ソードアート・オンライン オルタナティブ グルメ・シーカーズ
第五話 四人目の仲間は、ちょっと見た目が怖かった
「優月、どのお店にしようか?」
「いわゆるファンタジー風の世界観だから仕方がないんだけど、表にメニュー表が張り出されたりしていないから、どんな料理を出しているのかわかりにくいなぁ」
「あのレストランなんてどうかしら?」
「チェリーさん、お店の外観からして高そうじゃないです? 私たちはそんなにお金を持っていないから、あそこにしましょう」
「なんか雰囲気あるわね。いいんじゃないかしら?」
三人で世間話をしながら歩いていると、飲食店が集うエリアに辿り着いた。
普通のゲームとは違って、お店から美味しそうな匂いが漂ってくるところまで再現しているのは、さすがだと思う。
ただ姉ちゃんは、店頭にメニューが表示されていない不満を口にした。
だけどこの世界には、姉ちゃんが働いているような大手飲食チェーン店が経営する店舗は存在しないから、そこまで親切ではないと思うんだ。
チェリーさんは外観からしてお高そうなレストランを見つけたけど、いくら奢ってくれるとはいえ、あまり飲食代に使うとあとが厳しい。
そういえば、このゲームで食い逃げってできるのかな?
もしできたらどんな感じなんだろう?
ちょっと興味はあるけど、僕も飲食業界で働いている身として食い逃げは絶対によくないと思っているから、今の所持金で食べられるものにするべきだ。
ゲームの世界でも現実世界でも、豪華で美味しい料理を食べるにはお金が必要だという事実に違いはなく、高価な料理は頑張って稼いでから食べに行くことにしよう。
稼いだお金でグルメツアー、なんてのも悪くない。
姉ちゃんが、いかにもファンタジー風地元食堂といった感じの、かなり古びていて、こぢんまりとしたお店を見つけたのでそこに入ってみる。
今の僕たちの所持金だと、このくらいが妥当かな。
すぐにNPCキャラと思われるおばさん店主が席に案内してくれたけど、床は歩く度にミシミシと言うし、木製のテーブルは随分と年季が入っており、黒ずんで傷だらけで端が欠けていた。
同じく古い椅子に座ると『ギィーーー』と音を立てながら軋み、ちょうどいい座り加減を求めてお尻をズラすと、その度に椅子が『ギーギー』鳴るので、脚が折れてしまわないか心配になってしまう。
「こんなところまで忠実に再現しているんだね。昔、家族旅行の途中で入った、地元の人しか入らない廃墟みたいな食堂を思い出したよ」
「そんなことあったわね」
リアルに再現されたボロさに感心する僕と姉ちゃん。
NPCキャラだからか、僕たちのそんな失礼な会話もくまったく気にしていないおばさんにメニューを聞いてみると、値段は思っていた以上に安かった。ただし、メニュー数はとても少ない。
その中でも一番安い、スープと黒パンのセットを頼んでみる。
そしてその直後、なんとなしに薄暗い店内を見渡すと、客は僕たち以外誰もいないと思っていた店内に、別の客がいることに気がついた。
「(姉ちゃん、あの人)」
「(かなり年配の人だけど、いかにもって感じの容姿だから、もしかして超ベテランプレイヤー?)」
奥の席に座るそのプレイヤーはかなり年配の男性で、背が高くてロマンスグレーのリーゼントが印象的な、初見はちょっと怖いおじさんって感じだ。
僕たちよりも先に中央広場を出てこのお店に入っているということは、実はベテランプレイヤーかもしれない。
そんな彼はどこで購入したのか、メモ帳に熱心にメモをしていた。
それにしても、SAOってメモができるんだ。
てっきりメモ機能を利用しているのかと思ったら、年配者なのでアナログ重視なのかもしれない。
