ソードアート・オンライン オルタナティブ グルメ・シーカーズ
第六話 安達姉弟の事情
「そうだったのか……。五年も前にご両親をねぇ……。あっ! そういえば、ユズとヒナさんの苗字は安達だったよな?」
「はい」
「二人の亡くなったご両親って、食堂を経営していなかったか?」
「してましたけど、よくご存じですね」
「俺の仕事はグルメリポーターだからな。安達食堂って言えば、地元では知らぬ人がいないと言われた有名な食堂で、俺も取材に行ったことがあるんだよ。そうか……あのお店か……。店主夫妻が事故で亡くなって食堂を閉めざるを得なかった話は俺にも伝わっていて、同業者たちも『あんなにいいお店が……』って悔やんだものだった」
「子供の頃、今日は取材が来たって両親が話していたのを思い出しますよ」
ロックさんも、両親のお店に取材に来たことがあったのか。
僕が物心ついた頃には、すでに両親は安達食堂はとても繁盛していたのを思い出す。
両親は僕と姉ちゃんも、時間が空いていたらお店の手伝いをしたものだ……。
目を瞑ってその時のことを思い出そうとすると、今でも簡単に脳裏に蘇る。
『いらっしゃいませ』
『おう、今日はお手伝いか? 坊主、今日は日曜日なのに感心だな』
『ご注文はなににしますか?』
『ビールとトンカツ定食を頼むよ』
『ビールとトンカツ定食ですね。少々お待ちください』
『若いのに感心感心』
『おじさん、今日は看板娘の私もいますよぉ』
『そうだったな、姉弟で揃ってお手伝いとは、うちの子たちに爪の垢でも煎じて飲ませたいな』
休日のお昼、僕と姉ちゃんはよくお店を手伝っていた。
二人ともまだ子供だったので、主な仕事はお客さんが席を立ったら空の器を回収してテーブルを拭き、お客さんから注文を取り、完成した料理を運ぶくらいだったけど。
安達食堂はその名のとおり、店構えはどこにでもある地元の大衆食堂といった感じで、煮魚、焼き魚、とんかつ、鶏の唐揚げ、カレーライス、ハンバーグ、豚の生姜焼きなどを出していた。
父さんはその昔、有名ホテルのレストランで働いていそうで、他にもオムレツ、オムライス、コロッケ、メンチカツ、フライ、ビーフシチューなどの洋食や、食材が手に入れば海鮮丼や刺身定食、天ぷら、茶碗蒸しなどの和食も限定メニューを出すことがある。
当然とても忙しいので、僕と姉ちゃんはできる限り空いた時間に食堂を手伝っていた。
でもそれは無理やりやらされていたわけではなくて、二人とも父さんと母さんが働く安達食堂が大好きだったからだ。
僕とお姉ちゃんがお手伝いをすると、常連客から褒められたり、お菓子を貰ったりと。
店内の雰囲気はとてもよく、みんな和気あいあいとしていたのを思い出す。
調理場にいる両親に注文を伝えると、父さんは料理を、母さんは食器を洗ったり盛り付けをしたりと、忙しそうに働いている。
お店の経営は順調で、僕と姉ちゃんはそんな父さんと母さんを誇らしく思い、将来大きくなったら必ず安達食堂を継ごうと決めていた。
『優月は器用で料理の才能があるぞ。頑張って練習すれば、必ずこのお店を繁盛させることができるだろう』
空いている時間に、僕は父さんが見ている前で料理をすることも多かった、
お客さんには出せないけど、賄いなら僕の料理の練習にもなるからだ。
『ふふん、優月には負けないからね。私の料理の腕前を見てなさい』
『……あのな、陽菜。陽菜は頭がいいから、食堂の経理や他の裏方の仕事に回る方がいいかもしれないぞ』
『陽菜は学校の成績もいいものね。可愛いから注文を取る時にも、お客さんから人気だから』
残念ながら姉ちゃんはかなり不器用で、簡単な料理以外はしない方がいいと、遠回しに父さんと母さんに言われるほどだったけど。
「あらためて思い出したよ。俺が取材に行ったのは平日の昼間だったから二人はいなかったけど、店主夫妻と常連客たちがいい雰囲気を作っていた。飲食店ってのは、料理が美味しいだけでは上手くいかないケースが多いんだ。安達食堂は料理が美味しいだけのお店じゃなかった」
