ソードアート・オンライン オルタナティブ グルメ・シーカーズ
第三話 姉と弟は相談をする
「ふざけるな! 運営を出せぇーーー!」
「ここから出してよぉーーー!」
「お父さん! お母さん! 助けて!」
「うーーーん。さてこれからどうしたものか……。優月はどう思う?」
「どうって……。こんなアクシデントは想像すらできなかったけど、泣き喚いたところで状況が改善するわけでもないからなぁ……」
茅場晶彦を名乗る赤ローブ巨人からの衝撃の告白のあと、中央広場にいる多くのプレイヤーたちが大騒ぎしていたが、僕と姉ちゃんはそこに加わらず、中央広場の端っこでこれからどうするのか相談を始めた。
僕と姉ちゃんは五年前、思いもしなかった不慮の事故で両親を亡くしてしまった。
だからであろうか?
かなり衝撃的な出来事だったにも関わらず、二人とも意外と冷静な態度でいられたのだ。
僕は一人ではなく、姉ちゃんが一緒にいるからかもしれない。
両親を亡くしたあと、僕たちはなにか困ったことがあったら二人でよく相談して決め、一緒に乗り越えてきた。
僕は姉ちゃんと、姉ちゃんは僕と相談することで、どんなに大変なことでも乗り越えられるような気がするのだ。
「とにかくログアウトできないという現実は認めないと。話はそこから」
「確かに。で、姉ちゃん、これからどうしようか?」
「多分、今頃このゲームを作った会社だけでなく、政府が一生懸命対応しているはずだから、そのうち救出はされると思う。だけどいつになるのかわからないから、その間はこのゲームを続ければいいと思う。どうせ他にすることがないもの」
「外部と連絡を取る手段もないからなぁ……。学校はどうでもいいけど、店長にしばらくアルバイトに行けない旨連絡したいなぁ、僕、戦力としてあてにされているから。ただ待ち続けるのも退屈だし、幸いこのゲームでは料理はできるから、料理をして待っていればいいんじゃないかな? 僕たちはそれでいいと思う」
SAOはモンスターと戦うだけのゲームではないし、さっきまで買い食いと料理を楽しんでいた。
ならば救援が来るまで、せっかく覚えた料理スキルを極めて時間を潰すのも悪くないと思う。
「そもそも私たちに、このゲームがクリアできると思う?」
「いやぁ、さすがに無理じゃないかな? 僕も姉ちゃんも、VRMMORPGなんて全然やったことがないじゃん。スマホで遊べる、ターン制でコマンド入力をするRPGじゃないんだから。自分で剣を振るってモンスターを倒さないといけないんだよ。僕たちに戦闘経験なんてないじゃん」
「確かにねぇ……。私も陸上部出身だけど、逃げるのは得意でも戦うのは無理だと思う。あーーーあ、ゲームからログアウトできなきゃ、私は明日会社に出勤できないじゃない。ボーナスの査定が下がるぅーーー!」
「僕もアルバイトに行けなくなってしまって実入りが減る予定なんだけど、救援がいつ来るのかなんて向こう次第だからなぁ。もしかしたら今すぐに救援が来てゲームから出られるかもしれないし、ログアウトできるまでに長い時間がかかるかもしれない。このまま『ぼーーーっ』と待ち続けるのもどうかと思うから、まずはこの世界での生活に慣れないといけないんじゃないかな?」
「それに、このゲームの中で生活するにもお金がかかるのよねぇ。結局ゲームの中でも生活するために必要なお金をどうするか考えないといけないなんて世知辛い。現実世界はクソゲー、なんてミームがあるけど、このゲームの中の生活もクソゲーね」
「そんなこと言うと、運営会社の人が怒って姉ちゃんだけ救出してもらえないかも。……このゲームで死んじゃうと僕たち自身も死んでしまうってのは、はっきり言ってクソゲーなんて超越している仕様だけど……」
僕たち以外の大半の人たちは、茅場晶彦を名乗る赤ローブ巨人が宣言したルールを聞いて大混乱に陥っているのだから。
むしろ、この状況で割と落ち着いている僕たちが異端かもしれない。
現実感がないんだよなぁ。
「このゲームでお金を稼ぐには、モンスターを倒すのが主流とはいえ、僕たちはすでにゲームの中で料理をしてみた。もしかして、料理プレイでいけるか?」
「それでお金を稼げれば、それに越したことがないか。無理して戦う必要ないものね」
「だよね」
SAOに閉じ込められた一万人は千差万別。
僕と姉ちゃんに、自分たちがこのデスゲームをクリアしなければ、などという殊勝な考えは微塵もなかった。
ただ、たとえゲームの中の世界でも、普通に生活するとお金がかかるという現実が重くのしかかってきた。
「安全な街で野宿して、空腹を耐え凌げば死ぬことはないらしいけど……」
僕としてはいくら飢え死にしないとはいえ、そんな時間の潰し方は嫌だけど。
いつ救援がやってくるか不明というのもある。
「私もいつ救援が来るのかわからないのに、そんな生活をずっと続けるのは嫌。それと優月、私たちは最悪の事態も想定しておく必要もある。このままずっと救援が来ず、誰もゲームをクリアできないまま年老いて死んでしまうか、いきなりゲームが強制終了して私たちの意識が消し飛び、死んでしまう可能性だってあるじゃない。だとしたら、私たちの夢である『安達食堂』の再開は叶わなくなってしまう。けど、 もし現実ではないとはいえ、ゲームの中でならその夢がかなえられるかもしれない。ここまでリアルなら、現実もゲームも同じだって考えられる」
「最悪な未来も……。で、姉ちゃんは、なにをするつもりなの?」
「さっき色々と買い食いや料理をしてみたけど、ほとんど現実の世界の食べ物の味と差がないことが判明した。そして、このゲームではプレイヤー同士での金銭のやり取りも可能。それなら、せっかく覚えたスキルで作った料理を売って、お金を貯めて店舗を購入して飲食店を開くってのはどう?」
「飲食店かぁ、悪くないかも」
僕と姉ちゃんの夢は、両親が不慮の死を遂げて閉店せざるを得なかった《安達食堂》を再開させること。
それをゲームの中で成し遂げるのか。
「ゲームで調理の腕を上げられるとは思わないけど、たとえゲーム内の飲食店経営でも、接客やお金の流れは実際に経験することができるから、決して無駄な経験にはならないと思う」
「飲食店ってのは、ただ料理を作ればいいってわけじゃないからね。その辺の流れも経験できるのは悪くない」
アルバイト先でも少しは経営面について教えてもらっているけど、アルバイトだから料理が主になってしまうからなぁ。
「あと、お金がなくて野宿になっても死なないとは思うけど、ちょっと勘弁してほしいかな」
「少なくともベッドの上で寝て、たまにはお風呂に入りたい」
周囲は大騒ぎなのに、マイペースで相談を続ける姉と弟。
僕たちがゲームの素人すぎて実感がないのもあるが、同じようなショックは両親の死で経験していたから、なるようにしかならないと思っていた。
人生って、突然なにが起こるかわからないから。
「もう一つ、あの赤いローブ姿の巨人が、百階層あるアインクラッドを攻略すればログアウトできるようになるって言っていたけど、彼が本当のことを言っている保証はないよね」
もしかすると、次の瞬間ゲームの電源が強制的に切られ、自分たちは死んでしまうかもしれない。
だからこそ、たとえゲームの中でも自分たちの好きなことをやっていこうと決意したのだ。