境界線上のホライゾン きみとあさまでGTAⅢ

序章『穢れ洗い場の酔い者娘』

 浅間神社の朝は早い。


「え!? いきなり始まってます!?」


 その筈だった。しかし何と今回は……!


「あ、いや、早くて大丈夫です! 毎朝早起きなんで! そのままで!」


 ……あの? 念話で話しますけど、この日は確か私達と一緒に寝たために智は休日扱い。起きるの遅かった筈ですのよ?


「あ! そうでしたっけ? じゃあ”なんと今回は……!”のままで! えーと、この日は何時に起きましたっけ……?」


「夜の九時くらいでダイナミック寝坊というのはどうでしょうか」


「毎朝早起きの私がそんなに寝たら死ぬんじゃないですかね……」


 ……どういう死因ですの?


「ともあれ六時くらいと言うことで行きましょうか。……とう!」


 P-01sの幻覚が大ジャンプで消えていった。


「あれ? 今、ここ何処の設定です?」


 ……寝てるから念話で話すけど、私達が寝てるってことはアンタの部屋じゃない?


 ……大ジャンプして大丈夫ですの?


 大ジャンプの影響で天井が破砕した。

 板張りは一瞬で撓んで剥がれ、直後に割れる。それは乾いた音をたて、しかしすぐに屋根に破壊は至る。母屋の屋根板と、そこに並ぶ瓦を衝撃で跳ね上げ、


「とう!!」


「いや、幻覚だからリアル破壊無しで、突き抜けていいのでは?」


 じゃあ今の無しで全部戻ります。


「危ない……。危うく設定を間違える処でした……」


「……え? 設定は合ってるの? 今の修正で?」


「休憩後の初手からコレなのがスゲエよ……」


「段々と幻覚がいる日常に慣れてきてますよね……」


「フフ、ともあれ再スタートよ!」


 浅間が起きたのは朝の六時。

 いつもならば五時前には起きて、禊祓と武蔵管理の基礎となる流体管理をハナミと行う筈だったが、


「観光客もビックリの情報ですねコレ!」


「……ハナミ?」


 ハナミが、ウズィと一緒に枕の上で寝ている。

 これは浅間神社側から自分に対して仕事の要請が来ていないということであり、


 ……父さんが代わってくれてるんですね。


 昨夜の状況などを理解していて、休みをくれた、ということだろう。

 自分は布団の中に、左に喜美、右にミトツダイラという構図だ。

 いつも裸で寝ている喜美は抱き癖があって、浴衣を半脱ぎでしがみついてくるために体温がくすぐったい。

 一方のミトツダイラも、寝ながら鼻をきかせてこちらを嗅いでくるので、それもまた可愛らしいと言えば可愛らしい。


「クハー! 情報有り難う御座います!!」


 参拝客の奇声が母屋の壁を貫通して聞こえますが、気にしないことにします。

 見ればミトツダイラの頭上のケルベロスがずり落ち状態で寝ていて、これもまたなかなか。


 ……念話で聞くけど、そろそろ起きて大丈夫?


 ……というか、これからどういう風になりましたかしら?


 ええ、と己はこれからの予定をつぶやいた。


「今日はこれから二人が目覚めたら、昨夜に思いついたバンド名を告げて、苦笑したり微笑したりという時間を過ごして、


「じゃあそれで行くことになるわね」


「今の状況そのままですわねえ……」


 という応答に私は”確かに”と思いつつ、三人の署名入りの通神書類を雅楽祭本部に申請しますね。

 それから、朝風呂とまでは行きませんが、浅間神社の決まり事として禊祓が有り、じゃあそこで初めての”きみとあさまで作戦会議”をしようかと、そんな理由で二人も同行させるという、そんな予定です」