「いいお店だったのね。私も食べに行きたかったわ」
だがそんな安達食堂も五年前……。そう、あれは~そう、あれはお店の定休日と両親の結婚記念日が重なった日のことだ。
二人は久しぶりにデートに出かけると言い、僕とお姉ちゃんは常に両親についていくような年齢ではなくなっていたのと、二人の邪魔をするのは悪いと思って自宅で留守番をすることにした。
夕食は父さんが腕を振るってご馳走を作るぞと言い残し、二人は楽しそうに出かけて行って……だが、次に両親と顔合わせたのは病院の霊安室だった。
警察から連絡を受けた僕とお姉ちゃんは、病院の地下にある暗い霊安室で両親の死体と対面することになった。
これを幸いというのは違うと思うが、両親の顔にはほとんど傷がなくまるで眠っているようで、僕とお姉ちゃんは両親が死んだという実感がなく、一粒の涙も流さずに、警察官から『ご両親で間違いないですか?』という極めて残酷な質問に頷くことしかできなかった。
そして、それから両親の四十九日が済むまで。
今も元気な祖父母や親戚たちのおかげで、どうにか両親を送り出すことができた。
僕も姉ちゃんも、なかなか両親が死んだという実感を得られないまま、やらなければいけないことがまるで洪水のように襲ってきて、ただ言われるがままにそれをこなすのみだった。
ようやく一通りやらなければいけないことをすべて終え、最後に両親が営んでいた安達食堂の入口ドアの鍵を閉め、ビルのオーナーさんにそれを返却した瞬間、僕と姉ちゃんはこれまで我慢してきたものが堪えきれなくなって、周囲の目も気にせずただひたすら泣いた。
僕と姉ちゃんもよく手伝っていた、多くの常連客で賑わっていた安達食堂が終わってしまうということは、両親との一番の思い出が消え去ってしまうことと同じことだったからだ。
両親が亡くなってから休業を続けていた安達食堂だが、残念ながら僕と姉ちゃんだけで再開させることは難しかった。
確かに僕は子供の頃から料理を続けていて、食堂の厨房で賄いを作っていると、父から『筋がいい』と褒められたこともある。
だけど、それと飲食店の経営は別だ。
安達食堂をそのままにしておけばお金が出ていく一方なので、収入がない僕と姉ちゃんは、親戚たちにも手伝ってもらってお店の中を片付け、借りていた店舗をオーナーさんに返した。
『優月君、陽菜ちゃん。亡くなられたご両親は素晴らしい店子だったのに、急いで追い出すような真似をして申し訳ない。実は、ここを借りたいという人がいてね。個人経営で食堂を経営したいそうなんだ』
『今の私と優月では、食堂を経営するなんて不可能ですから仕方がありません。でもいつか必ず……』
今すぐは無理だし、たとえ別の場所ででも、僕と姉ちゃんは将来必ず安達食堂を再開させるのだと心に誓った。
お互いそれを口に出したわけではないけど、姉ちゃんも僕と同じことを考えているのがわかっている。
だから僕は、高校卒業したら調理師の専門学校に入学しようと心に決めていたし、姉ちゃんはちょっと不器用で料理は苦手だけど、大学に進学して飲食店の経営について学ぶことを決めたと、あとで教えてもらった。
飲食店の経営に必要なお金については、両親の車にぶつかったトラックの運転手が飲酒運転をしていたので多額の賠償金と保険金が出たのと、家族で住んでいるマンションのローンが団体信用保険で免除となり、困ることは無さそうだった。
だから僕は放課後に飲食店でアルバイトをして料理の腕を磨き、姉ちゃんは大学卒業後、有名飲食チェーン店を経営している会社に入社して経験を積んでいた。
「……そんなことが……二人とも、偉いわね」
チェリーさんが涙ぐみながら、僕と姉ちゃんを褒めてくれた。
一方食堂のおばさんは、NPCゆえか、店の入り口を見ながら微動だにしない。
他にお客さんも入って来ないから、正直かなり不気味だ。
まあ、特に害はないからいいんだけどね。