、歩いている影が三つある。

 あれは、


「あれ? アサマチにミトに、喜美ちゃんか。お金になる匂いがするなあ。

 あ、でも、何だろ?」


「何が、だ?」


 Jud.、とこちらの後を付いて来たオーゲザヴァラーが、下を行く三人を見てこう言った。


「アサマチがアイス……、食べないかな? 何か言い訳や解釈見つけたのかな?」


「? 代演か?」


 問うと、オーゲザヴァラーが手を左右に振った。


「いや、そういう訳じゃなくって」


 横に並び、右の掌を上に差し出してきた。

 意味は解る。

 だからこちらは、


「金は無いぞ?」


「情報欲しくないの? アサマチの大事な過去に関わる事だよ?」


「じゃあそれを聞かなかった事を、浅間に対しての信用を得るための交渉カードにしよう」


 うわ最悪、と商人が口を横に開く。

 が、己は面接に行くための足を速めた。

 眼下では、浅間が公園内にあるインフォメーション用の鳥居の前に立ち、表示枠を開き出していた。

 何か調整の仕事を行っているのだろう。

 そんな彼女と距離を取るように、葵姉とミトツダイラが立つ。

 二人がバケットのアイスをウエハースの匙で取って食べているのとは別で、浅間が何かを口にする気配は無い。

 その理由は、仕事を見つけてしまって忙しいというだけではなく、


「恐らく訳あり、なんだろ?

 浅間の事はよく知らないが、アイスを食べないようにという、約束みたいな事をした訳だ」


「――誰とだと思う?」


「葵姉弟、またはそのどちらかだろ。

 親しいのが誰かくらいは、一ヶ月で解ってるつもりだ」


 自分は感想した。

 浅間神社の第二位という浅間であっても、


「アイスを食べない約束を守ってるってのは、不思議な話だ」


 ミトツダイラは、喜美の言葉を聞いていた。


「――まあ、昔の事ね」


 彼女は仕事中の浅間に目を向けるが、背を向けたまま作業している向こうは、気付いている節がない。

 ゆえに、という訳でも無いだろうが、喜美が敢えてこちらに身体を向け、お互いにアイスのバケットを挟む。


「昔、馬鹿な男の子が真面目な女の子を祭に誘ったの。

 でも、真面目な女の子は、祭の手伝いをする側だったから断ったの。

 それでも男の子は、祭の終わり際に女の子を連れ出して祭の中をうろうろしたけど――」


「もう、ほとんどの屋台は店仕舞い。そんなところでしょう」


 Jud.、と喜美が苦笑した。

 彼女はふと、夕の色に染まるステルス防護障壁の空を見上げ、


「でも、運良くアイス売りの屋台があって、そこで一息。

 だけど女の子の方は、お金持ちだったけど、小銭を持っていなかったのね。

 それに食べた事無いものだったから、どうにも遠慮気味。

 それで男の子は、自分で彼女の分も買って、半ば押しつけたんだけど――」


「どうなりましたの?」


「女の子は、慣れてなくて、コーンに入ったアイスを落としてしまいましたとさ」


「――――」


 無言となったこちらの眼前で、浅間に視線を向けた喜美の横顔が笑う。


「遠慮して、嫌がって、押しつけられたから捨てた、と、そう見えかねなかったからじゃないかしら。

 女の子は必死に謝って、でも、男の子はちょっと違ったの」


「違う?」


 自分の知る”男の子”は、確かに”それ”を許さないような人間ではない。

 ならば、


「……一体、何をしでかしましたの?」


「簡単よ。自分のを女の子に押しつけて、――落ちたの食おうとしたわ。

 その女の子の手から落ちたなら、禊祓出来てるから大丈夫だろって」


 ……相変わらずですわね。


「私、三秒後に尊死するので誰か支えて下さい」


「変な二次熟語作って何言ってますの……!?」


 何か観光客が騒いでいるが気にしないこととする。

 だが、先ほどの喜美の話をそのまま飲むと、矛盾がある。

 何しろ、


「智は、アイスを食べた事が無いんですのよね?

