ソードアート・オンライン オルタナティブ グルメ・シーカーズ
第一話 ログイン、超初心者二人
「凄ぉーーーい! これがゲームの世界だなんて信じられない」
「思っていたよりもリアルだなぁ。たまに僕が暇つぶしでやるスマホゲームとは全然違うね」
「当たり前でしょう優月。限定一万人しか入れないと謳っておいて、荒いドット絵が眼前に広がっていたら嫌じゃない」
「ドット絵って……姉ちゃん、いつの時代の人だよ」
「こんなところで世間話をしていても仕方がないから、早速《はじまりの街》を探索しましょう」
普段ほとんどゲームなんてしない僕、
世界初のVRMMORPG《ソードアート・オンライン》の正式サービスが開始され、最初にプレイできる一万人に選ばれたのだ。
いや、正確には僕の従兄たちがゲームソフトの抽選に運よく当たったのだけど、どうしても外せない用事があるそうで、代わりに僕たちが11月6日の初日にプレイできる運びとなった。
普段は、無料でダウンロードできるスマホゲームを無課金でポチポチとやるくらいだけど、これだけ世間で騒がれているゲームだったので、従兄たちからこの話を持ちかけられた時、僕も姉ちゃんも二つ返事で了承した。
学校でもクラスメイトたちから大変羨ましがられて、明日、月曜日にはどんな感じだったのか教える約束もしている。
姉ちゃんは、 実は半分仕事だって聞いているけど、飲食チェーン店を複数経営している会社とVRMMORPGとの関連性は僕にはわからない。
そして仕事とは言いつつも、ゲーム開始一時間前から僕の部屋に集合していたから、個人的にも楽しみだったのだろう。
姉ちゃん、ミーハーなところがあるからな。
新品のナーヴギアを装着して『リンク・スタート』と口にすると、いよいよVRMMOの世界に降り立つんだ……という実感が湧いてきた。
電子のワームホールを高速で進んでいく感覚を味わったあと、次に視界に入ったのは石畳の地面であった。
「ファンタジー風の世界だから、アスファルトで舗装されてなくて石畳なんだ」
「まさにゲームの世界って感じ」
事前にちょろっと読んだ紹介記事によれば、百層からなる先細りの構造を持つ浮遊城《アインクラッド》の第一階層らしいけど、ここからは全体の構造は見えないのは当たり前か。
「ゲームのスタート地点だからはじまりの街。まんまだね」
いかにもRPGの街というか、ヨーロッパの古い街の中に僕と姉ちゃんは立っていた。
「ここで立ち話をしていても面白くないから、早速行動開始!」
「姉ちゃん、まさか街の外に出てモンスターと戦うの?」
「今さらなに、とんちんかんなこと言ってるの。他のプレイヤーたちならいざ知らず、私たちがこのゲームをプレイする理由はただ一つ!」
この《ソードアート・オンライン》は自分の体を動かして戦うことが主体のゲームで、だから魔法は存在しないのだそうだ。
だがその代わりなのか、戦うばかりでなく、鍛冶、革細工、裁縫、釣り、農業、音楽、舞踏、料理……そう!
このゲームでは料理ができるのだ!
もちろん、飲食や飲酒も可能であり、僕たちはそれを体験するためにこのゲームを始めたと言っても過言ではなかったのだから。
「モンスターとの斬った張ったはベテランさんたちに任せて、早速調査開始!」
「調査?」
「NPCが提供する料理にも興味があるから、実際に調理をする前に、まずはゲームの世界で食べ物を飲み食いして現実との違いを調べるのよ」
「ああ、なるほど」
「優月、早く早く!」
「僕、一応このゲームでは『ユズ』なんだけど……」
ゲームの中ではたとえ姉弟でも、本名ではなくゲーム世界での名前で呼ぶのが決まりだって、前にネットで見たような……。
「私たちはそこまでのガチ勢じゃないし、優月こそ。私のことを『ヒナ』じゃなくて、いつもみたいに『姉ちゃん』って呼んでいるじゃないの。そんなこと気にしても仕方がないって。さあ」
「あっ、うん」
僕たちは、二人ではじまりの街の中を探索する。
まるでヨーロッパの古い観光地にでも来たような中世風の建物が立ち並び、僕たちも、他のプレイヤーたちも、興味津々といった感じで観光を楽しんでいる。
しばらく歩くと青空市場が見えてきた。
一見NPCキャラとは思えない欧米人風の人たちが、道の端に食料品や、軽食の屋台を出しており、道行くプレイヤーたちに声をかけている。
実在しているものから、見たことがない色や形のものまで。様々な野菜や果物が傾斜のついた棚で種類ごとに陳列されている。樽の中には豆類や穀物類が入れられ、桶の中には様々な種類の香辛料が入っていて、これは量り売りされていた。
モンスターの肉だろうか? 枝肉が吊るされいる。
鮮度が気になるところだけど、まあゲームの世界だからお腹を壊す心配はないはず……それとも腐った肉を食べると、バッドステータスになるのだろうか?
