ソードアート・オンライン オルタナティブ グルメ・シーカーズ2

第一話 トレンブル・ショートケーキ

「あれ? 早速今夜は、ステーキじゃない新しいメニューの開発をするんじゃなかったの? こっちは宿の方角じゃないけど……」


 本日の屋台営業も無事に終わり、《エブリウェア・フードストール》を畳んだ僕たちは、このところ毎日利用している常宿を目指して夜のウルバスを歩いていた。

 すでに夜の帳は下りており、外で戦っていたプレイヤーたちの大半は街に戻っている。

 彼らはそれぞれに、夜の街で食事やお酒、買い物、その他……SAOでは歓楽街も存在するのだろうか? あっても僕は行かないけど……を楽しんでいるようで、日本の都市部ほどではないにしても、街中はかなり賑わっていた。


「人間には、時にこういう潤いも必要だよな。どこかに面白い飲食店があるといいんだけど」


 ロックさんは時おり、メインストリートを歩きながら見つけた店の中を覗きながら、熱心にメモを取っている。

 もし面白そうな店が見つかったら、空いている時間に取材に行くつもりなのかな?

 そして僕はというと、一つ気になっていることがあった。


「姉ちゃん、そっちは宿の方角じゃないって。もしかして道に迷った?」


「優月、今夜は噂の《トレンブル・ショートケーキ》を食べるから」


「えっ? そんな話、僕は聞いてないけど?」


「それはそうよ。だって今決めたから」


「今?」


「そう今」


「……まあいいけどさぁ……」


 たまに食に関する情報も掲載されるので、僕も《アルゴの攻略本》は定期的に目を通すようにしているから、《トレンブル・ショートケーキ》のことは知っている。

 第二層のフィールドで遭遇できる、超巨大雌牛《トレンブリング・カウ》のミルクから作られる生クリームをふんだんに使用してあるため、気軽に食べに行くのを躊躇する値段だということもだ。

 確かに僕たちの商売は上手くいっているけど、自分たちのお店を開くという夢を実現するためには大金が必要なので、ここは無駄遣いをせずに節約した方がいいのでは?

 とパーティーのリーダーとして思わなくもなかったが、食の探求団の真のリーダーにして財政担当でもある姉ちゃんが行くと言っているのだから、もうこれは決定事項だろう。


「優月、昼間の話を覚えている?」


「昼間? 他の料理人プレイヤーの、料理のレパートリーが少なすぎるという話かな?」


 彼らはゲーマーであって料理人ではないから、SAOの中だと作る料理のレパートリーが自然と貧弱になってしまうことかな?


「そうそれ! でもね、私たちだってこれまでの知識と経験に胡坐をかいていたら、じきに料理経験を積んだ彼らに出し抜かれてしまうことだってあるはず。油断は禁物よ」


「それはそうかもしれない。でもだから、宿で夕食を自炊しながら、ステーキに代わる新メニューの開発をするんじゃないの?」


「新しい料理のアイデアを出すという行為は、いわばアウトプットじゃない。いいアイデアをアウトプットするためには、定期的にインプットをしなければ駄目なのよ」


「言いたいことはわかるけど……」


 ただ僕たちは、ステーキに代わる新しい料理を作りたいわけであって、デザートである《トレンブル・ショートケーキ》を食べても参考になる気がしないんだ。


「それならどこか、人気のレストランで珍しい料理を食べた方がいいと思う」


「ノンノンノン。優月は甘いなぁ。新しい料理のアイデアを出すのに、必ずしも料理を食べなければいけないなんて思い始めたら、それは思考の停止にすぎない。スイーツである《トレンブル・ショートケーキ》を食べてみたら、そこに新しい料理のヒントが隠されていた! ってね」


「そんなこと、あるのかなぁ?」


 姉ちゃんの言い分はかなりの屁理屈というか……ただ単に、久しぶりに生クリームたっぷりの《トレンブル・ショートケーキ》を食べたいだけではないのかと。


「チェリーさんが頑張って牛乳クリームの実用化に成功したけど、やはり本番は生クリームを使ったスイーツだから。料理をする前にその味を確認することが、料理の成功率を上げるコツだと、チェリーさんも思いますよね?」