「い、いろいろなことを端折って今の説明で済ませる気ですのね!?」


「フフ、寝起きタイムとか、迂闊に描写が長くなると幻覚も多くなるものね。ナレ進行は確かにアリだわ!」


 二人が起きたのでそうしました。


「流石、回想のベテランは介入の余地が無い進行をするものよのう」


「あらあら。でもそればっかりでは味気ないので、いざという時だけにして欲しいですわね」


「いえカーチャン様、そういう場合は新しい介入方法を考えるのです。そうやってお互いが高め合っていくのがGTAの作法ですので」


「一体何がそこまで……」


 ともあれ禊祓の泉に入ることとする。

 早朝、という時間帯では無いが、春先の朝だ。泉の水はそれなりの冷たさで、


 ……まあ、こうなりますよねー……。


 木で出来た泉の浴槽の中、喜美が平然としている一方で、ミトツダイラが、


「冷た──! あ、相変わらずシャレにならない冷たさですのね、この泉!」


 ミトツダイラは、一時退避として、泉の浴槽縁に座った。

 膝から先を泉に残しているのはわずかに残った意地であり、慣れるかも、という甘い観測だ。

 尻を乗せた木枠が暖かく感じるのは、錯覚だろう。冷えた肌の奥にある体温が、木枠に座った圧迫で肌を内側から温めているに過ぎない。


 ……流石は浅間の泉……!


 水が、異常なレベルで澄んでいる。

 浅間神社が、武蔵の流体管理の要だからだろう。

 そうですわよね?


「えーと、ト書きで解説します」


 浅間神社は、奥多摩で精製される流体燃料と経路の管理を行っている。

 今ここに来ているのは、武蔵内で最高レベルの整調がなされた水で、更には浅間神社の技術力によって、高度な禊祓加護を与えられたものだ。

 各所に見える白砂ブランドのロゴがその証。

 九年前、IZUMOにて大改修を受けた際、奥多摩は武蔵全体の主艦としての改造を受けたが、それに併せるように、武蔵の神道代表である浅間神社も強化されている。


「観光客もビックリの情報ですねコレ!」


「安土や大和と違って武蔵は短期の小規模改修が多く、それが公共や民間のインフラと噛むんですが、回数が多すぎて追い切れないんですよね。……安土や大和と戦力比較をしたとき、不確定要素になるのが正にここです」


「観光客にバイトでそういうガイドしとることにしとくわ」


 どうも有り難う御座います……!


「――武蔵全艦の内、指揮系である武蔵野が主艦に見えるが、実際は、教導院があり、流体燃料の主槽管理を行い、駆動力の転換供給を行っている奥多摩こそが主艦やねん。

 燃料と駆動系、政治と武力の管理場所があれば、統合的な運航指揮系が失われても動く。

 ゆえに生存率の高い後艦としての奥多摩があり、教導院や、浅間神社があるんやな」


「ここの文責は私と言うことで」


「ククク、流石、武蔵内の流体関係オタクは解説が濃いわね!」


『ガイドのバイトと言うたら、いきなり台詞が貰えて驚きやわ……』


『アーすみません。ちょっと自分が関係した部分あったので口挟みましたねー』


「ともあれ、今、私達が浸かっているのは、文字通り、この巨大な都市艦を支える水だということですね」


「まあ! そうなんですの!? 効能は?!」


「ハイ! 効能は、入った者の持つ穢れを削り、全てを整調することです!」


「何か始まってます?」


「あっ、アデーレも入ってますか?」


「あ、すみません! この時期のこの時間帯は犬達の散歩バイトなので、その途中でチョイ寄ったくらいにしときます!」


 泉の壁の向こう。境内から犬達の吠え声が遠ざかっていく。

 そして泉の縁に座ったミトツダイラが、自分の長い髪を手で掲げた。

 見れば、泉に裾が浸かった彼女の後ろ髪が、そのロールを崩しつつある。


「私が種族的に持つ”毛繕いの加護”すら、無効化して来ますわね」


「いえ、正確に言うと、その加護が、過剰になっちゃうんだと思います」


 自分は、髪を水の中に泳がせ、手で頭に水を頂くようにしながら、


「ミトの加護は、ミトにとって先天的なもの、……つまりミトらしさ、となるので、禊祓では削られません。逆に、この禊祓の泉にその加護が安心して、吸い込み、身体の中の余分を排除しようとするんだと思います」


