ソードアート・オンライン オルタナティブ グルメ・シーカーズ
第二話 料理してみる姉と弟
「料理スキルは取った……熟練度はまだゼロだけど。必要最低限の食材、調味料、調理器具も購入した……お金が足りないから武器を売ったけど。さあ優月、始めるわよ」
「オーケー」
多くのプレイヤーたちが物見遊山気分で観光しているなか、僕と姉ちゃんは小さな広場で早速料理を試してみることにした。
そんな僕たちに奇異の視線を送るプレイヤーたちもいるけど、ゲームの中で飲食と料理を経験することが一番の目的なのだから。
「レンタルキッチンなんて、気が利いたものはないのか。キャンプみたいだね」
「そういうものもあるかもしれないけど、私たちのプレイ時間と所持金では手に入らないと思う。まずはどうする?」
「よくわからない謎肉……モンスターを簡単に焼くことから試してみるか。ただ、そのまま焼くと問題あるかも」
値段も安く、レアリティを確認してみると実際最低ランクだったので、硬くて筋張っている可能性が高い。
「筋切りを兼ねて、肉を薄くスライスしてみよう」
購入したまな板をベンチに置き、その上に謎肉をセット。
そして、お買い得品だった安いキッチンナイフを構える。
「本当は立ったまま調理したいんだけど。腰の高さぐらいあるテーブルが欲しい!」
何分お金がないのですべての調理器具を揃えきれず、中腰なのは仕方がないか。
ゲームの中で腰を痛めることはないだろうけど、なんか慣れないなぁ。
「次は、この肉を薄切りにする ……《食材をカットする》を選択……なんか普通の料理と勝手が違うので違和感を覚えるな」
僕自身がこれまでに覚えた包丁捌きを実践するわけではなく、ウィンドウを開き、ポップアップメニューから調理を選択するだけなんだけど、慣れないので変な気分だ。
「ただのスライス肉だと面白くないな」
試しに色々と購入してみた食材の中から、ネギに似た野菜と塩を選択してから、カットを選択した。
その際、僕は普段包丁を握る時と同じように姿勢を正し、キッチンナイフの柄を正しく持ち、食材と向き合う角度と距離も普段と同じようにする。
料理はオートだから意味はないのかもしれないけど、半分癖みたいなものだし、もしかしたら結果に少しでも影響が出るかもしれないのだから。
「お肉、ネギ、塩……といえばこれしかない!」
「よし! 成功した!」
調理の熟練度がゼロだったので心配したけど、肉を切るだけなら難易度が低かったようで無事に《ネギ塩肉》が完成した。
「タンだけじゃなくて、他のどんなお肉にもネギ塩は合うからね」
「早速焼きましょう」
「了解」
広場の端で、やはり購入した炭で火を起こし、フライパンを熱して『ネギ塩肉』を焼いていく。
こちらもあまり難易度が高くなかったようで、無事に成功した。
「早速食べてみましょう。いただきます」
「いただきます」
よく焼けた『ネギ塩肉』を食べると、レアリティの低いお肉だからか、脂が少なくてアッサリしており、ところどころ筋があって硬かったけど、まあまあ美味しかった。
「ネギでお肉の獣臭さが大分消えているわね。じゃあ、次々」
「次は汁物かな?」
次は、別の鍋の中にカットした、一階層で手に入れた見たことあるような、ないような野菜たち……齧ってみると、キャベツやニンジン、タマネギの味がするもの……と一緒に、プレイヤーたちがフィールドでよく食べるらしい、干し肉をカットしたものを煮込んでいく。
「野菜と干し肉からいい出汁が取れて、塩気とスパイス成分は干し肉が補ってくれるから、いいポトフが作れるはずなんだ」
「無事に成功するといいけど……」
『煮込む』も難易度が低いおかげか、ポトフも無事に完成した。
姉ちゃんの分も器によそってあげて、早速味を見てみる。
「スープに野菜の甘味と旨味、干し肉の旨味に、塩気と使ってあるスパイスのおかげで、思ってたよりも本格的なポトフになってる。スープを飲むと、滋味溢れるって感じ」
「現実の世界で食べ物を食べる時の感覚とほぼ変わらないみたいだね。スープや野菜はいいけど、旨味、塩気、スパイス分をスープに奪われてしまった干し肉は残念。まだ謎肉が残っていたから、これもプラスすればよかったんだ」
「筋ばった謎肉も、長時間じっくり煮込めば柔らかくなるのかも。居酒屋で出てくる牛スジ煮込みみたいに」
「どうかな? あそこまで柔らかくするには圧力鍋か、相当時間を長くセットして煮込まないと駄目かもしれない」