「そうね。《トレンブル・ショートケーキ》って言うくらいだから、ケーキを作る時の参考になると思うから、私も食べたいなぁ──」


「ですよねぇ、チェリーさん」


「ユズ君、これも新しいスイーツ開発のためだから、ね?」


「……」


 ゲームに疎い僕も、さすがに少しはSAOのシステムについて勉強したから、料理を試食したところで成功率が上がらないことくらい知っている。

 姉ちゃんとチェリーさんは、ただ単にスイーツ大好き女子の視点から《トレンブル・ショートケーキ》が食べたいだけだと思うけど、僕は名ばかりのリーダーで、真のリーダーで財政担当は姉ちゃんだ。

 なによりパーティーメンバーの四人中二人が賛成したのなら、僕としてはこれ以上反対する理由がなかった。

 個人的にも、僕は甘い物が嫌いではないし。


「ロックさん、どう思います?」


「いいんじゃないか。俺はどちらかというと甘味よりも酒だけどな」


 ロックさんも《トレンブル・ショートケーキ》を食べに行くことに賛成したので、僕たちはウルバスの東西のメインストリートから細い道を北に曲がり、続けて右、左と。

 これは情報がなければ、目的のレストランに辿り着けなかったな。


「このレストランかぁ。いざ行かん! 《トレンブル・ショートケーキ》を食べるために!」


「楽しみねぇ。生クリームたっぷりのケーキ」


 姉ちゃんもチェリーさんも、久しぶりに生クリームを使ったケーキが食べられると、喜び勇んで店内に入っていく。

 僕とロックさんも、静かに二人に続いた。


「むむむっ、このお店の料理は結構いい値段がするのね。サラダとパンとシチューだけのくせして」


「姉ちゃん、言い方」


 食べてみるとパンは白くて柔らかいし、サラダは野菜が新鮮で美味しかった。

 シチューももの凄く美味しいというわけではないけど、上品な味に仕上がっているので値段相応なのではないかと。

 そして改めてメニューを見ると、それ以上に高価な《トレンブル・ショートケーキ》も書かれていた。


「夕食もとったし、《トレンブル・ショートケーキ》は大きいから、二人で一つの方が……」


「《トレンブル・ショートケーキ》を四つください」


 残念ながら僕の意見は姉ちゃんに受け入れられず、しばらくすると《トレンブル・ショートケーキ》が人数分、僕たちの前に置かれた。


「デカッ!」


「これは想像以上に映えるわね」


「生クリームがこんなに沢山……これを全部食べても太らないなんて最高ね」


「……」


 僕が《トレンブル・ショートケーキ》に最初に抱いたイメージは、ケーキというよりも、生クリームと果物をてんこ盛りにして、SNS映えを狙ったパンケーキであった。

 勿論これはパンケーキではないけど、暴力的な生クリームの山と大量にのせられた苺に似た果物が、僕にそういうイメージを抱かせるのだ。


「(こういう生クリームをドカッとのせて目立たせたデザートって、実はそんなに美味しくないんだよなぁ……)」


 生クリームてんこ盛りのパンケーキだって、焼きたてのパンケーキの熱ですぐに生クリームが溶けてしまったり、そもそも生クリームが多すぎてその味に飽きてしまったりと、決して美味しくはない。

 アルバイト先の藤井珈琲でも、こういうSNS映えを狙った生クリームたっぷりのパンケーキやケーキを試作したことがあるけど、最後まで美味しく食べることができないからという理由で、新メニューとしては採用されなかった。


「(中はどうなっているんだ?)」


 大きな皿に、まるで雪山のように鎮座している《トレンブル・ショートケーキ》を、やはり大きなナイフでカットしてみると、中には黄色いフワフワのスポンジ、苺入りクリーム、スポンジ、苺入りクリームの四層構造になっていた。