 だったら、新しく押しつけられたそれは、どうしましたの? 誰が処理を?」


「賢い女の子が食べたわ。

 だって、男の子が拾い食おうとしたのを、女の子は止めたから。

 そして、”自分だけじゃ駄目”って言って、押しつけられたの食べようとしないから」


 だから、


「――だから、それを見かねた賢い女の子が、誰も手をつけないのを食べて丸く収めてやった訳。

 あ、言い忘れてたけど、その女の子が遠慮するからってんで、男の子はその場にいた皆に奢ったのよ?」


 こっちもこっちで相変わらずだ。

 だが喜美が、一息を重ねて言葉を繋げた。


「男の子はこう言ったの。

 ”今度、お前が俺に奢ってくれよ。お前の分とで二人分”って。

 そして女の子は、こう返したの。

 ――”うん、それまでアイスは、我慢しておきます”って」


 やれやれ、と喜美が離れたところにある浅間の背を見る。


「食習慣的に食べないものなんでしょうけどね。

 だけどその機会はなかなか無くて、皆大きくなっちゃって、約束だけ宙ぶらりんで、女の子はこう思ってるんじゃないかしら。

 “もし、彼に今更この話をしても、忘れられてるんじゃないか”って」


「――忘れてないと思いますわ」


 こちらの即応に、喜美が眉をやや上げて笑った。


「フフ、そうね。

 だからアンタも騎士道からチラチラと王様見てるし、忘れられたんじゃないかと思えば憤るのよね。

 ――忘れられてないと思っているからこそ、の怒りだもの」


 だけど、


「その女の子の内心を推測したって、占いでしかないわ。

 ただ、ここのところで、”変わった”かと思ったら、そんな事一切無くて素敵よ。

 だって……」


 だって、


「私も思うもの。――その男の子だって、忘れてない、って」


 成程、と頷いた上で、ミトツダイラは言葉を重ねた。

 頭上のケルベロスと共に軽くうなだれながら、


「そう、……でしたの。そんな事が?」


 自分は喜美に頷きつつ、やや離れたところにある浅間の背を見た。

 インフォメーションの鳥居から、権限関係などの設定を一括して行っている浅間に、こちらの声が届いている風は無い。

 だからという訳でもないだろうが、喜美が小さく笑って、


「忘れて気楽になったかと思えば、やっぱり最後ガチガチよねえ。

 あれ、私が何か言わなくても、いざ食べる段で辞退してたと思うわ」


「だからこその智だと思いますわ。

 そんな約束をしていたなんて」


「約束と言うよりも、一方的な宣言よ。

 だから代演の制約のようにはなってない筈」


「……私がここに誘ったの、失敗でしたわね」


「フフ、そう思うなら私が止めてるわよ」


 喜美が、はっきりと告げた。


「――いい事じゃない」


「いいこと?」


「Jud.、皆が変わっていこうとする中で、何が重りになっているのか、守るべきなのか、把握しておくのはいい事よ。

 後々になって、自分は昔のままだったと、そんな風に気付くより遙かにいいわ」


「それは、変わっていく事がいい事だと、そう信じてるもの言いですのよ?」


 変化が”いい”とは限らない。

 荒れた過去のある自分にとっては、


「……悪い方に変化する事だってありますの」


「あらあら、いい結果になった事を、自分だけのものにしたいの? 騎士様は」


 喜美が横目をこちらに向けた。

 そして彼女は口元に手を当て、


「悪い変化を転じて福と為す。

 ……神道における禊祓の方法の一つよね。

 死体や汚血が祓われる事で新しい神に生まれ変わったり、神の言う通りに死体や汚物を保管したら、それがいつの間にか金塊や財宝に変わっていたりと。