「つまり今、アンタの髪は、アンタの中に有る汚れを外に出すために、いろいろなものを弾く加護を緩めてる状態ってことね」


「この水は”毛繕い”を助けると、私の加護が理解してるんですの?」


 そうねえ、と言うのは、こちらの横、浴槽縁にて俯せに肘をつく喜美だ。

 彼女は手を伸ばし、ミトツダイラの腿を指で撫でながら、


「キレイキレイの加護が、自分に合った洗剤見つけて喜んでるようなものね。だからほら、ミトツダイラ、アンタの肌が水を弾くと言うより、舐めてるわよ」


 ミトツダイラは、浅間や喜美に言われたように、自分の髪と肌を見る。

 言われてみれば、肌上をいつも転がるように落ちていく水が、伸び、ゆっくりと伝い、零れていく。ただ、


「以前、ここに来たときは、ここまでではなかったようにも思うんですけど」


「ミトが成長して、種族加護が強くなったということじゃないでしょうか。後は──」


「生活がタルんで、ぬるま湯に慣れちゃってるんじゃないの?」


 ほらほら、と喜美が水の中の足首を引っ張ってくる。無視すると引きずり込まれるのは明確なので、息を吸う。すると、


「あ、冷たく感じるなら、息を吐き続けるイメージで入った方がいいですよ。

 身体が力んだり、肺の中に体温の呼吸があると、冷たく感じますから。リラックス」


「リ、リラックス」


 神道の泉で聞く言葉ですの? と思いつつ、言われるようにしつつ入る。

 恐る恐る、息を吐きながら、膝と言うより、腿の後ろ側を落とすようにゆっくりと浸かれば、


 ……うわ。


 今まで肌を合わせていたところに、冷たい、という言葉そのものが差し込まれてくる。


「ん」


 肩まで、尻餅をつくように沈ませた。そうしないと浸かりきらない気がしたからだ。

 しかし、こちらのそんな意地と努力に従うように、泉の冷たさが身を抱いて来る。

 全身が、軽く震えた。

 瞬間、喜美が、


「漏らしちゃ駄目よ」


「だ、誰がしますのそんなこと!」


 いやいや、と木枠の縁から身をこちらに回した喜美が手を振る。


「昔、愚弟と契約関係でここに入ったときに、愚弟、不意に右手こう上げて”御免、ホーニョーしたわー。奉納じゃなくてホーニョーな? 解るか? んン?”って、この泉の浄化機関が当時はまだ独立してなかったから、武蔵内が丸一日水の摂取禁止と一日臨時停止になったわね」


 馬鹿、と思う以前に、ああやっぱり、と思ってしまうのがどうしようもない。

 ただ、喜美はこちらに身を近づけて、耳にささやくように、


「あのとき、私達、愚弟にマーキングされちゃったわけよね」


「な、何ですのソレ!?」


「フフ、ミトツダイラもして欲しい?」


 う、と一瞬迷った自分が愚かしい。

 だが、馬鹿姉は水の中で膝を崩して頬に手を当て、


「そうよね? ミトツダイラなら、やっぱり、ほら、王様と遊んだりして、じゃれあっている内に、主従の証拠みたいなの欲しくなるわよね?

 他の誰にも王様がしなくて、それでいて王様の匂いがたっぷりあって、王様に自分が所属するんだっていう証。

 じゃれあって、舌で舐めてるだけじゃ我慢出来なくて、可愛がって貰っても足りなくて、正直、獣が好きな泥んこ遊びみたいに汚して欲しくもあって、……ほら、可愛らしく膝ついて、三つ指ついて、舌でぺろぺろしながら懇願するんでしょ?」


「い、いや、あの」


 想像して、体温が上がった。だが、身が浸る水の冷たさが、寸でで踏切を思いとどまらせ、


「い、いくら人狼種族だからって、そんなことしませんわっ」


「ふふ、あ・な・た? 一晩中”勉強”しましたけど、まだまだみたいですのね? ──そんな、枕に顔埋めて半泣きになったって、解ってますのよ? もっともっと私にしてあげたいって、そう思ってますのね? ただ不器用で、どうしたらいいか解らないから私が導いてしまうだけで、でも私が今、どうして欲しいか、解ってますでしょう?」


 それは、


「ここから中盤戦だとするなら、ここで一度、して欲しいですわ。マーキング。ほら、身体起こして下さいな。あなたの可愛い……、ええ、現役ですのよ? 現役。で、その可愛い狼が、身を低くして懇願してますのよ? ええ、躊躇わずにして下さいな。それまで舌で舐めて誘いますからね。ふふ、我慢してもいいんですのよ? 最終的な拒否権ありませんけど」


