ソードアート・オンライン オルタナティブ グルメ・シーカーズ2
プロローグ 牛肉料理
「見事なステーキ被り……。他の料理人プレイヤーたちは、どうして別の料理を作らないのかな?」
「ステーキは高いってイメージがあるから、値段を高く設定しやすい。パン、スープ、サラダ、デザートとつければさらに価格を上げられる。ここ第二層は牛エリアで食材の牛肉は手に入りやすいし、ドロップ品を他のプレイヤーから安く仕入れることも可能だもの。そりゃあ、手を出すでしょう」
「お肉を焼けばいいから、料理スキル熟練度が低いプレイヤーでも手が出しやすいものね。肝心のお味は……ピンキリでしょうけど」
「ステーキの場合、見た目で味の差がわかりにくいしな。ましてや、ここはゲームの中なんだから余計にそうだ。それはつまり、料理スキル熟練度が低い料理人プレイヤーでも、料理スキル熟練度が高いプレイヤーと勝負がしやすいってこと。ただ数日もすれば味はバレて、閑古鳥が鳴いている屋台もあるけど」
無事に、アインクラッド第一層を脱した僕たちは、草原と岩石のサヴァンナステージである第二層に上がった。フロアボス討伐にはなんら貢献していないけど、新しい階層に行けるのも、攻略集団のおかげだ。
《転移門》がある街《ウルバス》は、巨大なテーブルマウンテンをくり抜いて作られている。
その広さゆえか、僕たちも含めて多くのプレイヤーがここを拠点としており、商売相手には事欠かないが、ライバルである料理人プレイヤーも増えつつあった。
今日も僕たちは、限定クエストで苦労して手に入れた《エブリウェア・フードストール》を使い、お客さんに料理を売っている。
新しいメニューを増やしたのが功を奏して、売り上げは順調だ。
だが、その近くには暇そうにしている料理人プレイヤーたちの屋台も見かける。
まだ第二層だからか、お店を購入したり借りた料理人プレイヤーはいないようで、組み立て式だったり、木製の荷車にのせた屋台で料理を売る人たちだ。
フィールドに出てモンスターと戦うとなると、どうしたって命を落とすリスクがある。
フィールドに出ずに生き残る手段として、僕たちの成功例を真似た料理人プレイヤーも最近増えてきたのだった。
ただこれらの屋台は重すぎて、《エブリウェア・フードストール》のようにストレージに仕舞うことができない。
そのため、他の村や町への移動がかなり困難なはず。
彼らも僕たちと同じ料理人パーティーだから、屋台を引き、守りながらモンスターと戦って移動する戦闘力はないはずだ。
新しい食材を手に入れるためにフィールドを移動したり、モンスターを狩ったりする時には、どこかに預けるか、長期移動の際には手放さないといけないかもしれない。
それらのデメリットがない《エブリウェア・フードストール》を手に入れた僕たちは、その幸運を嚙み締めながら料理を売っていた。
「……こんなものかな?」
「ロックさん、どうですか?」
「ついに《正確さ》を+4にした、《インサイシヴ・キッチンナイフ》でカットと筋切りをしたから、硬くて食べられないってことはないと思うが……。はいよ」
一人炭を熾して串焼きを焼いていたロックさんから、僕たちは試食用として《牛串》を一本ずつ手渡された。
このところ新メニューが本格的な料理に偏っているので、初心に返って気軽に食べられるメニューをロックさんが開発しているところだ。
入手が比較的簡単な《トレンブリング・オックス》の肉を、限界まで強化した《インサイシヴ・キッチンナイフ》で丹念に筋切りしてからひと口大にカット。
これを串に刺してから焼き、食べ歩きが可能なようにする。
ヒントはお祭りの屋台で売っている牛串で、炭が真っ赤に燃えた焼き台の上でロックさんが一生懸命試作品を焼いている。
火力が強いからといって、SAOの世界で汗が噴き出すということはないけど、ロックさんは頭にどこからか手に入れた布をハチマキのように巻いており、誰が見てもお祭りの屋台の店主に見えると思う。
「どうだ? ユズ」
「いいですね。屋台の串焼きを思い出します」
SAOにログインした日、姉ちゃんと食べたモンスター肉串よりも柔らかくて食べやすい。
料理スキル熟練度の上昇と、他のプレイヤーが集めた素材を料理と交換してもらって限界まで強化したインサイシヴ・キッチンナイフのおかげだ。
硬さと筋が気にならないといえば噓になるけど、安く売るのでその辺は値段相応だと思ってほしい。
できれば醬油と味噌ベースのタレが欲しいところだけど、ないものねだりをしてもしょうがないので、岩塩とハーブ、香辛料を組み合わせて『クレイジーソルト』っぽいものを作って振りかけてあるが、これも悪くないな。
肉本来の味がわかりやすく、獣臭さも消してくれるのだから。
「ヒナさんはどう思う?」
「値段相応だと思いますよ。今後、レアリティの高いお肉で串焼きを販売する時は、もっと値段を上げればいいんですから」
「ならば試しに売ってみるか! 《トレンブリング・オックスの串焼き》は一本20コルだ! オヤツ代わりに食べるのもよし、他の料理につけるのもよしだ」
ロックさんが《牛串》を売り始めると、物珍しさから早速購入するお客さんが現れた。
「他の屋台のステーキは高いから、お金がない時はこれでいいかな」
「多少肉の硬さは気になるけど、ステーキなのにこれよりも硬かったり、筋が気になる肉もあるからなぁ。十分良心的だろう」