 ――荒れた狼は、どうして騎士になったのか、そのプロセスを他人に明かすつもりはないの?」


「あ・り・ま・せ・ん・わ」


 王と騎士の関係というものだ。

 他人の関与は存在しないし、騎士以外の者が聞いたところで物語にしかならない。


 ……私の場合は――。


 悪いままではなかった。


 自分は憶えている。

 ”それ”を許さないとでも言うように、引き戻してくれる人がいたし、戻った自分を支えてくれる皆がいた。

 だとすれば、


「……今のコレも、持ちつ持たれつ、というものでしょうかね」


「ククク、今度は私達が支える番ですのね! ってくらいは、犬みたいに目を輝かせて言いなさいよ」


「そこまで私もまだ戻り切れてる訳ではありませんの。

 ――何しろ、まだ騎士の務めを果たしていませんもの」


「Jud.、そうねえ。

 まだまだ仰向けさらして腹撫でてもらったりしてないし、毛繕いもしてもらってないし、座り込んでの餌付けもまだよね」


「犬ではありませんのよ……!」


 頭の上のケルベロスが吠えるのと一緒に言うと、浅間が戻ってきた。

 軽い足音に、朝揉んだ重量物が揺れて、


 ……あ、意外と左右に可動しますのね……。


 上下揺れは極東学生の中でも結構見る気がする。

 しかし、横揺れとなると、


 ……出来る人材はレアなような。


「ハイッ! ハイッ! レアですわ!」


「レアですの!」


「レアでーす」


「…………」


「御母様がエントリーされるなら、私もそうせねばなりませんね」


「何の義務感だ一体……」


「ハイハイ! レアな人もそうではない人も、ちょっと一息に梅シロップ炭酸でも行きますか!」


 梅炭酸を飲みつつ、ミトツダイラは浅間に聞いて見た。


「智、胸横のハードポイント、どのくらいの頻度で整備してますの?」


「え? ミトも、うちがやってるハードポイントのリースサービスしたいんですか? 白砂の最新型を仕様ごとに三ヶ月で交換しますけど」


「三ヶ月? 交換?」


「ええ、整備してもすぐヘタっちゃうんで。

 私の場合、仕事もありますから、万が一も考えて二ヶ月で換装してます。

 ミトも確か、最高級のを半年ごとに交換してますよね?

 やっぱり騎士の訓練でハードユーズなんですか?」


 言えませんわ、と己は思う。


 ……私の交換は、ヘタってしまうからではなく、単なる節税の一環とは、もはやこの状況では言えませんのよねー……。


 思えば母も、いい頻度で交換していた。

 子供の頃、どうやったら母のように胸が大きくなるのかを聞いたところ、


「ふふ、ハードポイントに駆動系を入れて”寄せ・上げ”運動などしておくと喜ばれますのよ?」


「どう喜ばれるの?」


「Tes.、――お父さんが半泣きで。ええ、それでさっきお父さんが喜ぶ運動を組んでみたので、ちょっと試してきますわね?」


 そしてしばらくの後、父の細い悲鳴が農園管理用の納屋から響いてきたものだが、昼間からあの母親は何してんですの一体。


「レアスキルの発動ですわね!」


「貴様、梅シロップで酔っとらんか?」


「アー、うちの梅なんで、精霊系の人にも”入る”かもですねー……」


 ミトツダイラは、浅間の説明から母のことを思い、納得した。


 ……格差社会の現実ですわね。


 嘆いてもしょうがない。

 そう、”変化”の話をしていたのだ。

 変化は必ずいい方向にあると信じて、まずは寄せ上げ運動ですの。そして、


「あの、智」


「え?」


 アイスの事を、知ってしまった。

 だから、それを言おうと思った。が、


「浅間、アンタがアイス食べられない話、ミトツダイラが聞きたがってるわ」


 ……え?