「……な、何か今、急激に自信が無くなりましたけど、そ、そんなことはしませんのよ!」


 ──多分、と内心で付け加えるくらいはいいだろう。

 と、浅間も喜美とこちらを挟んだ位置で頷く。


「そ、そうですよ喜美、ミトはそんなことしません」


「Jud.! そうですわよね!」


「ええ、噂によると人狼種族は、体力加護共有やお互いの思考供給や循環によって、じゃれ合い始めたら何日も正体無くなっちゃうらしいし、それこそ上になったりワンワンポーズでお強請りとか超余裕だそうですから。

 そんな喜美が言うように理性あるもんじゃ済まないですよ。

 ──多分」


「もっと酷いし”──多分”って何ですのー!?」


 だがこれは母から大体聞いてる気もするので、自分的にも少々の恐れがある。

 抑えて、抑えて、と未来の自分に今から言っていると、まあまあ、と浅間が言葉を繋げる。


「大体、喜美もミトも? さっきのトーリ君のマーキングって、あれ、皆がいたときですよ? 小等部のときの、学校行事でうちに泊まったときですから」


「え? そ、そうなんですの?」


 言われてみれば、確かに浅間神社に泊まった記憶はある。

 当時は、まだ彼は自分の王ではなかったし、ホライゾンもいた。

 ホライゾンが馬鹿をグーで殴っていた記憶があるような気もするが、これは今聞いた話からの捏造だろうか。

 浅間にそのあたり、確かめたいところだ。

 だが喜美が頷き、


「あのとき、調査員としては浅間のお父さんが立ってくれて助かったのよね。 

 私も付き添いで取り調べ受けて、浅間のお父さんが”何でそんなことをしたのかな?”って言ったら、愚弟が”一度やってみたかった!”って即答して」


「うちの父さんも”すごく解る”って言って即釈放になりましたよね」


「駄目だろう、ソレ」


「おっと冷静なツッコミが来ましたね!?」


「ピピピピピピピ! 正純様! 当時武蔵にいるならば幻覚や幻聴など御活用の上で現場にツッコミを御願い致します!」


「……あれ? そういうルールでは無かったような……」


 浅間は、狼が泉の中で水の匂いを嗅いでいるのを前に、言葉を作った。

 昔のこと。当時のことを思い出しながら、


「父さんとしては、浅間神社と武蔵間の神水供給など、不慮の事態が起きることを提起出来て良かったみたいですよ。

 実際、あの後、IZUMOでの大改修プランでここの基礎部を今の形にすることが組み込まれましたし」


「いいのか悪いのか、よく解りませんわねえ……」


「悪いことでも、良いことに変えていく。それが神道ですからね」


 言って立ち上がる。

 水飛沫が結構落ちるのを、肌の曲面に任せて、


「善悪転化は神道の特徴です。

 神様から死体や汚物を預かってくれと言われて、その通りにしたら翌日には金塊になっていたとか、悪い土地を耕して世話したらいい土地になったとか、そういう善悪転化の神道理論に必ずつくのは”疑わず、正直であること”です。