 想像していたよりもちゃんとしたケーキのようだ。


「ただ生クリームをてんこ盛りにしたってわけじゃないのか。姉ちゃん、チェリーさん。味はどう……」


「甘さ控えめの生クリームだから、いくらでも食べれちゃう。美味しい」


「やっぱりケーキはスポンジを焼かないとね。私も早く、こういうふわふわのスポンジを焼けるようになりたいわ」


 姉ちゃんとチェリーさんは恍惚の表情を浮かべながら、無我夢中で《トレンブル・ショートケーキ》を食べ続けていた。

 やはり、代用品扱いの牛乳クリームと生クリームは別物ってことなのかな。

 続けて僕も食べてみると、確かに生クリームの甘さの加減が絶妙で、いくらでも食べられるような気がする。

 するのだけど……。


「僕もスイーツが嫌いってわけじゃないけど、できれば普通サイズがよかった」


 姉ちゃんとチェリーさんは、今の勢いで食べ続けると確実に完食できそうだ。

 僕も完食はできそうだけど、さすがにこの量だと後半は満腹中枢との戦いになるだろう。

 しかし、何度経験しても不思議なものだ。

 僕は現実には生クリームたっぷりのケーキを食べていないのに、お腹がいっぱいになりつつあるのだから。


「ヒナちゃん、こんなに食べても太らないなんて最高だと思わない?」


「本当ですよね。苺っぽい果物の酸味が口の中をリセットしてくれて、そうするとまた、この甘さ控えめの生クリームとフワフワのスポンジが……。口の中が幸せぇ」


 チェリーさんは、これだけ大きいのに食べても太らない《トレンブル・ショートケーキ》をえらく評価しているようだ。

 現実世界でこの大きさのケーキを食べた女性は、翌日の体重が気になるだろうから。

 女性二人は最後まで《トレンブル・ショートケーキ》を楽しめるようで、僕はちょっと羨ましかった。

 これがもし普通の大きさのケーキだったら、僕だって安心して完食できたのに……。


「(と思ったら、コレ、思ったよりもスルスルと入ってしまったな。甘さの加減が絶妙なんだ。あれ? ロックさんがえらく静かだな)ロックさん、《トレンブル・ショートケーキ》の味はどうですか?」


 とても美味しくて満足だけど、同時にお腹もいっぱいだ。

《トレンブル・ショートケーキ》を食べに来ることには賛成していたけど、甘い物よりも酒がいいと公言して憚らないロックさんの気配すら感じなくなったので彼を見ると、自分の《トレンブル・ショートケーキ》を前に無言で座っていた。