「まさにファンタジー風な場末の食堂って感じだな。写真を撮れないのが惜しいぜ。このゲームでカメラって手に入るのかね? あっ、お仲間発見だな。ここで顔を合わせたのもなにかの縁。一緒に食事でもどうかな?」
「ええと……」
「よいしょっと、兄さんたちはなにを頼んだんだ? 俺は一番安いスープと黒パンのセットにしたぜ。恐ろしいほど安いから、逆にネタになりそうだしな」
僕たちの返事を聞く前に、おじさんは僕たちのテーブルに移動した。
あらためて近くで見ると、かなり年季の入ったプレイヤーに見えてしまう。
「あの……あなた様は、かなりの実績を持つプレイヤーなのでしょうか?」
「俺が?」
「はい」
「いやぁ、ゲームなんて何十年ぶりかな。俺はあの中央広場で、誰からも相手にされなかった超初心者だぜ。くたびれたおっさんを相手にしてくれる人なんていなくても仕方がないんだけど。年寄りの冷や水で新しいものに挑戦したらこんなことになってしまうなんて、人生なにがあるかわからないものだ」
確かにそう言われると、年齢的にこの手のゲームはやらなそうに見える人だ。
「(このおじさんがやってたのって、レトロゲームとか? それも発売当時に)」
よくよく考えてみたら、今日サービス開始のこのゲームにベテランなんているわけないか。
MMORPGなんてやるタイプにも見えないし。
そう考えると、年齢的にこのオジさんも間違いなく攻略組にはついていけなさそうだし、そもそも相手にされないはずだ。
「そんなわけで、俺も仲間に入れてくれると嬉しいかなって」
話してみると面白いおじさんだから、仲間に入れても大丈夫だろう。
「仲間は多い方がいいから、いいですよ」
「私たち、攻略には加わらないと思いますけど、それでいいのなら」
二人して、チェリーさんの時と同じことを言ってしまった。
「最前線で体を張るような年でもないからな。それにこれだけ生きているとわかることがあるんだよ。人には向き不向きってもんがあるんだ。努力したからってみんながプロ野球選手やアイドルになれるってもんじゃないだろう? 人間ってのはその人生の中で、自分に最も向いたことを探していくものだ。俺が今の仕事を始めたのなんて五十歳をすぎてからさ。だから俺たちは、なんとかなりそうな料理で頑張ることにしようぜ。悪いがさっき中央広場で二人の会話を盗み聞きさせてもらった。しかも同じ店に入ってくるものだから、つい声をかけさせてもらったぜ」
おじさんも、僕たちと同じく料理をしながらこのゲームの中で暮らしていくつもりなのか。
「俺の名前は
やはりこのオジさんもゲーム素人らしく、本名を一緒に名乗った。
「僕は
「私は優月の姉で、
「
「俺からしたらチェリーさんもまだ十分若いんだけど、このゲームをやっているプレイヤーたちの平均年齢を考えたら年長者か。みんな、よろしく」
再び自己紹介をしてから、僕たちは新メンバーになったロックさんに、これからどうするつもりなのかを尋ねる。
「ログインしてから、物珍しさから見物優先でこの街のあちこちを見ていたら食べ損ねてな。この超安いスープと黒パンが、初ゲーム内飲食ってわけさ」
「僕たちも、えらく安いメニューだから気になったんです」
3コル……1コル百円と考えても、300円の定食……・姉ちゃんの会社が経営している牛丼チェーン店でも、そんなに安くないのだから。
「私はこの街が視界に入ったら、夫と新婚旅行でヨーロッパに行った時のことを思い出しちゃって、あちこち見ていたら、なにも食べないうちに茅場さんって人に呼び出されちゃたの」
そう言われると確かに、はじまりの街ってヨーロッパの古い街並みに似ているような……。
それからすぐ、食堂のおばさんが人数分のスープが入った皿と黒パンを無造作にテーブルの上に置いた。
なるほど。
安い料理は、店員さんの対応もそれに比例するわけか。
「サービスは世界基準ね」
