野﨑まど劇場
作品 No.02 検死官 ゾーイ・フェニックス
オフィスの片隅。ゾーイ・フェニックスはベースボールの中継を退屈そうに見ていた。
「なぜベースボールの中継を退屈そうに見ているのゾーイ」
同僚のサンドラだ。
「なぜ私がベースボールの中継を退屈そうに見ているのかですって、サンドラ。決まっているじゃない。仕事が無いからよ」
「それは言い訳ね、ゾーイ」
「言い訳ですって?」
「ええ。貴方も大人なら解るでしょう。仕事というのは誰かに与えられるものじゃない。自分で探すものなのよ」
「それは……。そうね、その通りだわサンドラ。私、いつの間にかこのロサンゼルスという街に飼い慣らされていたのかもしれない。でも目が覚めた。ありがとう、貴方のおかげよ、サンドラ」
そう言ってゾーイは、死体を探しに出掛けた。
★
店主はコーンの上に二つ目のジェラートを載せた。
「あれ? 頼んだのはシングルよ?」
ワンピースの女性は首を傾げる。
「サービスだ。お嬢さんはうちのワイフより美人だからな」
「わぁ。ありがとう」
「だが、昔のワイフの方が美人だった」
「今は?」
「知らないうちに居なくなってた。代わりにジャバ・ザ・ハットが家の中をうろつくようになったがね」
二人は微笑みあった。
★
ゾーイはダウンタウンの裏路地を注意深く歩いていた。しかし死体は見当たらない。
「無いわね」
溜息をつきながら角を曲がる。するとゾーイの視界に、倒れている男性の姿が飛び込んできた。
「Good job」
ゾーイは男性に駆け寄って顔をのぞき込んだ。素早く手首を取り、脈を確認する。
「死んでる……」
「うう」
「生きているわ」
ゾーイは脈を取るのが下手だった。
「大丈夫ですか」
「ああ。君は?」
「ゾーイ・フェニックス。検死官です」
「僕はアレックス。FBI捜査官だ」
「何があったんですか?」
「通りすがりに銃声を聞いたので駆けつけた。そうしたらここで突然車に跳ねられたんだ。いてて」
さっきダッシュボードを漁っていた時に、車が何かに当たったような気がしたのを思い出したが、ゾーイは黙っておいた。
「アレックス。銃声のした方に行ってみましょう」
「それより不審な車を見なかったかい、ゾーイ」
「Hurry!」
★
「えらく粧し込んでるな」ジェラートの販売車の中から店主が聞いた。「デートかい?」
「デート、みたいなものかな」
「歯切れが悪いじゃないか。気の進まない相手か」
「ううん。逆よ。これから来る人はね」
女性はスプーンをジェラートに立てて微笑んだ。
「私の運命の相手かもしれないの」
★
ゾーイとアレックスは工場の跡地に倒れている男性を見つけた。血が流れている。ゾーイは脈を取った。
「どうだ?」アレックスが聞く。
ゾーイは何も言わずに、アレックスに男の腕を差し出した。受け取ってアレックスも脈を取る。
「死んでいるな」
「そうね」
「銃で撃たれたようだ。強盗だろうか。しかしこんな人気の無い場所じゃ目撃者も期待できない。困ったな」
「死体が何か知っているかもしれないわ」
「死体が? どういうことだい?」
「死体は雄弁よ。生きている私達に色々な事を教えてくれる」
「死体が喋るのかい」
「比喩よ」
「なんだ比喩か。わかりにくいな。勘違いするじゃないか」
「わかりにくいかしら」
「まぁ死体が喋るわけないもんな。君が雄弁とか言うからいけないんだ。もうちょっと科学的に話してくれよ」
ゾーイはいらっとした。
「いいえ、アレックス。喋るわ。死体は普通に喋るわよ」
「喋らないだろう」
「喋る!」
アレックスが手の平を上に向けて肩をすくめるというアメリカ人ぽいアクションをする。ゾーイはまたいらっとした。
「いいわ、見せてあげる。ちょっと待ってなさい」
そう言ってゾーイは死体から離れ、物陰に隠れた。懐からICレコーダーを取り出す。いざという時のために持ち歩いている物だ。ゾーイはレコーダーを起動して言葉を吹き込むと、死体の所に戻った。
「さぁアレックス。死体が喋るわよ」
「ははは」
「本当よ。話しかけてみれば?」
「わかったわかった。なぁ死体さん、今年のスーパーボウルに来るのはどこのチームだと思う?」
『こんにちは』
「喋った!」
「どう?」
「クレイジーだ」
「さぁアレックス。死体に犯人の特徴を聞いてみましょう」
「いや待ってくれ」
「どうしたの?」
「実は僕、この後にネットで知り合った女の子とオフ会なんだよ。ただ相手の子が照れ屋で写真を見せてもらえてない。だからどんな子が来るのか不安なんだ。なぁ死体さん、死んでるってことは今は幽霊なんだろう? ちょっと駅前まで飛んでいって見てきてくれないか。目印はクリーム色のワンピースだ。な、頼むよ。可愛い子なのか知りたいんだ」
『顔を見た』
「おお。もう見てきてくれたのか?」
『だが目出し帽をかぶっていたので、人相はよくわからなかった』
「それはちょっと照れ屋過ぎなんじゃないのか」
『きっと金目当ての強盗だろう』
「彼女が強盗だって? Why!」
『私を撃ってから、財布を奪って逃げたのだ』
「ジーザス……」
アレックスは銃を構えながら駅前に向かっていった。
ゾーイはオフィスに電話をして遺体の回収を頼んだ。新鮮な遺体はきっと雄弁に語ってくれるだろう。情報を集め、必ず犯人を突き止めてみせる。ゾーイは心に静かな炎を燃やすのだった。
★
女性は腕時計を見た。
「そろそろかしら……」
その瞬間、ジェラートの販売車の陰から男が飛び出し、女性に向かって拳銃を突き付けた。
「きゃああああ! あ、貴方、誰なんですか!」
「エフビーアーイ!」