 その意味で、トーリ君は馬鹿正直で解りやすいから、父さん、気に入ってるんですよね」


「だから――」


 と、ミトツダイラが言って、しかし言葉を止めた。


 ミトツダイラは思った。

 だから、と。


 ……かつてのことですわ。


 かつて、ホライゾンが”いなくなった”ときだ。


 あのとき、自分は”荒れた”。


 ……ええ。


 ホライゾンの友人として、彼女の騎士として、守るべき絶対を守れなかった。

 だから”荒れた”。

 自分を赦せず、自分の力も身分も捨てようとして、しかし、


「超強い母に止められたんですのよ――!」


 幻聴がこちらの思考を代わりに言ってくれた。


「……凄い大きな声の幻聴でしたね……」


「ちょっと規格外ですものねー……」


 しかしまあ、当時、自分は馬鹿正直に、自分の感情を疑わず、それに従おうとした。

 それは、王も同じだった。

 自分を駄目だと割り切り、ホライゾンと同じようになろうとした。

 王もまた”荒れた”のだ。

 だが、


 ……それは間違いでしたわ。


 今ならば解る。

 本当に、疑わず、正直に行くならば、”荒れる”という方法をとるべきではなかった。

 死を汚物とするならば、それを金塊に変えるように、受け入れと時間と要するべきだった。

 だから、と己は内心で言葉を重ねた。


 ……だから王に対しては、喜美が、強制的にそれを行ったんですわ。


 ”死”になりかけている彼を、もう一度殺すようにして、変えた。

 彼が自分から、ホライゾンの喪失を転化出来ないならば、彼自身を転化させたのだ

 浅間の父に二人が認められているのも、浅間が喜美に頭が上がらないような部分があるのも、このあたりに起因するだろう。

 そして喜美によって変わった王によって、自分もまた”変わった”。

 昔のことだ。

 王は馬鹿正直で、だから歪んで、しかし戻ってきたらまた馬鹿正直の道を一直線。

 自分もまた同じだ。仕える者は違っても、馬鹿正直の道に戻ってきた。

 人付き合いは連綿としたものですわね、と、今更ながらにそんなことを思っていると、浅間がこちらに来た。


「喜美、こっちに」


 ええ、と喜美が来る。

 何をするのかと思えば、二人はこちらの横で泉の水に肩までつかり、


「私達の間にいれば、体温で水が温まりますから。ほら」


 浅間に言われ、己はふと考えた、


 ……そんな、すぐに水が温まるわけないでしょうけど。


 そばに誰かがいることや、放置されない、見放されない、という感覚は安堵を与える。

 だから、


「確かに」


 それだけを言って、自分は二人の間で一息をついた。

 水は冷たい。が、


 ……Jud.。


 泉の中にある僅かな流れが、二人の身体と浴槽の内壁で止められている。

 動きの少ない水は、浅間と喜美と、そして自分の体温が染み、


「……確かに、温まりますわね」


「まさしく”きみとあさま・で”だわ」


 ふふ、と浅間が目を細めて笑う。その笑みと、彼女の行いを見て、


 ……ホント、カーチャン気質ですわね。


「ですよね!!」


 参拝客の声が合いの手のように聞こえた。

 ともあれ浅間については”世話女房”というべきか。

 葵家との付き合いが長いせいで、巫女という生き方が持つ”世話・手伝う”という部分がハイパー状態になっているのだとは思う。

 恐らく、その能力は、喜美と我が王を同時にカバー出来るものだろう。


「そうね……。お陰で、同人誌描いてて浅間が”受け”だと感想で”違和感が……”ってのが多くてね……」


「配送のバイトで上を通りかかってまで言うことですか!?」


 そういうことにしておきますの。


 しかし、とミトツダイラは思う。

 喜美や我が王に比べれば、自分の世話は相当に難度が低い筈だ。

 実際、浅間が気楽の笑みを浮かべているのは、


 ……余裕があって、というところですのね。


 自分の母はどうだったろう。

 時折に通神文が来たりもするが、触れ合いという意味で一番近く思い出せるのは、それでももう十年近く前のことだ。それも、あまりいいものではない。

 だが、その前となると、


「もうちょっと身を寄せた方がいいですか?」


 黙っているこちらを、冷えたと思ったのだろうか。浅間が肩と、身体の肌が押され、熱が伝わるくらいにまで身を寄せてくる。喜美もそうだ。


 ……デカい……。


 全ての思考のイニシアチブがそう思ってしまうくらいの体積攻撃だ。だが、確かに彼女達の熱はこちらに届き、


 ……ええ。


 昔、母に背負われたことなどを、少し思い出した。

 母は、今、どうしているだろうか。


「あっ、ん、あなたったら、いい匂いの一〇〇点マークつけられて震えて動けなくなっているところを、あひっ、そ、そうですわ!

 勉強を頑張る! 頑張るんですのよ!?

 しっかり教材を抱えて、検査出来るように、そ、そう、今、胸と膝で身体を支えている姿勢を三点支持といいますの。

 そうしたら、あ、ちょ、ちょっと、そっちは今まだ教科範囲外で──、あっ、だ、駄目ですの、そこでシリンダーを抜いたら八〇点どまりですのよ? 最後まで、──そう、それで一〇〇点ですのよっ。