「ああ、安いチェーン店の店員でも接客が丁寧なのは日本ぐらいだからな。チップがないアメリカの大手ハンバーガーチェーン店の店員の対応なんて、ネタにするくらい笑っちゃうんだから。あのおばさんもそうだな」
チェリーさんとロックさんは、海外に行ったことがあるのか、いいなぁ。
「姉ちゃん、スープと黒パンが、SAOにおける最底辺の食事に近いのかな?」
「最底辺は、スープすらついていないんじゃないの? 黒パンだけでお腹を満たすだけって感じ?」
栄養に気を配る必要がないゲームとはいえ、黒パンのみは嫌だな。
「ゲームの中だと食べなくても飢え死にはしないけど、お腹が空いてひもじい状態がずっと続くんだっけ? いつこのゲームから出られるかわからないから、ちゃんと食事をとった方がいいみたいだ。しかし見た目は値段相応だな。お得感の欠片もない」
僕も、ロックさんのスープと黒パンに対する評価は正しいと思った。
ボッタクリじゃないから、悪くはないのかな。
「早速いただきましょう」
チェリーさんはお腹が空いているので、一秒でも早く食事をとりたいようだ。
料理を持ってきたおばさんは、僕たちが店内に入ってきた時に立っていた定位置に戻った。
僕たちが視線を送ってもそれにまったく反応せず、無表情のままずっと一点を見続けて立ち続けている。
「NPCキャラだから、プログラムされた以上のことができないんだろうね」
見た目はプレイヤーと差がないんだけど、動きでわかるというか。
「高級レストランに行くと、ゲームのキャラクターでもちゃんと接客してくれるのかしら?」
「チェリーさん、それを確認するためにも、俺たちは料理でお金を稼がないといけないのさ。では、いただきます」
「「「いただきます!」」」
まずは、ご丁寧に使い古されて色がくすみ、欠けたお皿で出してくれるスープから飲んでみる。
「木製のスプーンだけど、環境問題に配慮してる?」
「そんなわけないじゃん、姉ちゃん。そういう世界観なんだよ。しかし薄いなぁ……」
塩分の摂りすぎはよくないと言うけど、だからといって塩気がなさすぎるのも不味くて困ってしまう。
具材をスプーンで探ってみると、葉物野菜とゴボウみたいな根菜が申し訳程度に入っているだけで、肉は……。
「優月、私のスープには一欠片だけ肉が入ってたよ」
「えーーー、僕のには入ってないよ」
「私のにも極小のお肉の破片が入ってるけど、あまりに小さすぎて味がほとんどしないわ」
「あれ? 俺のスープにも入ってないじゃん。これって、男は草でも食っとけってことなのか?」
どうせ肉の欠片が入っていようといまいと、かなりお湯に味が近い野菜スープである事実に変わりはないけど。
「ユズ君、レディースデーという可能性は?」
「……ないと思います」
この食堂にレディースデーがあったら、逆に驚きだと思う。
「このスープは、このボソボソの黒パンが口の中から奪っていく水分を補充するためにあるのかもな。しかしまぁ、よくここまでゲームで再現できるものだ。逆に感心したから、メモしておこうっと」
再びロックさんはストレージから取り出したメモ帳に、場末の食堂の《運がいいと肉の欠片が入っているが、肉の味は皆無な薄い野菜スープと、ボソボソの黒パン定食3コル》などとメモを取り始めた。
見た目とは違って、かなりマメな人なんだな。
「ああ、これは職業病みたいなものでな。俺は、ブログや各種SNSにグルメレポートを発表したり、雑誌にグルメ記事を書いて飯を食っているんだ。この髪型は、この手の仕事はライバルが多いから、お店の経営者やクライアントに顔を覚えてもらうためのものなのさ。《リーゼントおじさんのグルメレポート》って言ったら、ちょっとはその界隈で有名なんだぜ」
だからロックさんの髪型は、近年では滅多に見かけなくなったリーゼントなのか。