「料理にかかる時間はともかく、作業的には材料をセットして調理を選択、成功率は熟練度次第っのは、楽だけど違和感がある。でも、料理の味に関しては現実とあまり変わらないことがわかったわ。あとはこれを明日、会社の上司に報告しつつ、上手くすればSAOでデータ収集をするという名目で仕事ということにしてもらえれば、遊んでいるのに仕事をしているという最高の状態に!」
「……そんなに都合よくいくものかな?」
ネギ塩肉、干し肉のポトフを完食し、調理器具を片付けながら……僕はゲーム内で調理をする時のとても素晴らしいメリットを発見した。
それは、食器や調理器具の片付けがとても楽なのだ。
現実世界でも汚れた調理器具や食器が、ポップアップメニューで洗浄を選択するだけで綺麗になれば、こんなに楽なことはないのに……。
「とにかく、このゲームは私たちでも楽しめることが分かったのは収穫よ。そういえば、もうあんまりお金が残ってないけど」
「詳しくは知らないけど、このゲームの中では料理を作って売ることもできるらしいから、外に出てモンスターと戦わなくても問題ないと思うよ。どうせ姉ちゃんも僕も武器を持ってないし」
「全部売っちゃったもんね。どうせ所持金がゼロになっても構わないから、もっと他の食材を……。その前に、ちょっと会社の上司に速報だけでも入れておこうかな」
半分仕事だから、たとえ日曜日でも上司に報告をする。
社会人だなぁ。
「ここで上司からの評価を獲得しておくことが、後日、『SAOで遊びながら仕事ができるぞ作戦』に繋がるのです。ちょっと一旦ログアウトするけど……あれ?」
「どうしたの? 姉ちゃん」
「メニューに、ログアウトのボタンがない……」
「まさか、初心者だから見逃したんじゃないの? ……本当にない……」
姉ちゃんに言われてメニューを開くと、本当にログアウトボタンがなかった。
「バグ? 今日はサービス初日だからありそうな話だけど……」
僕も一旦ログアウトして、権利を譲ってくれた従兄たちが帰宅していたら、このゲームの様子を伝えに行こうと思っていたのだけど……。
「もしかすると、見逃しがあるかもしれない!」
僕も姉ちゃんも、見慣れぬメニューの端から端まで食い入るように探すけど、ログアウトのボタンは一向に見つからなかった。
「ログアウトボタンをクリックする以外に、このゲームから出る方法ってあるの?」
「確か、ゲームの電源が切られるか、ナーヴギアが頭から外されれば。私が事前に調べた知識によればだけど……」
「じゃあ無理じゃん。僕たちは二人暮らしで、二人ともこのゲームにログインしているんだから。あっ! でも、このゲームを貸してくれた早馬さんと一馬さんがなんとかしてくれるかも!」
「あの二人、大丈夫なの? デートで浮かれていて、この緊急事態に気がつかないかも」
「初日の権利を僕たちに譲ったとはいえ、このゲームを楽しみにしていたんだから大丈夫だよ。それよりも、早くログアウトしたい。今日は刺身にしようと思って、冷蔵庫にマグロの柵を入れておいたんだから。しかも本マグロで、今日食べると一番美味しくなるように下処理して寝かせておいたんだよ。今夜食べないともったいないじゃん!」
五年前に事故で両親を亡くした僕と姉ちゃんは二人で暮らしていて、近くに住んでいる伯父さん、伯母さん、従兄たちが気がついてくれないと、このゲームからログアウトできない。
こんなことなら、伯父さんの家でログインしておけばよかった!
僕が、久しぶりに安く手に入れた本マグロの刺身に拘ったばかりに……。
「こんな時、どうすればいい? コールセンターに電話する? あっ! スマホがない! コールセンターの電話番号もわからないし……」
姉ちゃん、ゲームでコールセンターに電話なんてできないから。
というか、VRMMOでコールセンターって……。
「姉ちゃん、落ち着こうよ」
原因は不明だけど、ログアウトできない事実を知って困惑している僕と姉ちゃんを、突然鮮やかなブルーの光が包み込んだ。
それと同時に周囲の景色が徐々に薄くなっていき、突然眩しく光って僕たちの視界を奪っていく。
ようやく眩しさから抜け出したと思ったら、別の場所に強制的に移転させられたようだ。
「なんだ? 急に?」
「優月、ここはどこ?」
「ここって、スタート地点じゃないかな? 中央広場だっけ? でもどうして急に?」
「そんなこと、ゲームの素人である私にわからないって」
一旦冷静になって周囲を見渡すと、そこには多くのプレイヤーたちがいて、僕たちと同じように突然中央広場に飛ばされたようで何事かと大騒ぎをしていた。
そんなことをしている間に、上空から赤いローブを纏った巨人が姿を現す。
顔がよく見えないんだけど、この人もゲームのキャラクターなのかな?