 よく見るとひと口分だけ食べてあったが、あまり甘い物が得意ではないロックさんに、《トレンブル・ショートケーキ》は荷が重かったようだ。


「ロックさん?」


「駄目だ。こんなに大きなケーキを目にしてしまったら、もう手が動かない」


 甘い物が得意ではない、それも年配の男性に、こんなに巨大なショートケーキを食べさせようとするなんて、ある意味拷問かもしれない。

 彼はグルメレポーターだから甘い物が食べられないわけじゃないけど、さすがにこの量だと手が動かないのか。


「ユズ! すまん!」


「えっ?」


 ロックさんの手がようやく動いたと思ったら、彼の分の《トレンブル・ショートケーキ》が僕の前に移動してきた。


「僕がもう一個食べるんですか?」


 今、満腹感と戦いながら《トレンブル・ショートケーキ》を完食したのに、もう一個だなんて……。

 いくら美味しくても、量が多ければ拷問でしかないのだから。


「僕よりも、ここは甘い物好きな姉ちゃんかチェリーさんに……」


「お腹いっぱぁ──い。久々のケーキ美味しかったぁ。満足満足」


「こんなにお腹いっぱい食べても、翌日からダイエットしなくて済むなんて最高ね。でももうこれ以上は食べられないわ」


「……」


 残念ながら、姉ちゃんとチェリーさんは《トレンブル・ショートケーキ》を完食したところでお腹いっぱいになってしまったようだ。


「ってことは、僕?」


「すまん! お酒の試飲の時は、俺がユズの分も飲んでやるから」


「それ、対等な交換条件になってますか?」


 ましてやSAOでは、お酒を飲んでも酔っ払わないというのに……。


「前に言ってたじゃないか。家訓としてお残しは禁止なんだろう?」


「ええまぁ……」


 僕の両親はあまりうるさいことを言わなかった人たちだけど、唯一口を酸っぱくして言われたのは、『出された食べ物は残すな!』だった。


「ここはゲームの中で、《トレンブル・ショートケーキ》は本物の食べ物じゃなくてデータにすぎないのだけど……。ええい! 完食してやる!」


 食べ物を残してはいけないという両親の教えを守るため、僕はロックさんがひと口しか食べていない《トレンブル・ショートケーキ》にナイフを入れて食べ始める。

 もはや口の中どころか、頭の中まで生クリームとスポンジの甘さに侵略されたような気分に陥り、すでに感じていた満腹感と戦いながら、どうにか二個目の完食に成功した。


「もう生クリームひと口分も入らない……」


 どんなに美味しいものでも沢山食べたら、心の底から嫌になることが実感できた。

 しばらくは生クリームを見たくない気分だ。


「でかしたぞ、ユズ。お茶でも飲め」


「あっ!」


 ロックさんから甘くないお茶を貰って啜っていると、《トレンブル・ショートケーキ》を堪能した姉ちゃんが声をあげた。


「ヒナさん、どうかしたのか?」


「ロックさん、《トレンブル・ショートケーキ》を食べたら、HPバーの下に四つ葉のクローバー型のアイコンが出現しました」


「……いや、俺には出てないな」


 それはロックさんが、ほとんど《トレンブル・ショートケーキ》を食べなかったからだろう。

 かなりの高額だから、そういう効果があるような予感はしていたけど。


「そうだ! せっかくバフがついたから、このチャンスを生かさないと!」


「そうね。失敗が怖くて溜め込んでいたレア食材でなにか作りましょう」


 突然、姉ちゃんとチェリーさんが、せっかく高価な《トレンブル・ショートケーキ》を完食してバフがついたので、急ぎ料理をしたいと言い出した。

 僕たちのHPバーの下に現れた四つ葉のクローバー《幸運判定ボーナス》のバフを有効利用して、どれだけ正確に料理しても、料理スキルの成否判定のせいで料理を失敗してしまう悲劇を回避したい気持ちはわかる。


「急いで宿に戻って新メニューの試作をしようにも、バフの持続時間が……。それに姉ちゃん、お腹いっぱいで動きたくない」


《トレンブル・ショートケーキ》二個を完食したので、僕はもうしばらくこの場から動きたくなかった。

 のんびりとお茶を飲んで、もう少しお腹が空くのを待ちたい……。


「わざわざ宿に戻る必要なんてないじゃない。だって私たちには、《エブリウェア・フードストール》があるんだから。ロックさん、優月をお願いします」


「ほらユズ、行くぞ!」


「ええ──っ!」


 リーダーであるはずの僕の意見は採用されず、姉ちゃんとチェリーさんはレストランを出て近くの空き地に《エブリウェア・フードストール》を広げた。

 僕も、ロックさんに腕を引かれながら二人についていく。


「さて、なにを作ろうかしら。優月、料理をすればすぐにお腹も空くわよ」


「ユズ、俺は《トレンブル・ショートケーキ》をちゃんと食べなかったから、バフがついてないんだ。料理を頼むぜ」


「わかりました」


 過去の経験上、こうなった姉ちゃんを止めるのは難しいので、すぐに料理の準備を始める。


「姉ちゃん、どのレア食材を使うの?」


「これよ。じゃじゃぁ──ん! レア食材《フレンジー・ボアの上質な肉》。これと、牛乳クリーム作りで調合した《ゼラチン》を使います。今度こそ成功させる!」


「ああ、あの料理ね……」


 姉ちゃんが作ろうとしているのは、屋台で作るからか《焼き小籠包》だと思う。

 せっかくバフがかかっているのに、そんな料理でいいのかって思われるかもしれない。でも、シュウマイモドキやギョウザモドキは割と簡単に作れたけど……残念ながらまだ売り物になるレベルではない……食べると熱くて美味しいスープが飛び出てくる《焼き小籠包》は難易度が高く、これまで何度も失敗していた。