「あっ、私、聞いたことあります。うちの会社で新メニュー発表の時に宣伝の仕事を頼もうかどうか。何人か上げていた候補者の中に荒川さん、いえ、ロックさんのPNもありましたから」
「ヒナさんは飲食業界で働いてるのか。そんなわけで俺は、グルメレポーター業界初の、VRMMORPG内でのグルメレポートを書いて仕事にしようと思ってさ。子供の時以来ゲームなんてほとんどしたことがなかったのに、SAOの抽選に参加して見事引き当てたってわけだ。それでゲームから出られなくなってれば世話ないんだが、ログアウト後にお金になると思えば、これもいい経験だと思って詳細な記録を残そうと思ってな。しかし、これが最低ランクの飯なのかね?」
「最低は、黒パンを1コルで購入して、飲み物は井戸で汲んだ水で誤魔化すことでしょうね」
さっき、僕と姉ちゃんで調査した結果によれば、一番安い食事はそれになるはずだ。
空腹は紛れるが、ただそれだけ。
しかも所持金が尽きると、それすら食べられなくなってしまう。
「いつこのゲームから抜け出せるかわからない以上、やはりなにかしらの方法でお金を稼がないとダメなんだな」
「ええ、初期の所持金と武器や装備を売ればしばらくは食い繋げるけど、野宿したくなければ宿代も必要で、救援がいつ来るのかもわからないから、節約すると毎日黒パンと水だけになるのは辛いわね。ダイエットにはなりそうだけど……」
「チェリーさん、ダイエットなら今の俺たちは強制的にやらされてるんだぜ」
ロックさんの言うとおりで、現実世界の僕たちはナーヴギアを装着したまま、体を動かせずにいるのだから。
「そういえばそうだったわね。もし救援に時間がかかるとしたら、病院に運ばれて必要な栄養素を点滴され、なにも食べられない状態が続いた私は……。ゲームでグルメを堪能しつつ、体はちゃんと痩せている。そう考えるとログアウト不能になっても悪くないかも」
チェリーさんはダイエットしたいって言ってたけど、長らく寝たきりだと筋力も落ちてしまうし、きちんとしたダイエットにはならなそうだけど……。
「ただ、夫と子供たちが心配するでしょうねぇ。特にお兄ちゃんの一哉は、なにかトラブルがあったようで予定の時刻に帰ってこなかったから、つい暇だった私が興味半分で、勝手に一哉の部屋にあったナーヴギアを被ってしまったのよ。あとで怒られてしまうわね」
だから、ゲームになんて興味なさそうなチェリーさんが、このゲームにログインしていたのか。
「私、普段は主婦をしながら、スーパーマーケットの惣菜売り場でパートをしているんだけど、このままだとシフトに穴を開けて同僚たちに迷惑をかけてしまうわね。私にはどうにもできないんだけど」
ロックさんもチェリーさんも、普段ゲームなんてまったくやらないのに、ついVRMMORPGに興味を持ってしまったばかりに、SAOの世界に世界に閉じ込められてしまったのか。
「ユズ君とヒナちゃんも、ご家族が心配するでしょう」
「実は私と優月の両親はもう亡くなっていまして、伯父と伯母たちは心配してくれていると思うんですけど……」
「そうだったの。無神経なこと言ってしまってごめんなさいね」
チェリーさんはとても優しい人のようで、両親が亡くなっている僕たちに対し申し訳なさそうな表情を向けた。
嫌なことを思い出させてしまったと思っているのかな?
「チェリーさん、気にしないでください。もう五年も前のことですから。それに姉弟で一緒にログインしていたことは幸運だと思います。僕たちもゲームの中で食べ物を食べるとどんな感じなのか、興味があったからこそこのゲームにログインしたわけでして……」
偶然ゲームに閉じ込められた素人プレイヤーかつ、料理好きという共通点を持つ四人。
同じような境遇だからこそ、ログアウトする日まで一緒になにかできることもありそうだ。