「魚は川魚かな? 隣のこの脚は……もしかしてカエル?」
「カエルのお肉だとしたら、やっぱり鶏肉のような味がするの?」
すぐにでも簡単な調理をしてみたいところだが、その前に、屋台で売っているものの味見をしてみることにした。
「このヒョウタンみたいな形の果物。買うとお店でカットしてくれるみたい」
「すみません、一つください」
ゲームを始めたばかりなので所持金は少ないが、元々の目的がゲームの中での調理や飲食なので、気にせずに購入してみる。
店主であるNPCキャラのおばさんは大きな調理用ナイフを使い、手慣れた手つきで果物のヘタの部分と皮を切り落とし、種の部分をくり抜いてくれた。
代金を払うと渡してくれたので、早速一口。
「甘味はかなり薄いけど、ほんのりとした甘さを楽しみたい人にはちょうどいいのかな?」
「私たちが普段食べている果物と違って、苦味と酸味が気になるわね。パイナップルと渋柿が混じったような……」
「ここはゲームの世界だから、現代日本のように品種改良や栽培方法で極限まで果物の糖度を高めるのは難しいのかも」
「もしくは、このゲームのアイテムにはレアリティがあるから、上の階層に行くと、そのまま食べてももの凄く甘い果物がありそう」
ゲームなので、高級青果店で売られているものよりも甘くて美味しい果物の味が再現されているかも。だとしたら、是非味わってみたいものだ。
「その可能性は高いね。でも、果物自体に苦味や酸味があることは決して悪いことではないよ。加工してスイーツを作る時、苦味や酸味があったほうが味が深まるから。甘味は砂糖で補えるし。実際、アップルパイを作る時に昔の品種である紅玉を使った方が美味しいんだよね。だから今も製菓店向けに、紅玉を作っているリンゴ農家ってあるんだよ」
「優月、随分と詳しいね」
「僕がアルバイトをしている《藤井珈琲》で人気のアップルパイは、特別に仕入れた紅玉を使っているから。次は……あの串焼きを食べてみようよ」
「賛成!」
果物をカットしてくれる屋台から少し離れた場所にある串焼きを売る屋台から、お肉が焼ける香りと、様々な香辛料の香りが混じったエスニックな香りが流れてきて、僕たちの鼻腔をくすぐる。
「串焼きを二本ください」
「へい、お待ち!」
店主である厳ついオジさんから、僕たちは串焼きを購入する。
なんの肉を使っているのか不明だけど、その原因の一つにこれでもかと大量の香辛料がまぶしてあるのも大きいと思う。
「ガチ中華のお店で食べる羊串みたい」
「筋張ってて肉の歯応えが凄い。あと、ほんのりと香る独特な獣臭が……。これは人を選ぶかも」
多分モンスターの肉なんだろうけど、かなり筋張っていて、よく噛まずに飲み込むと喉に詰まりそうだ。
若干の獣臭があるけど、大量に塗してある香辛料のおかげでそれほど気にならないし、これはこれで野趣あふれる味なので、好きな人は好きかもしれない。
「冷蔵庫がない世界……肉は干し肉と塩漬けが基本みたいだね。もしかしたら冷蔵庫っぽいアイテムもどこかにあるのかもしれないけど、多分そう簡単には手に入らないだろうから……」
特に干し肉は、町の外に出て戦うプレイヤーには必須の非常食になるんだろうなと考える僕だった。
「あまり試食ばかりしていてもお金がなくなってしまうから、このゲームの中で一番やりたかったことを始めましょう」
「そうだね」
SAOでは、プレイヤーが自由にスキルを選択することができる。
ウィンドウを開いて確認すると戦闘系のスキルが多いように見受けられる。でも、僕と姉ちゃんは迷うことなく『料理』を選択した。
「どうせ外に出て戦うこともないだろうから、戦闘系のスキルはパスで」
「熟練度はゼロ。当たり前だけど……」
「僕もだよ。ゲームの中では、包丁さばきや調理技術も通用しないのかなあ……。少しは経験が役に立つといいんだけど・・…・」
それと、料理の成否はスキル熟練度にも左右されるらしいから、料理を優先する戦術は間違っていないと思う。
「料理スキルを取ったから、ない人よりは上手に料理ができるはず。早速調理器具を買ってなにか作ってみましょう」
「賛成! でもちょっと所持金が足りないかも」
「それなら武器を売っちゃいましょう。ひとまず最優先は料理! 当面武器なんて使わないもんね」
「それもそうだね。これも僕たちがこのゲームで料理をするためだ」
武器は、あとで必要に応じて買えばいいのだから。
ゲーム名は《ソードアート・オンライン》なんだけど、剣を振るうのは残り残り九千九百九十八名のプレイヤーたちに任せて、僕たちはゲームの中で作った料理の味を確認してみることにしよう。