《小麦生地と猪肉餡の焼き饅頭》にすらならなかったのだ。


「ユズ君、小麦粉を練って生地を作るわね」


「チェリーさん、お願いします」


 チェリーさんが、ウインドウで小麦粉、お湯、塩を選んでタップすると、無事に生地ができあがった。

 パスタやパンもそうだけど、小麦粉の扱いはチェリーさんに任せるのが一番だ。


「私は猪肉を練るわ」


 そして姉ちゃんは、《フレンジー・ボアの上質な肉》をハンドミルサーでミンチにしてから、塩、黒胡椒、水飴などの調味料を混ぜ込んでいく。

 手慣れた手つきで食材と《ハンドミルサー》を選びタップすると、ピンク色の猪肉のミンチが完成した。


「鶏ガラスープに《ゼラチン》を溶かし、冷やして固めておいたものはストックがあるからこれを細かく砕いて、猪肉、ネギ、ショウガを混ぜて猪肉餡を完成させる」


 僕は《焼き小籠包》の餡を完成させ、これと完成した生地をチェリーさんがタップすると、焼く前の小籠包が無事に完成した。


「ここまでは、何度か成功しているんだ。問題はこれを上手く焼くことだ」


 中華街の焼き小籠包屋さんのように、焦がさず、皮を破ると熱々のスープが飛び出さなければ、貴重な《フレンジー・ボアの上質な肉》がただのゴミと化してしまうのだから。


「僕、姉ちゃん、チェリーさん三人分の幸運よ! 僕たちに熱々のスープがタップリの焼き小籠包を作らせてください!」


 チェリーさんが代表して、フライパンで小籠包を焼いていく。

 バフがかかっていないロックさんも見守るなか、料理が終わってフライパンの蓋を取ると、前に中華街で立ち食いした《焼き小籠包》に極めて似た料理が完成した。


「成功だ!」


「優月、まだ油断は禁物よ」


「実際に試食してみないとわからないものね」


「早速試食しようぜ」


 僕たちはフライパンの中から、一つずつ《焼き小籠包》を取り出して皿にのせた。

 そして、フォークで上部の皮を破いてみると……。


「スープが飛び出してきた!」


「ようし! ギョウザやシュウマイとの差別化に成功よ!」


「熱々のスープが最高ね」


「ようやく成功したな」


 僕たちは、先ほど《トレンブル・ショートケーキ》を食べてお腹いっぱいになったことも忘れて、皮を破いた焼き小籠包の中に入っているスープをスプーンですくって啜り、残りの熱々な《焼き小籠包》を食べる。


「熱々の、鶏と猪の旨味がタップリなスープで口の中が火傷しそうだけど、これがいい! スープを飲んだあとの《焼き小籠包》も最高だね」


「いくらでも食べられちゃう」


「材料が残っているからもっと焼きましょう」


「賛成! 俺は《トレンブル・ショートケーキ》を食べてないから、お腹に余裕があるしな」


 僕たちももうお腹いっぱいだと思っていたけど、甘い物からしょっぱい物へと味をシフトチェンジすると、食欲が復活して焼き小籠包を楽しむことができた。

 いわゆる味チェンだ。


「ふう……満足したなぁ」


「この焼き小籠包って、普通の青イノシシの肉を使うと《フレンジー・ボアの焼き饅頭》になっちゃうんだよねぇ。ここを解決しないと商品にはできないか……」


「残念ね。屋台で売れば、中華街の焼き小籠包屋さんみたいに大勢のお客さんが並びそうなのに」


 確かに店頭で小籠包を焼かれると、つい並びたくなっちゃうんだよね。


「今は材料を増やして食べ応えを増強した、《大豚饅頭》で我慢してもらうしかないわね」


「レア食材である《フレンジー・ボアの上質な肉》、《調合》できるようになった《ゼラチン》、料理人プレイの先頭を走っているはずの俺たちの料理スキル熟練度。そして、《トレンブル・ショートケーキ》で幸運にバフがかかったから、調理に成功したんだろうな」


 作った《焼き小籠包》を完食して総評をしている間にバフが切れてしまったけど、もっと料理スキル熟練度を上げれば、レア食材を使わなくても熱々のスープが飛び出す焼き小籠包が作れるようになるはずだ。


「なによりこの私、新しい肉料理のヒントを思いつきました!」


「本当? 姉ちゃん」


「本当よ。《焼き小籠包》が大きなヒント。もしこの新しい肉料理が成功したら、ステーキが売れないからって、あの料理を作って売り始めるのも時間の問題な、他のプレイヤーたちよりもお客さんを集められる。さあ、宿に帰って早速試作開始よ」


 結局新しい料理のヒントは、《トレンブル・ショートケーキ》でなくて《焼き小籠包》から得たというオチだったけど、久々にケーキを食べて満足したし、これまでに何度も失敗した《焼き小籠包》作りに成功したのでよしとしよう。

 それにしても姉ちゃんは、《焼き小籠包》から、どんな新しい肉料理を思いついたんだ?

刊行シリーズ

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ソードアート・オンライン オルタナティブ ミステリ・ラビリンス 迷宮館の殺人の書影
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