「ラスボス?」
「それは上の階層にいるんじゃないの?」
「ゲームの最初だから、挑戦状を叩きつけにきたとか?」
「いかにもゲームらしい演出ね、それ」
いまいち状況がよくわからないままでいると、赤いローブの人がなにやら話し始めた。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』、『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』などと言葉を続ける。
「で、あいつはなんて? つまらなくて長い挨拶でもするつもりかしら? まるで校長先生みたいに」
「どうなんだろう?」
話を聞いていると、彼はとんでもないことを言い始めた。
なんと僕たちプレイヤーは、このゲームをクリアするまで自発的にログアウトできないというのだから。
「……あれ? 今日ってエイプリルフールだっけ?」
「んなわけないでしょうが。今日は11月6日で、エイプリルフールは半年先。これってドッキリ?」
姉ちゃんも、僕と言っていることのレベル変わらないし!
さらに赤ローブ姿の茅場晶彦の言葉は続き、もし外部の人間が、僕たちが装着しているナーヴギアを外そうとした場合、脳が焼かれて生命活動が停止する。
つまり死んでしまうと衝撃的な発言を繰り出した。
「……えっ? という体の強制イベント?」
「ゲームをクリアするまでログアウトできないとか、強制的にログアウトしようとすると死ぬなんてあり得ないでしょう」
とはいえ、詳しいのは専ら料理だけの僕らに、 ナーヴギアの技術的なことなどわかるはずもなく、正直判断しようがなかった。
あり得ない発言を連発する茅場晶彦であったが、僕たちはまったく実感がわかない。
これは、初手からゲームを盛り上げるためのサプライズイベントだろうと思っていた、思いたかったからだ。
きっと、『なんて冗談でした』ってなるに決まっている。
なぜなら、そんな危険なゲームが発売されるわけがないからだ。
だがその後、まったくもって顔が見えない茅場晶彦によって、とんでもない情報がもたらされた。
すでに二百十三名のプレイヤーが、現実世界でも死んでしまったのだと。
現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットメディアはこの状況を、多数の死者が出ていることも含め、繰り返し報道している。
僕たちのナーヴギアが強引に取り外される可能性は減っていて、すでに病院その他の施設へと搬送され、厳重な介護体制のもとに置かれるはずだと。
「そんな……これって現実なの……」
「残念だけど、事実みたいだ」
さすがに僕たちも、これが冗談だとは思えなくなってきた。
そしてトドメを刺すかのように、衝撃の事実が告げられる。
ゲームでHPが尽きて0になると、現実世界の自分も死んでしまう。
さらにこのゲームからログアウトしたければ、プレイヤーの誰かが百階層もあるアインクラッドを完全攻略してラスボスを倒す必要があると。
「アインクラッドって百階層も……いったいクリアするのに何年かかるの!?
そしてアイテム欄に手鏡……これになんの意味が? あっ…… 」
最後に、茅場晶彦から強制的にプレゼントされた手鏡。
どんな効果があるんだと手に取ると、突然僕と姉ちゃんを白い光が包み込み、ホワイトアウトしてその視界を奪った。
数秒後、ようやく視覚が回復すると、僕の目の前にはログイン時にオートで作った見栄えだけはいい女性キャラのアバターではなく、毎日見慣れている姉ちゃんの姿があった。
「あれ? どうしてそのままの姉ちゃんが?」
「私の目の前にも、そのままの優月がいるけど……」
《手鏡》を覗き込んでみると、僕もオートで適当に作ったアバターではなく、毎日見慣れている顔が写っていた。
イケメンでもなく、ブサイクでもなく。
そう、僕は学校のクラスによくいる多数派の男子生徒でしかないのだから。
「これが、このゲームも現実って意味?」
周囲にいるプレイヤーたちを見ると、彼らも髪の色や身長や体型がリアルに戻っていた。
別に悪いことではないはずなのに、なんかモヤっとするのも事実だ。
「茅場晶彦って、実は性格悪いのかも。ゲームって現実を忘れて楽しむためにあるってのに、元の顔や体型を表示するなんて!」
「……」
姉ちゃんは美人寄りの人だから、元の顔でも悪くないと思うけど……。
「あっでも、アバターで膨らませた胸が元通り平たくなっちゃったね」
「余計なことを言わないように!」
「痛っ!」
姉ちゃんに拳骨を落とされたけど、確か町の中ではダメージを受けないんだっけ。
視界の左上に表示されているHPバーを確認してみたけど、さすがにこの程度ではHPは減らないか。
続けて念のため、もう一度メニューを開いてみたけど、やはりログアウトは選択できなかった。
僕たちは、本当にゲームからログアウトできなくなってしまったのだ。
「明日、友達にこのゲームの感想を伝える予定だったんだけどなぁ。アルバイトだって、今日は日曜日で忙しいところを、ようやくお休みがもらえたっていうのに……。明日のアルバイトどうしよう? 店長に連絡……できないしなぁ」
「私、やっと有給が発生したばかりだから、そんなに休めないのに!」
やり慣れないゲームに参加してみたら、まさかゲームの世界に閉じ込められてしまうなんて。
どうやら僕と姉ちゃんは、かなり変わった星の下に生まれてしまったようだ。