 ふふ、……さあ、お互いが憶えるまで何度も復習して下さいな。

 一回ごとに点数言いましょうか? あっ、や、満点! 満点パパですわ!」


「大御母様! 大御父様と仲良しですのね!」


「ふふ、うちの人と一緒に本気出したらこんなもんじゃありませんわよ?」


「コレ武蔵の記録の筈なのに六語式仏蘭西の情報が入っとることにならんか?」


「ま、まあ、武蔵側の検閲が入ったら削れると思うんで……」


「ミト!? 何だかひどく考え込んでますけど、大丈夫ですか?」


「あ、いや、何となく、現実がろくなことになってないような……」


 はあ、と不理解ながらも同意はされる。

 そして浅間が、身を後ろに軽く捻った。


「ミトも水に慣れてきたみたいですし……」


 自分も振り向いてみれば、浅間が壁際においてあった箱を開ける。

 その中から出したのは、


「朝食前の食前酒、どうです?」


 まさか、という思いと、やはり、という観念を抱きつつ、己は問うた。 

「どういう用意ですの一体? いきなりお酒なんて」


「いえ、巫女は神様に御神酒捧げるのも仕事なので。捧げた後のものは当然いただかないといけませんで」


 と、早速の笑みで、浅間が泉に浮かせた大盆に大きめの杯一つと陶器瓶を乗せていく。

 クク、と笑ったのは喜美だ。


「アンタ、飲んで奉納だしねえ」


「そう思われてますけど、実際は違いますよう」


「違いますの?」


「ち、違いますよ! 私のこと、どう認識してたんですか!」


「でも、小等部の頃、昼の給食の時間に担任の先生に酒瓶取り上げられて泣いてたじゃありませんの」


「すいません、あれ、奉納は巫女の仕事でして、そのために父から預かったのを取られて泣いてたんで、別に酒飲みがアルコール奪われて泣いてたわけじゃないです」


「泉の方から聞こえてきた声に対し、興味本位に観光客が聞くでありますが、それどう違うんであります?」


「ええと、――立場が違います」


「酒飲みであることは否定しませんのね?」


 友人に対しての理解が深まるのはいいことだが、浅間の笑顔が固まってるように見えるのは気のせいだろうか。

 ただ、喜美が小さく鼻で笑う。


「確かに、飲んで奉納、って思われてるけど、実際にはプロセスが逆よね」


「そ、そうですよ。うん」


 と、浅間が、いつもの解説モードに入る。本人は気づいてないようだが、こういうときの浅間は少なくとも今の展開に”まんざらでもない”のだ。

 だからこちらも、


「奉納のプロセスは、智の場合、どうなんですの?」


 浅間は、一つ頷いて解説を始めた。


「では浅間様の、モーニング神道講座の御時間です……!」


 幻聴が元気で宜しいですね。ともあれ自分は解説スタート。


「奉納のプロセスについてですね。

 私は浅間神社の巫女ですけど、奉納の方法自体は、私であっても宮司の父であっても変わりはないです。

 奉納を捧げた場合。捧げた後の下がり物が”神様からの返杯、返礼”なので、それを頂いて奉納のプロセス終了になる、ということですね」


「つまり捧げ物って、それは結果として浅間神社のものになるということよね」


「ルール! ルールです! 他の神社も同じなので」


 そういうものだ。


「種類としては二つです。


・奉納物を捧げて返礼して頂く正式奉納。

・奉納物を本来の物とは別に行う代演奉納。


 他は、神様の加護として、捧げ物以外のものを頂く──私達が拝気を奉納して普通に行っていつ術式とか加護付与ですね──これは厳密に言うと、奉納ではなく代演返礼と言います。

 この場合、神様側が他の神様の加護をレンタルしてる事も多いですね」


「代演返礼? それで拝気を奉納した場合、神様の方は、問題ありませんの?」


「ぶっちゃけ、正式奉納でも代演奉納でも、奉納物の拝気力を神様は受け取っているので、直接拝気を奉納出来る代演返礼の方が神様としては嬉しいです。

 拝気は神様にとって燃料そのもので、ダイレクトにそれが得られる方がいいんですね」


「聞こえる声に観光客が問いかけるが、何故、神としてはベストな方法が”奉納”というよりも”別の方法”となっておるのだえ?」


「はい。元々、神代の時代よりも前、前地球時代では拝気を人類が抽出することは至難でした。だから当時は奉納として物品を用い、神はそこから拝気を得ていたんです。

 しかし今、人類は拝気を自ら抽出することが出来ますが、歴史的に見て、神の拝気獲得法は”奉納”であって、これを格式として守ることこそが地球時代からの神々を”神々”たらしめるものだとされています」


『まあぶっちゃけどっちでもいいんだけどな?』


「主神が出て来て言うのはやめましょうね!?」


『まあいいじゃねえか。

 あたしもいるんだ。ちょっと説明、確かにしてやろうぜ諸衆に』

刊行シリーズ

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