ソードアート・オンライン オルタナティブ グルメ・シーカーズ
第四話 似た者同士、全員浮いてる
「まずはこのゲームの基礎知識を学習しながら、このはじまりの街でさらなる食材と料理の調査を進めましょう。今の私たちがどんな料理を作ることができるのか。 そしてなによりも重要なのが、どのようなものを作れば商売になるのか。飲食店の経営ではそこも重要というか、いくら美味しいものが作れても、お客さんのニーズに合っていなかったら商売にならないから、それを探るところからスタートね」
「じゃあ、行こうか。姉ちゃん」
みんな、まだ大騒ぎしているけど、僕たちは時間がもったいないから早速行動に移すことにして、中央広場をあとにしようとすると、突然声をかけられた。
「ちょっと待って、私もご一緒していいかしら? 私もゲームの経験がほとんどないから、同じゲーム初心者の仲間を探していたの。なんか、あっちの経験者の子たちには声をかけづらくて……」
中央広場を出ようとした僕たちに声をかけてきたのは、少しふくよかな、ほんわかとした雰囲気のおばさんで、どう見てもVRMMORPGをプレイするような人には見えなかった。
もし母さんが生きていたら同じ年くらいかな?
もう少し若いか。
いや、人を見た目で判断するのはよくない。もしかしたらおばさんはゲーム好きなのかも……でも、だったら素人丸出しの僕たちに声なんてかけないか。
そろそろ現実に立ち戻り、中央広場の真ん中でアインクラッド攻略を目指そうと気炎をあげている人たちにはとてもついていけないだろうし、相手にもされないはずだ。
物見遊山気分の僕たちも大概だけど、この人には負けるかも……。
「仲間は多い方がいいから、いいですよ」
「私たち、攻略には加わらないと思いますけど、それでいいのなら」
「若い子たちの中には気合を入れている人たちもいるけど、私には無理よ。マイペースでやりましょう。それにさっきお料理のお話をしていたでしょう? 私もモンスターと戦うなんて無理だけど、料理なら大丈夫そうな気がするから。私の名前は
ゲーム初心者の僕と姉ちゃんでも、この人 がゲーム素人なのは容易に想像がついた。
普通、初対面の人に本名を名乗るプレイヤーなど存在しないからだ。
「僕は
「私は優月の姉で、
自分たちだけゲームの中での名前しか名乗らないというのもおかしいので、僕たちも名乗り返す。
見た感じ悪い人には見えないので本名を名乗っても問題ないというか、別に僕たちは有名人でもない。
デメリットなんてないはずだ。
「軽く自己紹介も終わったところで、まずはこのはじまりの街における食材と料理事情を調べに行こうと思うんです」
「それはいいわね。私、このゲームにログインしてからなにも食べてないの。ゲームの中での飲食って興味あるわぁ」
「まだなにも食べてなかったんですね」
「そうなのよ、ヒナちゃん。私、体型を見てもらえればわかるけど、最近ちょっとダイエットをしていて、だから食べるのを我慢しちゃってたのと。こういうゲームってやったことがないから、物珍しさから色々と見て回っていたらここに呼び出されて、赤い大きな人にあんなことを言われちゃったから」
「そうなんですか……」
ゲームの中なら、別になにを食べても太らないと思うけど、ダイエットのせいで飲食に心理的なストッパーがかかったとか?
「このゲームの中なら、どんなご馳走を食べても太りませんよ」
むしろ茅場晶彦が言っていたように、僕たちの体が病院に収容されていたら、食事は生きるための点滴のみだろうから、チェリーさんのダイエットはすでに達成できたようなものだと思う。
「夫や子供たちに心配かけちゃってるけど、ゲームの中ではなにを食べても太らないってのは最高ね。ようし、ゲームの中で沢山食べて痩せるわよぉ」
ほんわかしたチェリーさんを見ていると、ゲームからログアウトできない現実が気にならなくなってきた。
「ユズ君、ヒナちゃん。私、お腹が空いちゃったから、調査を兼ねて一緒になにか食べに行きましょう」
「そのつもりなんですけど、実はこの中央広場に強制転移させられる前に、僕と姉ちゃんは買い食いをしたり、試しに料理を作ってみたりしていて……」
「そうしたら所持金がかなり危うくて、安いところがいいかなって……」
「そうだったのね。じゃあ、私はまだ1円もお金を使っていないから、なにか奢ってあげるわ」
「「悪いですよ」」
と言いつつ、同時に思った。
このゲームのお金の単位はコルなんだけど、チェリーさんはそれすら知らないんだな、と。
「本当にいいんですか?」
姉ちゃんも、今初めて出会ったチェリーさんに奢ってもらうのに躊躇していた。
「若い子たちが遠慮なんてしなくていいのよ。あなたたちは私の子供たちとそんなに年も変わらないんだから。さあ、お店を探しましょう」
「「ありがとうございます」」
せっかく新しい仲間にして年長者がそう言っているので、遠慮せずに奢ってもらうとしよう。
資金が少なくてどうしようかと思っていたんだけど、同じ志をもつ仲間というのはありがたい。
こうなったら、なるべく早く料理でお金を稼げるように頑張らないと……でもその前に、ちゃんとした店舗の料理を楽しむことにしよう。
「なんか、他のプレイヤーたちからの視線が痛いね」
「私たち、そんなに目立つかしら?」
多分こんなことになっているのに、僕と姉ちゃんが飲食と料理のために武器を売ってしまったと話していたからだと思う。
VRMMORPGの経験者からしたら変な人に思われているんだろうけど、僕たちが攻略に加わったところで戦力になる保証もないし、ログアウト不能だからって悲嘆に暮れても意味はない。
それなら、他のプレイヤーがこのゲームをクリアするか、外部から救援が入るまで、このゲーム世界の食を堪能した方がいい。
モンスターと戦うのはゲームが上手い人たちに任せて、僕たちは料理とグルメを楽しむことで意見の一致をみたのだから。
「なにを食べようかしら? 楽しみね、早く行きましょう」
僕と姉ちゃんは、お母さん的キャラ、チェリーさんを仲間に加えて中央広場をあとにするのであった。