 既に粗方は喜美から聞いている。

 だが、それを本人から聞き直させる意味は何か。

 正面でも、やってきた浅間が、え? という顔を改めてしている。

 しかし彼女は、やや迷ったようだが、眉尻を下げた笑みを見せ、


「あー、と」


 言葉を迷うのは神道の巫女として良くない事だ。

 その事は浅間もよく解っているだろう。

 だからというように、最初の迷いの後、浅間ははっきりと言った。


「昔、約束って言うんじゃないですけど、ちょっと、あったんです」


 それは、


「私の不手際でアイス食べられなくなっちゃった人がいて。

 それは、その人が御馳走してくれたものだったんですけど……」


 浅間の目が、こちらの目を見た。

 ふ、と一息ついて、言葉をこちらに預けるように、彼女は言う。


「またそういう時が来たら、今度は私から、って、そう思って。

 ……まあ神社の方でも食べるものじゃありませんし、ずるずると来てる感じですね」


「――智?」


 告げられた内容は、喜美が教えてくれたものと、言葉違いだが、意味同じくするもの。

 だが、どことなく他人事のような物言いは、


「――私と同じですのね」


「え?」


 浅間の応答は戸惑いだ。

 だが、対する自分はこう思った。


 ……決まりですわね。


 浅間は、他人の事への気遣いが多い人間だ。

 巫女であり、家柄もあり、背も高くて、昔から皆の中でも年長のように頼られる事ばかりの人だ。

 彼女自身にもその自覚はあって、他人に心配されないようにしている面が強い。

 だから、自分の事は、素っ気なく、他人事のようでいて、


 ……しかしそれは”普通ではない”ですの。


 本来の彼女なら、自分の気に掛かっている過去を話す事すらすまい。

「ああ、気にせずに大丈夫ですよ」と、そう流してしまう筈だ。

 過去の事、記憶を共有していない事なら、尚更そうだ。

 それが、違った。

 いつもと違った。

 話してくれた。

 そして自分は気付いた。”いつもの智とは違う”という、そのことに気付いた。

 だから、


「智」


 いつもと違う彼女を、違うと認めたら、彼女の方が戸惑った。


 不思議な流れだ。

 浅間としては、こちらが認める事なく、「そうでしたの」と他人事のように、大した事ではないかのように受け流すだろうという、そんな予感があった筈だ。

 だが、


「大丈夫ですわ」


 喜美が、過去の事を先に教えてくれた意味が解った。

 自分がどうであったかを、前もって重ねるだけの余裕があった。

 そして、いつもと違う彼女を、他人事として「そうでしたの」と、”流さない”ようにしてくれた。


 ……全く。


 自分が見据えるこの姉弟は、何とやりにくい相手か。

 罠のように回りくどく仕掛けているかと思えば、いきなり懐に飛び込んで来るし、その結果には必ず意味がある。

 今も、本当ならばすぐにでも喜美に礼を言うべきだろうが、


「――――」


 見れば、馬鹿姉は、こちらを真顔で見ながら、胸を左右に揺らしている。

 ウズィが掲げる表示枠には「交換:二ヶ月ごと」と書いてあって張り倒したくなるのは私の人間性が低いからですの? そうなんですの?

 だが、今、言葉を作る相手は、浅間だ。

 まずは、


「では私達、貴女の過去と大事な大事な約束を守るために、このアイスを二人で頂いてしまっていいんですのね?」


「え? あ、ええと、違……、いや、その、それで、ええ、いいんじゃないか、と」


 何故か顔を赤くしてあたふたする浅間を見るのは、珍しい事だ。

 他人事のように言っていたのは何処の誰の何時の事だったか。

 ただ、


「智、これ、貴女の過去の守護となるアーティファクトですわ」


 バケットの横、一緒に抱えていた包みから出して渡すもの。それは、


「あのアイス店で出しているクレープですの。クリームと果物を包んだものですけど、智はこういうのも初ではありませんの?」


「……あ」


 浅間が一瞬、目を見開き、受け取る。

 あ、と彼女はまた声を上げ、


「温かいですね」


「作り立てですものね」


 そうねえ、と喜美が横に並んで腕を組む。


「浅間のアイスヴァージンは駄目だけど、クレープヴァージンは私達で頂いちゃうわ」


「え? いや、あの、頂くって」


「御広敷がオマケに付けてくれたものだから、一個しかありませんのよ」


 さあ、と己は細めた視線で巫女を促す。


「鈴の湯屋まで、行きましょう? その途中で一番手、ガブっといっちゃって下さいません?

 何なら両手を塞いだ私達が”あーん”ってしてあげてもいいんですのよ?

 あまり躊躇ってると、二度目はないかもしれませんからね、一番美味しそうなところをどうぞ?」

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