「夏に、お祭りの屋台で買って食べた牛串を思い出す。一緒に食べた元カノ、元気かなぁ」
牛串は、お客さんたちに好評だった。
次々と売れるので、ロックさんは焼き台から離れずに牛串を焼き続けていた。
「ステーキは高いけど、第二層ならではの味を気軽に味わいたい。そこでこの牛串ってわけね。ロックさん、よく思いつくなぁ」
「年の功ってやつだな。チェリーさん、そっちはどうかな?」
「デザートはよく売れているわ。残念だけど私たちの戦闘力では《トレンブリング・カウ》のミルクを手に入れることができないから、生クリームじゃなくて、《牛乳クリーム》だけど。これもサッパリしているけど評判は悪くないわ」
チェリーさんが作った《牛乳クリーム》とは、牛乳をゼラチンで固め、これを《ハンドミルサー》で根気よく攪拌していくと、ホイップした生クリームに近いものができるというものだ。
ちなみにゼラチンは、現実世界においても、牛の骨や皮から作られている。
大量にポップする牛モンスターから材料を手に入れられるようになったので、二層ではゼラチンがより《調合》しやすくなって嬉しい。
僕が不勉強で牛乳クリームを知らなかったんだけど、動画配信サイトで作り方も紹介されているようだ。
生クリームほど脂肪分がないので味はアッサリしているが、想像以上に生クリームっぽいので、生クリームを手に入れるまでの繫ぎとして売り上げに貢献していた。
特に人気なのは、ジャム黒パン、ゼリーにオプションでのせることだ。
できれば、一日も早く濃厚な生クリームを手に入れたいけど。
「他のプレイヤーたちも、現時点で《トレンブリング・カウ》を倒せる人はとても少ないから、買い取りもできませんしね」
「濃厚な生クリームが作れる《トレンブリング・カウ》のミルクの入手は今後の課題として、《牛乳クリーム》を使った菓子パンを作ったわ」
チェリーさんが試作したのは、黒パンに切れ目を入れ、そこに『これでもか!』と大量の牛乳クリームを詰め込んだ《マリトッツォ風牛乳クリームパン》であった。
「《トレンブリング・カウ》のミルクを使わない分、かなりのお買い得品よ」
チェリーさんが、切り込みを入れた黒パンに牛乳クリームを詰めていると、それを目撃したプレイヤーたちが集まり、《マリトッツォ風牛乳クリームパン》は飛ぶように売れていく。
「牛乳とゼラチンで泡立てたクリームかぁ。生クリームよりもサッパリしているけど、沢山食べられちゃう」
「私にもください。《トレンブル・ショートケーキ》は高いけど、こっちなら気軽に食べられていいわね」
「俺はお酒が飲めないから、甘い物が食べられると嬉しいな」
SAOでは数少ないとされる女性プレイヤーが多く集まり、他にもお酒よりも甘い物が好きな男性プレイヤーも嬉しそうに、《マリトッツォ風牛乳クリームパン》を頰張っていた。
「売り上げは順調に増えているけど、一品メインになる料理が欲しいところね。ステーキはレッドオーシャンすぎるけど……」
「どうしてみんな、同じ料理を出してお客さんを分散させちゃうかな?」
お客さんが少なくて暇だからって、こちらに恨めしそうな視線を送り続けないでほしい。
「うちで出している、別の料理を真似すればいいのに……」
「ユズはそう言うが、俺なりに分析したところ、彼らが多彩な料理を提供するのはかなり難しいと思うぞ」
彼らだって順調に料理スキル熟練度は上がっていると思うし、むしろ僕たちよりもゲームに慣れているから、美味しく、多彩な料理を出せると思うんだけど……。
「料理人プレイをしているとはいえ、彼らは元々戦うのが基本のゲーマーだろう? さらに若いから、普段料理なんて滅多にしないはずだ。料理人になるべく、子供の頃から料理をしていて今もアルバイトで修業をしているユズ。飲食チェーン店を複数経営している会社の企画部で働いているヒナさん。スーパーの惣菜コーナーで働きながら主婦もしているチェリーさん。昔は飲食業界で働いていて、今はグルメレポートで食べている俺。その経験が、SAO内での料理にかなり役立っているんだろう。同じ試行錯誤するにしても、ヒントがある俺たちの方が答えに辿り着きやすいはずだ」
SAOはリアルに近いからこそ、現実世界での調理経験や料理の知識が参考になる。
普段料理をしないプレイヤーたちは、そこの知識がないから失敗が多く、真似したくても挫折してしまうのかも。
ロックさんの言葉には説得力があるな。
「だから簡単に作れる料理……この場合ステーキね……をみんな、同じように作って売るのかもしれないわ。とにかく簡単な料理でも作り続けて料理スキルの熟練度を上げれば、新しい料理へのハードルが下がるかもしれないもの」
「チェリーさん、それだよ」
だから他の料理人プレイヤーたちは、判で押したようにステーキを売っているのか。
「ならば僕たちは、ここで油断することなく次々と新しい料理を開発する必要がありますね」
「そうねぇ。せっかくの牛エリアだから、やっぱり牛肉を前面に押し出すメインの料理が欲しいわね。ユズ、今夜は作戦会議と料理の試作よ」
「姉ちゃん、新しく売り出す、牛肉を前面に押し出した料理って……」
「それは今夜試作してのお楽しみね」
そういえば数日前、《グルメギャング団》を名乗るパーティーに宣戦布告されたりもしたので、ステーキじゃないメインの牛肉料理を考えないと。
だって僕たちは、現在一つしかない《エブリウェア・フードストール》を持ち、料理人プレイヤーの先頭を走る《食の探求団》なのだから。